8月14日

 初めて、ブログと言うものを書いています。まだ、やり方も分かりませんが、そのうちに慣れるでしょう。

 本8月14日は、63年前(昭和22年)の今日、創価学会名誉会長池田大作先生が、恩師・戸田城聖先生と、出会われた記念すべき日なのであります。

 この出会いを起点として、師弟不二の戦いによって、今や日蓮仏法は、世界192ヶ国にまで流布いたしました。

 しかし、この事実を世間の人々は、殆んど知らないか,無関心なのであります。実に残念なことであります。

 これから少しでも、創価学会や池田先生のことを書いて、お知らせできれば、幸いに思います。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

宗教教育

 法華経の 「六難九易」 の譬えのように、正しき宗教に出会い、それを信ずることは難しいことである。

 わが国では、自称・無神論者が多いいようです。では、いっさいの神仏を信じてないかと言えば、そうでもないらしい。ただ、特定の宗教を信じて、実践はしていないと言うことであろう。

 何も信じられなくてやっていないと言うことは、裏を返せば、何でも信じてやってしまうことになる。それは核となる宗教的信念を持ってないからである。

 クリスチャンでもないのに教会で結婚式を挙げ、正月には神社巡りをし、死者の弔い等お悔みごとは寺に頼む。その上、お祓いだ・厄除けだ・お守りだ・みくじだ・祈願だ・と言って、何でもかんでもやっている。これ等のものが、本当に功力のあるものであれば、一つあれば良い筈である。

 特に、この頃の若者たちの間では、星占い・相性・血液型・挙句の果ては霊魂・ゾンビ等・オカルトまがいのものまで、流行っているそうである。実に、嘆かわしく憂慮すべきことである。

 このような事態になったのも、わが国では宗教教育がなされていないからだと思っています。宗教教育と言えば、戦前のことを思いだし、タブー視する方もいますが、明治政府のやったことは、廃仏毀釈・国家神道の強制であり、宗教蔑視政策なのであります。

 明治政府の富国強兵・大国主義、戦後は経済・効率・成果中心主義に走り、宗教を蔑視し・忘れ去ったその結果が、今日の世相の親殺し子殺しのように、見るも無残な姿に成り果ててしまったと言えるのではないでしょうか。

 宗教教育と言っても、何も特定の宗派の教義を教えろ、と言っているのではありません。特定の宗派教育の弊害は、戦前の国家神道の強制で、否というほど身につまされた。

 人間と人間、人間と社会を繋ぐためにも、教育に全体性と精神性を復権することが必要であると言われています。宗教とは・人間とは・報恩とは・等々、極々基本的な事柄でよいですから、そして人生にとって、如何に正しい宗教が、絶対必要不可欠なものであるのかを教え・認識させるべきだと思います。

 大聖人は 「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云い・はかなきを畜といふ」(1174P)
 「寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり」(215P)
 と仰せられています。

 同じ動物でも、畜生と人間は違います。人間は教育によって、人間となることになります。“才能ある畜生” とならぬためにも、よくよく思索すべきである。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

大乗非仏説論

 「大乗非仏説論」 と言うものがある。法華経等の大乗経典は、釈尊の説いたものではないと言うのである。では、どなたが説いたかと問えば、ハッキリ言えないのである。

 所詮、だれが説こうとも、最高の法華経を説いた人が仏様なのである。釈尊が説いたから法華経が偉大なのではなく、法華経を説いたから釈尊は偉大な仏様なのである。

 『小説・人間革命』 に、ある東大生が戸田先生に、“大学に印度哲学科があって、仏教を講義していますが、あれも勉強した方がよいのでしょうか” と質問をした ことが記されています。
 戸田先生は 「君、あれは ロンドン仏教だよ。根本仏教などと称しているが、じつはせいぜい小乗仏教でとまっているのです。 非常に偏頗な釈迦仏法になっているね。… 中略」

 「イギリスという国は、インド三百年の統治経営の必要から、インドの文化全般についてじつに根気よく研究した。…… 仏教の研究もやったが、これは古代 インドの仏蹟や、石碑や、文献などを手がかりにしたもので、現在わずかに残っている セイロンなどの小乗教に囚われて、それを仏教の全体と想いこんでしまった。 実証主義の悲劇です。 小乗教だけしか仏教と認めず、その後の大乗仏教は仏説に非ずとして、大乗非仏説論を唱えて平然としているのです。…… 中略」

 「…… このような仏法三千年の歴史の流れを、ヨーロッパの仏教学者は、仏蹟や文献に囚われてしまって、もっと ダイナミックに展開しょうとしない。
 これが イギリスを中心とする仏教学者の仏教観といってよい。 小乗教のみを仏説とする根本仏教は、ロンドンで確立をみたわけで、そこへ西洋崇拝の日本の学者などが留学して、イギリスの学者から仏教を学ぶという珍現象になってしまった。 それをまた、帰ってきた学者が、大学で得意になって講義するという始末だ。 だから東大仏教は、残念ながら要するに ロンドン仏教で話にならないと言わざるをえないのです」
 (文庫人間革命8巻・180P)

 以上のように、小乗教しか流布していないインドで、考古学的・物的証拠をいくら積み上げて研究しても、所詮仏教のことは、信心のない者には何も解からないのである。

 彼らは、仏と言えば生身の釈尊しか、いないと思い込んでいるようです。大乗仏教の興隆は、釈尊入滅後・数百年の年月が経っております。ゆえに、どうして釈尊が説くことが出来るのかと疑っているのでしょう。

 当時インドでは、大切な教えは文字に書き留めるのではなく、暗誦し、口承として伝えられたと言われている。そして多くの経典の冒頭には 「如是我聞(是の如きを、我聞きき)」 とあり、自分の勝手な自説を、釈尊の名で発表するようなことは無いのである。

 そして当時、正統を自認していた小乗部派仏教教団が閉鎖的・権威的になり、仏教の精神を忘れ、民衆から遊離した。その中で、釈尊の真意を探求し、民衆を救済し、人間釈尊に直結しょうとする信仰が、在家の人々を中心に興ります。それが大乗仏教運動となって、法華経などの大乗経典が編纂されたと言われています。

 釈尊の真意を正しく説き明かした法華経は、鳩摩羅什によって漢訳され、中国へ伝えられました。中国では、天台大師によって 「理の一念三千論」 として理論面を極め、日本では、伝教大師によって 「迹門の大乗戒壇」 が建立されました。

 釈尊が法華経・如来神力品で、この法を 「四句の要法」 に結し、上行菩薩に付属された大法は、末法の教主・日蓮大聖人が、法華経の文の底より取り出されて、「妙法五字の宝珠(御本尊)」 として我ら衆生に授けて下さいました。

 それから760年、日蓮大聖人の真意は、今や創価学会にしかありません。正しき仏法を求め成仏を願う者は、創価学会に来りて池田大作先生に、教えを乞うべきであると主張するものである。

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

8.14の日に思う

 「名字の言」 に、◆64年前のきょう、19歳の池田名誉会長は戸田第2代会長と出会った。終戦による社会の混乱、価値観の揺らぎの中、「正しい人生とは何か」 を真摯に問う池田青年に、戸田会長は明快に答えていった。
 ◆この一日が、名誉会長の人生を決めた。のみならず、今日の世界広宣流布の源泉となり、不戦と核兵器廃絶を目指す学会の平和運動の出発となった。師弟の “原点の出会い” に感動を新たにし、平和後継を誓いたい。(聖教・8/14) とありました。

 私が “ブログ” を書き始めて、早いもので丁度一年になります。初めはヨチヨチ歩きで、今でもブログの機能を完全には使いこなし切れていません。どうにか文章は書いていますが、写真やイラストや音楽など無く、取っ付きにくく、読みにくいのでは無いかと思っています。御辛抱して読んで頂ければ幸いに存じます。

 この一年間の出来事では、何と言っても一番のものは、3.11 の東日本大震災と福島第一原発の事故です。未だに復興の見通しさえ立たず、経済は疲弊し、政治は混乱して改革は一歩も進まず、庶民の嘆きは大なるものであります。

 きょうの 「世界の論調」 は、デューイ協会元会長の ジム・ガリソン博士です。「戸田第2代会長との初めての出会いを語った時、80歳のSGI会長の瞳が19歳の青年の輝きを放ち始めたことに、深い感動を覚えました」 と語っています。そのほかの記事の内容を見ましても、学会員である我々よりも、池田先生の偉大さ・本当のお姿を熟知されていると思いました。

 それは池田先生が、人類救済・核廃絶・世界平和のために、30以上の世界一流大学での講演、数千人に上る各界の有識者との対談・SGIは192ヶ国に発展・等々、お命を懸けた世界広宣流布の戦いの賜であります。

 それに引き換え、「此の世界は第六天の魔王の所領なり、一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり」(1081P) の我が国の衆生は、邪智謗法なる故に、法華経の正意に目覚めようとせず、謗法行為を繰り返しています。この故に、今度の大災害も起ったのである。
 『立正安国論』 には 「是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る、言わずんばある可からず恐れずんばある可からず」(同17P) と仰せである。
 このような目覚めない状態では、かえって外国の方から、日蓮仏法の真髄・池田思想の偉大さを、逆に教えられ兼ねないと危惧するものである。

 我が地域の広宣流布は、わが身にある。地涌の久遠の誓いを思い出し、8.14の “師弟の出会い” の原点の日に、心新たに池田先生のご指導のもと、いま再びの前進を開始するものである。 

テーマ : 創価学会
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友岡氏の講演から

 先月の25日に、関西池田記念会館を訪問しました。受付のガードはなかなか固かったんですが、幸いにも友岡雅弥氏にお会いすることが出来ました。友岡氏は 「ブッダは歩む・ブッダは語る」 等々の本をお出しになっている仏教学者で、いろいろお話をお聞きすることができ幸運でした。

 帰宅し暫らくしてから、友岡氏のことをもっと知ろうと思って、氏のお名前をネットで検索したところ、「大聖人は血脈否定論者だった」 という講演の文がありました。そこで、その文の冒頭のところを引用させて頂きます。

 〔大聖人は「血脈」否定論者だった〕
 以前は、出版物の最終チェックは、全て日蓮正宗がやってたんです。何故かて言うと、それは、日本の宗教団体ていうのは、全部、坊さんに「教義解釈権」があるんです。これが日本の宗教の風習やったんです。
普通は正しい事を知ってる人間が説くんですけど、日本の場合は、やっぱり江戸時代の封建檀家制度で、坊さん以外は教学を説いてはいけなかった。
一般信徒が説くときも坊さんと違うことを言ってはいけなかった。

 この事件 (編者注:第2次宗門問題) が起って、『最初から悪いてわかってたら、言うてくれたらいいのに。今頃になってそんな事言うのおかしいし』 という人もおるんですけど、実はそういう事だったんですね。
 教義解釈権が向こうにありましたので、全ての文書に関して向こうが最終にチェックしてたんですね。
 「唯授一人血脈付法 」 は、大聖人の御書にはひとつも載ってないんですよ。実は、御書には、2箇所だけ出てくるけど、それは有名な 「百六箇抄」 と 「本因妙抄」 の “小さい字の所” ね。有名な、後の時代に付け加えた偽物の所でね。あそこにしかない言葉なんですね、これをやっと言えるようになったんですが。


 以上の文を読みまして、坊さんに 「教義解釈権」 があったなんて、今まで知りませんでした。それで池田先生の教学部大会での講義に、いちゃもんを付けてきたことも理解できます。
 戦後の自由主義の時代、国権の検閲を思わせるようなことが、旧仏教界に罷り通っているなんて、早くこの悪弊は打破しなければならないと思います。
 それには民衆が・信者たちが、賢くなり、偽物に騙されないようにしなければなりません。

 12月の本部幹部会において、正木理事長は 「なぜ偽物にだまされるのか。…… より本質的には、本物をよく知らないがゆえに、偽物にだまされてしまう」 と。
 「C作戦」、「あれは決して宗門と学会の分離などではありません。その本質は、まさに 『師弟の分離作戦』 であった。
 また、日蓮門下の歴史にあって、現実の上で御書の通りの大難を受け、かつ、世界広布を実現した人は誰か。それは創価三代のの師弟、なかんずく池田先生以外には断じておりません。この正しい師匠の存在こそ、学会と宗門を決定的に隔てる信心の違いをもたらし、広布拡大の実践を生んだ生命線であります」
と述べられています。

 日顕が学会に 「破門通告書」 を送りつけてきた 「魂の独立」 から20年、宗門は信徒数を2%に減らし、学会は世界192ヶ国まで広布拡大を成し遂げました。正・邪の判定は歴然であります。

 日蓮大聖人は、「此の法華経は知らずして習い談ずる者は但爾前の経の利益なり」(404P) と。
 「伝教大師は 『法華経を讃すと雖も還つて法華の心を死(ころ)す』 等云云、文の心は法華経を持ち読み奉り讃むれども法華の心に背きぬれば還つて釈尊・十方の諸仏を殺すに成りぬと申す意なり」(1439P) と仰せです。

 この 「法華経の心」・「法華経の精神」・「皆成仏道の信心」 を、正しく教えてくださるのは、池田大作先生であり・創価学会しかないと云うことを断言するものであります。

 友岡雅弥氏の講演 → ここから

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広布第二章の碑

 『新・人間革命 薫風の章』 の冒頭に、九州に与えられた “句” が掲載されました。

 九州が  ありて二章の  船出かな

 池田先生は、「句には、九州の同志が担うべき、広宣流布の “先駆” としての使命を、断固として果たし抜き、創価の牽引力になってほしいとの、伸一の限りない期待が込められていた」 と仰っています。
 そこで、挿し絵に載っている句碑の写真を、撮ってきましたのでご披露いたします。
 
  公布第二章の碑

  黒御影石だと思います。面を磨いていますので、鏡のようになっていて、会館の建物が映っています。 
 
  九州第二章の碑 九州第二章の碑

  北九州平和会館(旧北九州文化会館)の建屋の一部 と 句碑の全景です。

 池田先生は、句碑の除幕式で、「九州の使命である “先駆” ということは、最後まで、常に “先駆” であり続けるということです。最初は、威勢よく、先陣を切って飛び出しても、途中から疲れて遅れ始め、最後は “びり” になってしまうというのでは、意味がありません。

 初めの勢いだけで、“先駆” であり続けることはできない。持続が大事です。そのためには、緻密な計画性に基づいた地道な努力が必要なんです。したがって、“先駆” とは、“堅実さ” に裏打ちされていなければならないことを知ってください」
 と、ご指導して下さいました。

 ややもすれば、九州は火の国、情熱は有るが雑なところもある。それを補うのが、地道な堅実さであることを教えて頂きました。
 これから、毎朝の 『新・人間革命』 の北九州指導の記事が楽しみです。先生のご指導をしっかり受けて、ご期待にお応えしたいと思います。

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川内弘さんを想う

 現在連載中の 『新・人間革命・薫風の章』 には、北九州のご指導のことが掲載されています。
 池田先生は、昭和五十二年五月二十三日に、八幡支部結成十七周年記念勤行会、翌二十四日に、福岡県創価学会・功労者追善法要を営んで下さいました。私は二十四日の “功労者追善法要” に、参加させて頂くことが出来ました。

 それは、広布功労者の川内弘様の部隊に、在籍していた者として参加することが出来ました。川内弘様は、私の入信当時・福岡32部隊の隊長として、北九州創価学会・草創の基礎を築かれ、その興隆発展に尽くされました。

 池田会長ご就任の昭和35年5月、八幡支部の誕生のとき、八幡第32部隊・部隊長になられました。この頃、私は男子部班長として戦わせて頂きました。

 特筆すべきことは、会長ご就任の歓喜をもって戦った、8月の夏季大折伏戦において、支部として1777世帯・男子第32部隊は514世帯の成果を達成し、ともに全国一の制覇を成し遂げて、先生にお応えできたと言うことです。

 川内様はその後、九州参謀として、九州広布の指揮を執られました大功労者であります。惜しむらくは、昭和38年12月、30代前半の若さで、霊山へ旅立ちました。

 池田先生に、私がお会いすることが出来たのは、ひとえに川内部隊長とのご縁があったと言うことです。このことについて、私はこの時、ふと思いました。

 それは、戸田先生は 「獄中の悟達」 をなされています。「悟達」 ということは 「成仏」 なされたと言うことです。そうであるならば、戸田先生に縁する者として、戸田先生の仰ること、ご指導を素直に信じて実践すれば、わが成仏は絶対に間違いはないと言うことです。

 戸田先生のご指導のすべては、池田先生が受け継がれています。ゆえに、戸田先生・池田先生、そして創価学会の流れを汲む者の、不成仏は絶対にあり得ないと確信するものです。

 『生死一大事血脈抄』 に、「在在諸仏土 常与師倶生」 よも虚事候はじ。(1338P) と仰せです。この 法華経化城喩品第七の (在在諸仏の土に 常に師と倶に生ぜん) の御金言を、少しでも解かったことに、幸せを感じました。 

テーマ : 創価学会
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我身一人の日記文書

 前に、生命について間違った考え方である 「断見と常見」 ということについて、池田先生の 『生死一大事血脈抄講義』 を参考にして述べてみました。
 
 断見と常見の記事 → ここから

 そのとき、では、正しい生命観とは何であるか、法華経ではどう説いておるのか、等々のことを、合わせて述べて見なければ、片手落ちになるのではないかと思いました。

 しかし、生命論を書くことは、私にとって非常に難しいのである。それはいまだ、生命というものが解かっていないからである。自分自身が理解してなくて、それを書いたり・しゃべったりしても、それを読んだり・聞いたりした人は、ますます解からなくなって理解し得ないのである。

 であるけれども、それを畏れていては何も先に進まない。何よりも、自分自身の研鑚のためには、ただ読むことだけより、そのうえに書いて見る方が、より理解は深まると思うからである。

 事実、同じところを何回も繰り返し読むことも多く、それでも年の所為か、すぐ忘れてしまうことが多い。前の分を開いて見て、“あれ-こんなことも書いていたのかなぁ!”と思うことも良くあることである。
 それでいて記憶に残らなくても、読んだという行為は善業となって、わが生命に刻まれているのであると思い、心なぐさめているのが実情である。

 『総勘文抄』 に、「此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉(ことごと)く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(563P) と述べられています。

 「我身一人の日記文書なり」 と、すなわち、一代聖教は、我身一人の人間の生命のありようを説き明かしたものである。ゆえに、わが身の本体をよくよく知るべきであると仰せられている。この自身の本体を悟り究めた人が 「仏」 であり、これに迷うのを 「衆生」 というのである。

 総じて “八万四千の法蔵” といえば、今までの私が “ブログ” で書いてきたことも、取りも直さず生命論であったと言えると思います。
 そのように考えれば、肩ひじ張ることもなく、少しは気が楽になると言うものです。これからも、御書と池田先生のご指導を根本にして、学んで参りたいと思います。

 『諸法実相抄』 に曰く、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへ(絶)なば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(1361P) と。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

緩やかな形

 「特定秘密保護法案」 が衆議院を通過した。野党側は審議不十分と言い、与党側は十分に尽くしたと言う。どちらの言い分が正しいのか?
 立場の違いによる見解の相違であろうから、どっちもどっちだ。
 本当は国民が、正しく判定しなければならないのだが、その国民の大多数が無関心で、我関せずと決め込んでいる。この状態は、はなはだ憂慮すべきことである。

 譬喩について調べるため、『法華経の智慧』 を読んでいましたら、気にかかったところがありましたので、ご紹介したいと思います。

 斉藤 しかし社会には 「人を陥れる言葉」 「人を利用する言葉」、そして人間としての人権感覚まで 「マヒさせる言葉」 が氾濫しています。悲しむべき現実です。

 須田 「信なき言論、煙のごとし」 と戸田先生は喝破されましたが、見える煙なら避けることもできます。しかし今、日本は、「ウソの言論」 の煙に包まれて、どこにも逃げられない。いや逃げようとすらしません。

 名誉会長 「火の宅(いえ)」 ならぬ 「煙の家」 だね(笑い)。

 須田 もう亡くなられましたが、創価大学の樺(かんば)俊雄教授(社会学)が、こう警告されていました。
 「政界や財界の支配階級が自己の政策を推し進めるために世論を自己の都合のいい方向に押し曲げるために、マス・コミを自己の勢力のうちにだきこもうとしている」
 「そういうファシズム的政治体制がはっきりした形をとって現れる前に、これを未然に阻止するのが何よりも大切である。
 戦前の経験によっても、体制側はかならず最初は緩(ゆる)やかな形でしか規制措置を出してこない。はじめは緩やかな形ではあるが、しかし後にはテンポを速めて急速に態勢を整えてくるものである。そうなったときに反撃を加えるのには、大へんな努力が必要である。それゆえ、保守反動の勢力が動きはじめた今こそ、これを徹底的にたたくべきである」 
(『歴史は繰り返すか』勁草書房)

 名誉会長 そう。社会のわずかな変化にも、その底流を鋭く見抜かねばならない。そして 「悪の芽」 はつみ、「善の芽」 は伸ばすことです。どんな現象も、必ず意味があるし、必ず価値へと変えていけるのです。
 次元は違うが、ゲーテは 『ファウスト』 の終わりで、「すべて移ろい行くものは、永遠なるものの比喩」(高橋義孝訳、新潮社)であると言っています。


 斉藤 私たちも、ともすると、現実生活を離れた理論のなかに仏法の深い真髄があるかのように錯覚しがちですが、足下の現実こそが仏法であるということを、法華経の譬喩は教えてくれていると思います。  (法華経の智慧第2巻・33~35P)

 樺俊雄教授の “最初は緩やかな形でしか規制措置を出してこない” という、このことは権力者の常套手段であるから注意しなければならない。
 現在、アベノミクスとやらで景気が良くなったと浮かれていたら、裏から足をすくわれかねないのである。政治をよくよく監視しなければならないと思う。
 少しでも、お気を付けてくださいましたら幸いに存じます。

テーマ : 思うこと
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名誉会長のメッセージ(マンデラ大統領)

 「世界広布新時代第2回本部幹部会」 が8日午後、沖縄研修道場で晴れ晴れと開催されました。
 池田先生は、“メッセージ” を贈って下さり、そのなかで 「私は、きょうが18回目の沖縄訪問との思いで、皆さんの晴れ姿に大拍手を送っております」 と、最大の激励をしてくださいました。

 「名誉会長のメッセージ」 のなかに、去る5日(現地時間)に逝去された、南アフリカの ネルソン・マンデラ元大統領のことについて(抜粋)、述べられているところをご紹介したいと思います。
 
 一、この5日に逝去された偉大なる 「アフリカの人道の闘士」 マンデラ元大統領は、語り残されております。
 「幾多の災難の嵐が襲おうとしても、決意を固めた革命的闘士を押し流すことはできない。また、悲惨をもたらす不幸の連続も、その人を苦しめることはできないと確信する」 と。
 マンデラ元大統領が 27年半の獄中闘争を耐え抜かれて出獄された 1990年に、私は東京でお迎えしました。
 多くの若人の歌と舞の歓迎を、それはそれは喜んでくださいました。
 青年をこよなく愛され、後継の世代を幾重にも育成してこられた、あの マンデラ・スマイルが思い起こされてなりません。
 今、わがアフリカ広布の闘士たちが、マンデラ元大統領が歩み抜かれた不撓不屈の信念の道に陸続と続いております。
 アフリカの婦人部のリーダーが語っていました。
 「現実は大変ですが、断じてあきらめることはありません。なぜなら、困難を乗り越える力は、自分自身のなかにある。日蓮大聖人の仏法は、このことを教えてくれました」「私たちが社会で生き生きと光れば、アフリカの世紀が輝きます」 と。
 この負けじ魂が、学会精神です。
 一人一人が、自らの今いるその場所で、わが生命を最高に光り輝かせていく 「人間革命」 の勇気と正義の舞から、すべては始まるのです。
 (2013-12-10・聖教3面)

 マンデラ元大統領は、27年間・約 1万日に及ぶ獄中闘争を耐え抜いた信念の闘士であります。さぞかし、威厳があり、いかついお顔の方かと思いきや、あに図らんや、好々爺然とした、笑顔の本当に素晴らしいお方でありました。
 9日の NHKの “クローズアップ現代” で、マンデラ大統領について語られていました。記憶をたどりながら、自分なりに述べてみます。

 はじめは不当な差別や迫害や身は拘束され、心は怒りや恨みに満ちていたが、獄中闘争のなかで段々と考えて行くうちに、抑圧する側の心のなかも、人を差別し迫害するという三悪道に覆われていて、それに拘束されているという事実に気が付きました。
 このことは、抑圧される側だけでなく、抑圧する側も共に、自身の悪心からの解放が成されなければ、問題の解決にはならないことを物語っています。
 
 そして、まず身近におる看守たちから、対話を通して道理を納得させる闘いをはじめました。
 弁護士が、マンデラ氏に接見した時、ある変化に気づいたとのことです。それは、看守が マンデラ氏に随っているように見えたとのことである。このような場合、普通は大抵、看守が被告人を引っ張り出してくるように見えるとのことである。
 このように マンデラ氏は、獄中で磨かれた自身の変革の力で、人種間の融和に尽くしました。
 
 後に、南アフリカ国の大統領に就任されました。黒人政権が樹立された時、一部には報復しょうとする勢力もおったようであったが、大統領は断固として 「白人支配はもちろん、また黒人支配にも反対する(趣意)」 と叫んで、人間革命した人格の力で人種間の融和を実現させました。
 いま、シリアでは、反対勢力との泥沼の戦闘中であるが、このことを思えば、マンデラ大統領の高邁な人格と偉大な業績が偲ばれるのである。

 「沖縄総会」の意義を込めた、この “メッセージ” のなかで、池田先生は、
 青き大海原のように開かれた心で「万国の津梁(しんりょう=懸け橋)となってきた沖縄の天地から、「世界広布」 即 「世界平和」 の新時代へ、我ら創価家族は勇気凛々と、新たな大航海を開始しょうではありませんか と御指導してくださいました。 

テーマ : 思うこと
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本部幹部会のメッセージ

 「世界広布新時代第3回本部幹部会」 が、11日午後、東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。これには、池田先生が記念のメッセージを贈ってくださいました。
 先生は、広宣流布という正義の大誓願に生き抜き、朗々たる題目を轟かせながら、万年に語り継がれる歴史的な一年を、共々に勝ち飾ろうと呼び掛けられました。
 メッセージをご紹介したいと思います。(抜粋)

 一、青年部時代から、私が新年の出発に際し、決意も新たに心肝に染めてきた三つの御聖訓があります。
 一つは、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(970P)。
 二つ目は、「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(955P) です。……… 
 だからこそ、永遠不滅の妙法と共に、死身弘法の師匠と共に、ただただ 「広宣流布」 という大誓願のため、わが生命を惜しみなく萌え上がらせて、この一年を、一日また一日、悔いなく戦い切っていくのだ
 こう、若き日より、思い定めてきました。
 この決意は、今もまったく、変わりはありません。

 一、さらに、三つ目の御聖訓は 「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(1086P) という 「兄弟抄」 の一節です。………
 大聖人は、私たちの今の挑戦も、今の苦労も、今の努力も、今の同志愛も、そして今の勝利も、すべてが消え去ることなく、「未来までの物語」 となって永劫に光り輝いていくと、励ましてくださっているのです。


 昨年の流行語大賞には 「いつやるか?今でしょ」 が受賞した。時代も、世間の人々も、今の一念の大切さ、妙法というものを、心の奧底では気付き希求していると思います。
 それは、いかなる権勢・財宝・学識・知性の人たりとも、人生の “生老病死” という本源的な苦を打開することはできないからです。

 それゆえに、久遠元初からの誓願を掲げて、三世永遠に、常楽我浄の生命の軌道を、大確信をもって人類へ示しゆく、私たちの宿縁は、あまりにも深い。 と述べられています。

 世界広宣流布の草創期といっても、決して過言ではない 「今」 について、池田先生は
 、一人の友に、随力弘通で妙法を語り切る勇気が、未来に無量無辺の地涌の眷属を創り広げる。
 、言いしれぬ災難にも負けずに、信心を貫き通す不屈の忍耐が、未来の社会の活路を赫々(かくかく)と照らし出す。
 、多彩にして多様な友と、励まし合って進む異体同心の団結が、未来の人間共和の都を建設する。
 、地道に誇り高く信念に走りゆく青春が、あとに続く幾千万もの未来の青年に、人生の栄光と勝利の大道を切り開くのであります。
(聖教2014/1/12・3面)と、今の大切さと、なすべきことを指導なされています。

 先生は、“こう、若き日より、思い定めてきました。この決意は、今もまったく、変わりはありません” と述べられています。
 かつて、先輩から先生の御決意の和歌を、お聞きしたことがありますので、ご紹介いたします。

  学会本部の質素な執務室に、私は次の一首を掲げている
  
   わが運命(さだめ)
   かくもあるかと
    決意せば
   惑うことなし
    恐れることなし


  これが第3代会長として立った 私の変わらぬ心である
  
  二00五 五月二十九日(日)
  

 池田先生の御心に、一歩でも近づけるような覚悟の信心を致せねばなりませぬ。終わりに、
 さあ、白馬のいななくように、朗々たる題目を轟かせながら、頑健な生命力を発揮して、万年の未来までの物語として語り継がれゆく、歴史的な一年を共々に飾りゆこう と呼び掛けられています。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

広宣流布誓願勤行会

 3月18日の 「広宣流布誓願勤行会」 に参加してきました。新幹線で上京したのは、実に18年ぶりで、スピードアップもなされており、小倉から5時間弱で東京に着きました。(認識不足、笑)

 このような旅に出ると、昔の 「月例登山会」 のことが思い出されます。北九州から団体臨時列車で、車中二泊・本山で一泊、計三泊四日の旅でした。夜中では冬でも、客車の床に新聞紙を敷いて寝る人もおり、今から思うと難行苦行であったが、また反面、楽しい旅でもありました。
 この登山会が、人材の育成と創価学会の発展に寄与し、広宣流布の推進に果たした功績は、計り知れないものがあります。
 
 登山会と共に連想されるものに、「巡礼」 というものがあります。聖地を巡る巡礼は、各宗教・宗派において大なり小なり行っています。
 有名なのが、キリスト教のエルサレム、イスラム教のメッカへの巡礼などがある。我が国では、平安時代からの熊野詣、四国八十八箇所巡りなどがある。この頃の健康ブームと相まって、ますます盛んのようである。その故か、邪教ながら、なかなか廃れないのである。
 
 創価学会の登山会は、平成2~3年の宗門との関係悪化により廃止になっていました。
 昨年の11月18日、「広宣流布大誓堂」 が建立され、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」 と認められた 「創価学会常住」 の御本尊が御安置されています。御本尊は、板に謹刻された板曼陀羅であります。
 この御本尊は昭和26年5月、第2代会長・戸田城聖先生が、75万世帯達成のための御本尊を請願なされ、時の日昇上人より賜わったものである。

 戸田先生の請願書 ―→ ここから
 
 ここに、学会員であれば、どなたでもこの御本尊に、広宣流布を御祈念することが出来るようになりました。これから3年間の内に、全会員がお目通りすることが出来るそうです。
 大御本尊様にお目通りに行く登山会は、「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」(1536P) とありますように、どちらかと言えば、宿命転換や功徳を願い、また、そのお礼の報告に行くという個人的な面が強かったと思います。

 創価学会の総本部は、「広宣流布大誓堂」 であり、「広宣流布誓願勤行会」 であります。
 「我、地涌の菩薩なり」 という戸田先生と同じ覚悟に立った創価学会員たちが、世界広宣流布の誓願の決意をするところであります。
 誓願勤行会に参加する各人が、“一部でも新聞啓蒙をしょう、一世帯でも折伏しょう” と決意し実践すれば、その力は大きなうねりとなって、世界広宣流布の拡大は間違いないものと確信します。

 池田先生の 「広宣流布誓願の碑」 の後半部分を引用させて頂きます。

 報恩抄に宣(のたま)わく 「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)・未来までもながるべし」
 広宣流布は、世界の平和と社会の繁栄を開きゆく大道なり。全人類を救わんとする、我らの久遠の大誓願なり。今、地涌の菩薩は陸続と躍り出て、法華経の人間主義の大光は五大州を照らす。
 日蓮大聖人に直結し創価三代に連なる宝友が異体同心の団結で、末法万年にわたる 「広宣流布」 即 「世界平和」 の潮流をいよいよ高めゆかんことを、ここに強く念願するものなり。

  先師・恩師への報恩を込めて
     創価学会第三代会長  池田大作  
 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

誓願

 「広宣流布誓願勤行会」 が挙行されています。そこで、あらためて 「誓願」 について、学んで見たいと思いました。
 誓願とは、仏・菩薩が衆生を救済しょうとして誓いを立てることで、有名なのが 「四弘誓願」 という四種の誓願があります。すべての菩薩が起こす誓願なので 「総願」 とも言います。

 (1)衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)。 一切衆生をすべて悟りの彼岸に渡すと誓うこと。
 (2)煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)。 一切の煩悩を断ずると誓うこと。
 (3)法門無尽誓願知(ほうもんむじんせいがんち)。 仏の教えをすべて学び知ると誓うこと。
 (4)仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)。 仏道において無上の悟りを成就すると誓うこと。 

 以上の四種の誓願の内、「一切の菩薩必ず四弘誓願を発(おこ)す可し其の中の衆生無辺誓願度の願之を満せざれば無上菩提誓願証の願又成じ難し」(424P) とありますように、誓願の基本となるものは、衆生を度す即ち、衆生を救済すると誓うことであります。

 したがって、釈尊の極説たる法華経は、「令法久住」(法をして久しく住せしめん)(見宝塔品第十一) の誓願に貫かれていると言っても過言ではありません。
 そのほか 『方便品第二』 には 「我本立誓願 欲令一切衆 如我等無異」(我本誓願をたてて 一切の衆をして 我が如く等くして異なること無からしめんと欲しき) とあります。
 仏の目的は自分(釈尊)と等しい境地に衆生を導くことにある。仏法は一切衆生に仏界という尊極の生命が内在することを示し、衆生をしてその仏界を開かしめるところに、仏の出現の目的があるという。

 『如来寿量品第十六』 には 「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 即成就仏身」(毎に自ら是の念を作さく 何を以てか衆生をして 無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと) とあります。
 仏が常に念じていることは、どのようにすれば衆生を、無上仏道に導き入れ、速やかに仏身を成就させることができ得るであろうか、という慈悲の心であります。

 そして 『薬王菩薩本事品第二十三』 に 「我滅度後。後五百歳中。広宣流布。於閻浮提。無令断絶」(我が滅度の後、後の五百歳の中に、広宣流布して、閻浮提に於て、断絶せしむること無けん) とあります。
 後の五百歳即ち、末法の衆生を救わんがために、世界中において広宣流布して、決して断絶させてはならない、とのご命令である。
 「御義口伝に云く大願とは法華弘通なり」(736P) とありますように、世界広宣流布こそが、仏の本誓願であります。

 池田先生は、大聖人の時代から七百年を経た現代においても、大聖人が捉えられた 「末法」 という時代性の本質は、変わっていないと述べられ、次のように指導されています。

 端的に言えば、末法とは 「争いの時代」 です。あらゆるものが争いへと流されていく時代です。その激流に抗する力は、「自他の仏性を信ずる」 という強い信念です。そして、その信念の実践化としての 「人を敬う」 行動以外にありません。
 この信念と行動の拡大が 「広宣流布」 にほかならない。
 「争いの時代」 の激流を押し返す、「広宣流布」 の流れをつくられたのが、大聖人なのです。
 「根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながし」(329P) です。大聖人は、御自身の戦いが末法万年の広宣流布の根源であり、源流であると言われています。
 生命に具わる仏性の開発という、もっとも根源の次元から、広宣流布の流れを起こされたからです。
 争いと対立の根である 「無明」 を、妙法への強き 「信」 によって打ち砕く戦いに勝ってこそ、その広宣流布の流れは起ってくる。
 この源流をつくるために、大聖人が御書の随所において強調されているのが 「広宣流布の大願」 なのです。


 斉藤 ……… 御書における 「広宣流布の大願」 について、さらに語っていただければと思います。

 名誉会長 「広宣流布の大願」 は御書の核心です。
 また、大聖人の御生涯を貫く骨格です。
 「大願」 とは、仏の悟りの生命から発する 「広大な願い」 です。
 万法を包む一法である妙法を自身の当体と悟った仏の心において発現する 「生命本来の願い」 です。
 「悟る」 ということは、この生命本来の願いを 「思い起こす」 ことだと言っても過言ではない。
 いずれにしても、仏界の生命と広宣流布の大願は一体です。だから、広宣流布の大願に生きる人には、仏界の生命が涌現するのです。
 仏界といっても、仏性といっても、大願を起こし、広布に生き抜いていく、「一念に億劫の辛労を尽くす」 戦いを離れてはありえない。
 その 「瞬間の生命」 こそが仏であり、如来なのです。
 事実としての仏の生命を教えるのが、大聖人の 「事」 の仏法です。そのために大願に生き抜きなさいと大聖人はおっしゃっておられる。
 仏の大願をわが願いとし、不退転の行動で大願を達成せんと願い、誓い、向かっていく人は、知らずしらずのうちに、仏の心と冥合し、仏界の生命を湧現していけるからです。


 斉藤 大願を持つことは即、成仏の道を歩むことだといえますね。

 名誉会長 広宣流布の戦いのなかにしか、成仏の道はないのです。大聖人が 「撰時抄」 で明示されている通りです。
 さきほども言った通り、仏法は 「行」 です。行とは、自分が 「決意」 して、どんな困難があっても 「 実践」 し抜いていくことです。自分で切り開いていく努力でなければ行とは言えません。
 仏と同じ決意をして、その実行ためにどこまでも努力していく。そこにしか成仏の道はありません。


 斉藤 それゆえに、大聖人は弟子たちに、「大願を起せ」「大願に生きよ」 と呼びかけておられるのですね。

 名誉会長 私がいつも心して拝しきた一節に 「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(955P) と仰せです。この限りある人生を仏と同じ大願に生きなさい、と教えられている。

 斉藤 悟りそのものは、いくら言葉を尽くしても、伝えきれるものではありません、しかし、願いは伝えやすいし、習うこともできます。なにしろ、人間は願いの専門家ですから(笑い)。

 名誉会長 大願は、仏界の生命の人格的な現れです。ですから、私たちは一個の人格として学ぶことができるのです。
 大聖人は 「願くは我が弟子等・大願ををこせ …… をなじくは・かり(仮)にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ(露)を大海にあつらへ・ちり(塵)を大地にうづ(埋)むとをもへ」(1561P) と仰せです。
 わが身は 「つゆ」 のようにはかなく、「ちり」 のように取るに足りない身かもしれない。その身も 「大願」 を起すことで、法華経の大海と一体化して永遠に失われない身となる。また、妙法の大地となって、永遠に朽ちることがない。大願を起せば仏の大境涯に連なるのだ、とのお約束です。 
 (御書の世界1巻・14~18P)

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「久遠元初の法」(平成5/5/3 の指導)

 今まで 「三大秘法」 と言えば、「本門の本尊・戒壇・題目」 の三つの秘法であると、その名称は知っていましたが、それ以上の詳しいところは余り知りませんでした。
 「三大秘法」 について、「教義条項の改正について」 には、 (大白4月号・86P)

 「大聖人は、宇宙と生命に内在する根本の法を南無妙法蓮華経であると明らかにされました。そしてそれを、末法の全民衆の成仏のために三大秘法、すなわち、本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇として具体的に顕されたのであります」 と述べられています。

 すなわち、日蓮大聖人が全民衆の成仏のために、目には見えない宇宙の根本の法を、具体的に目に見える形として顕してくださったのが、「三大秘法」 なのであります。
 成仏とは宇宙の根本の法、すなわち、「久遠元初の法」 を覚知することを言います。この久遠の法を、大聖人が具現化してくださったことが、一番有り難く、偉大なことであります。
 このことによって、正法・像法時代のような戒を持して瞑想することもなく、ただ御本尊受持の一行ばかりで成仏することが可能になり、ここに万人成仏の道が開かれました。

 かつて池田先生が、有識者と対談された時 「久遠の法」 について言及されたとのことです。
 このことについて、いろいろと批判的なことを言っている方も居るようです。このような場合は、切り文ではなくその前後の文も併せて見なければ、正しく理解できないと思って文献を捜してみました。
 
 それは、平成 5年 5月 3日、「5・3」 記念勤行会でのご指導であります。 
 先生はきょうは、寄せられた識者の声を紹介しておきたいと述べられ、その一人、日本を代表する宗教社会学者の方は、山崎副会長らとの懇談の折、次のように語られました。

 「今回、名誉会長が訪問された南米諸国のほとんどが、カトリックの国です。その国々で、大統領や大学などから、数多くの顕彰(けんしょう)を受けられたことは、それ自体、名誉会長が、異文化への理解と寛容性をもたれた偉大な指導者である証明です。本当に素晴らしいことです」

 池田先生は、「カトリックの国で日本の仏教者が、これほど評価されることは並大抵のことではないと言われている。普通なら全部、相手にされないか、批判だけである。それでは広宣流布はできない。その国のために、その国を理解し、その国に尽くしていく―― 私は常にその決心できた」 とご指導されています。
 そしてその方は、先生と初めてお会いした時の思い出も回想されたという。
 
 「名誉会長と初めてお会いした時のことは、いまだに忘れることはできません。その時、名誉会長は言われました。『カトリックの人々は、苦難の歴史、苦闘の道を歩まれた。そうした行動の次元においてカトリックは、私たちの “兄” といっても過言ではありません』 と。私はまず、その謙虚な言葉に驚きました」 と。

 引き続き先生は、キリスト教は、弾圧に次ぐ弾圧、殉教に次ぐ殉教を経て、世界へと広がった。近年の日蓮正宗の僧侶のだれが、そうした努力をしたのか。だれもいない。大聖人の仏法を初めて世界へ流布したのは学会である。
 教えの浅深は別として、世界への “行動” という観点から、私は “兄” と申し上げたのである。


 「その折、私は 『究極に求められるものは何でしょうか』 と質問しました。恐らく “板曼荼羅の御本尊” と答えられると思っておりましたが、しかし、名誉会長は 『久遠元初の法です』 と答えられたのです」
 「このことから、名誉会長が、永遠の根源を求めておられ、板曼荼羅に、偏狭(へんきょう)にこだわっておられないことに、非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た思いでした。以来、学会への協力を決意し、今日にいたっております」


 もとより御本尊が、私どもの 「根本尊敬」 の対象であられることは言うまでもない。そのうえで、曼荼羅それ自体は、物体という側面からいえば永遠不滅ではありえない。
 当然、そこに計り知れない御仏智があられると拝されるが、曼荼羅としてあらわされた 「法」 は永遠である。
 いずれにしても、大聖人の仏法の真髄である 『久遠元初の法』 を根本としてこそ、永遠の妙法流布の道が開ける。この方は、そこに普遍的なものを感じとられたのであろう。
 (小冊子創価のルネサンス52号・10~13P)

 会談された有識者の方は、キリスト教を信仰されている方だと思います。その方の “究極に求められるものは何でしょうか” との質問に、先生は “久遠元初の法です” と答えられました。
 おそらくは、その方はキリスト教の神を通して “永遠不滅の法” を探究されていて、先生の “久遠元初の法” の答えに接し、「ああ!永遠の根源を求められている。私と同じである。同じく求道者である(推察)」 と信頼され、“非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た” と言われたと思います。そして、創価学会の協力者となられたのである。

 「法」 を伝えようとしても、非常に難しいのである。たとえば、釈尊や日蓮大聖人を教えようとしても、クリスチャンはキリストを、イスラム教徒はムハンマドを思い浮かべるであろう。幾世代に亘ってすり込まれた潜在意識はなかなか抜き難いのである。
 その意識・思想変革の困難さを、法華経には 「六難九易」 の譬えをもって説いています。
 「六難九易」 の記事 ―→ ここから

 然るに宗門が言うように、日寛上人の 「就中(なかんずく)弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐中の本懐なり。既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり」(文段集・452P) と。
 この文をもって、正義は我にありと思い上がり、大御本尊をもって総てのものに当て嵌めようとしている。まさに ドグマ (教条・独断)ではないか。

 池田先生は、「大聖人の仏法の真髄である 『久遠元初の法』 を根本としてこそ、永遠の妙法流布の道が開ける」 とご指導されています。
 日蓮大聖人は、「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174P) と仰せです。
 この御金言を、よくよく思索・吟味しなければなりません。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

「第三の人生」は「第三の青春」

 9月号 『大白蓮華』 の 「幸福と平和を創る智慧」 には、「第三の人生」すなわち、人生の総仕上げの年代についての指導が掲載されています。  (2015-9月号・97~113P)
 私もこの年代になって、身につまされる問題であります。ただ単に読むだけならば、いずれは忘れ去ってしまうでしょう。それよりも書き取る方が、より記憶にとどまるのではないかと思いますので、ブログにて発表させて頂きます。

 池田先生は、
 「第三の人生」 は 「第三の青春」 でありたい。青春は、年とともに消え去っていくものではない。自分がどう思うかです。いくつになっても、前向きの挑戦の心があるかぎり、ますます深みを増し、ある人は黄金に、ある人はいぶし銀に輝いていくのです。
 人生の総仕上げの年代を、生涯青春の気概で生きゆけとの指導であります。

 御書に 「四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740P) とあるように、仏法ではさらに一重深く、四苦そのものが 「一身の塔」、すなわち 「生命の宝塔」 を荘厳する宝に変わる、と説いているのです。
 「愚者にとって、老年は冬である。賢者にとって、老年は黄金期となる」 という言葉もある。

 生老病死の四苦そのものが、わが生命の宝塔を荘厳する宝に変わるのだと、これほど、素晴らしく・有り難い大哲理が他にありますでしょうか。
 「しかし残念なことに、『死』 という根本問題から目を背けた現代社会は、そうした 『老い』 のもつ黄金の価値まで見失ってしまったように感じます」 と先生は戒められています。

 そして先生は、認知症の父親の介護に奮闘する、ある一家を激励されました。
 「心配することはありません。たとえ脳に刻まれた記憶が消えたとしても、生命に刻まれた福徳は消えない。広宣流布に尽くした功労は永遠に消えないのです。
 今、お父さんは、一家一族の宿命転換を担い、偉大な総仕上げの戦いをしてくれている。そう捉えて、題目を送り、温かく見守って差し上げてください。どうしてだろうと思い煩ったり、世間体を気にしたりする必要などありません」

 「業」 とは行いのことで、善業の記憶は消えても、生命に刻まれた福徳は消えない。これを確信し、悠々と、堂々と、家族や同志と共に生き抜く、これが信心である、と指導されています。

 長寿社会とは、競争よりも協調が、効率よりもゆとりが、物の豊かさよりも心の豊かさが、求められる時代です。自分が 「してもらう」 のではなく、わずかでもいい、自分には 「何ができるのか」 を考える時代です。いくつになっても、わが身を律しながら、貢献の道を探っていく。それが、「価値創造」 の生き方です。
 「価値創造」 といえば、学会活動そのものであり、ゆえに先生は、
 「人生の最高の誉れは、学会活動です。人のために祈り、動くことで、自分も幸福になる。これほどの価値ある人生はないのです」 と指導されています。

 「長生き」 の秘訣は何か、唱題行が根本であるが、そのうえで、一般的に、心のもち方が大きく関係する といわれていますので、その項目だけを取り上げてみます。
 ① 「くよくよしない」 ことが大切とされる。
 ② 「目標をもって生きる」 ことである。
 ③ 「ユーモア、笑いを忘れない」 ことも大切である。
 ④ 「何らかの仕事、使命に励む」 ことである。


 ハーバード大学のガルブレイス博士は 「健康法」 を、こういわれました。
 「何よりも大事なことは――朝起きた時、『きょう一日計画が決まっていない、考えていない』 といったことが、ないようにすることです!」
 朝を 「さあ、きょうも!」 と元気に出発することである。
 その意味で、みずみずしい一日の出発をする 「朝の朗々たる勤行・唱題」 が、どれほどすばらしい健康法か――。
 勤行・唱題は、小宇宙である自分自身を、大宇宙の根本のリズムに合致させゆく崇高な儀式である。
 ………
 博士は言われた。
  
 「年配者の最大の誤りは、仕事から引退してしまうことである。やるべき仕事がなくなれば 『肉体的努力』 と 『精神的な努力』 を、しなくなってしまう。とくに 『精神的な努力』 をやめることは、非常によくありません」
 いわんや、信心に 「引退」 はない。広宣流布への学会活動は、生命力をを増す 「最極の精神の努力」 であり、生命の根本的な健康法なのである。
 “信心に 「引退」 はない” と、また、遠慮もいらないと思います。

 アメリカの女流画家 グランマ・モーゼスの生き方を通して指導されています。
 人生の年輪が増すごとに、創造の輝きを一段と強く放ちゆく人には、“老い” はない。それは、常に人生の 「現役」 であることを、自負しているからではないだろうか。
 「生きる」 ということは、生涯かけて学ぶことである。また 「人生とは、私たち自身が創るもの」 なのである。そのスタートが何歳であっても遅くないこと、さらに、それには学歴などは要らないことも、モーゼスおばあさんは教えている。
 私はそこに、たぐいまれなる 「自律」 と 「自立」 の魂をみる。自らを律しつつ、自ら立つ。このとき人は、人生という名の舞台の上で、いつも “主役” を演じ続けることができるにちがいない。

 “「人生とは、私たち自身が創るもの」 である。そのスタートが何歳であっても遅くない。また、それには学歴などは要らない” との指導です。

 以上、断片的で中途半端な感は拭いきれませんが、他に ナイチンゲールの生き方 や 「不老不死」 等の指導もありますので、あとは 「大白蓮華」 の方を、熟読玩味して頂ければ幸いに存じます。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

教育勅語について

 毎年、終戦の 8月を迎えると、戦争の悲惨なる体験が語られ、異口同音に “絶対に、二度と戦争はしてはならない” と決意を披歴しています。戦争を忘れ去らないためにも、戦争体験の継承は、大事なことで絶対・必要不可欠であると思っています。
 しかし一方で、なぜ、無謀なる戦争をしてしまったのだろうか といつも思います。この戦争に至った原因を究明し、断罪せずしては、片手落ちで真の平和教育・学習にはならないと思います。

 思えば日本民族は、もともと農耕民族ですから 狩猟民族と違って、好戦的な民族ではありません。
 江戸時代の約 260年間、一揆の鎮圧を除いて、戦争らしきものは一つも無く 平和な時代でした。この時代に、日本独自の文化が花ひらき、今では、数多くの外国人が、日本文化に魅力を感じて来日しています。

 ところが、明治維新以後、一通り見ただけでも、戊辰戦争、西南戦争、日清・日露戦争、第一次大戦、満州事変・日中戦争、太平洋戦争と、終戦までの約 80年間、戦争をやってやりまくっている。
 平和を愛する民族が、なぜ、これ程までも変わったのでしょうか

 私はその第一の理由は、明治政府が、国家の精神的支柱として 「国家神道」 を護持し、実践したことであると思っています。
 この点は、既に ブログに記しているところもありますので、よろしければご参照ください。

  参考: 「8月15日」――→ ここから
  参考: 「歴史の歯車」―→ ここから
  参考: 「神道の国教化」→ ここから
  参考: 「靖国神社」――→ ここから

 第二に、国の教育方針を、「教育勅語」 に則り、国民を好戦的な軍国主義者に仕立て上げた からだと思います。
 先だって、森友学園関連の幼稚園で、園児に 「教育勅語」 を暗誦させていた とのことです。全国的には、ほかにも教材として使っているところが 結構あるようである。 知らないうちに、じわじわ広がってきているようだ。
 このような状況は、「国家神道」 の再来に繋がりかねない危険な萌芽が潜んでいる と思います。
 ゆえに今回は 「教育勅語」 について考えてみたいと思います。

 教育勅語の読み下し文、途中からです。(抜粋)
 爾(なんじ)臣民、父母ニ孝(こう)ニ、兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ、夫婦相和(あいわ)シ、朋友(ほうゆう)相信ジ、恭倹(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ、博愛衆(しゅう)ニ及ボシ、学ヲ修メ、業(ぎょう)ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、徳器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ、進ンデ公益(こうえき)ヲ広メ、世務(せいむ)ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重(おもん)ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急(かんきゅう)アレバ、義勇公(こう)ニ奉(ほう)ジ、以テ天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スベシ。 以下略

 現代語訳です。
 あなたたち臣民は父母に孝行し、兄弟は仲良くし、夫婦は協力し合い、友とは信じ合い、人には恭しく、自分は慎ましくし、広く人々を愛し、学問を修め、仕事を習い、知能を伸ばし、徳を積み、進んで公共の利益に奉仕し、世の中のために尽くし、常に憲法を重んじ、法律を守り、もし国家に危険が迫れば忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けるようにしなければなりません。

 はじめに、「爾(なんじ)臣民」 とありますが、「臣」 とは 「主君に仕える者、家来」 という意味で、国民を天皇の支配下に置く、天皇主権の考え方であり、現代の日本国憲法の主権在民とは相いれない言葉なのです。

 次の 「父母に孝行し、兄弟は仲良くし、…… 法律を守り」 のここまでは、国民のなさねばならない徳目である。
 道徳論として当たり前のことだが、これがあるからと言って “勅語も良いこと書いてあるとか、教育方針として取り入れるべきだ” などという人もおるが、教育勅語の一部分ではなく全体を見て、どのような人間を育成しようとするのか、見極めなければならない。

 「もし国家に危険が迫れば忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けよ」 と、この一行の文によって、どれだけの若者が一兵士として、特攻隊員として犠牲になられたか、計り知れないのである。

 教育勅語の目的は、天皇の国家の 「忠良な臣民」 を作ることです。
 本当の国家は 「国民の幸福と安穏のためにある」 はずである。 それがここでは 「国民は天皇の国家のためにある」 という考えになっている。
 「国家神道」 の “八紘一宇(はっこういちう = 世界を一つの家とする)” という思想のもと、天皇を頂点とする “大東亜共栄圏” の構想を正当化し、天皇のために戦うのが正義であり、大義であると教えた。そのためには、他国への侵略戦争も、正義の戦争となり、聖戦と言われたのである。
 特に、満州事変以後の十数年間、ひと時の休みもなく、戦争をやりまくり、挙句の果てに亡国となったのである。

 国民を天皇の 「忠良の臣民」 とみなし、もし危急なことがあったら 「皇室の命運を助ける」 ことを、国民の義務として教える 「教育勅語」 が、主権在民を柱とした日本国憲法の精神に反することは明白であります。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 82歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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