8月14日

 初めて、ブログと言うものを書いています。まだ、やり方も分かりませんが、そのうちに慣れるでしょう。

 本8月14日は、63年前(昭和22年)の今日、創価学会名誉会長池田大作先生が、恩師・戸田城聖先生と、出会われた記念すべき日なのであります。

 この出会いを起点として、師弟不二の戦いによって、今や日蓮仏法は、世界192ヶ国にまで流布いたしました。

 しかし、この事実を世間の人々は、殆んど知らないか,無関心なのであります。実に残念なことであります。

 これから少しでも、創価学会や池田先生のことを書いて、お知らせできれば、幸いに思います。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

8月15日

 8月15日は、終戦記念日である。
 言うまでもなく、第二次世界大戦でアメリカと戦い、無条件降伏をして敗れ去った日である。

 この日を一般には、“終戦” すなわち、戦争が終わった日であり、決して “敗戦” すなわち、戦争をして敗れた日とは言わないのである。
 人情として自身が、負けたとか・敗れたということは、言いにくいし認め難いと思いますが、“敗戦” という歴史上の事実には、真正面から取り組まなければならないと思います。

 今まで、原爆や戦争の苦しみ・悲惨さ・その惨状等は、毎回数多く報道され、二度と戦争を起してはならないと決意は成されております。
 だがしかし、なぜ戦争が起きたのか・起したのかという事については、あまり総括されていないし、国民にも広く知らされていません。
 今では小学生でも、大国アメリカと戦争をして、勝てると思うものは一人もいないでしょう。しかし、当時の東条首相以下・わが国の指導者層は、勝てると思って、戦争への道を突き進んだのです。
 それは 「国家神道」 の神がかり的な邪説を信じ、我が国は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫である天皇の統治する 「神の国」 だから、絶対に負けない・敗れない(神州不滅)という妄説を信じた。 ただ、それだけを根拠に戦った としか思えないのです。

 人の行為の裏には、その人の思想・信条・哲学があります。当時のわが国の政治体制は、国家神道を精神的な支柱とし、天皇中心の惟神(かんながら)の道を成していました。 この 「国家神道思想」 の “解明・反省・破析” なくして、“なぜ戦争が起きたのか” の解明は成されないと思っています。

 かつて、戸田城聖先生が、青年たちに次のように仰せられています。
 「君たちは、太平洋戦争において日本が負けたのは、アメリカとの物量の差に負けたと思っているだろうが、そうではないのだ。日本の国家主義・神道の思想が、アメリカの民主主義・デューイの哲学に、戦わずして既に敗れていたのだ。(趣意)」 と指導されています。

 日蓮大聖人の 『立正安国論』 には、仁王経に云く 「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る」(19P) と仰せです。 鬼神とは、思想の混乱を意味します。
 この世の一切の不幸の根源は、間違って邪宗邪義を信ずることにある と教えられています。今こそ、この大聖哲の教えを、真摯に受け止め信ずべき時であると思います。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

宗教教育

 法華経の 「六難九易」 の譬えのように、正しき宗教に出会い、それを信ずることは難しいことである。

 わが国では、自称・無神論者が多いいようです。では、いっさいの神仏を信じてないかと言えば、そうでもないらしい。ただ、特定の宗教を信じて、実践はしていないと言うことであろう。

 何も信じられなくてやっていないと言うことは、裏を返せば、何でも信じてやってしまうことになる。それは核となる宗教的信念を持ってないからである。

 クリスチャンでもないのに教会で結婚式を挙げ、正月には神社巡りをし、死者の弔い等お悔みごとは寺に頼む。その上、お祓いだ・厄除けだ・お守りだ・みくじだ・祈願だ・と言って、何でもかんでもやっている。これ等のものが、本当に功力のあるものであれば、一つあれば良い筈である。

 特に、この頃の若者たちの間では、星占い・相性・血液型・挙句の果ては霊魂・ゾンビ等・オカルトまがいのものまで、流行っているそうである。実に、嘆かわしく憂慮すべきことである。

 このような事態になったのも、わが国では宗教教育がなされていないからだと思っています。宗教教育と言えば、戦前のことを思いだし、タブー視する方もいますが、明治政府のやったことは、廃仏毀釈・国家神道の強制であり、宗教蔑視政策なのであります。

 明治政府の富国強兵・大国主義、戦後は経済・効率・成果中心主義に走り、宗教を蔑視し・忘れ去ったその結果が、今日の世相の親殺し子殺しのように、見るも無残な姿に成り果ててしまったと言えるのではないでしょうか。

 宗教教育と言っても、何も特定の宗派の教義を教えろ、と言っているのではありません。特定の宗派教育の弊害は、戦前の国家神道の強制で、否というほど身につまされた。

 人間と人間、人間と社会を繋ぐためにも、教育に全体性と精神性を復権することが必要であると言われています。宗教とは・人間とは・報恩とは・等々、極々基本的な事柄でよいですから、そして人生にとって、如何に正しい宗教が、絶対必要不可欠なものであるのかを教え・認識させるべきだと思います。

 大聖人は 「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云い・はかなきを畜といふ」(1174P)
 「寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり」(215P)
 と仰せられています。

 同じ動物でも、畜生と人間は違います。人間は教育によって、人間となることになります。“才能ある畜生” とならぬためにも、よくよく思索すべきである。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

歴史の歯車

 12月8日は69年前、わが国の機動部隊がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して、太平洋戦争に突入した日である。

 今では、殆んど歴史の彼方へ忘れ去られ、人々の口の端にも上らない状況である。ただ、戦争を体験した70代以上の方々は、どうして、あんな無謀な戦争をしたのかと思っていることでしょう。私もその中の一人です。

 私は、このような結果になったのは、明治維新の改革のとき、歴史の歯車を逆回転させてしまったからだと思っています。

 政治上では、討幕派は尊王思想を掲げ、王政復古を成し遂げました。しかし、当時の世界の趨勢は、アメリカ独立宣言やフランス革命に見るが如く、王権から民権に確実に変わって行く時代でした。

 王政復古は、幕府を倒した後の政治を、簡単にいえば、鎌倉・武家政治の前の 奈良・平安朝の昔の天皇主権の政治に戻そうというのですから、まさに歴史の歯車の逆回転です。

 維新以後、先進諸国の思想や制度を学び、憲法を作り、選挙制度・議会開設等を成しました。しかし、制度や型は取り入れましたが、主権在民の思想までは行き着けませんでした。

 明治憲法に 「第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス・第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」 と定められ、すべては天皇のためのものであり、総理大臣や裁判官も天皇の任命であり、国民も臣民と呼ばれたのである。

 軍隊は、諸外国はその政府の指揮下に属しているが、これも 「第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」 とあり、内閣の統制が及ばないのである。

 ここから、満州事変の柳条湖・日華事変の廬溝橋事件の時のように、内閣は戦線不拡大を宣言したが、現地の将軍たちは、国際情勢に疎く・国民の苦しみも顧みず、勝手に天皇の軍隊を動かし、戦線を拡大させた。

 これを問い質すと “統帥権の侵害である” と噛みつき、虎の威を借る狐のように慢心を起こし、そのうえ、誰ひとりとして、その結果責任は取ろうとはしないのである。
 あたかも下り坂に、ブレーキのきかない自動車のように、歯止めもきかず、どんどん、戦争への道へ転げ落ちて行ったのである。

 孫子の兵法に 「彼ヲ知ラズ己レヲ知ラザレバ、戦ウゴトニ必ず危ウシ」 とあります。アメリカの実力も知らず、究明しょうともせず、慢じて自国のことも知らず、戦った結果、国民は多大な苦悩と損害を被ったのである。

 王政復古は、すべてが “天皇のため・国のため” であり、“国民のため” という目線は、敗戦という結末の時を待たねばならなかったのであります。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

神道の国教化

 明治維新の王政復古は、王権から民権へとの世界の流れに逆らったものであると述べました。その根本の原因は、これもまた、低級な思想・宗教(神道) を根底にしたことにあると思います。

 幕末の尊王思想は、日本古来の神道と日本独自の天皇制とが、結びついて出来上がったものである。これが明治期に入り 「国家神道」 へと変貌を遂げるのである。

 そもそも “仏教” と “神道” は、どちらの教えが高く深いのかと言えば、それは仏教である。神道は民衆の生活を指導することができるだけの教義は、全く無いのである。

 ただ、『古事記』 や 『日本書紀』 の 「豊葦原瑞穂ノ国ハ、我子孫ノ君タルベキ地ナリ。汝皇孫征(ゆ)イテ治メヨ。皇祚(こうそ)ノ隆(さか)エマサンコト、天壌ト倶ニ窮(きわま)リ無カルベシ」 という天照大神の神勅を、天皇親政の基本理念とした。事実ではない神話の話であり、神がかり的なものである。

 確かに、王政復古思想は、徳川幕藩体制を倒し、民衆を天皇のもとに統一して、欧米列強に対抗できる民族国家を樹立するのに、大いに力を発揮した。
 しかしそれがために、君主国家を樹立し、天皇を 「神」 とする必要性から 「国家神道」 なるものを作り、国教化を図った。
 そのために “神仏分離令” を発し、“廃仏毀釈(はいぶつきしゃく= 仏教を廃し、釈迦の教えを捨てる)” という強制的・暴力的手法を用いて仏教を弾圧した。これは信教の自由という世界歴史の流れから見て、逆コースなのである。

 日蓮大聖人の教えに 「教法流布の先後」 という教判があります。
 『教機時国抄』 に、「必ず先に弘まれる法を知って後の法を弘むべし、先に小乗・権大乗弘らば後に必ず実大乗を弘むべし、先に実大乗弘らば後に小乗・権大乗を弘むべからず、瓦礫(がりゃく)を捨てて金珠(こんじゅ)を取るべし、金珠をすてて瓦礫をとること勿(なか)れ」(439P) と仰せられ、すでに800年も前から、先に弘まった法より劣った法を、後から弘めてはならないと誡められています。

 明治政府は、低級なる国家神道を国家護持し、高等宗教たる仏教を捨てた。その故の太平洋戦争の敗戦という結果は、「国家神道」 の行き着くところの悲劇であったと言えるのではないでしょうか。

 『神国王御書』 に、「王法の曲るは小波・小風のごとし・大国と大人をば失いがたし、仏法の失あるは大風・大波の小船をやぶるがごとし、国のやぶるる事疑いなし」(1521P) との仰せの通りです。

 心して、「宗教」 の高低・淺深・善悪・邪正を、どこまでも研究し、取捨選択しなければならないのであります。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

大乗非仏説論

 「大乗非仏説論」 と言うものがある。法華経等の大乗経典は、釈尊の説いたものではないと言うのである。では、どなたが説いたかと問えば、ハッキリ言えないのである。

 所詮、だれが説こうとも、最高の法華経を説いた人が仏様なのである。釈尊が説いたから法華経が偉大なのではなく、法華経を説いたから釈尊は偉大な仏様なのである。

 『小説・人間革命』 に、ある東大生が戸田先生に、“大学に印度哲学科があって、仏教を講義していますが、あれも勉強した方がよいのでしょうか” と質問をした ことが記されています。
 戸田先生は 「君、あれは ロンドン仏教だよ。根本仏教などと称しているが、じつはせいぜい小乗仏教でとまっているのです。 非常に偏頗な釈迦仏法になっているね。… 中略」

 「イギリスという国は、インド三百年の統治経営の必要から、インドの文化全般についてじつに根気よく研究した。…… 仏教の研究もやったが、これは古代 インドの仏蹟や、石碑や、文献などを手がかりにしたもので、現在わずかに残っている セイロンなどの小乗教に囚われて、それを仏教の全体と想いこんでしまった。 実証主義の悲劇です。 小乗教だけしか仏教と認めず、その後の大乗仏教は仏説に非ずとして、大乗非仏説論を唱えて平然としているのです。…… 中略」

 「…… このような仏法三千年の歴史の流れを、ヨーロッパの仏教学者は、仏蹟や文献に囚われてしまって、もっと ダイナミックに展開しょうとしない。
 これが イギリスを中心とする仏教学者の仏教観といってよい。 小乗教のみを仏説とする根本仏教は、ロンドンで確立をみたわけで、そこへ西洋崇拝の日本の学者などが留学して、イギリスの学者から仏教を学ぶという珍現象になってしまった。 それをまた、帰ってきた学者が、大学で得意になって講義するという始末だ。 だから東大仏教は、残念ながら要するに ロンドン仏教で話にならないと言わざるをえないのです」
 (文庫人間革命8巻・180P)

 以上のように、小乗教しか流布していないインドで、考古学的・物的証拠をいくら積み上げて研究しても、所詮仏教のことは、信心のない者には何も解からないのである。

 彼らは、仏と言えば生身の釈尊しか、いないと思い込んでいるようです。大乗仏教の興隆は、釈尊入滅後・数百年の年月が経っております。ゆえに、どうして釈尊が説くことが出来るのかと疑っているのでしょう。

 当時インドでは、大切な教えは文字に書き留めるのではなく、暗誦し、口承として伝えられたと言われている。そして多くの経典の冒頭には 「如是我聞(是の如きを、我聞きき)」 とあり、自分の勝手な自説を、釈尊の名で発表するようなことは無いのである。

 そして当時、正統を自認していた小乗部派仏教教団が閉鎖的・権威的になり、仏教の精神を忘れ、民衆から遊離した。その中で、釈尊の真意を探求し、民衆を救済し、人間釈尊に直結しょうとする信仰が、在家の人々を中心に興ります。それが大乗仏教運動となって、法華経などの大乗経典が編纂されたと言われています。

 釈尊の真意を正しく説き明かした法華経は、鳩摩羅什によって漢訳され、中国へ伝えられました。中国では、天台大師によって 「理の一念三千論」 として理論面を極め、日本では、伝教大師によって 「迹門の大乗戒壇」 が建立されました。

 釈尊が法華経・如来神力品で、この法を 「四句の要法」 に結し、上行菩薩に付属された大法は、末法の教主・日蓮大聖人が、法華経の文の底より取り出されて、「妙法五字の宝珠(御本尊)」 として我ら衆生に授けて下さいました。

 それから760年、日蓮大聖人の真意は、今や創価学会にしかありません。正しき仏法を求め成仏を願う者は、創価学会に来りて池田大作先生に、教えを乞うべきであると主張するものである。

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

人間革命

 『新・人間革命』 第19巻 に目を通していましたら、「人間革命」 について記述されたところがありました。五十年来、慣れ親しんだ言葉ではあるが、いざ説明しようとしても “成仏を現代的に解釈したもの” ぐらいしか思い浮かばない。そこでこの際、少しでも記憶にとどまるよう書いてみたいと思いました。

 1974年(昭和49年) 3~4月のアメリカ指導のことが記載されています。特に、4月1日にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校) にて、「二十一世紀への提言」 と題する海外初の大学講演がなされまして、大成功に終わりました。
 4月2日、サンタモニカのアメリカ本部で、戸田城聖先生の十七回忌法要が行われました。勤行終了後、先生のご指導がありました。その内容の抜粋です。

 戸田城聖の大きな偉業の一つは、難解な仏法の法理を、わかりやすく現代的に解釈し、展開したことにある。
 たとえば戸田は、あの獄中にあって、「仏」 とは 「生命」 であると悟達し、やがて仏法を生命論として展開していった。これによって、仏法は現代を照らす、生きた人間哲学としてよみがえったのだ。

 また彼は、信仰の目的である 「仏の境涯」 に至ることを、「人間革命」 と表現した。
 この 「人間革命」 という、新しい概念を導入したことによって、仏教界で死後の世界の問題であるかのように言われてきた 「成仏」 が、今世の人間完成の目標として明確化され、深化されたのである。
 
 「われわれの生命、肉体は即、南無妙法蓮華経の当体であります。この南無妙法蓮華経の生命を顕していくことが人間革命なのであります。
 では、人間革命とは、どのような姿、在り方となるのか。本日は、その指標を明らかにしておきたい」
と仰せられ、七項目の指標を示されました。 (詳しくは、新・人間革命第19巻・228~231P)

 伸一は、この 「健康」 「青春」 「福運」 「知性」 「情熱」 「信念」 「勝利」 の七項目を人間革命の指標として示したあと、さらに、これらを包括し、仏法者の規範として確立されなければならないものこそ、「慈悲」 であると訴えた。
 伸一は、慈悲について戸田城聖の指導を通して論じ、「私たち凡夫の場合は、勇気をもって行動することが慈悲に変わるのである」 と力説。そして、慈悲と勇気の実践である広宣流布に生き抜くことの大切さ、尊さを訴えたのである。

 「人間革命といっても、一言すれば、地涌の菩薩の使命を自覚することが肝要であり、喜び勇んで広宣流布に生きる姿こそが人間革命であります。
 たとえ、名誉や財産があろうとなかろうと、真実の法をもって、人のため、社会のために尽くす人こそ、真実の “尊貴の人” であり、その人の生命は菩薩であります。
 最も苦しんでいる人に救済の手を差し伸べ、蘇生させてきた団体が創価学会です。また、そのために命をなげうってきたのが、三代の会長なのであります」
と指導なされました。

 「人間革命」 や 「成仏」 という言葉は、会員の間で使用されている割には、その概念はあまり知られてないと思います。ここに、“七項目” の具体的な指標を示して頂きました。自身にとって、“足らないものからでよい”、“出来そうなものでもよい”、“何か一つからでもよい” ですから目標にして、いま再び、人間革命に向って挑戦したいと思います。

 本日もまた、新潟・福島大水害が報道されています。この苦悩と混乱の末法において、人類を救い、時代を変革していくためには、万人が具える仏性を開き、偉大なる仏界の力を開発する以外にない。人類が境涯を広げる以外に、本質的な解決はない訳です。

 池田先生は、次のようにご指導されています。
 世界の平和と人類の幸福を実現していくことが、私たちの仏法運動の目的です。「暴力と恐怖の世界」 に転落していくのか、「平和と安穏の世界」 を構築していくのか、人類は今、重大な岐路に立たされている。
 戦争という人類の宿痾(持病) を乗り越えて、地球規模の 「立正安国」 を実現しなければならない。そのために、人間それ自身の変革から出発しなければならない。
 「一人の偉大なる人間革命から、全人類の宿命転換を実現する」―― その壮大なる革命の最前線に、私たちは立っているのです。
 (御書の世界第一巻・173P)

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

8.14の日に思う

 「名字の言」 に、◆64年前のきょう、19歳の池田名誉会長は戸田第2代会長と出会った。終戦による社会の混乱、価値観の揺らぎの中、「正しい人生とは何か」 を真摯に問う池田青年に、戸田会長は明快に答えていった。
 ◆この一日が、名誉会長の人生を決めた。のみならず、今日の世界広宣流布の源泉となり、不戦と核兵器廃絶を目指す学会の平和運動の出発となった。師弟の “原点の出会い” に感動を新たにし、平和後継を誓いたい。(聖教・8/14) とありました。

 私が “ブログ” を書き始めて、早いもので丁度一年になります。初めはヨチヨチ歩きで、今でもブログの機能を完全には使いこなし切れていません。どうにか文章は書いていますが、写真やイラストや音楽など無く、取っ付きにくく、読みにくいのでは無いかと思っています。御辛抱して読んで頂ければ幸いに存じます。

 この一年間の出来事では、何と言っても一番のものは、3.11 の東日本大震災と福島第一原発の事故です。未だに復興の見通しさえ立たず、経済は疲弊し、政治は混乱して改革は一歩も進まず、庶民の嘆きは大なるものであります。

 きょうの 「世界の論調」 は、デューイ協会元会長の ジム・ガリソン博士です。「戸田第2代会長との初めての出会いを語った時、80歳のSGI会長の瞳が19歳の青年の輝きを放ち始めたことに、深い感動を覚えました」 と語っています。そのほかの記事の内容を見ましても、学会員である我々よりも、池田先生の偉大さ・本当のお姿を熟知されていると思いました。

 それは池田先生が、人類救済・核廃絶・世界平和のために、30以上の世界一流大学での講演、数千人に上る各界の有識者との対談・SGIは192ヶ国に発展・等々、お命を懸けた世界広宣流布の戦いの賜であります。

 それに引き換え、「此の世界は第六天の魔王の所領なり、一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり」(1081P) の我が国の衆生は、邪智謗法なる故に、法華経の正意に目覚めようとせず、謗法行為を繰り返しています。この故に、今度の大災害も起ったのである。
 『立正安国論』 には 「是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る、言わずんばある可からず恐れずんばある可からず」(同17P) と仰せである。
 このような目覚めない状態では、かえって外国の方から、日蓮仏法の真髄・池田思想の偉大さを、逆に教えられ兼ねないと危惧するものである。

 我が地域の広宣流布は、わが身にある。地涌の久遠の誓いを思い出し、8.14の “師弟の出会い” の原点の日に、心新たに池田先生のご指導のもと、いま再びの前進を開始するものである。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

友岡氏の講演から

 先月の25日に、関西池田記念会館を訪問しました。受付のガードはなかなか固かったんですが、幸いにも友岡雅弥氏にお会いすることが出来ました。友岡氏は 「ブッダは歩む・ブッダは語る」 等々の本をお出しになっている仏教学者で、いろいろお話をお聞きすることができ幸運でした。

 帰宅し暫らくしてから、友岡氏のことをもっと知ろうと思って、氏のお名前をネットで検索したところ、「大聖人は血脈否定論者だった」 という講演の文がありました。そこで、その文の冒頭のところを引用させて頂きます。

 〔大聖人は「血脈」否定論者だった〕
 以前は、出版物の最終チェックは、全て日蓮正宗がやってたんです。何故かて言うと、それは、日本の宗教団体ていうのは、全部、坊さんに「教義解釈権」があるんです。これが日本の宗教の風習やったんです。
普通は正しい事を知ってる人間が説くんですけど、日本の場合は、やっぱり江戸時代の封建檀家制度で、坊さん以外は教学を説いてはいけなかった。
一般信徒が説くときも坊さんと違うことを言ってはいけなかった。

 この事件 (編者注:第2次宗門問題) が起って、『最初から悪いてわかってたら、言うてくれたらいいのに。今頃になってそんな事言うのおかしいし』 という人もおるんですけど、実はそういう事だったんですね。
 教義解釈権が向こうにありましたので、全ての文書に関して向こうが最終にチェックしてたんですね。
 「唯授一人血脈付法 」 は、大聖人の御書にはひとつも載ってないんですよ。実は、御書には、2箇所だけ出てくるけど、それは有名な 「百六箇抄」 と 「本因妙抄」 の “小さい字の所” ね。有名な、後の時代に付け加えた偽物の所でね。あそこにしかない言葉なんですね、これをやっと言えるようになったんですが。


 以上の文を読みまして、坊さんに 「教義解釈権」 があったなんて、今まで知りませんでした。それで池田先生の教学部大会での講義に、いちゃもんを付けてきたことも理解できます。
 戦後の自由主義の時代、国権の検閲を思わせるようなことが、旧仏教界に罷り通っているなんて、早くこの悪弊は打破しなければならないと思います。
 それには民衆が・信者たちが、賢くなり、偽物に騙されないようにしなければなりません。

 12月の本部幹部会において、正木理事長は 「なぜ偽物にだまされるのか。…… より本質的には、本物をよく知らないがゆえに、偽物にだまされてしまう」 と。
 「C作戦」、「あれは決して宗門と学会の分離などではありません。その本質は、まさに 『師弟の分離作戦』 であった。
 また、日蓮門下の歴史にあって、現実の上で御書の通りの大難を受け、かつ、世界広布を実現した人は誰か。それは創価三代のの師弟、なかんずく池田先生以外には断じておりません。この正しい師匠の存在こそ、学会と宗門を決定的に隔てる信心の違いをもたらし、広布拡大の実践を生んだ生命線であります」
と述べられています。

 日顕が学会に 「破門通告書」 を送りつけてきた 「魂の独立」 から20年、宗門は信徒数を2%に減らし、学会は世界192ヶ国まで広布拡大を成し遂げました。正・邪の判定は歴然であります。

 日蓮大聖人は、「此の法華経は知らずして習い談ずる者は但爾前の経の利益なり」(404P) と。
 「伝教大師は 『法華経を讃すと雖も還つて法華の心を死(ころ)す』 等云云、文の心は法華経を持ち読み奉り讃むれども法華の心に背きぬれば還つて釈尊・十方の諸仏を殺すに成りぬと申す意なり」(1439P) と仰せです。

 この 「法華経の心」・「法華経の精神」・「皆成仏道の信心」 を、正しく教えてくださるのは、池田大作先生であり・創価学会しかないと云うことを断言するものであります。

 友岡雅弥氏の講演 → ここから

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

広布第二章の碑

 『新・人間革命 薫風の章』 の冒頭に、九州に与えられた “句” が掲載されました。

 九州が  ありて二章の  船出かな

 池田先生は、「句には、九州の同志が担うべき、広宣流布の “先駆” としての使命を、断固として果たし抜き、創価の牽引力になってほしいとの、伸一の限りない期待が込められていた」 と仰っています。
 そこで、挿し絵に載っている句碑の写真を、撮ってきましたのでご披露いたします。
 
  公布第二章の碑

  黒御影石だと思います。面を磨いていますので、鏡のようになっていて、会館の建物が映っています。 
 
  九州第二章の碑 九州第二章の碑

  北九州平和会館(旧北九州文化会館)の建屋の一部 と 句碑の全景です。

 池田先生は、句碑の除幕式で、「九州の使命である “先駆” ということは、最後まで、常に “先駆” であり続けるということです。最初は、威勢よく、先陣を切って飛び出しても、途中から疲れて遅れ始め、最後は “びり” になってしまうというのでは、意味がありません。

 初めの勢いだけで、“先駆” であり続けることはできない。持続が大事です。そのためには、緻密な計画性に基づいた地道な努力が必要なんです。したがって、“先駆” とは、“堅実さ” に裏打ちされていなければならないことを知ってください」
 と、ご指導して下さいました。

 ややもすれば、九州は火の国、情熱は有るが雑なところもある。それを補うのが、地道な堅実さであることを教えて頂きました。
 これから、毎朝の 『新・人間革命』 の北九州指導の記事が楽しみです。先生のご指導をしっかり受けて、ご期待にお応えしたいと思います。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

川内弘さんを想う

 現在連載中の 『新・人間革命・薫風の章』 には、北九州のご指導のことが掲載されています。
 池田先生は、昭和五十二年五月二十三日に、八幡支部結成十七周年記念勤行会、翌二十四日に、福岡県創価学会・功労者追善法要を営んで下さいました。私は二十四日の “功労者追善法要” に、参加させて頂くことが出来ました。

 それは、広布功労者の川内弘様の部隊に、在籍していた者として参加することが出来ました。川内弘様は、私の入信当時・福岡32部隊の隊長として、北九州創価学会・草創の基礎を築かれ、その興隆発展に尽くされました。

 池田会長ご就任の昭和35年5月、八幡支部の誕生のとき、八幡第32部隊・部隊長になられました。この頃、私は男子部班長として戦わせて頂きました。

 特筆すべきことは、会長ご就任の歓喜をもって戦った、8月の夏季大折伏戦において、支部として1777世帯・男子第32部隊は514世帯の成果を達成し、ともに全国一の制覇を成し遂げて、先生にお応えできたと言うことです。

 川内様はその後、九州参謀として、九州広布の指揮を執られました大功労者であります。惜しむらくは、昭和38年12月、30代前半の若さで、霊山へ旅立ちました。

 池田先生に、私がお会いすることが出来たのは、ひとえに川内部隊長とのご縁があったと言うことです。このことについて、私はこの時、ふと思いました。

 それは、戸田先生は 「獄中の悟達」 をなされています。「悟達」 ということは 「成仏」 なされたと言うことです。そうであるならば、戸田先生に縁する者として、戸田先生の仰ること、ご指導を素直に信じて実践すれば、わが成仏は絶対に間違いはないと言うことです。

 戸田先生のご指導のすべては、池田先生が受け継がれています。ゆえに、戸田先生・池田先生、そして創価学会の流れを汲む者の、不成仏は絶対にあり得ないと確信するものです。

 『生死一大事血脈抄』 に、「在在諸仏土 常与師倶生」 よも虚事候はじ。(1338P) と仰せです。この 法華経化城喩品第七の (在在諸仏の土に 常に師と倶に生ぜん) の御金言を、少しでも解かったことに、幸せを感じました。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

我身一人の日記文書

 前に、生命について間違った考え方である 「断見と常見」 ということについて、池田先生の 『生死一大事血脈抄講義』 を参考にして述べてみました。
 
 断見と常見の記事 → ここから

 そのとき、では、正しい生命観とは何であるか、法華経ではどう説いておるのか、等々のことを、合わせて述べて見なければ、片手落ちになるのではないかと思いました。

 しかし、生命論を書くことは、私にとって非常に難しいのである。それはいまだ、生命というものが解かっていないからである。自分自身が理解してなくて、それを書いたり・しゃべったりしても、それを読んだり・聞いたりした人は、ますます解からなくなって理解し得ないのである。

 であるけれども、それを畏れていては何も先に進まない。何よりも、自分自身の研鑚のためには、ただ読むことだけより、そのうえに書いて見る方が、より理解は深まると思うからである。

 事実、同じところを何回も繰り返し読むことも多く、それでも年の所為か、すぐ忘れてしまうことが多い。前の分を開いて見て、“あれ-こんなことも書いていたのかなぁ!”と思うことも良くあることである。
 それでいて記憶に残らなくても、読んだという行為は善業となって、わが生命に刻まれているのであると思い、心なぐさめているのが実情である。

 『総勘文抄』 に、「此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉(ことごと)く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(563P) と述べられています。

 「我身一人の日記文書なり」 と、すなわち、一代聖教は、我身一人の人間の生命のありようを説き明かしたものである。ゆえに、わが身の本体をよくよく知るべきであると仰せられている。この自身の本体を悟り究めた人が 「仏」 であり、これに迷うのを 「衆生」 というのである。

 総じて “八万四千の法蔵” といえば、今までの私が “ブログ” で書いてきたことも、取りも直さず生命論であったと言えると思います。
 そのように考えれば、肩ひじ張ることもなく、少しは気が楽になると言うものです。これからも、御書と池田先生のご指導を根本にして、学んで参りたいと思います。

 『諸法実相抄』 に曰く、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへ(絶)なば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(1361P) と。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

本部幹部会(一人立つ精神)

 きょうの聖教新聞に、「中国総会」 の意義を込めた 「新時代第68回本部幹部会」 が、広島池田平和記念会館で晴れやかに開催されたと報じています。
 来たる2014年のテーマは 『世界広布新時代 開幕の年』 と紹介された。

 また、小説 『新・人間革命』 の第27巻第1章を 「若芽(わかめ)」 の章として、10月21日から連載を再開すると発表された。
 先生は、「第1章は、1978年(昭和53年)の4月、東京創価小学校の開校のドラマから綴っていきます。…… 創価小学校の誕生をもって、幼稚園から大学までの創価一貫教育が完成した意義を記し留め、創立の月に牧口先生、戸田先生に捧げたいのです」 と仰っています。
 さらに、11月を 「世界広布新時代第1回」 として、新たに本部幹部会を行っていくことが発表されました。

 この幹部会の席上、先生からのメッセージが紹介されました。先生は 「一人立つ精神」 について指導なされていますので、ご紹介したいと思います。
 名誉会長のメッセージ (抜粋)

 我ら創価の原点があります。
 それは、初代・牧口常三郎先生と2代・戸田城聖先生が貫かれた、「一人立つ精神」 です。
 ………
 日蓮大聖人御自身が、日本国中から命を狙(ねら)われながらも、なぜ勝ち越えることができたのか。それは、「一人なれども心のつよき故なるべし」(1220P)、すなわち 「一人であっても心が強いからである」 と断言されております。
 この大聖人のお心に真っ直ぐに連なり、創価の師弟は、創立以来83年間、「一人立つ精神」 で、戦って、戦って、戦い抜いてきました。
 だからこそ、御聖訓通り、三類の強敵から迫害されても、絶対に負けなかったのであります。
 ………
 創価の偉大な父母(ちちはは)たちが、いかなる宿命の嵐も乗り越え、人々の幸福に、世界の平和に尽くしてきた歴史こそ、最も誇り高き 「人間革命」 の勝利劇であり、「生命尊厳」 の大証明なのであります。そして、この潮流を、今、21世紀を担い立つ青年たちが立派に受け継いでくれております。
 私は、皆さんと共に、声を大にして宣言したい。
 平和とは、「一人立つ精神」 の人材を拡大することなり、と。
 一人を励ませば、そこから 「希望」 が生まれます。
 一人を育てれば、そこから 「未来」 が開かれます。
 一人とつながれば、そこから 「平和」 が広がります。

 わが青年部スクラムに、世界の識者も絶大なる期待を寄せています。
 ………
 さあ、世界広布の新時代が開幕しました。
 「大法弘通」「慈折広宣流布」という創価の大願を高らかに掲げて、牧口先生の如く、戸田先生の如く、私と共に、新しい挑戦、新しい開拓闘争を開始しようではありませんか
 皆さん、体に気を付けて 悠々と、幸福の勝利者の道を歩み続けてください。
 どうか、お元気で
  (聖教・2013-10-7・3面)

 さあ 「11・18 創価学会創立の日・総本部落慶の日」 へ、新しい挑戦と開拓を開始しょう!!

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

緩やかな形

 「特定秘密保護法案」 が衆議院を通過した。野党側は審議不十分と言い、与党側は十分に尽くしたと言う。どちらの言い分が正しいのか?
 立場の違いによる見解の相違であろうから、どっちもどっちだ。
 本当は国民が、正しく判定しなければならないのだが、その国民の大多数が無関心で、我関せずと決め込んでいる。この状態は、はなはだ憂慮すべきことである。

 譬喩について調べるため、『法華経の智慧』 を読んでいましたら、気にかかったところがありましたので、ご紹介したいと思います。

 斉藤 しかし社会には 「人を陥れる言葉」 「人を利用する言葉」、そして人間としての人権感覚まで 「マヒさせる言葉」 が氾濫しています。悲しむべき現実です。

 須田 「信なき言論、煙のごとし」 と戸田先生は喝破されましたが、見える煙なら避けることもできます。しかし今、日本は、「ウソの言論」 の煙に包まれて、どこにも逃げられない。いや逃げようとすらしません。

 名誉会長 「火の宅(いえ)」 ならぬ 「煙の家」 だね(笑い)。

 須田 もう亡くなられましたが、創価大学の樺(かんば)俊雄教授(社会学)が、こう警告されていました。
 「政界や財界の支配階級が自己の政策を推し進めるために世論を自己の都合のいい方向に押し曲げるために、マス・コミを自己の勢力のうちにだきこもうとしている」
 「そういうファシズム的政治体制がはっきりした形をとって現れる前に、これを未然に阻止するのが何よりも大切である。
 戦前の経験によっても、体制側はかならず最初は緩(ゆる)やかな形でしか規制措置を出してこない。はじめは緩やかな形ではあるが、しかし後にはテンポを速めて急速に態勢を整えてくるものである。そうなったときに反撃を加えるのには、大へんな努力が必要である。それゆえ、保守反動の勢力が動きはじめた今こそ、これを徹底的にたたくべきである」 
(『歴史は繰り返すか』勁草書房)

 名誉会長 そう。社会のわずかな変化にも、その底流を鋭く見抜かねばならない。そして 「悪の芽」 はつみ、「善の芽」 は伸ばすことです。どんな現象も、必ず意味があるし、必ず価値へと変えていけるのです。
 次元は違うが、ゲーテは 『ファウスト』 の終わりで、「すべて移ろい行くものは、永遠なるものの比喩」(高橋義孝訳、新潮社)であると言っています。


 斉藤 私たちも、ともすると、現実生活を離れた理論のなかに仏法の深い真髄があるかのように錯覚しがちですが、足下の現実こそが仏法であるということを、法華経の譬喩は教えてくれていると思います。  (法華経の智慧第2巻・33~35P)

 樺俊雄教授の “最初は緩やかな形でしか規制措置を出してこない” という、このことは権力者の常套手段であるから注意しなければならない。
 現在、アベノミクスとやらで景気が良くなったと浮かれていたら、裏から足をすくわれかねないのである。政治をよくよく監視しなければならないと思う。
 少しでも、お気を付けてくださいましたら幸いに存じます。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

名誉会長のメッセージ(マンデラ大統領)

 「世界広布新時代第2回本部幹部会」 が8日午後、沖縄研修道場で晴れ晴れと開催されました。
 池田先生は、“メッセージ” を贈って下さり、そのなかで 「私は、きょうが18回目の沖縄訪問との思いで、皆さんの晴れ姿に大拍手を送っております」 と、最大の激励をしてくださいました。

 「名誉会長のメッセージ」 のなかに、去る5日(現地時間)に逝去された、南アフリカの ネルソン・マンデラ元大統領のことについて(抜粋)、述べられているところをご紹介したいと思います。
 
 一、この5日に逝去された偉大なる 「アフリカの人道の闘士」 マンデラ元大統領は、語り残されております。
 「幾多の災難の嵐が襲おうとしても、決意を固めた革命的闘士を押し流すことはできない。また、悲惨をもたらす不幸の連続も、その人を苦しめることはできないと確信する」 と。
 マンデラ元大統領が 27年半の獄中闘争を耐え抜かれて出獄された 1990年に、私は東京でお迎えしました。
 多くの若人の歌と舞の歓迎を、それはそれは喜んでくださいました。
 青年をこよなく愛され、後継の世代を幾重にも育成してこられた、あの マンデラ・スマイルが思い起こされてなりません。
 今、わがアフリカ広布の闘士たちが、マンデラ元大統領が歩み抜かれた不撓不屈の信念の道に陸続と続いております。
 アフリカの婦人部のリーダーが語っていました。
 「現実は大変ですが、断じてあきらめることはありません。なぜなら、困難を乗り越える力は、自分自身のなかにある。日蓮大聖人の仏法は、このことを教えてくれました」「私たちが社会で生き生きと光れば、アフリカの世紀が輝きます」 と。
 この負けじ魂が、学会精神です。
 一人一人が、自らの今いるその場所で、わが生命を最高に光り輝かせていく 「人間革命」 の勇気と正義の舞から、すべては始まるのです。
 (2013-12-10・聖教3面)

 マンデラ元大統領は、27年間・約 1万日に及ぶ獄中闘争を耐え抜いた信念の闘士であります。さぞかし、威厳があり、いかついお顔の方かと思いきや、あに図らんや、好々爺然とした、笑顔の本当に素晴らしいお方でありました。
 9日の NHKの “クローズアップ現代” で、マンデラ大統領について語られていました。記憶をたどりながら、自分なりに述べてみます。

 はじめは不当な差別や迫害や身は拘束され、心は怒りや恨みに満ちていたが、獄中闘争のなかで段々と考えて行くうちに、抑圧する側の心のなかも、人を差別し迫害するという三悪道に覆われていて、それに拘束されているという事実に気が付きました。
 このことは、抑圧される側だけでなく、抑圧する側も共に、自身の悪心からの解放が成されなければ、問題の解決にはならないことを物語っています。
 
 そして、まず身近におる看守たちから、対話を通して道理を納得させる闘いをはじめました。
 弁護士が、マンデラ氏に接見した時、ある変化に気づいたとのことです。それは、看守が マンデラ氏に随っているように見えたとのことである。このような場合、普通は大抵、看守が被告人を引っ張り出してくるように見えるとのことである。
 このように マンデラ氏は、獄中で磨かれた自身の変革の力で、人種間の融和に尽くしました。
 
 後に、南アフリカ国の大統領に就任されました。黒人政権が樹立された時、一部には報復しょうとする勢力もおったようであったが、大統領は断固として 「白人支配はもちろん、また黒人支配にも反対する(趣意)」 と叫んで、人間革命した人格の力で人種間の融和を実現させました。
 いま、シリアでは、反対勢力との泥沼の戦闘中であるが、このことを思えば、マンデラ大統領の高邁な人格と偉大な業績が偲ばれるのである。

 「沖縄総会」の意義を込めた、この “メッセージ” のなかで、池田先生は、
 青き大海原のように開かれた心で「万国の津梁(しんりょう=懸け橋)となってきた沖縄の天地から、「世界広布」 即 「世界平和」 の新時代へ、我ら創価家族は勇気凛々と、新たな大航海を開始しょうではありませんか と御指導してくださいました。 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

本部幹部会のメッセージ

 「世界広布新時代第3回本部幹部会」 が、11日午後、東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。これには、池田先生が記念のメッセージを贈ってくださいました。
 先生は、広宣流布という正義の大誓願に生き抜き、朗々たる題目を轟かせながら、万年に語り継がれる歴史的な一年を、共々に勝ち飾ろうと呼び掛けられました。
 メッセージをご紹介したいと思います。(抜粋)

 一、青年部時代から、私が新年の出発に際し、決意も新たに心肝に染めてきた三つの御聖訓があります。
 一つは、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(970P)。
 二つ目は、「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(955P) です。……… 
 だからこそ、永遠不滅の妙法と共に、死身弘法の師匠と共に、ただただ 「広宣流布」 という大誓願のため、わが生命を惜しみなく萌え上がらせて、この一年を、一日また一日、悔いなく戦い切っていくのだ
 こう、若き日より、思い定めてきました。
 この決意は、今もまったく、変わりはありません。

 一、さらに、三つ目の御聖訓は 「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(1086P) という 「兄弟抄」 の一節です。………
 大聖人は、私たちの今の挑戦も、今の苦労も、今の努力も、今の同志愛も、そして今の勝利も、すべてが消え去ることなく、「未来までの物語」 となって永劫に光り輝いていくと、励ましてくださっているのです。


 昨年の流行語大賞には 「いつやるか?今でしょ」 が受賞した。時代も、世間の人々も、今の一念の大切さ、妙法というものを、心の奧底では気付き希求していると思います。
 それは、いかなる権勢・財宝・学識・知性の人たりとも、人生の “生老病死” という本源的な苦を打開することはできないからです。

 それゆえに、久遠元初からの誓願を掲げて、三世永遠に、常楽我浄の生命の軌道を、大確信をもって人類へ示しゆく、私たちの宿縁は、あまりにも深い。 と述べられています。

 世界広宣流布の草創期といっても、決して過言ではない 「今」 について、池田先生は
 、一人の友に、随力弘通で妙法を語り切る勇気が、未来に無量無辺の地涌の眷属を創り広げる。
 、言いしれぬ災難にも負けずに、信心を貫き通す不屈の忍耐が、未来の社会の活路を赫々(かくかく)と照らし出す。
 、多彩にして多様な友と、励まし合って進む異体同心の団結が、未来の人間共和の都を建設する。
 、地道に誇り高く信念に走りゆく青春が、あとに続く幾千万もの未来の青年に、人生の栄光と勝利の大道を切り開くのであります。
(聖教2014/1/12・3面)と、今の大切さと、なすべきことを指導なされています。

 先生は、“こう、若き日より、思い定めてきました。この決意は、今もまったく、変わりはありません” と述べられています。
 かつて、先輩から先生の御決意の和歌を、お聞きしたことがありますので、ご紹介いたします。

  学会本部の質素な執務室に、私は次の一首を掲げている
  
   わが運命(さだめ)
   かくもあるかと
    決意せば
   惑うことなし
    恐れることなし


  これが第3代会長として立った 私の変わらぬ心である
  
  二00五 五月二十九日(日)
  

 池田先生の御心に、一歩でも近づけるような覚悟の信心を致せねばなりませぬ。終わりに、
 さあ、白馬のいななくように、朗々たる題目を轟かせながら、頑健な生命力を発揮して、万年の未来までの物語として語り継がれゆく、歴史的な一年を共々に飾りゆこう と呼び掛けられています。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

新・人間革命(正義の章)

 新時代開幕の年1月より、聖教新聞には 『新・人間革命第27巻』 の正義の章が連載されています。
 正義の章は、日蓮大聖人の御遺命たる広宣流布の大願に勇往邁進する 「創価学会」 と、広布を忘れ邪教と化した 「日蓮正宗」 との違いを明確にして、我われに成仏得道の道を踏み外さないように教えてくださっています。

 この正義の章に、戸田先生が第二代会長になられて直ぐ、創価学会が宗門と別団体になるための宗教法人格を取得したことが述べられています。このことは、戸田先生の先見の明の確かなることを物語っています。
 正義の章には、次のように述べられています。

 後年、腐敗、堕落した宗門は、「C作戦」(Cはカットの意) なる計画を実行し、一九九一年(平成三年)十一月、学会を “破門” するなどという時代錯誤な暴挙に出た。しかし、いくら一方的に “切る” などと騒いでも、学会は、もとより独立した宗教法人である。なんの社会的な影響力もなかった。
 むしろ、それによって、学会は、邪宗門の呪縛から完全に解き放たれ、魂の独立を果たし、晴れやかに、ますます雄々しく、広宣流布の大空に飛翔していくことになる。
 宗教法人の設立という戸田の英断が、どれほど広宣流布の大発展につながっていったことか。伸一は、未来を見すえた師の慧眼と偉大さに感嘆するとともに、“戸田先生に学会を守っていただいた” との思いを深くするのであった。
 ………
 一方、広宣流布の団体の破壊を企てた宗門は、その後、衰亡の坂道を転げ落ちていくことになる。それは、まさに宗門こそが、日蓮大聖人から破門された証明といえよう。
  (新・人間革命27・正義20)
 
 宗門の僧侶たちは、信仰心を失い、自ら腐敗堕落し、僧が上だと言って信徒を蔑視し、これが聖職者の姿なのかと、その醜態をさらけ出していたのである。
 そして金が貯まってくると我意に従わない者は切るという、坊主根性まる出しで 「C作戦」 を企て、広宣流布を推進する創価学会を “破門” するという暴挙に出たのである。
 この挙は、日蓮大聖人の御精神に反することであり、その後、宗門は衰亡の一途を辿っているのである。先生も “まさに宗門こそが、日蓮大聖人から破門された証明といえよう” と述べられています。

 これまでの各宗派では、すべての信者が一宗教法人のなかに収容されて、一体となった存在であった。ところが、学会の場合は、日蓮正宗という総括法人の外に、さらに創価学会という新たな法人格を作るということである。その理由について、先生は次のように述べられています。

 第一に、大法戦等に際して、総本山に直接の責任や迷惑を及ぼさないためであり、
 第二に、総本山を外護する団体として、思いきった折伏行を断行するためである。
 また第三に、これからの民衆は、いままでの僧侶仏教的な指導や行き方では、なかなか正法を持つまでにはいたらないであろう。しかも、わずか少人数の僧侶をもってしては、多数の信徒を指導することは到底できないからである。
 第四に、信徒だけで構成された団体こそ、もっとも近代的で理想的な民衆仏法であるといえよう。
 妙法を根底にしつつ、そこから一切の社会の各分野にわたって広く活躍していったほうが、はるかに広宣流布の進展も早まるにちがいない。また、それが自然な姿でもあったからだ。
 ………
 今にして思えば、この時の戸田の決断こそ、まさしく他のあらゆる教団を見事にかけはなしてしまい、学会の行き方が正しかったことを実証したのである。
  (文庫・人間革命5巻・218P)

 実際に、広宣流布の戦いの場において、如何ほどの非難・中傷を受けたことか。それを創価学会なかんずく、池田先生が御一人で受けられ、宗門を外護してきたのである。そのお蔭でぬくぬくと育てられた恩を忘れ、学会員を蔑視しその会の破壊を企てるとは、人に道にもとることである。

 このような僧侶の体質は、江戸時代の檀家制度から醸成されてきたのである。牧口・戸田先生の時代にもあったが、大きく具体的な動きとして現われてきたのが、一九七七年(昭和五十二年)の一月十五日、第九回教学部大会での 「仏教史観を語る」 と題しての記念講演からである。
 この講演について、正義の章には、次のように述べられています。

 伸一は、その仏教が、やがて沈滞し、形骸化していった要因の一つは、仏教界全体が “出家仏教” に陥り、民衆をリードする機能を失ったことにあると指摘した。
 そして、衆生を導く、指導者たる “法師” について、本来の意義に立ち返って論及。
 「今いかなる時かを凝視しつつ、広宣流布の運動をリードし、能く法を説きつつ、広く民衆の大海に自行化他の実践の波を起こしゆく存在」 と述べた。つまり、民衆と共に、仏法のために戦ってこそ、真の法師であると訴えたのである。
 また、出家と在家の本義にも言及し、「現代において創価学会は、在家、出家の両方に通ずる役割を果たしているといえましょう。これほど、偉大なる仏意にかなった和合僧は、世界にないのであります」 と宣言した。
 さらに、寺院の歴史についても論を進め、寺院は、人びとが集って成道をめざし、仏道修行に励み、布教へと向かう拠点であり、その本義の上から、学会の会館、研修所は、「現代における寺院」 ともいうべきであると語った。
  (新・人間革命27・正義24)

 この講演は、仏教の本義の上から述べられたものであり、何ら批難されるようなものではないが、宗門の僧侶らは、自らの行状を省みることなく、宗門批判と捉えた。そして、どす黒い嫉妬心を燃やし、創価学会攻撃の材料として利用したのである。
 
 『佐渡御書』 に、「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食(はむ)等云云」(957P) と、仏教は外からは破れない。内部の仏弟子の腐敗堕落から破られるのである。
 『法華経』 に、「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲(てんごく)に未だ得ざるを為(こ)れ得たりと謂(おも)い我慢の心充満せん」(勧持品) と、末法の僧の実体を説いています。
 頭をまるめ、袈裟・衣を着しておればと、外形から判断してはならない。世の中で、一番信用ならない大悪人は、実は僧侶なのであります。
 妙楽云く 「第三最も甚し後後の者転(うたた)識(し)り難きを以つての故に」(228P) と。

 「仏教史観を語る」 の関連記事 ―→ ここから

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

広宣流布誓願勤行会

 3月18日の 「広宣流布誓願勤行会」 に参加してきました。新幹線で上京したのは、実に18年ぶりで、スピードアップもなされており、小倉から5時間弱で東京に着きました。(認識不足、笑)

 このような旅に出ると、昔の 「月例登山会」 のことが思い出されます。北九州から団体臨時列車で、車中二泊・本山で一泊、計三泊四日の旅でした。夜中では冬でも、客車の床に新聞紙を敷いて寝る人もおり、今から思うと難行苦行であったが、また反面、楽しい旅でもありました。
 この登山会が、人材の育成と創価学会の発展に寄与し、広宣流布の推進に果たした功績は、計り知れないものがあります。
 
 登山会と共に連想されるものに、「巡礼」 というものがあります。聖地を巡る巡礼は、各宗教・宗派において大なり小なり行っています。
 有名なのが、キリスト教のエルサレム、イスラム教のメッカへの巡礼などがある。我が国では、平安時代からの熊野詣、四国八十八箇所巡りなどがある。この頃の健康ブームと相まって、ますます盛んのようである。その故か、邪教ながら、なかなか廃れないのである。
 
 創価学会の登山会は、平成2~3年の宗門との関係悪化により廃止になっていました。
 昨年の11月18日、「広宣流布大誓堂」 が建立され、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」 と認められた 「創価学会常住」 の御本尊が御安置されています。御本尊は、板に謹刻された板曼陀羅であります。
 この御本尊は昭和26年5月、第2代会長・戸田城聖先生が、75万世帯達成のための御本尊を請願なされ、時の日昇上人より賜わったものである。

 戸田先生の請願書 ―→ ここから
 
 ここに、学会員であれば、どなたでもこの御本尊に、広宣流布を御祈念することが出来るようになりました。これから3年間の内に、全会員がお目通りすることが出来るそうです。
 大御本尊様にお目通りに行く登山会は、「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」(1536P) とありますように、どちらかと言えば、宿命転換や功徳を願い、また、そのお礼の報告に行くという個人的な面が強かったと思います。

 創価学会の総本部は、「広宣流布大誓堂」 であり、「広宣流布誓願勤行会」 であります。
 「我、地涌の菩薩なり」 という戸田先生と同じ覚悟に立った創価学会員たちが、世界広宣流布の誓願の決意をするところであります。
 誓願勤行会に参加する各人が、“一部でも新聞啓蒙をしょう、一世帯でも折伏しょう” と決意し実践すれば、その力は大きなうねりとなって、世界広宣流布の拡大は間違いないものと確信します。

 池田先生の 「広宣流布誓願の碑」 の後半部分を引用させて頂きます。

 報恩抄に宣(のたま)わく 「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)・未来までもながるべし」
 広宣流布は、世界の平和と社会の繁栄を開きゆく大道なり。全人類を救わんとする、我らの久遠の大誓願なり。今、地涌の菩薩は陸続と躍り出て、法華経の人間主義の大光は五大州を照らす。
 日蓮大聖人に直結し創価三代に連なる宝友が異体同心の団結で、末法万年にわたる 「広宣流布」 即 「世界平和」 の潮流をいよいよ高めゆかんことを、ここに強く念願するものなり。

  先師・恩師への報恩を込めて
     創価学会第三代会長  池田大作  
 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

誓願

 「広宣流布誓願勤行会」 が挙行されています。そこで、あらためて 「誓願」 について、学んで見たいと思いました。
 誓願とは、仏・菩薩が衆生を救済しょうとして誓いを立てることで、有名なのが 「四弘誓願」 という四種の誓願があります。すべての菩薩が起こす誓願なので 「総願」 とも言います。

 (1)衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)。 一切衆生をすべて悟りの彼岸に渡すと誓うこと。
 (2)煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)。 一切の煩悩を断ずると誓うこと。
 (3)法門無尽誓願知(ほうもんむじんせいがんち)。 仏の教えをすべて学び知ると誓うこと。
 (4)仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)。 仏道において無上の悟りを成就すると誓うこと。 

 以上の四種の誓願の内、「一切の菩薩必ず四弘誓願を発(おこ)す可し其の中の衆生無辺誓願度の願之を満せざれば無上菩提誓願証の願又成じ難し」(424P) とありますように、誓願の基本となるものは、衆生を度す即ち、衆生を救済すると誓うことであります。

 したがって、釈尊の極説たる法華経は、「令法久住」(法をして久しく住せしめん)(見宝塔品第十一) の誓願に貫かれていると言っても過言ではありません。
 そのほか 『方便品第二』 には 「我本立誓願 欲令一切衆 如我等無異」(我本誓願をたてて 一切の衆をして 我が如く等くして異なること無からしめんと欲しき) とあります。
 仏の目的は自分(釈尊)と等しい境地に衆生を導くことにある。仏法は一切衆生に仏界という尊極の生命が内在することを示し、衆生をしてその仏界を開かしめるところに、仏の出現の目的があるという。

 『如来寿量品第十六』 には 「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 即成就仏身」(毎に自ら是の念を作さく 何を以てか衆生をして 無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと) とあります。
 仏が常に念じていることは、どのようにすれば衆生を、無上仏道に導き入れ、速やかに仏身を成就させることができ得るであろうか、という慈悲の心であります。

 そして 『薬王菩薩本事品第二十三』 に 「我滅度後。後五百歳中。広宣流布。於閻浮提。無令断絶」(我が滅度の後、後の五百歳の中に、広宣流布して、閻浮提に於て、断絶せしむること無けん) とあります。
 後の五百歳即ち、末法の衆生を救わんがために、世界中において広宣流布して、決して断絶させてはならない、とのご命令である。
 「御義口伝に云く大願とは法華弘通なり」(736P) とありますように、世界広宣流布こそが、仏の本誓願であります。

 池田先生は、大聖人の時代から七百年を経た現代においても、大聖人が捉えられた 「末法」 という時代性の本質は、変わっていないと述べられ、次のように指導されています。

 端的に言えば、末法とは 「争いの時代」 です。あらゆるものが争いへと流されていく時代です。その激流に抗する力は、「自他の仏性を信ずる」 という強い信念です。そして、その信念の実践化としての 「人を敬う」 行動以外にありません。
 この信念と行動の拡大が 「広宣流布」 にほかならない。
 「争いの時代」 の激流を押し返す、「広宣流布」 の流れをつくられたのが、大聖人なのです。
 「根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながし」(329P) です。大聖人は、御自身の戦いが末法万年の広宣流布の根源であり、源流であると言われています。
 生命に具わる仏性の開発という、もっとも根源の次元から、広宣流布の流れを起こされたからです。
 争いと対立の根である 「無明」 を、妙法への強き 「信」 によって打ち砕く戦いに勝ってこそ、その広宣流布の流れは起ってくる。
 この源流をつくるために、大聖人が御書の随所において強調されているのが 「広宣流布の大願」 なのです。


 斉藤 ……… 御書における 「広宣流布の大願」 について、さらに語っていただければと思います。

 名誉会長 「広宣流布の大願」 は御書の核心です。
 また、大聖人の御生涯を貫く骨格です。
 「大願」 とは、仏の悟りの生命から発する 「広大な願い」 です。
 万法を包む一法である妙法を自身の当体と悟った仏の心において発現する 「生命本来の願い」 です。
 「悟る」 ということは、この生命本来の願いを 「思い起こす」 ことだと言っても過言ではない。
 いずれにしても、仏界の生命と広宣流布の大願は一体です。だから、広宣流布の大願に生きる人には、仏界の生命が涌現するのです。
 仏界といっても、仏性といっても、大願を起こし、広布に生き抜いていく、「一念に億劫の辛労を尽くす」 戦いを離れてはありえない。
 その 「瞬間の生命」 こそが仏であり、如来なのです。
 事実としての仏の生命を教えるのが、大聖人の 「事」 の仏法です。そのために大願に生き抜きなさいと大聖人はおっしゃっておられる。
 仏の大願をわが願いとし、不退転の行動で大願を達成せんと願い、誓い、向かっていく人は、知らずしらずのうちに、仏の心と冥合し、仏界の生命を湧現していけるからです。


 斉藤 大願を持つことは即、成仏の道を歩むことだといえますね。

 名誉会長 広宣流布の戦いのなかにしか、成仏の道はないのです。大聖人が 「撰時抄」 で明示されている通りです。
 さきほども言った通り、仏法は 「行」 です。行とは、自分が 「決意」 して、どんな困難があっても 「 実践」 し抜いていくことです。自分で切り開いていく努力でなければ行とは言えません。
 仏と同じ決意をして、その実行ためにどこまでも努力していく。そこにしか成仏の道はありません。


 斉藤 それゆえに、大聖人は弟子たちに、「大願を起せ」「大願に生きよ」 と呼びかけておられるのですね。

 名誉会長 私がいつも心して拝しきた一節に 「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(955P) と仰せです。この限りある人生を仏と同じ大願に生きなさい、と教えられている。

 斉藤 悟りそのものは、いくら言葉を尽くしても、伝えきれるものではありません、しかし、願いは伝えやすいし、習うこともできます。なにしろ、人間は願いの専門家ですから(笑い)。

 名誉会長 大願は、仏界の生命の人格的な現れです。ですから、私たちは一個の人格として学ぶことができるのです。
 大聖人は 「願くは我が弟子等・大願ををこせ …… をなじくは・かり(仮)にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ(露)を大海にあつらへ・ちり(塵)を大地にうづ(埋)むとをもへ」(1561P) と仰せです。
 わが身は 「つゆ」 のようにはかなく、「ちり」 のように取るに足りない身かもしれない。その身も 「大願」 を起すことで、法華経の大海と一体化して永遠に失われない身となる。また、妙法の大地となって、永遠に朽ちることがない。大願を起せば仏の大境涯に連なるのだ、とのお約束です。 
 (御書の世界1巻・14~18P)

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

8・15 の日を思う(1)

 「八月十五日」 は太平洋戦争の結果、わが国が敗れた日である。敗戦と言わずに 「終戦」 すなわち、ただ戦争が終わったのだと言いうるのは、先の大戦の結果を厳しく顧みない姿勢の表れではないかと思われる。
 その顧みない姿勢の故か、戦後 70年にもなろうとしているのに、近隣友好どころか、東アジアに不協和音が漂っているのである。早く平和友好を樹立しなければならない。

 この時期になると、広島・長崎の原爆や特攻隊などの悲劇を語り、戦争の残酷さや悲惨さを教えて、“二度と戦争は行ってはならない” と決意している。この戦争を後世に語り継ぐことの大切さは、些かもゆるがせには出来ない。
 しかし、考えてみますと、これは戦争の結果論を語っているだけです。結果を検証することも大事なことですが、もう一つ、その原因を究明することこそ、より一層大事なことだと思います。

 何故、戦争をしたのか。 何故、戦争が止められなくて、亡国への道をひた走ったのか、等々のことを解明し、その過ちを繰り返させないためにも、一部の研究者間だけの問題にしないで、一般国民にも広くこれを認識させ、共有していかねばならないと思います。

 思い起こせば維新以後、明治政府は西南戦争の内戦を含めて、約十年に一度の国運を賭けた戦争をしてきた。これほど戦争をする好戦国家も珍しいのではないかと思う。前の徳川政権の二百数十年に亘る平穏な時代が、嘘のように思われる。
 このような好戦国家になったのは、私はそれは、明治政権が 「国家神道」 を、国の精神的支柱、指導原理として用いたからであると思っています。

 「国家神道」 は明治政権が、神道国教化政策を執行するために、神社神道を皇室神道のもとに再編成して作られた、明治期の新興宗教である。
 その教えの特徴は、天皇を現人神(あらひとがみ)と拝し、絶対化し、天皇制支配の思想的支柱とした。分りやすく言えば、天皇を本尊とした 「天皇教」 なのである。
 日本書紀から引き出した “八紘一宇(はっこういちう = 世界を一つの家とする)” という スローガンを掲げ、天皇を頂点とした “大東亜共栄圏” 構築のための海外進出を正当化する理論的根拠とした。
 軍部政権の思い上がりも甚だしいもので、この国家神道思想の行きつくところ、「民族主義」・「国家主義」・「軍国主義」 と容易に結びつき、挙げ句の果ては、亡国への坂道を転げ落ちたのである。

 このような亡国の姿を予言された聖人が、既に鎌倉時代に御出現なされていたのである。それは 「日蓮大聖人」 であります。
 大聖人は 『立正安国論』 にて、「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る」(19P) (鬼神=思想)と仰せになられて、天変地夭・飢饉疫癘・兵革などの不幸の根源は、みな邪羲邪宗・悪思想にありと喝破され、正法たる法華経に帰依すべきであると、時の為政者並びに一切衆生に対し、警鐘を鳴らし、諫められました。

 明治政府並びに一般国民は、この大聖人の大慈悲の訓戒を信じようとはせず、仏教(法華経)を廃仏毀釈し、低級なる 「国家神道」 を、国教的地位に崇め奉り、国民に強要までして行じさせたが故に、亡国の憂き目を見たのである。
 めぐり来る八月十五日、あらためて太平洋戦争の歴史の教訓を思い起こし、“二度と戦争を行わない” ためには、戦争を美化・讃嘆し、戦争への道を切り開いた悪思想たる 「国家神道」 を徹底的に弾劾して、捨て去らねばならない。

 そして、「一切衆生悉く仏性有り」(1170P) と、根底的から生命の尊厳を説く、日蓮大聖人の “南無妙法蓮華経” の大仏法を奉持し、「絶対平和主義」・「人間革命主義」・「文化教育主義」 の創価思想を、全世界に流布させなければならない。
 この “広宣流布への道” 以外に、根本的に “二度と戦争を行わない” とする方法はないと確信します。

 大聖人は、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(1170P) と仰せられています。 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR