戸田先生の悟り (1)(はじめに)

 戸田先生の 「生命論」 を述べるにあたって、『人間革命第四巻』 の 「生命の庭」 の章から、池田先生の文章を引用させて頂きました。
 そこには、生命論にいたるまでには、その前に深い “発想の場” があり、デカルト(フランスの哲学者・1596~1650) の哲理の 「私は考える、故に私はある」 にいたるまでの発想の場と、戸田先生のそれとを対比して論じられています。
 ここでは、デカルトについては述べませんので、詳しくは 『人間革命第四巻・生命の庭』 を繙(ひもと)いてください。
 
 この 「生命の庭」 の章の前半部分には、戸田先生の 「獄中の悟達」 について述べられています。仏法の 「悟り」 というものが、どの様なものであるのでしょうか これまた、非常に貴重な示唆に富んだものであります。
 このように重要な、戸田先生の 「悟り」 という精神的・内面的な事がらについて、私ごとき無智な者が、軽々に ブログなどに取り上げることに対して、やってよいのかと躊躇(ちゅうちょ)するものがあります。

 しかし、戸田先生が、ご自身の貴重なる体験を 『人間革命(妙悟空著)』 に発表されてから約60年、池田先生も50年になろうとしています。もうすでに、公表されている事がらでありますから、本質的に逸脱しなければ、許されるものであると思いました。
 
 それにもまして、戦後の日本国民は幸福なるものを、己心の外の外面的・物質的なものに求め、内なる精神的・宗教的なるものを求めようとはせず、あまつさえ、蔑視(べっし)し・蔑(ないがし)ろにしてきたのである。
 その結果が、今日に見る “いじめ・親子殺し・自殺・災害” 等となって、殺伐とした見るも無残な世相の姿である。

 なかには、否 そうではない。戦後、信教の自由が保障され、有名な神社仏閣は大いに繁盛している、という方々もおられるでしょう。しかし、では、そのなかで本当に信仰している人が何人おるのでしょうか。殆んど観光客なのであります。
 このような現状のなかで、“悟りや成仏” という仏教の根本思想や課題に、少しでも関心を持つことは重要なことであり、これが縁となって 「三大秘法の大御本尊」 に、お会いすることが出来ますように願うものである。

 ひるがえって、我が人生にとって一番大事な宗教(妙法)を信ぜずして、悪口・罵詈(めり)し、あまつさえ、邪教の神社仏閣に詣でることは、法華経に云く 「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば即ち一切世間の仏種を断ぜん、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」(29P) 等の 『立正安国論』 の誡文に迷うことになるのである。

 関連記事 “立正安国論” ―→ ここから

 「獄中の悟達」 と称されるように、戸田先生の悟りは牢獄の中でありました。
 それは、わが国が無謀にも太平洋戦争に突入すると、軍事国家は挙国一致のため国家神道を、思想・宗教・言論統制の支柱とし、国民に神社参拝と神札の護持を強要した。
 戦争反対を唱え、神札の受取りを拒否したが故に、“創価教育学会” は弾圧され、昭和18年7月6日、“治安維持法違反” と “不敬罪の容疑” で、牧口会長・戸田理事長以下二十数名が逮捕・投獄されて、学会は壊滅的打撃を受けた事件がありました。

 戸田先生は、大正九年・牧口先生とお会いし師弟の縁を結ばれました。昭和18年の大弾圧の時も、牧口先生に随って獄に下られ、お二人して、最期まで信仰を貫き通したのである。
 獄中において、宅下げした 『日蓮宗聖典』 が、不思議にもまた戻ってきたとき、戸田先生は、これは何か意味があるのだ と感じられ、「よし 読もう 読み切って見せる 法華経を読むんだ と決意しました。
 
 その時の “獄中のエピソード” ―→ ここから

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戸田先生の悟り (2)(一回目の悟り)

 戸田先生の 「獄中の悟達」 は、二つあります。
 一回目は、昭和19年3月初旬、開経である 「無量義経徳行品第一」 を読まれていたとき、
 二回目は、同年11月中旬、「法華経従地涌出品第十五」 を読まれて、地涌の菩薩の自覚に立たれました。

 『無量義経徳行品第一』 に、仏の 「其の身」 について説かれた偈(げ) があり、この偈(韻文の形で述べたもの) の部分が、十二行からなり、「……に非ず」 という否定が、三十四もある。何とも、思議し難い経文である。

 それは 「其の身は有に非ず亦無に非ず、因に非ず縁に非ず自他に非ず、方に非ず円に非ず短長に非ず、出に非ず没に非ず生滅に非ず、造に非ず起に非ず為作に非ず、坐に非ず臥に非ず行住に非ず、動に非ず転に非ず閑静に非ず、進に非ず退に非ず安危に非ず、是に非ず非に非ず得失に非ず、彼に非ず此に非ず去来に非ず、青に非ず黄に非ず赤白に非ず、紅に非ず紫種種の色に非ず」 という経文であります。

 戸田先生は、昭和19年元旦を期して、毎日 『日蓮宗聖典』 のなかの白文の法華経を読むことと、日に一万遍以上の題目をあげることを実践し、寒い二か月間で3回読破し、4回目に入った三月初旬。

 戸田城聖は、いまは前三回の時のように、気楽に読みながすことはできなかった。彼の日々の唱題と、いまは法華経を身で読みきろうというすさまじいばかりの気迫が、彼をいつか踏みとどまらせていたのである。
 彼は思った。
 ―― 三十四の 「非」 は、形容ではない。厳として実在する、あるものを解きあかそうとしているのだ。しかし、その実在は、有るのでもない。無いのでもない。…… 四角でもなく、丸くもなく、短くもなく、長くもない、という。…… 動くのでもなく、転がるのでもなく、じっと静かだというのでもない。…… まるで判じものだが、いったいなんだというのだろう。いま、自分に解かっていることは、このような判じものの表現をとらなければ説きあかすことのできない、ある偉大な、眼にうつらない実在が、厳としてあるということである。……
 ………
 戸田城聖は、この十二行の偈を心から納得したいと願った。さもなければ、もう一歩も先へ進まぬと決めた。彼は、法華経に対して背水の陣を張ったのである。その決意は、いわゆる観念の決意ではない。生命の対決であった。
 ………
 彼は、この十二行の意味するものの、確実な実体が存在することを、直観せざるをえなかった。
 彼は唱題を重ねっていった。そして、ただひたすらに、その実体に迫っていった。三十四の 「非」 を一つ一つ思いうかべながら、その三十四の否定のうえに、なおかつ厳として存在する、その実体はいったい何か、と深い深い思索にはいっていた。時間の経過も意識にない。いま、どこにいるかも忘れてしまった。
 彼は突然、あっと息をのんだ。 ――「生命」 という言葉が、脳裏にひらめいたのである。
 彼はその一瞬、不可解な十二行を読みきった。

 
 「生命」 は有に非ず亦無に非ず
 因に非ず縁に非ず自他に非ず
 方に非ず円に非ず短長に非ず
 …………………………………
 紅に非ず紫種種の色に非ず

 
 ―― ここの 「其の身」 とは、まさしく 「生命」 のことではないか。知ってみれば、なんの不可解なことがあるものか。仏とは生命のことなんだ 
 ―― 仏とは生命なんだ 生命の表現なんだ。外にあるものではなく、自分自身の命にあるものだ。いや、外にもある。それは宇宙生命の一実体なんだ
 
 
 戸田先生は、劣悪な極寒の獄舎にあって、命を賭(と)して “仏の本体・本質” ともいうべきものを、解き放し明らかにしてくださいました。このことについて、池田先生は引き続き、次のように述べられています。

 戸田城聖のこの時の悟達の一瞬は、将来、世界の哲学を変貌(へんぼう)せしむるに足る、一瞬であったといってよい。それは、歳月の急速な流れと共に、やがて明らかにされていくにちがいない。
 この折の、彼の明晰(めいせき)な悟達は、仏法を見事に現代に蘇(よみがえ)らせ、近代科学に優に伍して遜色(そんしょく)のないものとした、といえよう。そして、仏法に鮮明な性格と、現代的な理解とを与えたのである。いや、そればかりではない。日蓮大聖人の生命哲学を、あらゆる古今の哲学のうえに位置せしめた、記念すべき強力な発条(ばね)であったというべきではなかろうか。
 法華経には 「生命」 という直截な、なまの言葉はない。それを戸田は、不可解な十二行に秘沈されてきたものが、じつは真の生命それ自体であることを、つきとめたのである。
   (文庫人間革命第四巻・14~19P抜粋)

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戸田先生の悟り (3)(二回目の悟り)

 その後も、戸田先生はさらに法華経を読み進めました。少なくとも文々句々については、殆んど理解できるまでになりました。
 しかし、ここで戸田先生は、法華経に対して、第二の疑問を懐くようになった。それは、釈迦はいったい法華経二十八品で、何を説きあかしたかったのであろう、という根本的な疑問がおきたのであった。
 先生の頭は、寝ても覚めても、法華経の真理とは何か、具体的に何か、と問いつづけていて、かってない苦悩におそわれたのであります。 

 十一月中旬、元旦から決意した唱題は、すでに二百万遍になろうとしていた。
 そのようなある朝、彼は小窓から射しこむ朝日を浴びて、澄みきった空に、澄みきった声で、朗々と題目をあげていた。
 彼は、何を考えていたのだろう。何も考えていなかった。…… あえていうならば、ここ数日、再三読みかえしている法華経の従地涌出品第十五だけが、頭の片隅に残っていた。
 ………
 ―― 是の諸の菩薩、釈迦牟尼仏の所説の音声を聞いて、下より発来せり。一一の菩薩、皆是れ、大衆の唱導の首なり。各六万恒河沙等の眷属を将(ひき) いたり。況や五万、四万、三万、二万、一万恒河沙等の眷属を将いたる者をや。況や ……

 彼は自然の思いのうちに、いつか虚空にあった。数かぎりない、六万恒河沙の大衆の中にあって、金色燦然たる大御本尊に向かって合掌している、彼自身を発見したのである。
 夢でもない、幻でもなかった。それは、数秒であったようにも、数分であったようにも、また数時間であったようにも思われた。はじめて知った現実であった。喜悦が全身を走り、―― これは嘘ではない、おれは今ここにいる と、自分で自分に叫ぼうとした。

 彼は一瞬、茫然となった。両眼からは熱い涙が溢れてならなかった。彼は眼鏡をはずして、タオルで抑えたが、堰を切った涙はとめどもなかった。おののく歓喜に全生命をふるわせていた。
 彼は涙のなかで、「霊山一会、厳然未散」 という言葉を、ありありと身で読んだのである。彼は何を見、何を知ったというのであろう。 

 ―― 此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥(たし)かに教主大覚世尊より口決相承せしなり ……

 ―― あの六万恒河沙の中の大衆の一人は、この私であった。まさしく上首は、日蓮大聖人であったはずだ。なんという荘厳にして、鮮明な、久遠の儀式であったことか。してみれば、おれは確かに地涌の菩薩であったのだ 
 ………
 ―― よろしい、これでおれの一生は決まった。きょうの日を忘れまい。この尊い大法を流布して、おれは生涯を終わるのだd 
 
 彼は同時に、わが使命をも自覚したのである。そして、来し方を思い、はるかな未来を望みながら、彼はいま四十五歳であることを念(おも)った。
 …… 孔子が生涯をかえりみて、弟子のために、年齢と思想との理想的な調和を十年単位で説いた図式が、念頭に浮かんだ。
 ―― 四十ニシテ惑ハズ、五十ニシテ天命ヲ知ル。
 四十五歳の彼は、そのどちらでもない。しかし、いまの彼は、この二つを一時に知覚したのである。
 彼は大股に歩きまわりながら、なにものかに向かって叫んだ。
 
 「彼に遅るること五年にして惑わず、彼に先だつこと五年にして天命を知りたり」 (文庫人間革命第4巻・21~24P)
 
 戸田先生の 「獄中の悟達」 は、先生ご自身の広布の使命と優れた資質によることは当然でありますが、それだけでは無くそれ以上に、牧口先生との共同作業、すなわち、「師弟不二の戦い」 の結果であると思っています。

 獄中の悟達の日は、何時だろうかと思い人間革命を見ますと、“十一月中旬”、“唱題が二百万遍” になろうとしていた、“そのようなある朝” とだけしか書かれていません。そこで、僭越なことでありますが、私の考えを述べさせて頂きます。

 「師弟不二の悟達」 であるならば、それは 「11月18日の朝6時」 ごろ、牧口先生のご逝去と時を同じくしていたのではないかと思われます。
 なぜ、そのように思うかといえば、昭和21年11月17日、牧口先生の三回忌法要の席上、戸田先生は、次のように述べられています。 

 「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました。そのおかげで 『在在諸仏土・常与師俱生』 と、妙法蓮華経の一句を、身をもって読み、その功徳で、地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味を、かすかながら身読することができました。何たる幸せでございましょうか」 と、報恩感謝の言葉を述べられております。  (文庫人間革命第2巻・86P)

 “牢獄まで連れていってくださった。お供した” と言うことは、「師弟不二」 のお姿・以外の何ものでもないと思います。「師弟不二」 ならば、「生死不二」 であるはずです。
 「妙は死・法は生なり」(1336P) と。妙法即生死です。師匠の牧口先生は 「死」 を表し、弟子の戸田先生は 「生」 を表しています。これまた、明暗同時・「師弟不二の成仏」 であると思っています。

 日蓮大聖人は、「生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり」(1504P) と仰せです。「生」 と 「死」 というかたちは違っていても、師弟共々に、虚空会の久遠の儀式に参列し、金色燦然たる大御本尊に向かって合掌して、霊山一会、厳然未散という言葉を、ありありと身で読んだのであります。

 牧口先生の時代は、折伏は価値論から入り、御本尊を最高価値としたものの、帰納的な価値論の思考から、なかなか抜けきらないでいました。牧口先生は、それ故に “学会は発迹顕本しなければならない・発迹顕本しなければならない” と、常々仰せられていたそうです。
 
 戸田先生の 「われ地涌の菩薩なり」 との悟達は、それはそのまま創価学会の 「発迹顕本」 であり、牧口先生の願い通りの質的転換というべきものがなされたと思います。
 戸田先生の 「獄中の悟達」 によって、学会創立記念日の 「11月18日」 は、学会総体として 「地涌の菩薩の使命」 に目覚めた 「創価学会・原点の日」 となったのであります。

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戸田先生の悟り (4)(仏とは生命なり)

 戸田先生の一回目の悟りは、仏とは生命なりということであります。
 
 池田先生は、「戸田城聖のこの時の悟達の一瞬は、将来、世界の哲学を変貌せしむるに足る、一瞬であったといってよい。…… 仏法を見事に現代に蘇らせ、近代科学に優に伍して遜色のないものとした、といえよう」 と述べられています。
 先生の仰しっやる通りであると確信はしますが、私は世界の哲学や近代科学については、何も分かりませんので、比較して論ずるようなことはできません。
 戸田先生の 「仏とは生命なり」 という言葉自体、もう既に、「仏法を見事に現代に蘇らせ」 ている、と思っています。
 ゆえに、世間一般の方々が、漠然と思っているであろう 「仏」 のイメージとは、格段の差があるのであります。したがって、世上に流れている 「仏」 のイメージについて、少々述べてみたいと思います。

 まずはじめに、“先祖が仏である” とか、“死んだら仏に成る” とかいうことであるが、この様なものは俗語の類いであって、仏法の教えに反しているし、何ら関係のない事がらである。
 「仏」 とは、目覚めた人という意味で、一切諸法の真理を悟り、よく他を導いて真理を得せしめる覚者をいう。このように、万人を救済する力ある 「仏」 に、何も修行もしなくて、死んだらそのままで成れるなんて、因果の法理に反するものである。

 「仏とは生命なり」 の “生命” は、現に生きている者の命のことであり、決して死者のことではない。したがって、生者を対象としているのであり、本来の仏教は、死者にかかわる教えではないのである。じっさい、釈尊をはじめ日蓮大聖人や弘法・法然・道元等の諸宗の元祖たちも、自分の弟子・信者の葬儀にかかわったという記録はないのである。 

 しかし、このような先祖を崇める考えに至ったのは、もともと日本の神道は、わが民族の偉人や英雄たちを 「神」 として崇めていました。また、中国から儒教や道教が伝来し、その教えの 「先祖崇拝」 の思想が取り入れられ、これが広く民衆の間に広まった。
 この先祖崇拝思想が、僧侶の堕落とともに、仏教のなかに取り入れられたのである。

 評論家の小林正博氏は、日本の既成仏教の大半は、祖師の精神からかけ離れ “三つの放棄” を行ってきた歴史がある、と述べています。 (第三文明・2011・12月号・28P)
 
 1)室町時代後半の葬送儀礼体質への変貌による “生の仏教” の放棄、 
 2)江戸時代に確立された檀家制度による “布教の放棄”、
 3)明治時代初頭の聖職者の妻帯による “出家の放棄” という三段階です。
 しかも宗門はそのうえに、あってはならない “信徒の大量放棄” を行った。…… この日本仏教史上でも前代未聞の愚行は、日蓮の精神を根底から否定し、ついには日蓮をも放棄してしまったと言えるでしょう、
と論じています。

 『佐渡御書』 に曰く、「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食(はむ)等云云」(957P) と仰せです。
 仏法は外部から破壊することはできないが、ただ内部にいる悪僧によって破壊される、と言うことです。

 以上のように、外道の先祖崇拝思想によって、先祖が仏であるという間違った見解を、悪僧たちはこれを正すどころか利用して、葬送の儀式を己が生業とするゆえに、人類救済の仏法を、葬式仏法と揶揄(やゆ)されるまでに貶(おとし)めたのである。
 
 「仏とは生命なり」 との戸田先生の悟達は、“仏とは何か” 今までの死のイメージを一新する、生の躍動する本当の 「仏」 とは何かを教えて下さいました。これによって、滅亡のふちにあった日蓮仏法は、蘇(よみがえ)ることができたのである。 

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戸田先生の悟り (5)(権教の仏・菩薩)

 つぎに 「仏」 といえば、一般的には仏画や彫像の仏像などを、仏であると思っている方々が多くおられます。
 これらの仏画や仏像を本尊として修行するのは、正法・像法時代の修行法であって、末法の今日では無益で用を成さないのである。

 『本尊抄』 に、「利根の菩薩凡夫等の華厳・方等・般若等の諸大乗経を聞きし縁を以て大通久遠の下種を顕示する者多々なり例せば独覚の飛花落葉の如し教外の得道是なり」(242P) と仰せです。

 正法・像法時代の衆生は、「本已有善(本と已に善有り)」 といって、過去世において仏道修行して善根を積んでいる、上機上根の衆生である。ゆえに、華厳などの権教であってもそれを縁とし、法華経の久遠の下種を覚知して、成仏することができたのである。

 『曽谷入道等許御書』 に、「今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃(う)たしむるの時なり」(1027P) と仰せです。

 末法の衆生は、「本未有善(本と未だ善有らず)」 といって、釈尊と無縁の権実の善根のない下機下根の衆生である。ゆえに、権実の仏像などを本尊としても、理体を観ずる能力がなく、成仏することはできないのである。
 したがって末法は、「久遠名字の妙法」 を直ちに下種して、不軽菩薩のように “毒鼓を撃たしめる時” なのである。
 ここまでは、衆生の機根と教法との関係性の上から、仏画・仏像などでは成仏できないことを簡単に述べました。
 
 そのほか、常識的に考えても、権教の仏画・仏像などは、衆生と縁がなく、真の仏にならないことが解かります。
 例えば、阿弥陀如来は、実在するのか?、西方十万億土という国土は何処にあるか? と問えば、すべて実在しない架空の話なのである。(他の大日・薬師・薬王・観音・地蔵なども、みな同じことなのである)
 それは釈尊が、衆生を真実の法華経に誘引するために、仮に説いた教え(権教) であるからである。ゆえに、架空の阿弥陀如来が、有りもしない極楽浄土に、幾ら往生できると約束しても、それは空手形であり夢物語なのである。
 そうであるのに法然・親鸞らは、無慙にも無知な衆生を誑かせ、真実の法華経を “捨てよ・閉じよ・閣(さしお) け・抛(なげう) て” させて、正法(法華経)を誹謗した。

 『立正安国論』 に、法華経に云く 「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば即ち一切世間の仏種を断ぜん、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」(29P) と有りますように、浄土宗(他の宗教も)は、堕地獄の因なのである。

 戸田先生の 「仏とは生命なり」 の悟りは、本当の仏とは、実は我が己心の中に在るということを、観念論ではなく、実体験のの上から教えてくださいました。御書には、次のような御金言があります。

 「末法の仏とは凡夫なり凡夫僧なり」(766P)
 「惣じては如来とは一切衆生なり別しては日蓮の弟子檀那なり」(752P)
 「一心三観・一念三千の謂を観ずれば我が身本覚の如来なること悟り出され」(414P)
 「我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり、…… 然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房」(1304P)

 “我が身が本覚の如来” なることの御文証は、このほかにも多数あります。
 
 日連大聖人は、ご化導のはじめから何回も何回も繰り返し、“妙法を唱うる我が身が仏である” と教えてくださいましたが、「雖近而不見(近しと雖も而も見えず)」(寿量品) の故なるか、弟子等の浅学・浅智なる故か、なかなか法華経の心・精神を、理解するまでには至りませんでした。

 江戸時代の中期、中興の祖・日寛上人は、それまでの各派の邪義を破折し、御書の研鑚とそれを整足されて、「日蓮本仏論」 の日蓮教学を確立されました。しかし、時は封建時代であり、幕府の檀家制度の真っただ中、それは日の目を見ることはできませんでした。

 戸田先生の 「仏とは生命なり」 の悟りは、これまでに説かれた仏・菩薩たちの偉大な力・功徳を信じて、それにすがろう・功徳を得ようとする信仰の姿勢を一変するものである。
 それは、これら己心の外の権教の仏・菩薩の本尊には、真の力・功力は無いのだから、すがっても何にも成らないのである。
 では、問題解決の力はどこに在るかといえば、他ならぬ我が身の己心・生命のなかにあるのである。
 ゆえに、信仰とは、ただ功徳をお願いし・すがるだけのものではなく、祈りとは、こうしますという “決意と実践” がなければならないのである。その “信力・行力” があって、はじめて “仏力・法力” が涌現するのである。

 戸田先生は、自らの命(いのち)に生きよ と御指導なされています。結局、自己自身に生きる以外にないのです。その自己の生命を輝かせるための本尊であり、信仰なのであります。
 (戸田先生の 『巻頭言集』 の中に、同じ題名の論文がありますので、読んでみてください)

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戸田先生の悟り (6)(「法華経の智慧」から①)

 ところで、戸田先生の 「獄中の悟達」 について、池田先生は、どのようにお話なされているかと思い、『法華経の智慧』 を繙いてみました。

 名誉会長 一言でいえば、戸田先生の悟達は、創価学会こそ日蓮大聖人の仏法の継承者であることを明らかにした、記念すべき瞬間です。
 今日の広布進展の原点であり、仏教史上、画期的な出来事であったと、私は確信しています。
 難解な仏法を現代に蘇生させ、全民衆のものにしたのです。
 私も、若き日、戸田先生から直接、その内容を聞かせていただいた。学会の宗教的・哲学的確信が、ここにあると思った。
 それはそのまま、日蓮大聖人の仏法の極説に通ずる。
 戸田先生の悟達は、人類の行き詰まり打開への 「道」 を開いたと、私は信じている。この 「道」 をあらゆる次元へ広げていくのが弟子の使命です。
  (法華経の智慧・第1巻・31P) 

 名誉会長 だからこそ、いずこであれ、「一人の人間」 の蘇生から出発することが必要となる。それが 「人間革命を通しての社会革命・地球革命」 です。その法理が、法華経です。その行動が、法華経の智慧と言いたい。  (同書・19P)

 名誉会長 ともあれ、大切なのは 「智慧」 である。智慧を体得することです。……
 智慧も知識も両方あるのが理想ですが、根本は智慧である。目的は 「幸福」 であり、知識だけでは 「幸福」 はないからです。
 その意味で、二十一世紀を幸福にするには 「智慧の世紀」 とする以外にない。
 そして知識は伝達できても、智慧は伝達できない。自分が体得するしかないのです。実はそこに、法華経が 「師弟」 という全人格的関係を強調する一つの理由もあるのです。
  (同書・24P) 

 名誉会長 仏法が二十世紀に蘇った瞬間です。

 遠藤 その無量義経の文には 「其の身は有に非ず亦無に非ず 因に非ず縁に非ず自他に非ず……」 と始まって “三十四の非ず” が繰り返されています。

 名誉会長 「其の身」 とは仏の身のことです。経文を読めば、そのことは分かる。しかし、その実体は分からない。
 それは 「非ず」 という否定形を重ねてしか表現できない何かである。どんな 「定義」 をしても、そこから、はみ出してしまう面をもつ何かである。しかも、どんなに否定形を重ねても、それでもなお厳然と存在する実在である。
 だからといって、それを単に言語表現を超えたものとか、不可思議なもの、空なるものとか言って、仏を超越的なものに祭り上げても、何も分かったことにはならない。戸田先生は 「実感」 としてつかみたかった。「体得」 されたかった。空虚で観念的な理解では、決して満足されなかった。
  (同書・33P)

 名誉会長 まさに 「身」 で読もうとされたのです。
 法華経では 「一切衆生の成仏」 を説く。しからば、その仏とはいかなる実在か。成仏とは何か。これは仏教全体の根幹にかかわる問題です。戸田先生は、この根本問題を深く思索され、追求されたのです。
 そして、突如として戸田先生の脳裏に 「生命」 という言葉が浮かんだ。「仏とは生命なり」 と読み切られた。  
  生命」 は有に非ず亦無に非ず
  因に非ず縁に非ず自他に非ず
  方に非ず円に非ず短長に非ず
  ……紅に非ず紫種種の色に非ず――
と。
  (同書・34P)

 斉藤 戸田先生は、“実在として” つかまれたからこそ、「生命」 という言葉で表現されたのですね。
 
 名誉会長 そう。現代人にも分かる、平易で生きた言葉。しかも、深遠な仏法の真髄を表現し切った 「一句万了」 の一言です。
 「生命」 は、現に万人にそなわっている。だから万人が実感できる具体性がある。その意味でも、戸田先生の悟達は仏法を万人のものとしたのです。
 また 「生命」 には多様性がある。豊かさ、闊達さがある。それでいて、法則的であり、一定のリズムがある。この 「多様性の調和」 を教えたのが一念三千です。その一念三千を体得したのが仏だ。
 しかも 「生命」 には解放性がある。外界と交流し、物質やエネルギーや情報をたえず交換する開かれた存在である。それでいながら、自律性を保っているのが生命です。宇宙全体に開かれた開放性。そして調和ある自由。これが生命の特徴である。
 仏の広大無辺の境涯とは、生命のこの自由、開放、調和を、最大限に実現した境涯だとも言える。
 妙の三義には 「開く」 義、「円満」 の義、「蘇生」 の義がありますが、これこそ 「生命」 の特質です。そして 「仏」 の特質にほかならない。
 ある意味で、仏典はすべて生命論です。……   
(同書・35P)

 このほかにも “生命” について、貴重なご指導が数多く記載されております。『法華経の智慧・全6巻』 は、必読の書であると確信します。
 池田先生は、「戸田先生の残された “生命論” が、どれほど先見に満ちた、一大哲理の結晶であるか。後世の歴史は証明するでしょう」 と述べられています。

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戸田先生の悟り (7)(地涌の菩薩と虚空会)

 戸田先生の二回目の悟りは、我、地涌の菩薩なりということであります。
 まずはじめに、「地涌の菩薩」 と 「虚空会」 について、少し述べてみたいと思います。
 
 地涌の菩薩とは、末法に妙法を弘通するために出現する菩薩を言います。
 法華経の 『従地涌出品第十五』 に、「仏、是れを説きたもう時、娑婆世界の三千大千の国土、地皆震裂して、其の中より無量千万億の菩薩摩訶薩有って、同時に涌出せり。…… 是の菩薩衆の中に、四導師有り。一を上行と名づけ、二を無辺行と名づけ、三を浄行と名づけ、四を安立行と名づく。是の四菩薩、其の衆中に於いて、最も為れ上首唱導の師なり」 とあります。
 このように大地の底から涌き出てきたので 「地涌の菩薩」 という。日蓮大聖人の外用のお姿は、この上首・上行菩薩の再誕であらせられます。また、本法(南無妙法蓮華経)所持の人は、ことごとく地涌の菩薩であります。

 「虚空会」 とは、法華経説法の会座の一つで、説かれた場所(処)は “霊鷲山 と 虚空” の二か処あり、会座は “前霊鷲山会・虚空会・後霊鷲山会” の三会あり、これを、「二処三会」 という。見宝塔品第十一から嘱累品第二十二までの十二品が 「虚空会」 に当たります。
 『見宝塔品第十一』 に、「爾の時に仏前に七宝の塔あり。高さ五百由旬、縦広二百五十由旬なり。地より涌出して、空中に住在す。…… 爾の時に大衆、二如来の、七宝の塔中の、師子座の上に在(まし)まして、結跏趺坐(けっかふざ)したもうを見たてまつり、…… 即時に釈迦牟尼仏、神通力を以って、諸の大衆を接して、皆虚空に在(お)きたもう」 とあります。
 
 以上のような法華経の経文を見ますと、恒河沙の菩薩が大地から湧き出たとか、巨大な宝塔や諸の大衆を虚空に置いたなど、空想の世界のおとぎ話かと思われています。
 しかし、大聖人は 「法華経の文字は六万九千三百八十四字・一字は一仏なり」(971P)・「一字一句・皆真言なり一文一偈・妄語にあらず」(188P) と仰せです。ゆえに、これには深い深い意義があるのである。阿弥陀仏の西方極楽浄土・薬師仏の東方浄瑠璃世界等の譬え話とは、次元が違うのである。
 
 そもそも、法華経の最初の序品からして、霊鷲山に集まった大衆は、「大比丘衆万二千人と倶(とも)なりき、菩薩摩訶薩八万人有り。天、龍、夜叉、…… 各眷属百千万数にして……」 とあります。これ等のことは、歴史上現実にあったことではありません。このことについて、池田先生は次のように述べられています。

 戸田先生も、序品で集まった衆生について、こう言われていた。
 「その何十万と集まったのは釈尊己心の声聞であり、釈尊己心の菩薩なのです。何千万おたってさしつかえない」
 戸田先生は、法華経を、仏法を、人間の現実とかけ離れた架空の話や、観念論にはさせたくなかった。また、絶対にそうではないという確信があった。生命の法であり、己心の法であることを如実に知っておられたのです。
  (法華経の智慧1巻・85P)

 戸田先生の仰しっやるように、法華経が表現しょうとしているものは、生命の法であり、己心の法である。また、仏の己心の世界であり、悟りの世界です。
 この仏の生命を表現するには、荘厳なる 「虚空会の儀式」 と七宝で飾られた巨大な 「宝塔」 で示す、以外に方法はなかったと言えると思います。このことの意義について 『法華経の智慧』 には、次のようにあります。

 遠藤 例えば、ネパールのシャキャ博士は、こう言われていますね。
 「虚空会の儀式は、仏の偉大な境地の象徴であり、その 『現在』 のうちに、『過去の十方世界』 も 『未来の十方世界』 も含んでいると考えられます。時空を超越しているのが 『仏界』 です。虚空会で説かれている世界を悟れば、人間には何でもできる力が出るということです」 と。

 須田 戸田先生は、虚空会の儀式について次のようにおっしゃっています。
 「われわれの生命には仏界という大不思議の生命が冥伏している。この生命の力および状態は想像もおよばなければ、筆舌にも尽くせない。しかしこれを、われわれの生命体のうえに具現することはできる。現実にわれわれの生命それ自体も冥伏せる仏界を具現できるのだと説き示したのが、この宝塔品の儀式である」  と。

 名誉会長 先生は、宝塔出現の意義、宝塔とは何かを明確に教えてくださった。あの巨大な宝塔も、私たちの生命に潜在する仏界を表現したものなのです。生命の宇宙大の尊貴さを教えているのです。  (法華経の智慧・第1巻・120P)

 法華経の 「虚空会の儀式」 は、生命に潜在する仏界を表現したものですが、それだけではなくその他、重要な事がらを説き示しているのです。
 日蓮大聖人は、御本尊を 「虚空会の儀式」 を用いてお顕わしになられています。「宝塔」 とは、南無妙法蓮華経のことであり、御本尊のことであります。
 提婆品では、提婆達多(悪人) と竜女(女人) の成仏を示し、涌出品では、地涌の菩薩を召し出し、神力品で末法の弘経を付嘱した。
 寿量品では、久遠実成の開顕(本果)、我本行菩薩道と本因を明かし、仏の本国土は娑婆世界であると説いている。(三妙合論)

 以上、ごく簡単に示しましたが、このように虚空会の説法は、仏法の中の肝心肝要の法文を数多く含んでおります。
 御書に 「謹んで法華経を披(ひら)きたるに諸の如来の所説の中に第一なりと云えり、又已今当の三説に勝れたりと見えたり」(1208P) とあります。
 ゆえに、法華経が 「已今当説最為第一」(法師品) と言われる所以は、この 「虚空会の儀式」・「久遠の仏の生命」 が説かれているからだと思います。

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戸田先生の悟り (8)(「法華経の智慧」から②)

 池田先生は、戸田先生の 「獄中の悟達」 について、『法華経の智慧』 に次にように述べられています。

 名誉会長 大事なことは、私どもの原点である戸田先生の悟達が、この 「獄中」 でなされたという一点です。
 法華経ゆえの投獄です。「四恩抄」 に仰せのごとく、これは四六時中、片時も休まず法華経を身読していることに通じる。そのなかで、戸田先生は 「我、地涌の菩薩なりと、豁然(かつぜん)と悟られた。大難のまっただなかでこそ、人間革命されたのです。難即悟達です。これこそ、まさに 「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」 の御金言を身をもって証明された姿といえよう。厳しく言えば、難なくして、本当の 「日蓮と同意」 とは言えないのです。
 この 「獄中の悟達」 こそ、私どもの永遠の原点です。法華経を現代に蘇らせた一瞬であり、「人間革命」 という太陽が現代に昇った一瞬だった。その時、闇は深く、だれも気がつかなかったが、夜明けは戸田先生の胸中で始まっていたのです。
  (法華経の智慧第3巻・313P)

 遠藤 「仏とは生命なり」 との悟達は、どちらかと言えば知的な側面が強いのではないでしょうか。それが、全人格的な体験へと深まったものが 「地涌の菩薩の自覚」 ではないかと思われます。その意味で、二つの悟りは一連のものと言えるのではないでしょうか。

 名誉会長 戸田先生の悟りの全容は、到底、語り尽くせないが、先生は法華経ゆえに投獄された。迫害に耐えて信念を貫いた。そのこと自体が法華経を身をもって読むことであり、全人格的な体験です。忍難即仏界です。難と戦う信心によって、生命に大変革が起きたのです。「諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(234P) との仰せの通りです。
 悟りとは単なる認識ではない。ここが大事です。永遠の生命は認識するものでなく、それを生きるものです。修行が必要なのです。なぜならば、認識しょうとしても、そうしょうとしている自己自身をも支えているのが 「生命」 だからです。「波」 に 「海」 をつかむことはできない。「小」 で 「大」 をつかむことはできない。では、どうするか。
 大いなる永遠の生命を、小さな我が身の上に顕現する ―― 涌現する ―― 以外にないのです。そのためには、全存在をかけた自己浄化が必要です。それが仏道修行です。
  (同書・317P) 

 「虚空会の儀式」 は、釈尊の久遠の仏としての生命の姿を、そのまま虚空に描き出したものであると思います。戸田先生は、獄中で法華経を読み切られることによって、それがそのまま、大聖人の御本尊であることを悟られました。
 昭和20年7月3日出獄の日の夜、法華経の 「虚空会の儀式」 を体得された戸田先生が、ご自宅の御本尊にお会いした時のことが、『人間革命』 に記載されております。

 戸田城聖は、暗幕に遮蔽(しゃへい)された二階の一室で、仏壇の前に端座していた。空襲下の不気味な静けさが、あたりを包んでいた。彼はしきみを口に加え、常住御本尊をそろそろとはずした。そして、眼鏡をはずした。
 彼は、御本尊に頬をすりよせるようにして、一字一字たどっていった。
 ―― たしかに、このとおりだ。まちがいない。まったく、あの時のとおりだ。
 彼は心につぶやきながら、獄中で体得した、不可思議な虚空会の儀式が、そのままの姿で御本尊に厳然として認められていることを知った。彼の心は歓喜にあふれ、涙は滂沱(ぼうだ)として頬(ほお)をつたわっていった。彼の手は、わなないた。心に、彼ははっきりと叫んだのである。
 ―― 御本尊様、大聖人様、戸田が必ず広宣流布をいたします。
 彼は、胸のなかに白熱の光を放って、あかあかと燃えあがる炎を感じた。それは、なにものも消すことのできない、灯(ひ) であった。いうなれば、彼の意志をこえていた。広宣流布達成への、永遠に消えざる黎明の灯は、まさにこの時、戸田城聖の心中に点(とも) されたのである。
  (文庫人間革命1巻・49P)

 名誉会長 有名なご金言に 「此の御本尊全く余所(よそ)に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」(1244P) とある。戸田先生は、この御文をありありと実感されたのです。
 そして大聖人が、信心によって 「此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり」(1244P)  と仰せの通り、宝塔のなかに入られた。
 御本尊即宝塔、宝塔即自身、その真実を、先生は生命全体で知ったのです。
  (法華経の智慧第3巻・323P)

 大聖人は 「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて信心に住する処が住在空中なり虚空会に住するなり」(740P) と仰せです。

 戸田先生は、久遠の仏の生命 (永遠の生命) の覚知を、「虚空会の儀式」 に自ら参列している自分自身を発見するという形で、覚知・体得なされました。
 そして、法華経の一文一句は、すべて真実であることを実証されました。それは、歴史的事実としての真実というよりも、“生命の実相・仏の悟り” そのものを、顕わしているという意味で真実なのであります。
 “生命の実相・仏の悟り” などは、現実の事象・現象の次元では、とうてい説明しきれるものではありません。

 「虚空会の儀式」 「地涌の菩薩の出現」 など、700年間、法華経を読んでも譬え話だと思っていたものが、じつは真実であったのである。それを戸田先生は、艱難辛苦の獄中闘争のすえ体得なされ、我われに教えてくださいました。なんと、有り難き偉大なる師匠ではありませんか。
 戸田先生の 我、地涌の菩薩なりの悟達は、我ら弟子たちに、この世に生まれてきた “意義と使命” を教えてくださいました。すなわち、「地涌の菩薩の自覚」 であります。
 今や一千万世帯と世界192カ国における、地涌の菩薩の出現となって実証されたのである。

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戸田先生の悟り (9)(霊山一会厳然未散)

 戸田先生は、「法華経の霊鷲山会」 の儀式に参列している御自身を発見されたと仰せられています。この霊鷲山の会座について、『続 私の仏教観』 の中に次のように述べられています。

 野崎 慧思が 「法華三昧」 を開悟したというのも、そのように法華経に肉薄していった結果、文底に秘沈された久遠の本種を、忽然と覚知したということですね。

 池田 簡単に言ってしまえば、要するに久遠を思い出したということです。私の恩師戸田先生も、生前よく 「久遠を思い出した」 と言われていた。それは、戸田先生の小説 「人間革命」 にも描写されているように、獄中において唱題を重ね、白文の法華経を読み進めるにつれ、ある日突然に、先生は霊山における法華経の会座を思い出された。このことは、あるいは不思議なことのように思われるかもしれないが、わが生命に 「仏」 を覚知したことと、まさに一つのものなのです。 
 
 松本 後に大蘇山を訪れた智顗(天台)が、まず最初に慧思(南岳)から言われたことは 「昔日、霊山に同じく法華を聞く、宿縁の追う所にして今、復た来たる」 ということですね。これは南岳が、新来の弟子智顗を尊敬した言葉であるとか、激励の意味であるとか、親愛の情をこめた発言であったとか、さまざまに解釈されていますが、やはり慧思も、そして大蘇開悟以後の智顗も、生命の奧底から霊山の法華聴者であったことを確信した言葉ですね。

 池田 そう思います。なぜなら、後に天台も 「霊山の一会、厳然として未だ散らず」 という有名な言葉を発しているからです。
 ここで一言、誤解のないために言っておけば、末法当今の菩薩の仏道修行としては、なにも南岳の 「法華三昧」 や、天台の 「摩訶止観」 に説かれる修行を必要とするものではない、ということです。

 
 野崎 それは、強いて霊山の儀式を思い出すまでもない、という意味に通じますね。

 池田 そうです。末法今時においては、日蓮大聖人が 「霊山一会厳然未散」 の儀式を借りて、その内証の境地を御本尊として図顕されているからです。私たちは、その御本尊を受持することによって、受持即観心で 「直達正観」 つまり直ちに仏道を成ずることができ、そのまま霊山の会座につながっていることになるのです。  (續 私の仏教観・141P)

 南岳は、はるばる訪ねてきた天台に対して、“霊山に同じく法華を聞く” と言い、ともに霊山の法華聴者であったことを確認し、喜びあっています。
 池田先生は、“先生は霊山における法華経の会座を思い出された。このことは、わが生命に 「仏」 を覚知したことと、まさに一つのものなのです” と述べられています。
 
 「仏」 を覚知したこととは、また 「永遠の生命」 を覚知し、久遠を思い出したことであり、まさに 「成仏」 されたということであります。
 したがって法華経の悟りとは、自身が 「虚空会の儀式」 に参加していることを、実感する・体得することに尽きると思います。それはそのまま、自身の生命のなかに 「虚空会の儀式」 はある、ということと同じであるわけです。

 大聖人は、「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」(1244P) 
 「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて信心に住する処が住在空中なり虚空会に住するなり」(740P)
 「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は生死即涅槃と開覚するを皆在虚空と説くなり生死即涅槃と被摂(ひしょう)するなり、大地は色法なり虚空は心法なり色心不二と心得可きなり虚空とは寂光土なり」(742P)
 と仰せです。
 
 名誉会長 「仏とは何か」 を追求し抜いて、仏とはほかならぬ自分のことであり、宇宙の大生命であり、それらは一体であるとわかった。
 “足下を掘れ、そこに泉あり” という言葉は有名だが、自身の根源を掘り下げていく時、そこに万人に共通する生命の基盤が現れてきた。それが永遠の宇宙生命です。戸田先生は、まさに自身の根源を悟られるともに、“あらゆる人が、じつは根本において地涌の菩薩である” という人類共通の基盤を悟られたのです。この “生命の故郷(ふるさと)” を知ったのが、学会員です。
  (法華経の智慧第3巻・328P)

 池田先生は、“あらゆる人が、じつは根本において地涌の菩薩である” という人類共通の基盤、“生命の故郷” を知ったのが、学会員です、と述べられています。

 学会草創期の頃、鶴丸のバッジ(会員徽章) を見かけたとき、それが車中であっても、初対面の人であっても、“学会員だ!・ 同信の朋だ!” と、旧知のように懐かしく感じたものである。
 この想いを全民衆に広げていけば、それがそのまま、世界平和への道に通ずるものであると思います。したがって、現今の混沌たる世情を思うとき、地涌の菩薩の自覚にたつならば、世界の広宣流布は絶対にやり遂げねばならない使命である。 

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戸田先生の悟り (10)(末法の悟り)

 戸田先生の悟りを通して、成仏とは 「虚空会の儀式」 に参加したことを、思い出すことであると学びました。それはまた、そこに “自身の根源” “生命の故郷” “永遠の宇宙生命” という、万人に共通する生命の基盤があり、それを悟ることになるわけです。

 しかし、末法の我ら衆生、普賢・文殊の智慧もなく、理即・但妄(たんもう) の凡夫が、どうして久遠を思い出すことが出来るのでしょうか。
 そこで日蓮大聖人は、大慈悲を起し 「虚空会の儀式」 を用いて、その内証のご境地を 「御本尊」 としてご図顕なされました。

 『本尊抄』 に 「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹(つつ)み末代幼稚の頚(くび)に懸(か)けさしめ給う」(254P) 
 『経王殿御返事』 に 「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(1124P) 
 『阿仏房御書』 に 「あまりに・ありがたく候へば宝塔をかきあらはし・まいらせ候ぞ、……出世の本懐とはこれなり」(1304P) と仰せです。

 上記のように、大聖人は末法の衆生を哀れみて、たとえ智慧や能力がなくても、直ちに 「霊鷲山の会座」 に参加できるように、「御本尊」 を顕わしてくださいました。
 しかし、“親の心、子知らず” で、これほどの大御本尊を 「而謂不美」〈美(うま)からずと謂(おも)えり〉(寿量品) といって、信じようとはしないのである。それもその筈、このような重大な意義が、理解できないのである。

 『法華経譬喩品』 に 「汝舎利弗すら 尚此の経に於いては 信を以って入ることを得たり 況や余の声聞をや 其の余の声聞も 仏語を信ずるが故に 此の経に随順す 己が智分に非ず」 とある。

 そもそも法華経は、仏自身の内証の悟りをそのまま説き示した “随自意” の経なるが故に、あの智慧第一と謳われた舎利弗でさえ、迹門の諸法実相の理を理解することはできなかったのである。況や、本門の久成や文底秘沈の大法など、思いも寄らないことである。

 しからば、どうすれば良いのか。それは舎利弗のように、「信」 をもって入り 「慧解」 を得る以外にないわけです。このことを 「以信代慧」〈信を以って慧に代(か)う〉 とも言います。
 『四信五品抄』 に 「慧又堪ざれば信を以て慧に代え・信の一字を詮と為す、不信は一闡提謗法の因・信は慧の因・名字即の位なり」(339P) と仰せです。
 この 「信解」 ついて、池田先生は次のように述べられています。

 名誉会長 法華経が 「信」 を強調する理由を、生命次元でいえば、法華経の目的は生命の根本的な無知、すなわち 「元品の無明」 を断ち、「元品の法性」 すなわち “本来の自己自身を知る智慧” に目覚めることにある。この法性を “仏性” “仏界” と言ってもよいでしょう。
 
 ところが、これは生命のもっとも深層にあるゆえに、より表層にある理性等では開示できない。それらを含めた生命の全体を妙法に向かって開き、ゆだねることによって、初めて “仏性” “仏界” は、自身の生命に顕現してくるのです。

 大聖人は 「此の信の字元品の無明を切る利剣なり」(725P) と仰せです。「信」 は 「開」 であり、「疑」 は 「閉」 です。
 妙法に対して自身を開けば、妙法が自身に開かれるのです。だからこそ 「法華経を信ずる心強きを名づけて仏界と為す」(日寛上人) なのです。「信」 も仏界、その結果の 「智慧」 も仏界です。

 宇宙根源の 「法」 を、その宇宙の一部である人間の小さな頭でつかむことはできません。その 「法」 が自身の生命に顕(あらわ)になるように心身を整える以外にないのです。
 そのための妙法への 「信」 であり、「帰命」 です。大聖人は 「信は不変真如の理なり」 「解は随縁真如なり」(725P) と仰せです。帰命でいえば、信は 「帰」、解は 「命」 です。

 妙法を信じ、妙法に 「帰する」 ことによって、妙法が自身の上に顕現し、妙法に 「命(もとづ)く」 生命となるのです。妙法が躍動する生命になった証が、隨縁真如の 「智慧」 であり、信解の 「解」 です。
 「信は価の如く解は宝の如し三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり」(725P) と仰せの通りです。

 その意味で、信と解は対立するものでないことはもちろん、信が解を支えるというだけの静止的なものでもない。
 本来、一体のものであるが、あえていえば、「信から解へ」、そして解によってさらに信を強める 「解から信へ」 ―― この双方向のダイナミックな繰り返しによって、無限に向上していくのが 「信解」 の本義といえるでしょう。

 そう考えれば、梵語の 「アディムクティ」 が 「志」 とも訳せることは興味深い。成仏といっても、一つの静止した状態のことではない。智慧即慈悲を深めつつ、限りなく向上し続ける境涯、―― それが仏界です。人間として限りなき向上へ。その 「志」 に進む両輪が 「信」 と 「解」 なのです。
 (法華経の智慧第2巻・77P)

 『日女御前御返事』 に 「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり。日蓮が弟子檀那等・正直捨方便・不受余経一偈と無二に信ずる故によつて・此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり」(1244P)
 『御義口伝』 に 「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて信心に住する処が住在空中なり虚空会に住するなり」(740P) と仰せです。

 このように、御本尊に帰命し “南無妙法蓮華経” と唱え奉ることが、日々瞬時に “此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり” と同じことで、「虚空会の儀式」 に参加していることになります。
 そう考えれば、“三大秘法の大御本尊を信ずる” ことが、我ら衆生の 「末法の悟り」 となるわけであります。

  「法華経の悟り」 について、池田先生は次のように指導されています。
 名誉会長 「悟り」 というと、前世がわかるとか、未来世が見えるとか、何か神秘的なことを思い浮かべるようだが、決してそうではない。そんなことを軽々しく言う人は、まやかしと思って間違いない。戸田先生は、おっしゃっていた。「末法の悟りとは何か。それは御本尊を信じきるということだ」 と。
 どんなことがあっても御本尊を疑わない。いちずに信じきっていく。これが 「末法の悟り」 です。「信心」 即 「悟り」 なんです。

 ………
 名誉会長 もちろん戸田先生には戸田先生の不可思議の境地があられた。しかし、それは、だれよりも強い 「御本尊への絶対の確信」 と一体だったのです。大確信そのものだったのです。  (法華経の智慧第四巻・27P)

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戸田先生の悟り (11)(創価学会仏)

 御本尊を信じきることが 「末法の悟り」 であると述べました。そうしますと、御本尊を信じている創価学会員の方々は、もう既に “悟っている” わけであります。
 しかし、このことについて、その殆んどの方は知らないか、またそのような意識はもっていないと思います。それは、現実の煩悩にまみれた自身が、とうてい 「仏」 であるとは思えないからである。
 しかしながら、これは権教・権宗、特に念仏宗の考え方なのであります。念仏宗はこの世の我が身・我が国土を、穢れたものとして忌み嫌うのである。そして、わが身土から遠く離れたところに、理想の仏と国土を求める、はかない教えなのである。
 法華経はしからず、「仏とは生命なり」 とありますように、この世の我が生命・我が国土を離れた 「仏」 はあり得ないと説いているのである。  

 日蓮大聖人は、「此の法華経は知らずして習い談ずる者は但爾前の経の利益なり」(404P) 
 「但し此の経の心に背いて唱へば其の差別有るべきなり」(1382P)
 と仰せです。
 “法華経の心” を知らなくてはならないと仰せです。この点については、また後日、考えてみたいと思います。
 
 それでは、法華経に説かれている 「虚空会の儀式」 について、自身の現実の修行の場では、どのように考えられるのか。池田先生は次のように述べられています。

 日蓮大聖人は、釈迦・多宝のもとへ十方の仏菩薩が集った虚空会の儀式を 「我等衆生を仏になさんとの御談合なり」(1360P) と仰せである。
 全員を 「一生成仏」 の直道へ
 一人ももれなく 「幸福勝利」 を
 この仏意に完璧に合致した荘厳な妙法流布の会座こそ、座談会を中心とする創価の会合なのである。ゆえに、そこには、参加者の仏性を引き出さずにはおかない、鮮烈な 「人間革命」 の “磁力” が生じてくるのだ。
 (大白巻頭言・2012-1月)

 “妙法流布の会座こそ、座談会を中心とする創価の会合なのである” と仰せです。学会活動の場における、本部幹部会や各種の会合は、まさに 霊山一会儼然未散の姿そのものなのであります。
 
 二処三会における、霊鷲山は 「現実の世界」 であり、虚空会は 「永遠の生命(悟り)の世界」 であります。「現実の世界」 の前霊鷲山会から 「永遠の生命の世界」 の虚空会へ、そこで勤行唱題して得た仏界の生命力に基づいて、そして再び 「現実の世界」 の後霊鷲山会へ戻っていくという、この往復作業とも言うべき唱題と学会活動の中に、折伏も人間革命(成仏)も広宣流布も、その他すべてのものが含まれているのである。

 池田先生は、戸田先生の七十五万世帯の誓願が成就されたことを喜ばれ、先生のお考えを偲ばれて、次のように述べられています。

 彼の脳裏に、あの獄中で身で拝した、「御義口伝」 の 「霊山一会儼然未散」 の御文が浮かんだ。
 ―― そうだ、霊山の一会は儼然として未だ散らぬがゆえに、この世に私たちは集い来たのだ。私は、あの法華経の会座に、たしかにいたことを身をもって知った。私だけでなく、皆、あの座にいた久遠の兄弟、姉妹であり、同志なのだ。生死を超えて、あの久遠の儀式は永遠につづいているのだ ……。それゆえに、大聖人の御生まれになった日本という地球の一角に、創価学会が生まれ、七十五万世帯を成し遂げることができたのだ。そこに、私の生涯の使命があったことは間違いあるまい。

 私は、学会を組織化し、広宣流布を敢行した。そこに、大きな広がりが生まれ、「地涌の義」 を現実のうえにあらわす、ひとつの方程式を示すことができたといえる。広布の方程式を確実なものとすることができたからには、あとは臨機応変な応用、展開の時代に入っていこう。そして、この広布の潮は、日本から世界へと広がり、五大陸の岸辺を洗う日も、そう遠くはないはずである。

 日蓮大聖人は、御本尊を御図顕あそばされ、末法の衆生のために、御本仏の大生命をとどめ置かれた。まさに 「我常在此。娑婆世界。説法教化」(寿量品) の経文のごとく、仏が常に此の娑婆世界にあって説法教化されている御姿である。創価学会は、その大法を末法の民衆に教え、流布するために、御本仏の御使いとして出現した。そして、大聖人の御精神のままに、苦悩にあえぐ人びとを救い、菩薩道を行じてきた唯一の団体である。それは未来永遠につづくであろう。すると、学会の存在もまた、「我常在此。娑婆世界。説法教化」(寿量品) の姿ではないか。してみると、学会の存在は、それ自体、創価学会仏ともいうべきものであり、諸仏の集まりといえよう ――。
 戸田の胸に、熱い感動が込み上げ、あふれでる感涙が枕を濡らした。
  (文庫人間革命第12巻・235P)

 戸田先生は、“学会の存在は、それ自体、創価学会仏ともいうべきものであり、諸仏の集まりといえよう” と仰せです。
 この 「創価学会仏」 とは、取りも直さず “戸田先生の悟り” であり、我ら創価学会員の確信であります。何と有り難きことか、「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」(文段集548P) と仰せられるように、我が身が 「仏身」 と顕われることができるのであります。
 『御義口伝』 の 「五百品」 のところに 「貧なる人 此の珠を見て 其の心大いに歓喜す」 の経文を文底より解釈して、
 「此の文は始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く 所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(788P) とあります。

 池田先生は、「広宣流布に生き抜くことは、わが色心に妙法の力を漲(みなぎ)らせゆく仏事だ。「歓喜の中の大歓喜」 が湧きあがらないわけがない」 (大白巻頭言・2010-2月) と御指導されています。 

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戸田先生の悟り (12)(広宣流布と師弟不二)

 特筆すべきことは、「戸田先生の悟り」 によって、滅亡の危機に瀕していた日蓮仏法が救われたということである。 
 仏法の滅亡は、外部からの弾圧の力だけではなく、実質的には内部の腐敗堕落から起きるのである。それも末端の僧ではなく、上層部の法主からして腐っていたのである。

 戦時中、日蓮正宗は軍部の弾圧を恐れて、日蓮大聖人が 「末法の御本仏」 であるという御書の文証を悉く削除し、勤行要典の御観念文を、神道風に改ざんしたのである。そのうえ、総本山の諸堂にまで 「神札」 を祀り、大謗法を犯すという始末である。
 昭和18年6月、学会の幹部は登山を命じられ、一応 「神札」 を受けるように、会員に命ずるようにしてはどうかと、日恭法主立ち会いのもと一僧侶から申しわたされた。
 牧口会長は、“神札は絶対に受けません” と強く申し上げて、下山の途中、戸田先生に “わたしが嘆くのは、一宗が滅びることではない。一国が眼前でみすみす亡び去ることだ。宗祖大聖人の悲しみを、私はひたすら恐れるのだ。いまこそ、国家諫暁の時ではないか。いったい、なにを恐れているのだろう” と述懐なされています。

 このような状態であり、宗門は立正安国の精神も、難を受ける覚悟もなく、日蓮大聖人の御精神を忘却してしまい、邪法邪義に染まってしまった。その結果、昭和20年6月、大坊・客殿等を焼失し、このとき日恭法主は焼死するという仏罰を被ったのである。
 このことは、もう既に日蓮正宗には、日蓮大聖人の正法正義や信心の血脈は、実質的に消滅し切れて無くなった、という証左なのである。それでも形の上では、66世日達上人まで続きましたが、上人が誰にも相承せず遷化なされましたので、この時点で名実ともに、宗門側の法脈は完全に切れたと思っています。

 一方、大難の中、まさに日蓮仏法の滅せんとした時、命を懸けて立ち上がったのが、牧口・戸田両先生であります。身は囚われの身であっても、国権の検察と対峙し、立正安国の正義をもって、国家諫暁を実践いたしました。
 牧口先生は、老齢の身で獄中にて名誉の殉教をなされました。戸田先生は、苛酷なる獄中を生き抜き、大聖人の大慈悲を賜わり、あの 「獄中の悟達」 を得ることができました。
 このことは、日蓮大聖人の御精神・御意志・法脈はどこにあるのかと言えば、それは 「戸田先生の悟り」 を通して 「創価学会」 のみにある、という証左なのであります。

 戸田先生は、「地涌の菩薩の本義は、広宣流布にある」 と、戦後の焼け野原に一人立ち上がりました。昭和26年5月3日、第二代会長推戴式の席上、「私は広宣流布のために、この身をすてます! 私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は私の手でいたします」 と、生涯の誓願を宣言いたしました。
 
 日淳上人は、戸田先生の偉業を称えて言われました。
 「この七十五万は南無妙法蓮華経の五字七字であると、私は常に察しておったのでございます ……。
 御承知の通り、法華経の霊鷲山において、上行を上首として四大士があとに続き、そのあとに六万恒河沙の大士の方々が霊鷲山に集まって、必ず末法に妙法蓮華経を弘通いたしますという誓いをされたのでございます。…… その方々を会長先生が末法に先達になって呼び出されたのが創価学会であろうと思います。即ち、妙法蓮華経の五字七字を七十五万として地上へ呼び出したのが会長先生だと思います。……
 …… 皆様方が相応じて心を一つにし、明日への誓いを新たにされましたことは、全く霊山一会儼然未散と申すべきであると、思うのであります。これを言葉を変えますれば真の霊山浄土、仏の一大集まりであると、私は深く敬意を表する次第であります」
 (文庫人間革命第12巻・419P)
 以上のように、戸田先生と創価学会を “仏の一大集団” であると称え敬意を表されました。

 戸田先生は、七十五万世帯の誓願を見事に成就なされ、昭和33年4月2日、霊山へと旅立たれました。会長在任の期間は僅か七年間でしたが、その間の仏法上の業績は計り知れないものがあります。
 特に、滅亡の瀬戸際にあった日蓮仏法を蘇えらせ、今や全世界に発展する 「創価学会の原点」 は、実に戸田城聖先生の 「獄中の悟達」 にあるのであります。 
 
 題名の 「戸田先生の悟り」 は、私には荷が重すぎる課題であります。お役に立てたかどうか分かりませんが、日蓮仏法と歴代会長と創価学会について、少しでもご理解いただければ幸いに存じます。

 “まとめ” として、池田先生の戸田城聖先生について 『人間革命』 に記載されている御文を紹介させて頂きます。
 創価学会の原点は、初代会長牧口常三郎の殉教と、その弟子である戸田の獄中の悟達にこそある。
 牧口は、総本山が戦時中の軍部政府の弾圧を恐れて、謗法厳誡の御遺誡をも破って、神札をまつるにいたった時、正法正義を守り抜かんと、決然と立ち上がった。そして、御本仏日蓮大聖人の仰せのままに、国家の諫暁を叫び、戦い、捕らえられ、獄中に逝いた。まさに、牧口は法華経を身で読み、如来の行を行じたのである。
 この殉教こそ、死身弘法の証であり、日蓮大聖人の御精神の継承にほかならない。五濁の闇夜に滅せんとした正法の命脈はここに保たれ、学会は大聖人に直結し、信心の血脈を受け継いだのである。

 その牧口を師と定め、随順した戸田は、ともに牢獄につながれた。彼の胸には、凡愚の身にして法に命を賭し、法華経の一句を身で読める歓喜が脈打っていた。戸田はこの獄中で、唱題の末に、「仏」 とは 「生命」 であることを悟った。この時、難解な仏法の法理は、万人に人間革命の方途を開く生命の哲理として、現代に蘇ったのである。

 さらに、彼は、唱題のなかで不可思議な境地を会得していく。大聖人が地涌千界の上首として口決相承を受けられた、法華経の虚空会の会座に連なり、金色燦然たる大御本尊に向かって合掌している自分を感得したのであった。戸田は、込み上げる歓喜と法悦のなかで、自分は師匠牧口常三郎とともに、日蓮大聖人の末弟として、末法弘通の付嘱を受けた、地涌の菩薩であることを覚知した。地涌の菩薩の本義は、広宣流布にある。彼は、この時、この世で生を受けた自らの久遠の使命を、深く自覚することができた。
 「これでおれの一生は決まった。きょうの日を忘れまい。この尊い大法を流布して、おれは生涯を終わるのだ!」 
 これこそが、戸田の獄中の悟達の結論であり、彼の大業の原動力であった。

 さらに、この時、「御義口伝」 の 「霊山一会儼然未散(霊山の一会は儼然として未だ散らず)」 の御文を、生命の実感として拝することができた。彼は、師に随順するとによって、大難にあい、獄中にあって悟達を得たことを思うと、不思議な感慨を覚えた。
 そして、牧口との師弟の絆もまた、「法華経」 の化城喩品の 「在在諸仏土 常与師倶生(在在諸の仏土に 常に師と俱に生ぜん)」 の文のままに、久遠の昔より、永遠であることを感得したのである。
 しかし、ちょうどその頃、師の牧口は、秋霜の獄舎で息を引き取ったのであった。

 戸田は、恩師の三回忌法要で、牧口の遺影に向かい、感涙のなか、嗚咽(おえつ)をこらえながら語っている。
 「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました。そのおかげで 『在在諸仏土 常与師倶生』 と、妙法蓮華経の一句を、身をもって読み、その功徳で、地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味を、かすかながら身読することができました。なんたる幸せでございましょうか」

 師の牧口は獄中に散り、死身弘法の大精神をとどめた。その精神を受け継いだ弟子の戸田は生きて獄門を出て、広宣流布に一人立った。この生死を貫く師弟の不二の共戦のなかに、創価の精神はある。牧口と戸田とを不二ならしめたもの ―― それは、根源の師・日蓮大聖人の御遺命である広宣流布に殉じゆく強き信心の一念であった。

 山本伸一は、戸田という師なくしては、広宣流布もなければ、民衆の幸福も、世界の平和の実現もありえないことを、命に感じていた。事実、日蓮大聖人の精神は、ただ一人、牧口の弟子戸田城聖に受け継がれ、広宣流布の未来図は、彼の一念のなかに収められていた。

 仏といっても、決して架空の存在ではない。衆生を離れては、仏はありえない。法を弘める人こそが仏使であり、その人を守るなかにこそ、仏法の厳護はある。
 それゆえに伸一は、戸田の手駒となり、徹して師を守り抜いてきた。その億劫の辛労を尽くしての精進のなかで、彼は、自らの使命と力とを開花させていった。そして、戸田の精神を体得し、師の境地に迫っていったのである。

 戸田城聖は、無名の庶民に地涌の使命を自覚せしめ、七十五万世帯の達成をもって、六万恒河沙の地涌の菩薩の出現を現実のものとしゆく原理を示した。それは、法華経の予言の実現であり、日蓮大聖人の御精神の継承の証明といってよい。山本伸一が、今、その師のあとを受け、創価学会の会長としてなすべき戦いもまた、この地涌の義を世界に実現することにあった。

 一人ひとりの胸中にうちたてられた地涌の使命の自覚 ―― それは自身の存在にもっとも深く根源的な意味を与え、価値を創造し、悲哀の宿命をも光輝満つ使命へと転じ、わが生命を変えゆく人間革命の回転軸にほかならない。
 そして、その使命を果たしゆく時、一人の人間における偉大な人間革命がなされ、やがて、一国の宿命の転換をも可能にするのである。
 (文庫人間革命第12巻・447~451P)

 あらためて、歴代会長への報恩感謝の意を表したいと思います。
 創価学会初代会長・牧口常三郎先生、二代会長・戸田城聖先生、三代会長・池田大作先生を広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。

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プロフィール

谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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