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格安スマホを買いました。

 2019年の統一地方選、公明党は大勝利することができまして、まことにおめでとうございます。
 ただ、大阪・京都府で僅少の差で取りこぼし、悔やんでも悔やみ切れない思いをされたのではないかと思います。
 反省するところは反省し、後は次の戦いの リベンジを期して、はつらつと元気いっぱい戦われますようお願い申し上げます。

 当ブログの趣旨に反して、上記の題名の記事になったのは、実はFC2のブログは、1カ月以上 更新しないと ペナルティーとして、広告の記事が挿入されます。
 当ブログは、1カ月近く更新していませんので、広告を避けるために急きょ思い立ちました。 
 なお、この記事は次回の記事を上げたときに、削除させて頂きます。 よろしくご了承ください。

 格安スマホを買うことにしました。 この年になって、今更という思いはありましたが、10月の消費税値上げにともない、ポイント還元や支払いの簡素化等々、スマホを持っていなければ時代遅れになって仕舞いそうである。

 それに今の ガラケー携帯の二年縛りが、丁度解けていますので良い時期だと思いました。
 どこの格安スマホが良いかと、ネットで探して見ましたら、楽天モバイルが比較的に安く良いように思いました。
 ただ、店舗が北九州にはなく、福岡に行かねばなりません。 この点は不便です。

 近くには Yモバイルの店舗はありますが、この前 ヤフーさんは、通信障害を起こして多数の解約者が出たとのニュースがありましたのと、私の クレジットカードが、楽天カードであって種々のサービスあるようですので、楽天モバイルに決めました。
 したがって、申し込みを致しますと、スマホは受取人確認の宅急便で送ってきました。
 
 そして初期設定を、説明書を見ながら自分でやらなければなりません。
 これが初めての人には なかなか大変で、私は 2~3日かかて娘に聞いたりして、どうにか繋がって使えるようになりました。
 まだまだ、機能の一部分しかわかりませんが、電話が 10分間かけ放題なので、後半の参議院選には大いに活用しょうと思っています。
 つたない記事で申し訳ありません。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

素直な心(松下幸之助)

 現在、『松下幸之助 「叱られ問答」』(著・木野親之),という本を、友人から借りて読んでいます。
 松下幸之助氏は、言うまでもなく、松下電器産業(現・パナソニック)の創立者で、「経営の神様」 と称され、松下電産を世界有数の大企業に育てあげた大実業家である。
 木野親之氏は、大学在学中に松下幸之助氏の知遇を得て、本社の社員となる。 後に、松下通信工業の東京営業所長をしていた時、松下翁の名代で東方電機(後の松下電送)の再建を命ぜられ、以来20年間社長職にあって、同社を世界一のファクシミリ専門メーカーに育てあげた人物である。 木野氏は、松下翁の第一の弟子であると、また、学会員さんであると、その友人は語っていました。
 因みにこの本は、平成11年5月が初版で、もうすでに20年前のことになります。
 読み進んで行ったら、「素直な心」 というところがありました。 興味がわきましたので、ご紹介させていただきます。

 〔人間は本来強いものや
 “いま、松下幸之助の思い出を心静かに振り返るとき、私の心から片時も離れない幸之助との対話があります” と。 木野氏の学生時代のことで、ほか二名の秘書の方と三人で、松下翁に昼ご飯を御馳走になったときことであると語っています。

 その時、幸之助は、
 「人間は強いと思うか、弱いと思うか」  と私たちに尋ねました。
 三人が口を揃えて、「人間は弱いと思います」 と答えると、
 「それは君たちが本当に感じたことか。 学校などで教わったもんじゃないか」 と聞き返しました。 いわれてみればそうかもしれないと思いました。
 「松下さんはどう思われるのですか」 と私が訪ねると、
 「人間は本来強いものや、と僕は思うんだ」 と真剣な表情でいいました。
 「太陽が東から昇って、西に沈む。 春の次に夏が来て、秋が過ぎると冬になる。 そしてまた春を迎える。 君たちはこの自然現象を認めるか」
 「認めます」
 「そうしたら、いま仮にこの自然現象を宇宙根源の法則と名づけよう。 この宇宙根源の法則に乗ったとき、人間は強くなるのだ」
 よくわかりませんでしたが、私は学生でしたから何を聞いてもいいだろうと思って、
 「その目に見えない宇宙根源の法則に乗るのにはどうすればいいのですか」
 と訊くと、幸之助はきちっと座り直して、
 「君、それはね、素直になることだよ」
 きっぱりといいました。
 「素直になるにはどうすればいいのですか」
 と私はまた訊き返しました。 幸之助はそんなことを訊かれるとは思っていなかったのでしょう。 ちょっと考えているようでしたが、優しく、
 「それは悟ることだよ」 といいました。
 ますますわからなくなりました。 よほど 「悟るにはどうすればよいのですか」 と訊こうかと思いましたが、「それでも君は大学生か」 といわれそうなので口にしませんでした。  幸之助はつづけていいました。
 「人間は悩み多いものだから、宇宙根源の法則ともいうべき自然の法則から、はみ出すことが多い。 そのとき、人間は弱くなるのだ。 人間が素直になって、この自然の法則に乗れば、自分の力を 100%出せるだけでなく、自分を取り巻くすべての人が協力してくれる。 森羅万象すべての力が プラスに作用して、200%、300%と考えられない強い力が加わるものだ」
 禅問答のようになってしまいましたが、松下幸之助は 「人間は本来強いものだと思う」 といったとき、「本来」 というところにものすごく力を置いたことに、あとになって思い当たりました。  (松下・叱られ問答・82~85P)

 松下翁が、「素直な心」 を モットーとし、心掛けているという お話は聞いたことがあります。
 上記の若者との対話を読みますと、学会内の指導かと見間違うほどである。
 “宇宙根源の法則” という、これ 「南無妙法蓮華経」 である。 この “自然の法則から はみ出すから人間は弱くなるのだ” と、すなわち、罰生活になる。 “素直になって、この自然の法則に乗れば” と、純真な信心で唱題すれば、“自分の力を 100%出せるだけでなく” と、これ 「煩悩即菩提・生死即涅槃」 である。 “森羅万象すべての力が プラスに作用して” と、諸天善神の加護も加わるものである。
 松下翁は、終戦直後の G H Q の財閥指定で追放の身であったようです。 まだ、池田先生とはお会いしてない時ですが、翁のような一流の人物は、自然のうちに 「法華経の心」 を知ることができるようである。
 大聖人は、「外経の人人は・しらざりしかども彼等の人人の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり」(1466P)
 「堯舜(ぎょうしゅん)等の聖人の如きは万民に於て偏頗(へんぱ)無し人界の仏界の一分なり(242P)
 と仰せであります。
 
 P H P の三十周年記念の日、松下幸之助と一緒に京都にいったとき、
 「木野君、P H P も今日で三十周年を迎えるんや。 今日の式典で、P H P も三十年でやっと素直な心の初段になれたなと話そうと思うんや。 どんな ヘボの将棋、ヘボ碁でも、一万回打てば、初段ぐらいの力がつく。 P H P も全員が毎日、素直な心になろうと思ってくれるようになったと思う。 そうすると、三百六十五日×三十年で 一万九百五十回や。 だから、やっと素直な心の初段ぐらいにはなったと思うんや」
 穏やかな温もりのある声でした。 素直な心というのは、松下幸之助にとっては死ぬまでの大きな命題であっただろうと思います。
 「素直な心になれば、ものごとの本質、実相が見えてくる。 素直な心になれば、強く正しく聡明になる」 と松下幸之助はいいました。 私は P H P の真髄は 「素直な心」 に尽きるのではないかと思っています。  (同書・86P)

 木野氏の “素直になるにはどうすればいいのですか” との問いに、松下翁は “それは悟ることだよ” と言ったとのことです。
 一般の方々には、“素直な心 や 悟ることだ” と言われても、なかなか解らないのではないか と思います。 
 その点 学会員さんたちは、宇宙根源の妙法を持って、その法と境智冥合するべく 唱題に励んでいることは、すでに悟っている方々であります。
 末法濁悪のこの世の中、入会までの情況はどうあれ、人びとよりも早く妙法に縁していることは、学会員さんたちは誰よりも一番、「素直な心」 の方々だ と思います。 
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「新・人間革命」第20巻〔友誼の道の章〕(第一次訪中)

 〔友誼の道〕
 新しい時代の扉は、待っていては開きはしない。 自らの手で、自らの果敢な行動で、勇気をもって開け放つのだ
 山本伸一は、未来に向かって歩き始めた。
 一九七四年(昭和四十九年)五月三十日――。
 午前十時半、伸一を団長とする創価学会第一次訪中団は、中華人民共和国を訪問するため、イギリス領・香港(当時)の九龍(カオルン)を列車で出発した。
 (新・人間革命20巻・7P)

 『新・人間革命』 第20巻のときの世界情勢は、東西冷戦に加え、中ソ対立の激化は一触即発の状況であった。
 このような激動の時期に池田先生は、中国・ソ連・米国の三大国の指導者と会見し、対話の力で世界平和への道を切り拓かれました。 第20巻は、この偉大なる歴史的な業績が記載されていますので、是非とも全編を通してお読みくだされば幸いです。
 ここでは、最初の 〔友誼の道〕 の章の中から、中国の要人との対談の模様をご紹介しょうと思います。
 
 中日友好協会の主催で歓迎宴が行われ、廖承志(リアオ・チョンチー)会長ほか一行との、食事を共にしながらの懇談となった。
 語らいのなかで廖(りょう)会長は、さりげない口調で、伸一に言った。
 「山本先生 創価学会は、中国で布教してくださっても結構ですよ」
 伸一は、笑顔で、しかし、きっぱりと応じた。
 「その必要はありません。 今、中国は、毛沢東思想の下で建設の道を歩んでいます。 そのなかで人びとが幸せになっていけば、それは仏法にもかなったことになります。 貴国の平和と繁栄が続けばいのです」
 伸一は、中国で布教していくために訪中したのではない。
 訪中は、万代にわたる 「友誼の道」 を開くためであり、平和建設の信念に基づく、人間主義者としての行動であった。 創価学会としてのなんらかの “見返り” を求めてのことでは決してない――それを言明しておきたかったのである。
 また、布教はしなくても、信義の語らいを通して、中国の指導者たちが仏法で説く生命の尊厳や慈悲などの哲理に共感していけば、その考え方は、あらゆる面に反映されていくにちがいと確信していたのだ。
 そもそも、「一念三千」 も、「依正不二」 も、中国で打つ建てられた法理である。
 (同書20巻・49P)

 廖会長が、どうして “中国で布教してくださっても結構ですよ” と言われたのか、その意図は私には計りかねるところです。
 池田先生は、きっぱりと “その必要はありません” と応じられました。 私はそれで良かったと思っています。
 共産主義政権下では、どうしても個人の自由は阻害されがちです。 なかんずく、宗教は 「信教の自由」 の保障が絶対的に必要だと思っています。
 池田先生の人格による “信義の語らいを通して、中国の指導者たちが仏法で説く生命の尊厳や慈悲などの哲理に共感していただいた” と思います。
 それはそれ以降、中国の多くの名門大学が、「池田大作研究会」 等々の会を立ち上げ、池田思想の研究に励んでいます。その成果は、大学・研究者による国際シンポジウムが開かれ、池田思想の “人間主義・平和主義・文化主義・教育主義” の討議・研鑽が広く行われ、今日に至っています。
 
 四日午前、訪中団の一行は北京市郊外の頤和園に招かれた。 そこで待っていてくれたのが、中日友好協会の趙樸初(ちょうぼくしょ)副会長であった。 副会長は、中国仏教協会の副会長でもあり、当時、仏教協会の責任を担っていた。
 彼は、ひときわ強い口調で訴えた。
 「本来、仏教の精神は人民に奉仕することにあるはずです。 人民が苦しんでいる。 しかし、何もしない。 そんなことが許されるでしょうか
 伸一の目が光った。 間髪を入れずに答えた。
 「おっしゃる通りです。 人民のため、社会のために身を挺して戦う――それが菩薩であり、仏です。 仏法者の在り方です。 その行動のない仏教は、まやかしです」
 力強い声であった。
 釈尊は、生老病死の四苦から、人間を解放するために立ち上がった。
 苦悩からの根本的な解放を説いているのが、仏法である。 その実践の根幹をなす精神は、趙副会長の言葉を借りるなら、「人民への奉仕」 といってよい。
 日蓮大聖人は、苦悩する人びとを救済し、幸福の道を開こうと、大難を覚悟で立正安国の戦いを起こされた。 仏法という慈悲の哲理を、さらに、生命尊厳の思想を根底にした、平和社会の建設を叫ばれたのである。
 仏法者の使命は、「広宣流布」 という宗教改革に始まり、「立正安国」 という社会の建設に到るのだ。
 「政治は宗教の説く真理に道に従って進むべきであり、一方、政治を忌み嫌う宗教は、宗教の名にさえ値しないものです」 とは、マハトマ・ガンジーの叫びである。
 仏教の精神について、二人の意見は完全に一致し、意気投合した。
 伸一は、創価学会が、軍部政府の弾圧と戦い抜いてきたことを述べ、社会と民衆に奉仕していく真の宗教の在り方を語っていった。
 また、趙副会長が毎日、法華経を一巻ずつ読んでいるとの話から、対話は法華経や天台三大部にも及んでいった。
 ………
 趙副会長が、「華厳経普賢行願品」 について語ると、伸一は応じた。
 「“普” は “遍(あまね)く”、つまり社会ということであり、“賢” は信念の哲学をもった人ととらえることもできます。 そして、“行” は実践であり、“願” は人民大衆の幸福を願うということに通じるのではないでしょうか」
 「おお、すばらしい解釈です」
 仏法を現実に即して語る “人間仏法” の展開に、趙副会長はしきりに頷(うなず)き、目を輝かせていた。
 (同書20巻・74~76P)

 この趙副会長との対談の記事を読んで、私は驚きました。 それは、宗教否定の共産主義政権の下では、仏教協会などの宗教に関するものは、存在しないと思っていました。 しかも 協会の責任者は、党の重要な ポストにも就いているのである。 中国 4000年の歴史の懐の深さを感じました。 中国は宗教の重要性は、解かっていると思います。
 これは、私のうがった見方であるが、歴史の常として、何時かは共産党政権と言えども崩壊を迎えます。 その後の指導理念を求めての、今の大学・研究機関の 「池田思想研究」 ではないでしょうか と思います。
 将来、そのような時がくれば、中国の方が広宣流布は、一気に広がるのではないか と思う。 それは、共産主義思想で一旦は、謗法払いができているから、謗法の執情の強情なる日本より早いかも知れません。
 
 李先念副総理との会見 先生は組織について尋ねました。
 「組織が巨大化してしまうと、どうしても官僚化されていく傾向があります。 それをいかにして防ごうとされているのでしょうか」
 すると、こんな答えが返ってきた。

 「上層の指導部は、大衆による 『批判』 と、『自己批判』 がなされなければなりません。
 もし、官僚化すれば、大衆に批判される。 正義は大衆にある――ということを自らに徹底し、不断に自身を戒(いまし)めていく努力が必要です。
 また、できあがった組織のなかで安住するのではなく、人民に奉仕し抜いていくことによって、官僚主義は乗り越えていくことができます」

 伸一も、まったく同感であった。
 指導者たちが、人民に奉仕するという姿勢を失えば、保身に陥(おちい)り、組織は硬直化し、組織を維持すること自体が目的となっていく。 そうなれば、人間は手段化され、「人間のための組織」 でなく、「組織のための人間」 という転倒が起こる。
 組織に温かな人間の血が通い、組織が人間のためのものであり続けるには、指導者や幹部は 「人民への奉仕」 を絶対に忘れてはならない。
 それは、学会に即して言えば、「会員への奉仕」 である。 学会の未来も、最高幹部や職員等が 「会員への奉仕」 に徹し抜いていけるか否かに、すべてはかかっている。 幹部は、会員に仕えるためにいるのだという哲学を、幹部自身がもち、実践することである。 その一途さ、誠実さに、人びとは信頼を寄せ、そこに団結もうまれるのだ。
 また、官僚主義化を防ぐには、国であれ、団体であれ、指導者層と構成員とが絶えす意見を交わし合い、胸襟(きょうきん)を開いた対話が行われているかどうかも、重要な ポイントといえよう。
 学会は、一貫して対話主義で進んできた。 伸一はどこへ行っても、地元の メンバーとの語らいに多くの時間を割(さ)き、率直に意見交換してきた。
 また、大きな会合に出席した折にも、質問を受けたり、一人ひとりに声をかけるなど、一方通行にならぬように努(つと)めてきた。 この心と心の往復に、創価学会の人間主義がある。
 (同書20巻・96~97P)

 官僚主義化は 創価学会にとっても、ゆるがせにできない問題だと思います。
 李先念副総理は、“できあがった組織のなかで安住するのではなく、人民に奉仕し抜いていくことによって、官僚主義は乗り越えていくことができます” と述べられている。
 池田先生は、“学会の未来も、最高幹部や職員等が 「会員への奉仕」 に徹し抜いていけるか否かに、すべてはかかっている” と述べられている。
 共に、「人民に奉仕」 と 「会員への奉仕」 まったく同じであります。 「会員への奉仕」 は、池田先生が 常々我々に、身をもって教え導いてくださったことであります。 この実践こそが、広宣流布の道であり、わが人間革命の道であると、肝に銘じて参ります。 
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テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

「創価学会」(田原総一朗 著)を読んで

 田原総一朗氏が 『創価学会』 という本を出版しています。 興味のわくところであるが、わざわざ購入してまで読むほどのこともなかろうと思っていました。 そうしていましたところ、内部の友人が持っていましたので、借りて読んでみました。
 田原氏は創価学会が過去、度重なる試練(言論・出版問題、第一次・第二次宗門問題等々)に直面し、創価学会は間違いなく衰退するであろうと予測した。 しかし、その都度、ピンチをチャンス変え驚くべきエネルギーをもって、逆境を乗り越えてきた。 そのなぞの実態を探っていきたいと思うと。
 そして、「公明党が自民党と連立し、そのあり方で、この国が転換する可能性が出てきたことで、なんとしても取材せねば、という気持ちになったのである」 と心境を語っています。
 ここでは、池田先生と対談された時の模様を紹介したいと思います。

 〔池田大作との出会い
 私が初めて池田に会ったのは 1973(昭和48)年の事だった。 紹介者を介して プライベートでの面会となった。 言論・出版問題から 3年後ということもあり、いまだ世上の話題でもあったので、単刀直入に尋ねてみると、「言論・出版問題はまったく失敗でした。 ああいうことはやってはいけないですね」 という率直な答えが返ってきた。
 創価学会という巨大な組織の トップに立つ人間である。 おそらく近寄りがたい雰囲気を持っているに違いないというこちらの予測は見事に外れ、偉ぶったところを一切感じさせない人だった。 しかも、人の話を聞くのが非常にうまい。 これにはびっくりした。 池田は著作も多く、創価学会の大会などで何度も講演しているので、そうした話を聞きたいと思っていたのだが、気づけば私ばかりが話していた。
 ………
 池田との話で印象に残っているのは、理性と信仰に関するやり取りだった。 初対面で、池田に気に入られたいという下心のあった私は 「人間は理性だけじゃ生きられないですよね。 だから宗教が必要なんでは?」 と問うてみた。 すると、思いがけない答えが返ってきたのだ。

 「そうではありません。 人間がものを考える際の基本は理性です。 だから理性をなくしてはいけません。 理性があり、さらに信仰がある。 この二つはなんら矛盾していません」
 実は、「理性には限界がある。 だから宗教が必要だ」 という答えが返ってくると私は予想していたのだ。 理性などかなぐり捨てて、ひたすら祈りをささげる、それでこそ信仰は成り立つのではないかという私の考えはあっさり否定された。 巨大な宗教団体の トップに立つ人間が 「理性を何より大事にすべき」 と言う。 実に面白いところである。
 ………
 私はこれまで 2回、池田とあっているが、そうした私の挑発に対して池田は “本音” で返してきた。 会長という立場でありながら、創価学会の機微に触れるようなことも、率直に語るのである。 これには驚いたし、好感を抱いた。 池田はよく 「自分は江戸っ子で嘘をつけない」 と言っている。 要するに隠しごとがなく オープンなのだ。


 池田は第2代会長である戸田城聖から話を聞き、創価学会への入会を決意したという。 そこで、なぜ戸田を信じることができたのかと問うてみた。 すると池田は、戸田が戦時中に治安維持法違反で逮捕された際、一緒に逮捕された何人かの幹部が改宗し釈放されていくなか、戸田だけはどのような弾圧を受けても最後まで信仰を貫いたという話に心を打たれ、彼を信じる決意をしたというのだ。 そうした話も池田は包み隠さず語ってくれた。
 もう一つ、私が池田に感じたのは、自分をよく見せようという下心がまったくなく、誠実で相手のことを気遣うことのできる、きめ細やかな神経の持ち主だということだ。 “私心がない”、つまり無私なのだ。
 池田の心を占めているのは、恩師の戸田城聖から受け継いだ創価学会をどのように発展させていくかということだ。
  (田原著・創価学会・178~181P)

 御書に 「仏法の根本は信を以て源とす」(1244P) とありますように、「信」 を強調する宗教であります。 信を強調する以上、「理性」 という フイルターに適った 「正しい・真実」 なものでなければならない。
 “鰯の頭も信心から”(盲信)や “オウム真理教のポア(殺人)”(邪教・邪信)などは、論外である。
 戸田先生は、「信は理を求め、求めたる理は信を深からしむ」 と仰せです。 つまり、理性によって信仰は深まり、信仰によって理性は生かされるのである。
 日蓮仏法は、理性を何よりも大事にして、釈迦仏法を凌駕(りょうが)した、新時代を指導する画期的な宗教であります。
 
 来世ついては今一つ ピンとこなかった。 前世や来世を見た人間は誰もいないはずだからだ。 しかし、池田は実に明快な答えを導いてくれたのだ。
 「来世、つまりあの世を見た人は誰もいませんよね。 なのに、どうしてそれがあると信じられるのですか」
 私がそう尋ねると池田は、「あるかどうかはわかりません。 でも、あると思った方がいい」 と答えた。

 理由はこうだ。 なぜなら、あの世があると信じていれば、人はこの世でいいことをする。 あの世が存在すれば、その善行は報われるからだ。 一方で、ないと思い悪行を重ね、もしあったら大変なことになる。 本当にあるかどうかは関係ない。 自分がどう思って生きるかが大事なのだ。 下手な理屈を言わないところが池田の魅力なのだろう。  (同書・101~102P)

 釈尊も、「宇宙は有限であるか・無限であるか?」 というような質問に答えなかったと聞いたことがあります。 それよりも、苦悩に沈む民衆を救うことが、最優先課題であるからである。
 もともと、前世・後世が有るか・無いかなんて、証明もできないし、自分が理解してないことを説明しょうとしても、それは無理である。 仏法対話のとき、論議のための論議にならない様、気をつけましょう。
 
 1995(平成7)年、私は雑誌 「中央公論」 の対談で池田に会った。 これが 2度目の出会いだ。 第一次・第二次宗門問題の後だけに、その顛末を聞き出そうと思ったのだが、池田は宗門の批判は一切口にしなかった。 1973(昭和48)年に会った際、彼は 「難しいいことがあると、逆に頑張れるのです」 と語っていた。 2度のわたる宗門問題への対応は、まさにその言葉を体現しているようだった。 初対面のとき、池田は私の問いかけに実に率直に答えてくれた。 それは2度目の対談でも同様で、彼は常に本音で語るのだ。
 「池田さんが攻撃されるのは、公明党があるからで、それがなければ攻撃されないはず。 公明党をやめあらどうですか?」
 2度目の対談という気安さから、私はそんな問いかけをぶっつけてみた。 すると池田はこう返してきたのだ。

 「そのとおりです。 だが、私が発言すれば、すぐに 『政教一致』 と大騒ぎになることは明白です」
 これに私が 「解党すれば布教もしやすい、と」 尋ねると、彼は 「しかし、そんな後ろ向きの議論をしても仕方ない。 だから、論ずる必要もないし、時代の流れにそっていけばいいと思う。 あとは、党が党として、どう舵をとるか、です」 と答えた。

 また、こうも語った。 「民衆が関与できない政治は民主主義とはいえません。 民衆が政治に関与せざるを得ないのが、民主主義です。 創価学会は、平和を実現するための、社会の変革を目指す団体です」
 「田原さん、うちは選挙があると、皆が結束し、頑張れるのです。 それが創価学会のエネルギー、バイタリティにつながっていくのです」

 ともすれば政教一致と取られかねない発言である。 そして無理なやり取りですませようとしているのならば、こんなことは言わないであろう。 私がそんな勘ぐりをしないと信用してくれているのだと受け取ることで、私は池田を信用することになる。 学会員たちに対して、このように接しているのであろう。 つまり、どんなときでも本音で向かい合う、そこに私はとても魅力を感じるのだ。  (同書・256~257P)

 田原氏は池田先生と対談して、“偉ぶったところを一切感じさせない人だった。 しかも、人の話を聞くのが非常にうまい。 これにはびっくりした”
 “自分をよく見せようという下心がまったくなく、誠実で相手のことを気遣うことのできる、きめ細やかな神経の持ち主だということだ。 私心がない”
 “つまり、どんなときでも本音で向かい合う、そこに私はとても魅力を感じるのだ” と。 
 以上は、外部の田原氏の感じられた一部分であるけれど、我々にとっても大変参考になると思います。
 それは会員さんたちは、池田先生を 「師匠」 だとか、「師弟不二」 だとか言っているけど、では、どれだけ知っているかと言えば、はなはだ心許ない限りである。 正信の理性で素直な心で、求めていきたいと思います。
 そして田原氏が、創価学会に色メガネを付けず、広範囲な取材・執筆をし、この書籍を上梓されたご苦労に対し、感謝の意を申し上げます。
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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 83歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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