「新・人間革命」第11巻〔暁光の章〕(ブラジル指導)

 〔暁光〕
 深き闇を破れ!
 険しき峰を越えよ!
 そこに、新しき時代の希望と栄光の眺望が広がる。

 一九六六年(昭和四十一年)三月十日――。
 ジェット機は、未明の南米大陸上空を、ブラジルの リオデジャネイロに向かい、順調に飛行していた。 (同書・7P)


 池田先生の初めての ブラジル訪問は、一九六〇年(昭和三十五年)十月のことであった。今回も前回と同じように、激闘のすえ体調を崩され発熱のあるお体での訪問であった。
 五年半前の ゼロから会員約八千世帯に発展し、三月十三日には、サンパウロ市内で、大々的に文化祭を開催することになった。
 しかし、当時 ブラジルは軍政下にあり、創価学会を誤認識して警戒を強めており、文化祭の外 一切の会合も、政治警察の監視の下で行われた。
 このような状況下、ある著名な ジャーナリストが、先生に インタビューをしたいとやって来た。
 先生は、“学会への偏見と誤解を正しておかなければならない” と言われてお受けになりました。
 この インタビューの記事は、我々も知っておいた方がよいと思いましたので、少々長くなりますがご紹介します。

 この ジャーナリストが、最も関心をもっていたのが、公明党と学会の関係であった。
 質問の裏には、学会は世界各国で、政治支配を目論んでいるのではないかという、疑問があったようだ。 ジャーナリストは尋ねた。
 「では宗教団体である創価学会が、なぜ政界に進出したのか、お伺いしたいと思います」
 伸一は、大きく頷きながら答えた。
 「宗教は、なんのためにあるのでしょうか。
 人びとに幸福をもたらすためです。 世界の平和を築くためです。 よりよい社会を建設するためです。―― それが本来、宗教が果たさなければならない使命です。 したがって、もし、宗教が、人びとの苦悩や社会の現実に対して目を閉ざし、無関心を決め込んでいるなら、それは、死んだ宗教といわざるをえません。
 さて、仏法の精髄である法華経では、慈悲の道を教えるとともに、万人に仏の生命があることを示し、生命の尊厳と平等を説いています。 創価学会は、この仏法の哲理を、人間の営みである文化や教育など、あらゆる分野で生かし、人びとの幸福と平和に寄与することを目的としております。 その考えに基づき、私たちは、政界にも メンバーを送り、さらに、政党をつくったんです」


 畳(たた)みかけるように、ジャーナリストは尋ねた。
 「すると、創価学会は、日蓮仏法と政治の一体化、つまり、政教一致をめざしているということですか」
 「いいえ、違います。 政治には、確固とした政治哲学、政治理念が必要です。 それがなければ、根無し草のように、ただ状況に流されるだけの政治になり、民衆は動揺し、不幸になってしまう。
 私たちは、仏法で説く慈悲や、生命の尊厳の哲理を理念とし、“根底” とした政治の実現をめざして、公明党をつくりました。 だが、それは、宗教を直接、政治の世界に持ち込むこととは違います。
 公明党は、広く国民のために寄与することを目的とした政党であり、党と学会とは、運営面などでも、一線を画しております。 公明党も、創価学会も、平和と人びとの幸福を実現するという根本目的は同じですが、政治と宗教とは役割が異なります。
 宗教は人間の精神の大地を耕すものです。そして、その広大な大地の上に、芽吹き、花開き、結実する草木が、政治も含め、広い意味での文化です。 私たちは、精神の土壌を耕し、政党という種子を植えました。 今後も、全力で応援はしますが、それがいかに育ち、どんな花を咲かせ、実をつけるかは、草木自体に任せるしかありません」


 重ねて、ジャーナリストが、鋭く質問した。
 「今までのお話からしますと、宗教は、必然的に、政治に関わらざるをえないということになるように思えますが、ブラジルでも政党をつくる計画があるのでしょうか」
 これが、彼の一番聞きたかった問題のようだ。 伸一は微笑(ほほえみ)みながら言った。
 「私は、信仰上のことでしたら、アドバイスもしますが、それぞれの国にあって、政治にどう対応していくかということは、その国のメンバーが話し合って決めるべき問題です。 日本人である私が決定し、指示するようなことではないし、また、そんなことがあってはならないというのが、私の考えです。
 そのうえで、個人的な感想を申し上げると、ブラジルをはじめ、各国にあっては、政党結成の必要は、全くないと思っています」


 すかさず、次の問いが返ってきた。
 「さきほど、宗教は、よりよい社会をつくるためにあると言われましたね。それなのに、なぜ各国で政党をつくる必要はないと思われるのですか」
 さらに踏み込んだ質問であった。
 「よき時代をつくり上げる、また、よい社会をつくることは、仏法者の社会的使命です。 また、政治という問題が、人びとの生活に深く関わり、社会の在り方を決定づける重要な要素であることも確かです。 しかし、だからといって、必ずしも政党を結成するなど、教団として、まとまって何かを行うということではありません。
 創価学会は、各人が信仰によって、それぞれの人生を充実させ、完成させ、勝利していくことを指標としています。 つまり、幸福を創造する人格をつくることであり、これを人間革命といいます。
 そして、人間として幸福に生きていこうとするならば、よりよい社会を建設していかなければならない。 そのために、宗教を根本に、自身の信念のうえから、“よき市民” として、社会のために貢献していこうというのが、私たちの生き方です。 そうした人格を磨くことこそ、宗教の大きな役割であると思っています。
 したがって、政治に対しても、各人が、よりよい社会の実現を目指して、個人のもつ政治観に基づき、個人の責任において行動していくのが、本来の姿といえます」


 追い打ちをかけるように、質問が続いた。
 「それならば、どうして日本では、政界に学会員を送り、さらに、公明党を結成するに至ったのでしょうか」
 「核心」 をつく質問であった。 伸一の回答にも、一段と力がこもった。
 「それには、幾つかの日本独自の理由があります。
 その一つが、日本の再軍備という問題でした。 日本は、戦後、戦争放棄を掲げて スタートしましたが、アメリカの要請で警察予備隊を新設し、それが保安隊となり、一九五四年(昭和二十九年)には自衛隊が発足しました。 国をどう守るかということは、極めて大事な問題ですが、この急速な再軍備の流れを、私の恩師である戸田第二代会長は深く憂慮していました。
 かつて日本は、アジアに侵略したにもかかわらず、本当の意味での、反省もない。 それで軍備に力を入れればどうなるのか。 軍事大国化し、間違った方向に進みはしないか ―― という懸念でした。
 また、戸田会長は、東西の冷戦のなかで深刻化する核の脅威に対し、日本は世界最初の被爆国として、反核を訴え、世界平和の発信国となる責任があると考えておりました。
 そして、日本が、そうなっていくには、戸田会長が提唱していた地球民族主義、つまり、地球共同体という人類意識に立った政治家の存在が不可欠であると、痛感されていました。
 しかし、日本の政界には、東西冷戦の対立の構図が、そのまま持ち込まれていたんです。
 各政党の政策も、政治家たちの主張も、イデオロギー色が濃厚であり、人類意識、真実の平和主義に立脚した政治家はいませんでした」


 ジャーナリストは、目を輝かせ、盛んに ペンを走らせた。
 「また、当時、日本には、大企業やその経営者を擁護する政党や、大企業で働く組織労働者のための政党はあっても、町工場や小さな商店で働く、未組織労働者を守ろうとする政党はありませんでした。
 しかし、その人たちこそ、人数も多く、苦しい生活を強いられている。
 私たちは、そこに政治の光を送り、政治を民衆の手に取り戻さなければ、真実の社会の繁栄は、永久になくなってしまうだろうと考えました。
 そこで、戸田先生は、一九五五年(昭和三十年)の地方議会の選挙に、弟子の代表を候補者として立て、政界に送ることを提案されました。………」
 (同書・19~25P)

 戦後、日本の政界は、東西両陣営の大国の顔色ばかりをうかがい、国民不在の権力闘争に明け暮れていた。
 現在でも、国連の核兵器禁止条約交渉への不参加を表明した。唯一の被爆国として核廃絶へ一歩でも、前進させるための音頭を取るべきではないのかと思う。国の指導者のなかに、“人類意識、真実の平和主義に立脚した政治家” はいないようである。

 この インタビューをまとめた リポートは、その後、しばらくして、ブラジルの有力週刊誌に 「山本氏の晴れ渡った世界」 と題して掲載された。
 それは、創価学会を ファシズムなどと危険視する批判の検証というかたちをとっており、極めて客観的な リポートになっていた。伸一の主張も的確にまとめられ、学会の真実に迫るものとなった。
 池田先生は、「真実は、語らなければわからない。沈黙していれば誤解や偏見のままで終わってしまい、結果的に誤りを容認し、肯定することになる」 と指導されています。

 以来八年、ブラジルの メンバーは、先生をお迎えしょうと学会理解への戦いを真剣に行い、一九七四年(同四十九年)三月、文化祭の開催が決まっていたが、入国 ビザ(査証)が発給されず、先生のご訪問は実現できなかった。
 再訪問ができたのは、じつに十八年後、一九八四年(同五十九年)の二月のことでした。
 この間の メンバーの血の滲むような戦い、先生をお迎えし、大文化祭での大歓喜の模様など、本書をお読みくだされば幸いに存じます。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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グットタイミング

4月の御書学習会の教材と今回のブログ、何回も勉強しているところですか私達の思想の根幹をなすところですね。
日々の対話で確信を込めて訴えられるようにしたいです。

Re: グットタイミング

 コメント 有り難うございます。

 大聖人の御化導は、“安国論に始まり、安国論に終わる” と聞いたことがあります。
 記者の質問の内容も、小生なぞ、急に言われて、はい 答えろと言われても、戸惑うばかりである。

> 日々の対話で確信を込めて訴えられるようにしたいです。

 民衆の幸福と世界の平和のために、研鑽に励んで広布のリーダーに育ち行かれますことをお祈りします。
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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