靖国神社問題

 靖国神社の春季例大祭に、与野党の国会議員が、過去最多の168名も参拝した。中国・韓国が反発するのは分かっているに、“今やめたらダメになる” と、何か意固地になってやっているように見える。

 歴代内閣は、先の大戦において近隣諸国に多大な損害と苦痛を与えたことについて、そのつど謝罪をしてきた。しかし、いくら謝罪しても、靖国問題・慰安婦問題等は収まるどころか、事がだんだん大きくなってきている。
 なかには、何回、謝罪すれば済むのか。 自虐(じぎゃく)外交ではないか、と言う者もおる。

 何故、このような事になってしまったのだろうか?
 それは戦後、国家神道・国家主義の悪思想を、徹底的に弾劾(だんがい)せず、中途半端なままにしてしまったからであると思う。 過去を忘れ、過去を水に流す、国民性の故であろうか?
 その一つの表れが、国家主義・軍国主義の象徴たる 「靖国神社」 に、国の指導者からして、いまだに参拝していることである。
 
 一方、同じ敗戦国ドイツは、ナチスの悪を徹底的に断罪し、当時の西ドイツの アデナウアー首相は、ホロコーストの ユダヤ人犠牲者の墓碑のまえで、深く謝罪をしました。
 そして、ナチスやヒットラーを称賛し、宣伝したりする者がおれば、逮捕し罰するという徹底ぶりであると言われている。

 両国のこの違いが、ドイツは EU の盟主として信頼を勝ち取り、わが国は戦後、70年になんなんとしているのに、近隣友好どころか、いまだ日中・日韓の新首脳会談さえも開かれないと言う、現今の状況である。 
 
 あまつさえ、朴槿恵・韓国大統領は、このあいだの訪米の時 “日本の歴史認識の誤りが、東アジアの平和を阻害している(趣意)” との発言をし、第三国に対して、また、世界世論にまで訴えようとしている。
 この動きは、決して等閑視できるものではない。この問題の処理を誤れば、わが国はかつて来た道、“世界の孤児” にならないとも限らないと、はなはだ憂慮するものがあるのである。

 来たる参院選に自民党が大勝すれば、8月15日の終戦記念日には、またぞろ大挙して参拝するのではないかと思われる。“火に油を注ぐ” ようなことに成らなければ良いがと思う。
 国民の負託を受けた国会議員ならば、もう少しこの問題の本質を真剣に見極めて、平和友好のために働いて貰いたいと思う。 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

国家神道と靖国神社

 「国家神道」 とは、幕末から明治維新にかけて政治変革の エネルギーであった王政復古・尊王思想を、明治新政府樹立のための基本的・精神的支柱として、神道思想を中心に創りだされた、明治期の国家のための新興宗教である。
 ゆえに、日本古来からの古神道より大きく逸脱して、異質なものであるという認識を先ず持たねばならない。

 明治政府は、欧米列強の侵略に対抗できる国づくりのために、国民の天皇への尊皇心を利用したところの天皇主権国家を樹立した。
 そこには天皇を、現人神(あらひとがみ)として絶対化し、古事記・日本書紀を基底とした惟神(かむながら)の道を説き、国家の精神的支柱とした。これが 「国家神道」 である。
 国家神道は、他の宗教を超越したところの国教的地位を与えられ、国家護持し、神職には官吏(公務員)の地位が与えられた。

 国家神道の思想(惟神の道)は、必然的に国家主義・軍国主義への道を開いた。特に、満州事変以後は、その教義に従わない者や団体は、自由を奪われ、排除や弾圧や投獄の対象とされた。それ故に国民に対して、個人の思想・信条や生活全般にわたり深刻な影響を与えた。
 創価教育学会もまた、平和を唱え、神札を受けないというだけで、牧口会長・戸田理事長は、“不敬罪” と “治安維持法” 違反で、弾圧・投獄され、牧口会長は獄死するという法難を受けた。

 王政復古・天皇親政のための国家神道、その思想の実現のための施設が 「靖国神社」 である。したがって、“国家主義・国家神道・靖国神社” の三者は、切っても切れない一体なるものなのである。

 「靖国神社」 は、戊辰戦争及びそれ以後に戦争等の国事に殉じた人々の霊を祀(まつ)った招魂社の一つで、大村益次郎が推進して、明治2年に東京招魂社として建てられ、明治12年に靖国神社と改称された。昭和14年に各県にある招魂社は 「護国神社」 と改称したが、靖国神社は改称されなかった。

 「靖国神社」 は、単なる慰霊碑や墓所の類いではなく、レッキとした国家神道の宗教施設なのである。首相ほか国の公人が、一宗教法人に肩入れして、戦没者を慰霊するためとは言え、参拝することは “憲法違反” に当たることは当然のことである。
 
 その靖国神社の教義は、天皇のために死すれば、神様(祭神)として祀られると言うのである。
 しかし、戦没者なら誰でも祀られるかと言えば、そうではなく、現人神(あらひとがみ)である天皇のために戦った皇軍の将兵だけであり、民間人や他国の将兵は祀られていないのである。このことは日本古来の伝統的精神に反するのである。

 その昔、日本の武将たちは、戦い終わった後は、敵も味方も区別なく、戦死者の霊を弔(とむら)っておりました。元寇のときの元軍の将兵や島原の乱の キリシタンの人たちに対しても、その霊を弔っています。
 ところが、幕末の戊辰戦争のとき、会津若松藩の白虎隊士の遺体は、半年以上にわたって、山野に晒(さら)されたままであったとのことである。
 明治政府は、かれらが天皇に反逆した賊軍なるが故に追善供養することを禁止し、あまつさえ、違反する者は厳罰に処するとしたとのことである。じつに、死者にむち打つ酷(むご)い仕打ちである。

 沖縄の 「平和の礎(いしじ)」 には、敵・味方の区別なく民間人も含めて二十四万人余、沖縄戦でのすべての戦没者の氏名が刻銘されています。これこそが平和を愛する沖縄の心であり、我が国古来の伝統精神です。
 この 「怨親(おんしん)平等」 の伝統精神を、破壊したのが国家神道であり、靖国神社です。まさに、死者の霊までも 「差別・排除の論理」 を持ち込んだのである。 

 かかる偏狭(へんきょう)な国家主義の精神が、そのまま現在の 「靖国神社」 に受け継がれているのである。自国のことばかりで、相手国の立場は考えようともしない、その象徴が 「A級戦犯の合祀」 である。
 この問題は、わが国が 「平和国家・文化国家」 であるか・どうかを、試されている試金石であると思う。
 このように重大な問題であるが故に、無関心であってはならない。熟慮して善処しなければならないと思う次第である。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

国家神道と国家主義

 明治政府は、天皇に主権を持たせるために、天皇の神格化が最善の方法と考えた。それには、古事記・日本書紀等にある惟神(かんながら)の道を、唯一の教義とする神道を用いた。

 「豊葦原瑞穂ノ国ハ、我子孫(うみのこ)ノ君タルベキ地(くに)ナリ。汝(いまし)皇孫(すめみま)征(ゆ)イテ治メヨ。宝祚(あまつひつぎ)ノ隆(さか)エマサンコト、天壌(あめつち)ト倶(とも)ニ窮(きわま)リ無カルベシ」 とある。

 この天照大神(あまてらすおおみかみ)の神勅を、天皇による国家統治の原理とした。これには、天照大神の子孫である天皇は、生まれながらにして、神の子(現人神)であるというのである。
 このような神代の時代後れの思想を基にして、天皇に絶対的権力を持たせるために、維新後に編成され作られたのが 「国家神道」 である。

 国の基本法からして、『明治憲法』 の第一条は、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」 「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」 と。
 『教育勅語』 には、「一旦緩急(かんきゅう)アレバ義勇公ニ奉(ほう)ジ、以テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スベシ。是ノ如キハ獨(ひと)リ朕(ちん)ガ忠良ノ臣民(しんみん)タルノミナラズ …」 とあります。

 このように憲法や勅語によって、国民を天皇の臣民と位置づけ、一旦危急なることが起これば、公すなわち、天皇の国家に義勇をもって奉仕し、皇室を永遠に足らしめるべく扶助せよと、法律や勅まで作って国民を縛り付けているのである。
 明治政府は、国民一人ひとりの幸福や安穏な生活よりも、国家が強大な富国になることを目指した。そこには、“国民のための国家” ではなく、“国家のための国民” という転倒せる価値観、すなわち 「国家主義」 への道が開かれていた。

 もともと国家や政府は、国民大衆のためにあるのであって、国民は国家のためにあるのではない。国家は国民の生命・財産・幸福を第一義に考えなければならないのである。
 国家を第一義にして国民を手段とした国家主義が、20世紀に二度にわたる世界大戦を引き起こし、どれ程の民衆の犠牲者を出したことか、計り知れないのである。この転倒せる価値観を正し、生命尊厳主義・絶対平和主義にして行かねばならないのである。
 「国家主義」 について 『法華経の智慧』 には、次のように述べられています。(抜粋)

 名誉会長 国家主義とは何か。その根本には 「力の崇拝」 があります。不軽菩薩と対極です。

 須田 「力の崇拝」 が国家主義の根本にある ―― 難しいですね。

 名誉会長 「権力主義」 と言ってもよいと思う。
 「国家があって人間がある」 という転倒の思想です。忘れてならないのは、国家主義は古代からの 「宗教」 であるということです。
 
 ………
 名誉会長 トインビー博士は、こう言っておられた。
 「キリスト教の後退によって西欧に生じた空白は、三つの別の宗教によって埋められた」 その三つとは、「科学的進歩への信仰」 と 「共産主義」、そして 「ナショナリズム」 すなわち国家主義であると。 その 「国家主義」 とは、どんな宗教か。それは 「人間の集団力」 を信仰の対象にしている。「集団力崇拝」 であり 「国家崇拝」 です。
 ちなみに、トインビー博士は、集団的な人間の力を崇拝している点で、ナショナリズム、ファシズム(全体主義)、共産主義は共通していると喝破(かつぱ)されていた。国家主義という宗教のもとでは、「人間」 は、あくまで 「国家」 の一部にすぎない。手段にされ、道具にされる。「人間の尊厳」 が 「国家のエゴ」 に踏みにじられてしまう宗教です。

 ………
 名誉会長 「集団力崇拝」 の恐ろしさは、「信仰するに価(あたい)しないことがそれほど明瞭にわからないから」 だと、トインビー博士は書いている。
 「そして個人が罪を犯す場合なら、おそらく躊躇(ちゆうちよ)なく良心の呵責(かしやく)をうけるはずの悪業(あくごう)も …… 一人称が単数から複数におきかえられることによって、自己中心の罪をまぬがれたような錯覚におちいるために、とかくこれを大目に見ることになる」 (『一歴史家の宗教観』)

 斉藤 あの、戸田先生をいじめた看守も、「国家主義」 に毒された姿そのものですね。
 「国家」 という強大な力と自分を同一視している。自分まで、力があるかのように振る舞っている。

 名誉会長 戦争もそうだ。通常なら、人を殺すということは 「極悪(ごくあく)」 の行為です。ところが 「国のため」 となると、たくさん人を殺したほうが英雄になる。

 須田 国家主義という転倒の宗教によって、人間が狂わされていく ……。

 名誉会長 戦争をはじめ、こうした流転に歯止めをかけ、人類永遠の楽園を建設する原動力こそ、真実の宗教であると戸田先生は叫ばれたのです。
 人間です、大事なのは。人間のために社会・国家があるのであって、その逆ではない。国家優先の思想は、「力の崇拝」 であり、要するに 「弱肉強食」 になっていく。人間愛の 「不軽菩薩」 と対極です。それで不幸になるのは、結局、庶民なのです。見抜かなければいけない。目ざめなければいけない。 
 (法華経の智慧5巻・138~142P)

 明治維新の変革期に、近代国家を建設するにあたって、古事記等の史実とは異なる、おとぎ話のような神話を基にして、天皇の神格化を国家統治の原理としたところに、すでに滅亡への道が始まっていたのである。 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

神について

 神を信ずる宗教の 「神」 は、唯一神・多神・自然神・人間神・機能神・理念神・魂・等々多種多様にあり、一概に述べることは出来ません。ゆえに、大雑把に次の三点に分けて、簡単に述べてみたいと思います。

 第一に、全知全能の神です。
 代表的なのが、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教等の神です。人間をはじめ一切の動植物・大宇宙にいたるまで、全てを創造したと考えられている全知全能の唯一絶対神である。
 ゆえに、神と人間との間には越えがたき断絶があり、人間はただ、神の恩寵(おんちょう)を願い、罪の許しを請うだけのものに過ぎなくなります。
 唯一絶対神とは、他の一切の神の存在を許さないと言うことであり、この思いがこうじてくると、不倶戴天の他の神を撲滅することが、わが神の喜びであり、恩寵に与(あずか)ることになります。
 このことは、西欧における二千年来の宗教戦争の歴史が、証明するものである。
 ところで、全知全能・宇宙創造神なる神は、実在するのか・しないのか。いくら実在証明に理論的精密さを以ってしても、所詮は、観念の所産であり、幻想であり、架空のものである。
 近世以後、人格神としての性格はなくなって、宇宙・自然現象の奥底にあって、これを動かしている 「法」 を神と名づけているようである。

 第二に、宇宙・自然力を人格化した神である。
 太陽神や雷電・火・風・地・海・山・川などがその代表で、とくに各民族に共通して多いのは太陽神信仰で、古代エジプト、インカの神などはその例である。
 わが国も八百万(やおよろず)の神と言われるように、神代から宇宙、自然の様ざまな力を人格化した神々が多数存在します。皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)も太陽神であります。

 第三に、民族の祖先や英雄を神格化した神々である。
 わが国では、菅原道真を祀った天満宮、豊臣秀吉の豊国神社、徳川家康の東照宮、等々です。また、戦没兵士を祀った靖国神社も、この部類に入ります。
 今までは、偉人や英雄を神として崇拝していましたが、靖国神社は一般庶民の兵士を祭神としたところに、古神道と異なるところがある。
 これによって明治政府は、富国強兵策のために徴兵(ちょうへい)制度を施行した。もし、この中で戦死者を出したとしても、忠君愛国の士として称(たた)え、靖国神社の 「祭神」 として祀られ天皇の礼拝を受けることは、一家・一族の名誉であるとして、遺族並びに国民の不平・不満を抑えたのである。
 そして、「祭神」 として崇められると教えることで、あたら前途有望な若者を神風特別攻撃隊員として、爆弾になれ・魚雷になれと諭(さと)して死地に送り込むことができたのである。
 特攻隊員たちは、天皇のため・皇国のために死することが大義であると信じ、お互いに励ましあって、次はまた “靖国の庭” で会おうといって殉じていったのである。

 このように 「靖国神社」 は、軍国主義の精神的支柱であり、戦争を美化し、正当化するため、そして特攻隊員や兵士たちを、死地に赴(おもむ)かせるための施設であります。 決して、追悼のための施設ではないのである。
 何故、美化し・正当化しなければならないのかと言えば、「祭神」 として崇め奉る以上、隊員たちの死は決して “犬死に” では無いとしなければならない。そこから侵略戦争は自衛戦争になり、欧米列強の植民地支配からの解放であり、大東亜共栄圏構築の聖戦としなければならなかったのである。

 「神と仏」 について、池田先生の御指導を学びたいと思います。
 
 仏教で説く “仏” とは、宇宙、生命の根本の法を悟り究めた人をいいます。この法とは、大宇宙それ自体も、一切の生命現象も、全てを包含し、貫いている根源の法です。それを悟り究めた仏とは、なにも特別な力をもって生まれた “英雄” でも、“豪傑” でもありません。ただ、その悟り究めた法と、すばらしい叡智のゆえに尊貴なのです。

 つまり、仏法の仏とは、生まれながら、特別な力をもっている、いわば “特殊” な人格ではなく、最も円満な、普通の人格者です。しかし、その悟り究めた法が宇宙・生命の本源の法であり、その法と合致した生命活動をしていく人であるが故に、何ものもかなわない、すばらしい力を発揮していくことができるのです。

 ここに、“力” を根本とした、神の信仰と、“法” を根本とした、仏教の教えとの決定的な相違があります。神の “力” は、その人格だけに特有のものですから、人格の死と共に失われてしまいます。仏の “法” は、宇宙に本然のものですから、人格の生死には左右されません。また、神の力は、その神にだけあるもので、他の普通の人間は、それを真似ることができませんが、仏の法は、万人が平等に会得することができるのです。

 そこで、問題は、この仏と神との関係です。これまで述べてきたことから、冷静に考えていただきたい。宇宙、自然の様々の力といえども、大宇宙それ自体からみれば、その一分の働きに他ならない。つまり、そうした神々は、妙法という大宇宙のなかの、ほんの一部の “力” を神としてあらわしたものに過ぎないといえるでしょう。宇宙を創造したとされている、ユダヤ教やキリスト教の唯一絶対神も、その例外ではありません。宇宙空間にただよっていた物質が互いの引力によって凝集し、星や星雲を形成した。そこに、やがて生命が誕生し、様々の動植物を生み出していった。それは、宇宙自体のもっている “法” にしたがって現出されていったことであって、したがって全知全能神といっても、所詮、この法を “擬人化” して表現したものと考えるべきでしょう。
  (『現代文明と宗教』・18P)

 「靖国神社」 に祭神として祀(まつ)られた戦没兵士たちも、どんなに知恵や能力を持っていたとしても、所詮、生命・人生の根本の法を究めた人ではない。
 したがって、天皇のために戦死して神になれば、衆生や国を救う力が出てくるなんて、そんな不合理なことはあり得ないのである。 ゆえに、祭神として祀り、崇拝することは、道理に反することであります。
 押しなべて神道には、もともと思想的・哲学的に高度な教義はありませんでした。とうてい、高等宗教と呼べる代物ではないのである。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

仏法上の神とは

 では、仏法において 「神」 は、どのように説かれているのでしょうか。
 それは、法華経の行者を守護するとの誓いを立てた 「諸天善神」 として説かれています。
 『法華経安楽行品第十四』 に 「諸天昼夜に、常に法の為の故に、而(しか)も之を衛護(えいご)し」 とあり、法華経の行者を守護することを誓っている。

 仏法は流布されたとき、その土地の土着の神々を排斥することなく、「法」 の力用(りきゆう)を示すものとして受け入れてきました。
 たとえば、大梵天(だいぼんてん)・帝釈天(たいしやくてん)・四天王・鬼子母神等はインドの神であり、天照大神・八幡大菩薩等は日本の神である。
 これらの土着の神々は、仏法上では宇宙や生命の力用(功徳・作用・働き)の一部を示すものと考えられ、仏法を護る諸天善神としての役割を与えられたのである。
 しかしながら、仏法では 「法」 こそが、根本であるとする立場から、世界創造をなす絶対神やその他の神々への帰依・信仰は認めないのである。ゆえに、この諸天善神そのものを信仰の対象(本尊)としては拝まないのである。

 仏法には、「本地・垂迹(すいじゃく)」 という教判があります。
 『百六箇抄』 に、「立つ波・吹く風・万物に就いて本迹(ほんじゃく)を分け勝劣を弁ず可(べ)きなり」(869P) と述べられています。すなわち、一切の現象、我われの人生・生活についても、本迹、勝劣を立て分けていきなさいとのことです。
 
 では、何が 「本」 で、何が 「迹」 となるのか。
 ここでは、仏が 「本地」 であり、衆生を救うために神として現われた姿・振る舞いは 「垂迹」 である。
 また、生命論から言えば根本とすべきものは、あくまでも 「生命」 であり、人間が 「本」 となるのである。その他、宗教や政治・経済等は 「迹」 にすぎないと、このように勝劣を立て分けるのである。

 「本迹」 について、池田先生のご指導を学びたいと思います。(抜粋)

 中国の天台大師は、この 「本迹」 について、「本」 を 「天の月」 とし、「迹」 を月の影である 「池の月」 に譬(たと)え、「本」 は勝れ、「迹」 は劣るとしている。「本」 とは本体を意味する。一方、「迹」 とは本体の影、または跡(あと)を指す。事実から理論が生まれてくるように、「本」 があっての 「迹」 である。 
 ………
 「理論は一つの物差しです。だから、理論は、事実を説明する規範にはなるが、そのすべてではない。たとえば、現実の人間の生命活動を見ても、瞬間、瞬間、変化です。その変化してやまない本体が生命の事実の姿です。
 一方、この事実から抽出(ちゅうしゅつ)され、普遍化されたものが理論です。そこで、大事なのは、事実と理論を見極(みきわ)める鋭(するど)い目をもつとともに、どこまでも現実の大地に立脚していくことです。
 その根本は 『生命』 です。現実に生きている 『人間』 です。理論やイデオロギーを絶対視して教条主義に陥(おちい)り、かえって、現実の人間を抑圧(よくあつ)した例は、歴史上、枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。若き知性の諸君は、この不幸の歴史を変えてもらいたいんです」
 (新・人間革命8巻・147P)

 『神国王御書』 に、「王法の曲るは小波・小風のごとし・大国と大人をば失いがたし、仏法の失あるは大風・大波の小船をやぶるがごとし国のやぶるる事疑いなし」(1521P)
 『教機時国抄』 に、「必ず先に弘まれる法を知つて後の法を弘むべし先に小乗・権大乗弘らば後に必ず実大乗を弘むべし先に実大乗弘らば後に小乗・権大乗を弘むべからず、瓦礫(がりゃく)を捨てて金珠(こんじゅ)を取るべし金珠を捨てて瓦礫を取ること勿(なか)れ」(439P) と仰せです。

 大聖人は、「金珠を捨てて瓦礫を取ること勿れ」 と、戒められています。
 「必ず先に弘まれる法を知つて後の法を弘むべし」 とありますように、日本国は法華経有縁の実大乗流布の国である。そうであるのに明治政府は、国家主義に走る神道という外道の邪法を、国家の精神的支柱にしてしまった。仏法(本)という金珠を捨てて、神道(迹)という瓦礫を取ったのである。
 その結果、「仏法の失あるは大風・大波の小船をやぶるがごとし国のやぶるる事疑いなし」 と、大聖人のご予言通り亡国となってしまった。わが国民は、この歴史上の事実を真摯(しんし)に学ばなければならない。

 私は 「靖国神社問題」 を、中国や韓国から クレームが付くから行くなと、そんな次元から言っているのではない。
 一国の指導者が、「国家神道」 という邪法・邪義に染まり、信じ行ずれば、災起り難起り、仕舞いには国が滅亡するからである。
 これが、日蓮大聖人のご確信であり、ご予言であり、「立正安国」 の精神であります。
 
 『立正安国論』 に云く 「言わずんばある可からず恐れずんばある可からず」(17P) と。 

 参考:安国論の記事 ―→ ここから

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

A級戦犯問題

 A級戦犯とは、 ポツダム宣言に基づき、極東国際軍事裁判(東京裁判)において、「平和に対する罪」 という新しい戦争犯罪の概念により、有罪判決を受けた者たちである。
 中国や韓国は、A級戦犯が合祀されている靖国神社に、首相ほか国の公人が参拝することに、猛烈に反発し外交問題にまで発展している。これが 「A級戦犯問題」 である。

 1978年(昭和53年)10月、靖国神社は、A級戦犯を合祀しなければ、東京裁判史観を容認することになるからといって、すでに死亡していた14名を 「昭和殉難者」(国家の犠牲者)として合祀に踏み切った。

 東京裁判の 「平和に対する罪」 は、それまでの国際法には無かったもので、事後法と言われるものである。
 ゆえに、インドの パール判事は、この裁判は法の不遡及(ふそきゅう)の原則に反しているとして、被告人全員の無罪を主張したが、受け入れられなかった。ただ、そこには法の正義・法の真理を取り戻さなければならないという、パール判事の決意がうかがわれる。
 パール判事が、無罪を主張したからと言って、我が国が起こした太平洋戦争の行為を、いささかも肯定しているものではない。

 後日、パール博士が来日した時、「戦争が犯罪であるというなら、いま朝鮮で戦っている将軍をはじめ、トルーマン、スターリン、李承晩、金日成、毛沢東にいたるまで、戦争犯罪人として裁くべきである。 戦争が犯罪でないというなら、なぜ日本とドイツの指導者のみを裁いたのか。 勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、もはやそこには正義も法律も真理もない。 力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、信頼も平和もあろう筈がない。 われわれは何よりもまず、この失われた《法の真理》を奪い返さねばならぬ」 と述べています。
 勝者が敗者を裁くというものは、いかに法律的な装いをこらしても、所詮は、執念ぶかい復讐とならざるを得ないのである。

 このような問題点のある東京裁判の判決であるが、ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した我が国は、これに従わざるを得ないのである。
 また、サンフランシスコ平和条約において、東京裁判並びに国外の他のBC級戦犯の裁判を受諾した上で、講和条約を締結し、国際社会に復帰できたのである。この歴史的事実を、重く受け止めねばならない。
 いくら国内法で、戦争犯罪人の汚名が回復されたとしても、国際法上ではいまだ、そのままの状態であるという認識である。
 そのような現状のままで、A級戦犯を合祀している靖国神社に、一国の首相ほか国会議員が団体を組んでまで参拝するようなことは、はばからなければ、ならないのではないでしょうか。
 それは、サンフランシスコ平和条約の和解と信頼の精神によって、もたらされた戦後の国際社会秩序に、日本は不満なのかと受け取られる危険性があるのである。

 もともと靖国神社は、戦死者を祀ることになっていた筈である。合祀されたA級戦犯は、戦死者ではなく、刑死並びに勾留中に病死した人である。この点は、靖国神社の本来の趣旨に反することである。
 また、軍国主義国家の精神的支柱となり、そこへ合祀された人々を 「英霊」 と称えることで、戦争を正当化し、美化し、侵略戦争を 「聖戦」 とするための施設として発展してきたのである。

 このような問題のある施設に、その上にA級戦犯まで祀って崇め奉っているところに、慰霊に行くと言えば、直ちに靖国神社だと、無思考・無批判的に受け入れて参拝している。このことが、首相ほか国の指導者層にあるということは、いかに 「国家神道」 という邪教の病根の深さに憂慮するものがある。

 慰霊のためならば、政府主催の全国戦没者追悼式で十分である。その他、広島・長崎・沖縄等、各地でも行われている。
 靖国神社でなければならない必然性はない。それどころか靖国神社は、慰霊・追悼のところではない。そこは戦争を肯定・讃美し、戦死の将兵を神として顕彰するところである。顕彰するのを、慰霊と思う、はき違えてはならない。
 
 しかるに、“慰霊・哀悼の誠をささげる” といって、首相ほか 当然のように振る舞っている。 大多数の国民も、これを諒としている。
 このことは、また、次回考えてみましょう。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

慰霊を考える

 慰霊とは、“死者の霊魂をなぐさめること” と、『広辞苑』 にあった。

 始めに、お断わりしておきますが、仏教は俗にいう “霊魂” とか、“人だま” とか、そのようなものは認めておりません。
 仏教も、生命の永遠性は説いていますが、死後の生命については、有ると思えば、どこを捜しても無い。無いのかと言えば、縁にしたがって出てくる。何とも不思議な 「空」 という状態で存続すると説いている。
 また、御書にある 「日蓮がたましひ(魂)を……」(1124P) と仰せられているのは、“生命” の意味であります。    

 死後の生命の記事 ―→ ここから

 原始宗教は、みな霊の類いを説いている。神道も御多分に洩れず霊魂を認めています。そのなかで特に、戦死や横死など非業の死を遂げた者の怨(うら)みの怨霊(おんりょう)を、鎮めるため(鎮魂)の祭祀(さいし)を行った。
 平安朝時代、都に天変地異が起こったのは、筑紫に流された菅原道真、讃岐に流された崇徳上皇、朝敵として滅ぼされた平将門等の怨霊の “たたり” であると、人々から恐れられて、それが怨霊信仰となっていった。

 怨霊信仰は御霊(ごりょう)信仰とも言われ、主に鎮魂を目的としていた。ゆえに戦死者の場合、昔はむしろ敵方の怨霊を恐れて、あつく弔(とむら)ったのである。やがて、もう少し積極的になり招魂すなわち、死者の霊を招こうとすることになるのである。靖国神社の前身は東京招魂社である。この辺までは、慰霊・追悼の義が残っていた。

 ところが、「靖国神社」 となってからは、戦死者を神様と祀り上げることによって、慰霊の情は吹っ飛んでしまった。そこにあるのは “あなた方は立派な神様になられて、おめでとうございます” という称讃の詞(ことば)であり、軍神・英霊・御霊(みたま)とか言って、顕彰するところとなったのである。 
 したがって、顕彰に値する者は、錦の御旗を掲げた皇軍の兵士のみであり、賊軍である敵国の兵や自国民でも文民は除かれたのである。このように、同じ戦没者の霊にたいしても、差別し排除したのである。
 
 仏教の目からみれば、死んだら神様になるとか、仏様になるとか、そんなことは一切無いのである。ましてや、霊魂が靖国のやしろに在るとか、どこそこに眠って居るとか、その様なこと言うのは馬鹿げた話である。
 ただ、親族や関係者の心のなかに、懐かしさや・悼(いた)みや・悲しみの情としてあるのである。
 ゆえに、戦死者にとっては、靖国も何もないのである。慰霊も招魂も葬式等の死者にかかわる全てのものは、生者が生者のためにする営みである。
 
 そうであるならば、生者にとって 「慰霊」 とは、どのように考えれば良いのだろうか。前の 『広辞苑』 では “霊魂をなぐさめること” とある。
 慰めると言うならば、侵略を受けた関係諸国の感情を逆撫でにして、あえて波風を立ててまで、A級戦犯合祀の靖国神社に参拝することが、“なぐさめること” になるのであろうか? そうは思えないのである。

 私は、広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれている 「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」 という碑文が、慰霊という言葉を端的に言い表していると思います。
 “安らかに眠ってください” と、死者を政治的に利用したり、それで問題を起こしてはならないのです。安らかにしてあげることである。
 “過ちは繰返しませぬから” と、戦死者は自身が、神として祀られることを願って亡くなられたのではない。みんな家族や同胞の無事安穏を願い、戦争のない平和な国家・社会の出現を願って逝(い)かれたのである。
 したがって、後に残った生者は “戦争という過ち” を絶対に繰り返してはならないのである。

 『人間革命』 の冒頭に 「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」 と、戦争の実態を述べています。
 戦争の恐ろしさは、一たび起これば、第六天の魔王は権力の魔性を発揮し、特攻隊のように人間生命は手段化され、戦争のための道具や物に過ぎなくなる。さらに、虐殺・迫害・略奪・強姦など、有りとあらゆる極悪・非道が競い起って、残酷な悲惨な状況になるのである。その極みは原爆である。
 この戦争の真実の姿を知るならば、「お前の方が悪いのだ」 とか、「俺の方は正しい戦争だ」 とか、「誰がやった・誰にやられた」 とか、とやかく言うことよりも、もう二度と戦争は絶対に起こしません。“過ちは繰返しませぬから” という平和への決意と実践が、何よりも戦没者に対する 「真の慰霊」 になると信じます。

 したがって、「国家神道」 の靖国神社への参拝は、戦争を美化し、肯定するところの軍国主義・国家主義への道に通ずるものであって、決して戦没者の “霊をなぐさめること” にはならないのである。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

靖国参拝は止めよう

 靖国神社問題について、何点か考えてみました。それで私は、“靖国参拝は止めるべきである” と思っています。靖国神社が、先の戦争で果たした役わりを考えれば、これを是認するようになる参拝は、厳に慎むべきであると思う。
 したがって、私は日蓮大聖人の教えを拝し、靖国神社・護国神社・国家神道を、亡国の悪法として謗法払いにするのが、最善の方法であると信じますが、現時点での実現は、はなはだ厳しい。時を待つべきのみか。

 次に、言いたいことは、“憲法に違反している” ことである。
 『日本国憲法第二十条』 に 「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。…… 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」 と定めている。
 「国及びその機関」 には、総理大臣、その他の大臣、国会議員も含まれている。
 靖国神社は、墓地・供養塔・慰霊碑の類いではない。戦前、わが国の多数の戦死者を祀り、国教的地位を獲得し、国民を戦争へと駆り立てる精神的支柱の役割を果たした。
 戦後、侵略戦争の反省も何もない儘で、宗教法人になった靖国神社に、首相その他の公人が参拝することは、特定の宗教団体に国が関わることになり、憲法の禁ずる宗教的活動に該当し、「憲法違反」 になるのは当然のことである。
 各自が、それぞれの檀家寺や先祖の墓に参るのとは、訳が違うのである。

 『北条時宗への御状』 に、「諌臣(かんしん)国に在れば則ち其の国正しく争子(そうし)家に在れば則ち其の家直し、国家の安危は政道の直否に在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る」(170P) と仰せです。 (争子=親の不徳・不義を諫める子)

 「国家の安危は政道の直否に在り」 と、憲法を順守しなければならない立場の行政の長からして、自ら意図的に憲法を破るとは、政道を曲げていることになり、国の前途を危うくするものである。
 慰霊と称して参拝している者は、自分は正しく、「憲法違反」 などしていないと思っているだけに、始末に負えない。
  
 その次に、中国や韓国が異議を唱えているのは、“A級戦犯が合祀されている” 点である。 そうであるならば、A級戦犯の合祀を取り下げれば良いのである。
 しかし、「靖国神社」 は一旦、合祀したものは取り下げや分祀はしないと言う。それは、A級戦犯はわが国のために戦った忠義の士であり、悪いことは何もしていない、無罪であると言っている。
 しからば、国家権力を用いて取り下げさせれば良いが、これも我が国は、信教の自由を保障している国であるが故に、一宗教団体の教義に首を突っ込めば、それこそ 「憲法違反」 である故に、これも出来ない。
 
 「靖国神社」 の方は、東京裁判は勝者が敗者を裁いた偏向裁判だから、パール判事の全員無罪の意見書を、鬼の首でも取ったように誇っている。
 それでは、あれだけの悲惨な戦禍をもたらした太平洋戦争を指導した者たちは、誰ひとり罪もなく、責任もない。誰も責任を取ろうとする者もいない、と言うことになる。何だか、腑(ふ)に落ちないものがある。
 
 なにゆえに、その様なことになるのかと言えば、戦争は国家の行為であり、個人の行為とは言えない。ゆえに、今までの戦争裁判では、個人の責任を追及された例は無かった(直接手を下した非人道的行為を除く)。そのかわりに、敗戦国は賠償金や領土の割譲を求められ、戦争責任の代償としたのである。

 このあいだの “世界ふしぎ発見” で、スリランカ特集があった。スリランカ人の回答者が、サンフランシスコ講和条約の時、真っ先に対日賠償請求を放棄したのは、スリランカであると語っていた。
 それはスリランカ代表が、釈尊の教えの 「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ慈愛によってのみ消え去るのである」 という、仏教の慈悲の精神を訴え、世界中の人々を感動させた。わが国は、賠償に苦しむことなく、急速に戦後復興を成し遂げることができた。
 この代表の話を、スリランカでは小学生以上は、みな知っているが、日本では誰も知らないと言っていた。恩を忘れることは、実に嘆かわしいことである。

 日中国交会談のとき、日本の田中首相は 「中国国民に多大なご迷惑をおかけした」 と謝意を表したが、“ご迷惑” の解釈をめぐって、擦ったもんだの挙げ句の果てに、「中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」 と表記された。
 中国の周総理は 「日本国民も共に軍国主義の犠牲者である」 と言われ、賠償請求を放棄して下さったのである。このようなわけで、A級戦犯のことも含めて、日中戦争の “責任と反省” のうえに、国交が回復されたのである。

 この基本的な事実関係を無視して、自民党の党三役の一幹部議員からして、“先の戦争は侵略戦争ではない、自衛戦争だ” という趣旨の発言をするとは、如何なものかと思う。
 また、安倍首相も 「英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない」 と国会で公言している。
 戦争の犠牲者である一般の兵士と、戦争へ・亡国への道を切り開いた国の指導者を同列に論じ、“死ねばみんな罪は許されて、神様・仏様となって尊崇を受けるのだ” と。 “これが日本の伝統だ、文化だ” と声高に叫んでも、こんな伝統文化は、諸外国に理解されることは無いであろう。

 今や、米国をはじめ世界の諸国は、わが国の 「憲法違反・A級戦犯合祀・歴史認識」 等の問題について、厳しい眼で見ているのである。
 したがって、近隣諸国との平和・友好と民衆の幸福を思えば、「靖国神社」 の参拝は、直ちに中止すべきであると主張するものである。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

昭和天皇に学べ

 幕末のときの倒幕運動で、尊皇攘夷論は偉大な力を発揮した。その過程に於ける戦で、戦い散った者を褒め称えるために、その霊を祭神として祀り、顕彰するための施設として、建設されたのが靖国神社である。
 ゆえに、“天皇主権国家” とその精神的支柱である 「国家神道」 と具体的施設である 「靖国神社」 は、本来、一体不二のものである。そこから、天皇と靖国神社は、切っても切れない縁があることが想起される。しかし、その天皇があることを境にして、参拝しなくなりました。それは、「A級戦犯の合祀」 から以後である。

 昭和天皇は戦後、国家の命により戦死した者の霊をなぐさめる為に、1945年・1952年・1954年・1957年・1959年・1965年・1969年・1975年に計8度、靖国神社に参拝しました。だがしかし、1975年(昭和50年)11月21日を最後に、その後は参拝していません。今上(きんじょう)天皇も行幸(ぎょうこう)されていません。

 その理由は、1978年(昭和53年)10月17日に、A級戦犯が昭和殉難者として靖国神社に合祀されたことにあると言われていた。その後、富田メモ(元宮内庁長官・富田朝彦)が発見され、A級戦犯の合祀が天皇の参拝を妨げていることが明らかになった。富田メモには、

  「私は或る時にA級が合祀され
  その上松岡・白取までもが
  筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
  松平の子の今の宮司がどう考えたのか
  易々と
  松平は平和に強い考えがあったと思うのに
  親の心子知らずと思っている
  だから私あれ以来参拝していない
  それが私の心だ」


 松岡は、元・外務大臣の松岡洋右、日独伊三国同盟を締結し、白鳥と共に、戦争への道を開いた。
 白取は、元・駐イタリア大使の白鳥敏夫
 筑波は、1966年に厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった、宮司の筑波藤麿
 松平は、最後の宮内大臣で合祀に慎重であった、宮司の松平慶民
 松平の子は、長男でありA級戦犯を合祀した際の宮司だった、松平永芳

 靖国参拝を推進する面々は、この富田メモを “ねつ造だ・天皇のお心と違う・私的なメモを発表する事すらおかしい” 等々、とやかく批判しておるようであるが、私はこのメモが出ようが出まいが、有ろうが無かろうが、A級戦犯の合祀以後、昭和天皇が参拝していない事実の重みを、噛(か)みしめなければならないと思います。

 昭和天皇は国の主権者として、先の戦争を阻止できなかったことに、悔恨の情を持たれ、深く反省なされていたと思われます。それは終戦直後、マッカーサー元帥との会見の時のお言葉に見ることができます。マッカーサーの回想記によれば、

 天皇は、「私は、国民が戦争遂行するにあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、お訪ねした」
 元帥は、「私は、この瞬間、私の前にいる天皇が、日本の最上の紳士であることを感じとったのである」 と記されている。
 
 天皇は命乞いに来たのではなかった。軍部に踊らされていたご自分の責任を、自ら負おうとされる勇気に接して、マッカーサー元帥は、深く感動したのである。
 
 敗戦による国土の荒廃と人心の混乱により、当時、1000万人の餓死者が出るであろうと予測されていた。昭和天皇の国民を思いやる捨て身の会見は、その後、米国による大量の食糧援助となって、国民は本当に救われたのである。この歴史的事実と受けた御恩を、わが国民は決して忘れてはならない。

 『日本国憲法第一条』 に 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、……」 とあります。
 
 この 「日本国民統合の象徴」 であらせられる天皇が、御自ら “だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ” と仰せになられている。このご発言の重きことを考えれば、私は “昭和天皇の御心に学ぶべきである” と申し上げたいのであります。 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

再び 「神道」 について

 靖国神社の参拝について、多くの賛否の論があるが、否定するもののなかに、“神道そのものが低級なる教えであり間違いのもと” であるからという論は、あまり聞かない。しかし私は、これが一番の肝心なことであると思っています。

 明治維新の近代国家建設にあたって、西洋の先進技術や文明は学んだが、政治体制は天皇を絶対とする王政復古体制とした。王政復古とは、簡単に言えば、奈良朝や平安朝の時代に戻すことである。
 世界は フランス革命以後、王政から共和制へと移行しているのに、このときの時代の趨勢(すうせい)が読めなかったわが国は、歴史上の逆コースの道を歩んでしまった。これゆえに、国が亡んでしまったのであり、歴史の証明でもある。
 
 維新前の倒幕の エネルギーが、神道による尊王攘夷論にあったことから、これもむべなるかなと思われるが、王政復古の理論的根拠は、本居宣長・平田篤胤等の国学派が唱えた復古神道である。この神道の惟神(かんながら)の道が、国家的保護のもと、政治体制の根本原理として使われた時に、すでに挫折への第一歩がはじまったのである。

 小説 『人間革命』 には、「神道」 について次にように述べられています。
 
 「自然崇拝、あるいは祖先崇拝の原始宗教にあっては、自然あるいは集団のなかへの精神的従属主義をもたらす傾向が強い。それがまた、人間本然の帰属意識を満足させることによって、断ち切りがたい魅力をもつ原因でもあろう」 (文庫人間革命6巻・231P)

 「北畠親房の 『神皇正統記』 には 「大日本は神国なり」 と冒頭にあるが、この神国は、神の護る国というより、日本は神の子孫の国であり、天皇の統率すべき国であるという思想が濃厚であった」 (同・232P)

 「明治政府の成立から敗戦にいたるまで、わずか七十八年に過ぎないが、日本の驚くべき奇跡的な近代化が、この間に遂行された。神道は、この期間にあって、政治的実践を宗教化し、政治のさまざまな矛盾を合理化することで、重要な役割を演じたものの、その行き着くところに敗戦の悲劇が待っていた。
 建武の中興の五十年にわたる国内的悲劇もまた、神道の行き着くところの悲劇であったということが言えないだろうか。ここに歴史の証言と警告がありそうである。………
 
 神道というものは、所詮、わが国固有の宗教としてしか存在しえなかった。仏法との比較において、これは明確といえよう。つまり、神道の神は日本人のみの信仰の対象であるが、仏は少なくとも三国伝来にたえる信仰の対象であった。
 神道は、あくまで国民的であり風土的であるが、仏教は元来、世界的な広がりをもつものであり、根本義において宇宙的なものの内包があった。
 
 明治維新にあたって、神道の復古思想は、たしかに近代日本の跳躍台となったといえるが、二十一世紀の現代世界への真の跳躍台とは、とうていなりうるものではない。神道は内に強く、外に弱かったのである。
 仏教は現に生きる人間の哲学であって、単なる歴史的遺産ではない。その宇宙生命への深遠な悟りには、一民族の伝承や自然崇拝とは比較すべくもないものがある。高天原(たかまがはら)の生命的現実をもってしては、無始無終の久遠元初の生命(仏)には、とうてい及ぶものではないであろう」
 (同・235~237P) とあります。

 池田先生は、「およそ不幸の根源は、一国の政治や、社会機構の形態だけで、決定できるものではない。より本源的には、誤った思想や宗教によるものである」 (文庫人間革命1巻・21P) と述べられています。
  
 個人の人権・信教の自由のある民主主義国家の米国と、天皇絶対主義という封建思想を根本においた日本とは、すでに戦わずして、最初から勝敗は決していたのである。人間性を無視した組織の敗北の姿が、終戦直後の日本の現実であった。 

 日蓮大聖人は、「必ず先に弘まれる法を知って後の法を弘むべし」(439P) と。先に弘まった法を知って、後にそれより低い法を弘めてはいけないと言うことです。これは宗教のみならず、政治・社会全般に通ずる定理である。
 日本は、神道という瓦礫を取って、仏教(三大秘法の法華経)という金珠(こんじゅ)を捨てたがゆえに、“梵天・帝釈の治罰” を被ったのである。ここに、国家を挙げての神道の普及が、まさしく一国を誤らせ亡国へと至らしめた、動かすことのできない証拠なのである。
 この教訓を肝に銘じて、歴史の歯車を逆転させてはならない。それゆえに、国家神道の靖国神社に係わることは「絶対悪」であり、参拝などはとんでもない事であると断ずるものである。 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

靖国と憲法

 国会議員達が集団で、終戦記念日や例大祭に靖国神社を参拝することが、今や恒例行事になった。過去の歴史認識をめぐる不毛な対立による、中韓両国の反発も相変わらず起きている。
 この頃は、わが国の尖閣諸島近海で、中国艦船が領海侵犯をするという憂慮すべき問題も起きている。

 安倍総理は参院選前から、憲法九条改正への意欲を明言していた。
 この前の テレビ番組で、憲法改正について討論会をしていたとの事、私は見ていなかったが、見た友人が今の若者たちが、意外に改正に賛成する者が多かったと言っていた。
 このようなことを思うと、自民党の国会議員達が、あえて反発のなか憲法違反まで犯して、靖国神社の参拝を強行するのは、憲法改正の賛成世論を醸し出したいからではないかと、そのような、うがった見方もして見たくなる。

 安倍総理は前の時、「戦後 レジーム(体制)からの脱却」 という スローガンを掲げていた。
 それは、教育基本法を改正して、国のためになる国民の育成を、教育の目的とするものである。
 また、靖国神社を特別扱いにし、その関係を復活させて、将来、国のために命を捨てさせるための施設にしょうとしているのである。かつて “戦没者を祀る靖国神社を国の手で維持しないで、これから先、誰が国のために死ねるか” と発言した、保守系の大物議員もいたのである。
 そして次に、戦争ができる国にするために、憲法改正をしょうとしているのである。憲法改正と靖国神社国家護持は、一体となっているのである。

 そこには、個人よりも国家の価値を優先し大切にする価値観がある。すなわち、“国民のための国家”より、“国家のための国民” であるという転倒せる価値観である。
 権力には魔性がある。「他化自在天」 といって、自分以外のすべてを、自分の手段として利用しょうとする生命の働きである。これは誰人にもある 「元品の無明」 が発動したものだけに、なかなか厄介なものであり、注意する必要がある。

 安倍総理には、戦前の一等国 “大日本帝国” への郷愁があるのではないかと思われる。これが単なる杞憂であれば幸いである。
 わが国は サンフランシスコ講和条約で、東京裁判の結果を受けいれて、国際社会に復帰したわけである。
 “あの裁判は不正義の裁判だ” とか、“平和憲法は アメリカから押し付けられたものだ” とか、片一方の視点から見て、戦後の国際秩序の現状を認めないような、閣僚たちの言動は厳に慎むべきである。
 そのようなことをすれば、アメリカをはじめ、国際世論の反感を買う結果になりかねないのである。

 ところが、否定された筈の過去の神道史観をもって、国の公人が何時までも、「靖国神社」 に参拝していることは、何時までも、中国・韓国から歴史認識の問題を突き付けられ混乱が生じて、国際世論も我が国から離れて行きつつあるのである。
 政治指導者たるもの視線は、死者の慰霊という過去のものではなく、生者である国民の福祉・安寧・幸福という、未来に向けられていなければならない。

 戦後 70年になんなんとするのに、もういい加減にして、この問題に終止符を打とうではありませんか。
 それには、過去の軍国主義の侵略戦争の反省からして、戦争を精神面で推進した 「靖国神社」 には、今後一切関わらないことである。これが一番の解決策である。
 『立正安国論』 に、「唯偏に謗法(ほうぼう)を悪(にく)むなり、夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍(のうにん)の以後経説は則ち其の施(せ)を止む、然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施(ほどこ)さず皆此の善に帰せば何なる難か並び起り何なる災か競い来らん」(30P) と仰せです。
 
 能忍とは釈尊のことである。釈尊以後は、謗法を退治する最直道として “則ち其の施を止む” と、すなわち謗法に対する布施を止めることである。これが、破仏法・破国の根源を断つ要諦である。ゆえに、靖国神社にはいっさい、参拝しない・玉串料も収めない、これが仏法の理にかなった一番よい方法である。

 我が国には、国のために犠牲になられた人々を、公に追悼する施設がありません。これを、一宗教法人である 「靖国神社」 に、委(ゆだ)ねているような状況であるから、いつも 「憲法違反」 の疑念が付きまとうのである。 これを、ハッキリと区別させるべきである。

 したがって、私は次のように思っています。 
 第一に、今後一切、わが国は国家神道の靖国神社・護国神社等と完全に縁を切り、国の公人は参拝しないことを宣言し、実行すべきである。
 第二に、然るべき別の場所に、新しく追悼の施設を作る方法が良いと思います。また、現在ある千鳥ヶ淵戦没者墓苑を、可能ならば拡充しても良いと思います。
 第三に、新しい施設は、誰でも心置きなく追悼でるように無宗派の施設で、碑や モニュメントの類いであるべきだと思います。間違っても、本尊や経題を書写した類いのものを設置しないことである。
 第四に、天皇陛下・総理大臣・外国の使節・その他・国民すべての人が、心から静かに追悼するに相応しいものにしてもらいたいと思います。

 戦後の復興にあたって、平和憲法が果たした役割は多大なものがある。特に、ベトナム戦争や イラク戦争において、一人の戦死者も出さなかったのは、憲法第九条のお蔭である。
 池田先生は、「軍事力等の ハード・パワーの行使も、現代では、国連という システムや、その背後にある国際世論という ソフト・パワーを無視しては不可能である(趣意)」 と述べられています。

 今や時代は、ソフト・パワーが主役の時代である。そうであるのに、わざわざ憲法を変えて、海外派兵を可能にしょうとするのは、時代錯誤・逆コースも甚だしいと言わざるを得ない。
 防衛上に不都合な点があれば、加憲や解釈改正や自衛隊法改正等で対処が可能かどうか、検討して見てはどうかと思う。

 そして、“憲法の前文並びに第九条” は絶対に堅持すべきである。わが国は平和・文化国家に徹すべきである。いたずらに、大国主義になる必要はない。
 平和で環境等すべてに安心・安全で、世の中で一番暮らしやすい国だと、世界中の人々から羨(うらや)ましがられるような国にして行きたいと思います。 

続きを読む

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

「誤解を解く」と言うが

 安倍首相が政権発足1年目の26日、靖国神社に参拝した。中・韓両国が反発するのは覚悟のうえで、あえて友好親善を阻害してまで行う首相の気が知れない。
 今回は米国まで 「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させる行動を取ったことに米政府は失望している」 との異例の声明を出した。

 安倍首相は、この問題の “誤解を解く” ために対話のドアは何時でも開いていると言っているが、私は中・韓や米国が誤解していることよりも、首相の妄執や確執の方に問題があると思っています。

 安倍首相が誤解だとしている点は、
 1) 日本は戦後、自由と民主主義の平和国家の道を歩んできた。それを無視して靖国参拝にかこつけて、あたかも戦前の日本に回帰するかのように言うのは的外れである。
 2) この問題を政治・外交に絡めて、何時までも長引かせているのは、中・韓の方ではないか。
 3) どこの国の指導者でも、戦没者の追悼儀式に参列している。その国の戦没者をどう追悼するかについて、本来、他国からとやかく言われる筋合いはない。

 以上のような点が見受けられますが、このような点は誤解でも何でもない。相手は先刻承知のうえで、日本外交の弱点を突いてきているのである。このままの状態で首相は、話せば “誤解は解ける” と本気で思っているのであろうか。もしそうであるならば、能天気なことだ。

 靖国神社のことで、中・韓が問題視している点はA級戦犯の合祀である。このA級戦犯の合祀の問題を解決せずして、いくら話をしても “誤解は解けない” であろう。合祀の問題をそのままにして置けば、今度は欧米諸国から指弾を受けるように成るだろう。相手ではない、こちらが変わらなければならない。
 首相は 「すべての戦争で命を落とした方の冥福を祈り、不戦の誓いをした」 と語っているが、先の大戦の時、彼我の関係諸国に多大な人的・物的損害を与えた戦争を指導したA級戦犯を、神様と祀り称えている靖国神社に、不戦の誓いをしても、何ら不戦の誓いにはならない。
 少しでも、侵略され被害を被った相手国の国民感情をも考慮すべきである。

 A級戦犯の過去記事 ―→ ここから

 安倍首相は、第一次内閣のとき参拝しなかったことを 「痛恨の極み」 と言っているが、首相の仕事として慰霊することが、関係国との友好を阻害してまで行わなければならないほど、そんなに大事なことなのでしょうか。
 しかも、公人として一宗教団体に係われば、憲法違反になるのである。
 過去の死者の霊よりも、現在の生者の生活の方が大事な筈だ。仏法では 「本迹を分け勝劣を弁ず可きなり」(869P) と仰せです。
 どちらが大切なのか。首相として、未来を見据えた判断を誤って貰っては困る。
 国民の幸せな生活と世界の平和のために、ご尽力して下さるよう願ってやまない。

 関連記事・靖国と憲法 ―→ ここから 

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR