橋を問う

 題名の 「橋を問う」 を見て、何のことか、お解かりにならない方もおられると思います。私も初めて 「六巻抄」 を手にしたとき、古文の読解力は無く、今のように講義録や教学辞典なども無く、何がなんやら実に暗中模索の状態でした。

 日寛上人の六巻抄の 『依義判文抄第三』 の冒頭の文に、「明者は其の理を貴び闇者は其の文を守る、苟(いやし)くも糟糠(そうこう)を執し “橋を問う” 何の益あらん」 (“”は筆者)とあります。

 「橋を問う」 とは、『大方等陀羅尼経第三』 に説かれた求道者の愚行を戒めた故事である。ある僧が大施会に行く途中に大きな橋があった。僧はある一人の智者に尋ねた。この橋は誰が造ったのか、材料はどのような木か等々、次から次へこのような質問を七千八百もしたという。智者は何の利益もない愚かな質問を止め、早く目的地に行くよう諭したが、僧が会所に着いた時には、すでに法会は終っていたという。

 この話は、文は理を伝えるための手段であるから、ちょうど目的地へ行くための橋に相当する。したがって、仏法を学ぶにあたって、文の訓詁注釈に囚われて仏法哲理が理解できず、実践も出来ないというのは、この 「橋を問う」 の愚になることを諭している。

 『大集経』 に云く 「我法の中に於て闘諍言訟(とうじょうごんしょう)して白法隠没(びゃくほうおんもつ)せん」(258P) とあります。  (白法…釈尊の仏法)
 釈尊自ら末法には、教義について諍が起き、釈迦仏法は滅びて功力がなくなると宣言しています。

 浄土宗はじめ旧仏教界の諸宗は、釈迦仏法の糟糠(カスやヌカ) に執着して、いたずらに不毛の文をもてあそんでいる。例えば歎異抄など、仏教の成仏と何の関係のない事柄に、感心し自己陶酔している者も居る。

 『歎異抄』 に親鸞の言として 「念仏はまことに浄土に生るるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ」 また 「親鸞は弟子一人ももたず候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり」 と言っております。

 すなわち、“念仏で浄土に行けるのか、地獄なのか、どうなるか知らない。自分は弟子一人も持ってない。自分の計らいではなく、阿弥陀仏に促がされて、好きに念仏している人を、自分の弟子とは言えない” と、開祖という立場でありながら、これほど確信のない、無責任極まりない言動もない。

 法華経には、西洋の宗教哲学でさえ明かしてない、宇宙生命・人間生命の実相を説き明かしています。この法華経を投げ捨てて、取るに足らない浄土三部経や人師・論師の注釈をもてあそぶことは、「橋を問う」 ことに他ならないのである。

 歎異抄を秘本だとか何とか言って崇めているけど、ただ “愚痴と言いわけの書” でしかない。親鸞一人が地獄へ堕ちるのは勝手であるけど、何と言いましょうか、このような親鸞や法然に誑(たぶら)かされて、一緒に地獄に堕ちる者こそ哀れである。早く目を覚まして頂きたいと、切に願うものである。

 これに対し、日蓮大聖人の 「末法の御本仏」 として、一切衆生救済の慈悲と勇気とご確信の一端を、『開目抄』 に見て見たいと思います。
 
 「されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教に千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれおも・いだきぬべし」(202P)。
 「当世・法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん、日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語を助けん」(203P)。
 「当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし、命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし」(223P)。
 「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(232P)。
 
 「大願を立てん日本国の位をゆずらむ、法華経をすてて観経等について後生をご(期)せよ、父母の頸を刎(はね)ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(232P)。
 「日蓮は日本国の諸人にしう(主)し(師)父母(親)なり」(237P)。 


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勇猛精進

 夏季友好期間も終わった。8月の拙ブログは、まだ二つしか出来てない。暇があってゆとりがあれば、ものごとは早く出来るかといえば、そうでもない。むしろ、忙しく活動している時のほうが出来るのである。要は、気合が入るかどうかなのである。
 ところで、あと一つは書こうと思い、何にしょうかなと考えていたところ、朝夕読誦している方便品の「勇猛精進」という語句が思い浮かんだ。

 『法華経方便品第二』 に、「勇猛精進 名称普聞」 <勇猛(ゆうみょう)精進して、名称(みょうしょう)普(あまね)く聞こえたまえり> とあります。
 勇猛精進といえば、はじめは、勇敢にして励むことぐらいにしか思っていませんでした。入信して、六巻抄の「依義判文抄」を学んで、その一字一字に甚深の意義があることを知りました。
 依義判文とは、「義に依って文を判ず」と読む。経文を解釈する場合は、その文に囚われるのではなく、より高い教典の義によって解釈しなければならないと言うことです。
 末法の我らの立場では、法華経の文を解釈するには、日蓮大聖人の「文底独一本門」の意義をもって解釈するのである。

 『依義判文抄』 に、問う勇猛精進を題目と為すこと如何、
 答う本門の題目に即ち二意を具す所謂信心唱題なり、…… 勇猛は是れ信心なり、故に釈に云く「敢(いさん)で為すを勇と言い智を竭(つく)すを猛と言う」…… 精進は即ち是れ唱題の行なり故に釈に云く「無雑の故に精・無限の故に進」と云云、
(六巻抄・124P) とあります。 

  とは、勇んでと言うように、自発能動に主体性をもってやるのである。人から言われて、嫌々ながらやるのは信心ではない。

  とは、智を尽くすと言うように、理知性をもって、宗教は皆同じであるとかいうような、盲目、無知なことではいけない。生命のの英知を輝かせ、自己の主体性の確立をはかるのが信心である。

  とは、無雑と言うように、混じりけのない純真な信心である。「此の南無妙法蓮華経に余事をまじへば・ゆゆしきひが事なり」(1546P) と仰せです。

  とは、無限と言うように、間断なき持続性をもって、一生涯・信行を貫くことである。「大難来れども憶持不忘の人は希(まれ)なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136P) と仰せです。
 勇猛精進とは、「真剣」 の二字であり、「一生懸命」 の実践であり、創価の師弟の心であります。 

 池田先生は、次のように指導されています。

 名誉会長 「畢竟(ひっきょう)して一乗に住せしめん(最後に必ず妙法に到着させることができる)」 というのは、「広宣流布」 のことです。<「御義口伝」 に 「畢竟とは広宣流布なり」(772P) と>
 そのために私どもは、願って、この世に生まれてきた。その今世の使命に向かって、生きて生きて、生き抜くのです。その 「勇猛精進」 の心が輝いていれば、不老不死の生命力がわく。
 「勇猛」 とは、最高の勇気です。「精」 とは無雑。精米のように、純白な、汚れのない信心の心です。 「進」 とは無間。間断なき行動です。たゆむことなく前進また前進することです。「精進」 です。「南無妙法蓮華経は精進行なり」(790P) です。間断なく戦い続ける、その信心に 「如来神力」 は湧現する。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり」(790P) です。
 “億劫の辛労”です。一念や二年分の辛労ではない。
 心をくだき、身を粉にして、広布のために苦労することです。「世間に行じて」 です。「社会の中で行動する」 のが神力品の付嘱を受けた地涌の菩薩です。
 日蓮大聖人直結の 「広宣流布の組織」 で、気どらず、飾らず、苦労に苦労を重ねて生き抜いている人。その人こそ、いかなる有名人よりも尊き、末法における “如来の使” なのです。また “如来” です。
  (法華経の智慧5巻・295P)

 かつて、ある青年が、牧口先生に、何が善で何が悪かをどうすれば判断できるようになるかと質問した。
 牧口先生は、「世界最高の宗教を命がけで修行する、その努力と勇気があれば、わかるようになる」 と答えられたという。
 さらに、「勇猛精進したまえ。実行だよ。精進だよ。老人にはなったが、私も実践しています」 とも語られた。
 まさしく 「勇猛精進」 とは、学会の源流です。勇んで挑戦するところに生命の躍動もあり、知恵も生まれる。そこに歓喜があり、希望がみなぎる。
 瞬間、瞬間、自己完成への因をたゆまず積み重ねる勇猛精進の人こそ、永遠の勝利者なのです。
 一人一人が師子王の心で、真剣に、また広々とした心で戦うことが、勇猛精進の実践にほかならないのです。
  (小冊子方便品寿量品講義①・72P)

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六巻抄

 「六巻抄」 とは、大石寺第二十六世日寛上人が著されたもので、三重秘伝抄第一、文底秘沈抄第二,依義判文抄第三、末法相応抄第四、当流行事抄第五、当家三衣抄第六の六巻からなるので、六巻抄という。

 日寛上人は、日蓮大聖人滅後約四百年間に発生した邪義をことごとく打ち破り、日蓮大聖人の仏法を内外に宣揚したのである。
 「此の書六巻の師子王あるときは国中の諸宗諸門の狐兎(こと)一党して当山に襲来すといえども敢(あえ)て驚怖するに足らず尤(もっと)も秘蔵すべし」(富要五巻355P) と仰せられており、“破邪顕正の書” と言われています。

 如何なる宗教も時の経過とともに、祖師の精神を忘れ、権威化・形式化が起こってくる。このような状況になった時、仏教では必ず正統の正師が出現して、その誤りを正して、仏教の正義を宣揚し、その時代と民衆を救済したのである。

 インドでは、釈尊滅後の弟子たちは、出家中心の上座部と在家中心の大衆部に分かれて行った。上座部(小経教)は保守化と権威主義化を強め、そのために釈尊は神格化されて、人々から遠くかけ離れたものになってしまった。
 そこで、大乗仏教を信奉する民衆の間から、仏教を民衆の手に取り戻そうとする革新運動が勃興した。この運動の中から、釈尊の出世の本懐である 「法華経」 の編纂がなされた。
 そして、竜樹菩薩は中論・大智度論を、天親菩薩は唯識論等を作り、小乗教を破折し大いに大乗教を宣揚した。
 
 中国では、天台大師が南三北七(揚子江流域に三派、黄河流域に七派)の各宗派の邪義を破折して、一代聖教を五時八教に立て分け、法華経最第一の正義を宣揚し、一念三千の珠を取り出だした。

 日本では、伝教大師が桓武天皇の御前で、南都(奈良平城京)六宗の碩徳(せきとく)と公場対決を決し、「法華経の円頓の別受戒を叡山に建立せしかば延暦円頓の別受戒は日本第一たるのみならず仏の滅後一千八百余年が間身毒(けんどく)尸那(しな)一閻浮提にいまだなかりし霊山の大戒日本国に始まる、されば伝教大師は其の功を論ずれば竜樹天親にもこえ天台・妙楽にも勝れてをはします聖人なり」(264P) と仰せです。これにより、平安朝の絢爛たる仏教文化の華が開きました。
 
 日蓮大聖人は、釈迦仏法の功徳が無くなった、末法の時代に御生誕なされました。民衆は念仏等の邪宗の害毒に染まり、苦悩に喘いでいました。民衆救済の大願に立たれ、その不幸の根源は邪宗・邪義にありと、「四箇の格言」 を以って諸宗を破折いたしました。
 そして釈尊の正意は法華経にありと。しかしまた、末法の正法は、法華経の文底に秘沈された妙法、すなわち 「三大秘法の南無妙法蓮華経」 であり、これを御本尊として御図顕して下さいまして、末法の衆生に与えて下さいました。この大慈悲心によって、一切衆生の成仏が可能となったのであります。

 大聖人滅後、弟子たちは各々自説を立てて分裂して行きました。ご正意に反するそれらの邪義が出尽くした後に、日寛上人はご出現になり、従来、行われていた迷論・妄説をことごとく破折した。
 日蓮仏法は、釈迦仏法の範疇を超えた画期的な仏法であり、それ故に、直弟子とか高僧と言われる者からして、解からなかったのである。
 かつて、大石寺には京都の要法寺から第15世~23世まで、9代に亘って法主を受け入れている。要法寺は京都の軟風にかぶれ、釈迦を本尊と立て造仏読誦を行っていた。現に17世日精は釈迦像の造立を行っている。このように正統を名乗る大石寺からして、何が大聖人の正義の法門なのか解かっていなかったのである。
 ここに不思議にも、日寛上人がご出現になり、ことごとく邪義妄説を破折し、日蓮仏法の “文底独一本門の久遠名字の妙法” を根底から明らかになされ、我われに教えてくださいました。日寛上人のご出現が無かりせば、日蓮仏法といえども、闇のなかに消えてしまったであろうと思うものである。

 私は昭和34年に教学部助師になりました。助師の教学研究会があり、その教材が 「三重秘伝抄」 でありました。もともと、国語や古文については勉強不足で、その上いきなり江戸時代の文献である。何がなんやら、訳の分からない思いをしたものである。

 ここ25年ぐらい組織内では、教学の教材として 「六巻抄」 は取り上げられていません。何故だろうかなぁ! と自分なりに考えてみました。
 
 まず何といっても、日寛上人は日蓮正宗の第26世の法主である。宗門と義絶している今、下手に宗門の古文書を研鑚させると、宗門側になびいたり、引き抜かれたりする者が出てくる可能性がある。これでは何のための教学か、“ミイラ取りがミイラになる” ようなものである。

 次に、世界広布を推進するうえで、SGIの海外の友にとって、権実相対や四箇の格言とか旧仏教のことを言ったって、元から、やっていないのだから無関係である。
 また、日本の若者たちも、家の宗教が何宗であるかも知らず、魅力も感じず無関心な状態である。もう既に権教・権宗は時代遅れの遺物なのである。
 しかし、そうであるから寧ろ、宗教の邪正・勝劣を厳しく判釈する 「三重秘伝抄」 ぐらいは教えても良いのではないかと思っています。

 これからは、日蓮大聖人の大仏法を研鑚しなければならない。それは法華経に込められている、生命の尊厳観、三乗のそれぞれの立場を超えて、一乗の普遍的視点に融和させる理などは、今世紀の混乱する地球社会を、平和・共存に導く大哲理であるからである。
 ますます、地涌の菩薩の使命を痛感する次第である。 

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日寛上人

 「六巻抄」の著者である「日寛上人」について、もう少し述べてみたいと思います。それは何といっても、ご臨終のお姿の素晴らしさである。
 日寛上人は、享保十一年(1726年)正月、江戸の常在寺で信徒の要望に応えて 「観心本尊抄」 を講義した。講義満了の日に日寛上人は、

  「いま日寛が富楼那(ふるな)の弁を得、目連の神通力を現じて仏法の肝要を述べたとしても、言うところが後に誤りとわかれば信ずるに足りないであろう。そこでここに一つの予言をしておこう。私はソバが好きだ。臨終のときにソバを食べて一声大いに笑い、題目を唱えて死ぬであろう。もしそのとおりになったら、私が説いた一文一句も疑惑を生じてはならない」 と述べ、三月、大石寺に帰った。
 そして五月のころから急速に衰弱し、弟子が心配して薬をすすめたが服用せず、ひたすら臨終の準備を整えた。七月下旬、学頭日詳に法を相承し、滅後の諸事を遺言した。
 この時、日詳が薬をすすめたが服さず、「深く考えるところがあって、医療を用いないのである。当山は今、年を追って繁栄し、観解が倍増している。まさに三類の強敵が競い起るであろう。私はこの春以来、災いを攘(はら)うことを三たび三宝に祈願した。それゆえに仏天はあわれみを垂(た)れたまい、私自身の病魔をもって法敵に代えられたのである。これこそ転重軽受なのであるから決して憂えてはならない」 と明かした。
 八月十六日、法衣を著し、駕籠(かご)に乗り、本堂に詣で誦経唱題し、廟所に参詣し、日宥の隠居所、学寮に寄って、暇乞いをすませた。十八日夜、大曼荼羅を掛け、香華、灯明を捧げ、侍者に向かって種々の用心を教え、最期に末期の一偈(げ)一首をしたためた。

 本有の水風、凡聖常に同じ
 境智互に薫(くん)じ、朗然(ろうねん)として終に臨む

 末の世に 咲くは色香は 及ばねど
  種は昔に 替(かわ)らざりけり


 書き終わって 「ソバをつくってもらいたい。冥途(めいど)の出立によかろう」 と語り、七箸(ななはし)食して 「ああ面白や、寂光の都は」 といい、それから大曼荼羅に向かい、一心に合唱して題目を唱え、半眼半口にして眠るように遷化。享保十一年八月十九日の朝であった。
  (仏教哲学大辞典より)

 人は誰しも、自分の臨終の状況を予測するなんて、至難のわざで凡人の到底なし得ることではない。しかし、日寛上人は、「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」 (文段集・548P)の金言を、ご自身で証明なされました。

 これと同じようなことが、法華経を漢訳した羅什三蔵の故事にあります。羅什はつねづね、自分の訳した経に誤りがない証拠として、死んで火葬した時に、身は灰となっても、舌だけは焼けずに残ると予言していた。そして、その通りになったので、羅什訳の 「妙法蓮華経」 はやすやすと漢土に広まったのである。

 したがって、日蓮大聖人の “三大秘法の御本尊” を、正しく受持し、信心修行に励めば、成仏得道は絶対に間違いないことを、日寛上人はご自身の実体験で、我われにご指導してくださいました。
 現在、有り難いことに、創価学会員受持の御本尊は、日寛上人御書写の御本尊である。

 日顕宗が法主の認可のない本尊は、ニセ本尊と言っているが、では、過去に書写された本尊は、全てニセ物になるのか? そのようなことを言う日顕こそ、相承を盗み取った法盗人であり、芸者遊びの放蕩堕落坊主のニセ法主である。
 中興の祖と謳われる日寛上人の事績と比べれば、天地雲泥、比べることすら、はばかれる。
 日顕は正本堂を壊し、広宣流布を破壊する、法滅の妖怪である。このようなニセ法主に付き随う法華講員こそ、哀れである。一人でも多くの講員を救うべく、その救済運動に頑張ります。

 「羅什の舌焼けず」―→ ここから

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三重秘伝

 六巻抄と日寛上人について少々述べて見ましたが、その際 「三重秘伝抄」 については、日蓮仏法の奥義が説かれた書ですので、久しぶりに手に取ってみました。
 
 『三重秘伝抄』 は、日寛上人が 「開目抄」 を講義なされたとき、“文底秘沈” の句に至って、其の義甚だ深く、其の意は難解であると観じられた。故に、此の文を三段に分け、その義を十種の法門に開いて講義なされ、後継の弟子に仏法の奥義を教えられたのである。
 「此れは是れ偏(ひとえ)に法をして久住せしめんが為なり、末弟等深く吾が意を察せよ云云」(六巻抄・3P) と述べられ、日寛上人が三大秘法の広宣流布の大願を期せられて著した重書である。

 その 『開目抄』 の文は、「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり、竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだ(懐)けり」(189P) という御文です。
 
 御書の文中で、二行ばかりの短い語句でありますが、日蓮仏法にとって甚深の意義を明かした、重要な御金言であります。
 日寛上人は、この 「文」 を “標・釈・結” の三段に分ち、甚深の 「義」 を “十門” に開いて詳釈なされ、文底に秘し沈められた大法を明かされて、末法流布の大百法であることを示されました。

 「標」 とは、標題ということで 「一念三千の法門は」 のところになります。要するに、この御文では一念三千の法門がテーマになっている分けです。
 「釈」 とは、解釈ということで 「但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」 のところです。一念三千の法門を、どのような角度から論ずるのか、ということです。
 「結」 とは、結論ということで 「竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり」 までの部分です。一念三千という標題を、解釈していって、そこから導き出される結論ということです。

 この御文の「釈」の部分を解釈すると、そこには三つの意味が含まれている。
 「釈の文に三意を含む、初めは権実相対・所謂 『但法華経』 の四字是なり、次は本迹相対・所謂 『本門寿量品』 の五字是なり。三は種脱相対・所謂 『文底秘沈』 の四字是なり。是れ即ち従浅至深して次第に之を判ず。
 ………
 応に知るべし、但法華経の但の字は是れ一字なりと雖(いえど)も、意は三段に冠(こう)むるなり。謂(いわ)く、一念三千の法門は一代諸経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底秘沈と云云。故に三種の相対は文に在りて分明なり」(六巻抄・12P)


 はじめに 「但法華経」 とありますが、何に対して 「但法華経」 かといえば、爾前・権経であり、法華経との比較相対でありますから、“権実相対” になります。
 次に、「本門寿量品の五字是なり」 ですが、これにも 「但」 の字がかかってきます。「但本門寿量品」 と読めば、法華経の中の迹門に対して、「但本門寿量品」 でありますから、これは “本迹相対” になります。
 さらに深く見れば、「文の底にしづめたり」 となります。これは寿量品の文上に対して、「但文の底」 という分けですから、“種脱相対” になります。
 この 「但」 の字は、一字でありますが「但法華経」「但本門寿量品」「但文の底」というように、三段階にかかってきます。このように、三重に亘って 「一念三千の秘法」 を解釈していますので、“三重秘伝”というのであります。

 「結」の部分は、「結とは是れ正像未弘を結す意は末法流布を顕わすなり、亦二意あり、初めに正法未弘を挙げ通じて三種を結し、次に像法在懐を挙げ別して第三を結するなり」(六巻抄・12P) と仰せです。

 種脱相対して明かされた 「一念三千の法門」 は、正法・像法時代には未だ弘まらなかった、というのが結論である。しかし、その心は末法に広宣流布することを顕わしている。
 この “権実相対”“本迹相対”“種脱相対” の三つ相対はともに、正法時代には竜樹・天親さえも弘めていない。ゆえに 「正報未弘」 である。
 像法時代、天台大師は本迹相対までは宣べたが、種脱相対は、知っていたけれど懐にしまったままで、宣べなかった。ゆえに 「像法在懐」 という。
 では、“種脱相対” はどうなのかと言えば、それは末法に、日蓮大聖人によって流布される大白法であるというのが、「開目抄」の御文から読み取れる結論なのである。

 この三種の相対は、「一には爾前は当分・迹門は跨節(かせつ)なり是れ権実相対にして第一の法門なり、二には迹門は当分・本門は跨節なり是れ本迹相対にして第二の法門なり、三には脱益は当分・下種は跨節なり是れ種脱相対にして第三の法門なり、此れ即ち宗祖出世の本意なり故に日蓮が法門と云うなり、今一念三千の法門は但文底秘沈と云う意此にあり」(六巻抄・13P) と仰せです。 (跨節…節を跨ぐ、更に深く一重立ち入った立場)

 以上のことを、図示すれば次のようになります。

 標……… 一念三千の法門

 釈……… 但法華経……………権実相対(第一法門)
       但本門寿量品………本迹相対(第二法門)
       但文底秘沈…………種脱相対(第三法門)

 結……… 正報未弘(竜樹・天親)……通じて三種を結し
       像法在懐(天台大師)……別して第三を結す……末法流布を顕わす  

 日蓮大聖人は、「開目抄」 で示された、権実相対を第一法門、本迹相対を第二法門、種脱相対を第三法門と名づけられ、此の 「第三法門の種脱相対」 にこそ “出世の本意” があり、故に “日蓮が法門” と仰せられています。 

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第三の法門

 日蓮大聖人の法門の御正意は、種脱相対の第三の法門にあると申し上げました。しかし、その御正意は世間では、いな当門流においてすら、なかなか理解されなかった。

 『常忍抄(稟権抄)』に、「法華経と爾前と引き向えて勝劣・浅深を判ずるに当分・跨節の事に三つの様有り日蓮が法門は第三の法門なり、世間に粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず候」(981P) とあります。
 大聖人は、“世間ではほぼ夢のように、第一の権実相対と第二の本迹相対までは語られているが、種脱相対の第三の法門は語られていない” とお述べになっています。

 これも、止むを得ないことだと思っています。まず、何といっても立宗の始めであり、新しい大聖人の下種仏法の甚深の奥義を、五老僧と言われる高弟からして解らなかったのである。
 五老僧について、戸田先生のお話 ―→ ここから
 
 大聖人は、新しい文底の法門を説法するのに、既にある法華経の文言を使って表現なさっています。
 たとえば、当時、念仏宗が一国にはびこり、仏といえば阿弥陀仏、経は弥陀の三部経のみ有効という法然の邪義に対して、大聖人は真仏を示すのに、“釈尊・教主釈尊”、法は“法華経・妙法蓮華経”という既成の文言を使われて説法されています。これを聞いた弟子たちは、仏を釈迦牟尼仏、法は法華経二十八品であると取ってしまったようである。
 僧侶の多くの者たちは、かつて天台宗学を学んでいたので、その知識が邪魔して、大聖人の下種仏法の真意までは、思い至らなかったようである。
 また、日蓮大聖人もご自身が仏であるとは、決して言っていません。それは「本因妙の仏」であるからです。
 本因妙の仏について、戸田先生の講義 ―→ ここから

 したがって、「南無妙法蓮華経」 についても、法華経の経題である “妙法蓮華経” に、帰命の意味の “南無” を付けて唱えるいる位の認識しかなかった。
 ゆえに、末法において日蓮大聖人は、釈迦の法華経を、三業(身・口・意)で身読し、それを弘めている偉いお坊さんだ、ぐらいしか思っていなかったのである。
 それらの者たちは、「三」 という法数の一致の故か、天台の 「第三の教相」 と大聖人の 「第三の法門」 を混同してしまったのである。

 では、天台の 「三種の教相」 とは、法華経と爾前経との教説の異同を判釈し、法華経が勝れていることを三つの視点から明らかにしたものである。
 一、根性の融(ゆう)不融の相。衆生の機根が融であるか、不融であるかを分別したもの。諸教は衆生の機根が三乗(声聞・縁覚・菩薩)各別であり不融。法華経には迹門方便品第二、譬喩品第三などに、三乗を開いて法華一乗の機に融合されているゆえに融。故に迹門が勝る。 (権実相対)

 二、化導の始終(しじゅう)不始終の相。仏の化導の始めから終りまで説いているか否かを分別したもの。諸経は下種も得脱も明かされてないゆえに不始終。迹門化城喩品第七で、三千塵点劫以来の仏と衆生の因縁を説き、三益(種・熟・脱)を明かしているゆえに始終。故に迹門が勝る。 (権実相対)
 種熟脱の記事 ―→ ここから

 三、師弟の遠近(おんごん)不遠近の相。師弟の関係が久遠以来であるか否かを分別したもの。諸経の仏、迹門の仏までは始成正覚で、師弟も現世の一時的な結縁であり不遠近。本門寿量品第十六で、五百塵点劫・久遠実成を顕本し、それ以来、衆生を教化してきたことを明かしたゆえに遠近。本門が勝る。 (本迹相対)

 「答う第三の教相のごときは仍(なお)天台の法門にして日蓮が法門に非ず、応(まさ)に知るべし、彼の天台の第一第二は通じて当流の第一に属し、彼の第三の教相は即ち当流の第二に属するなり、故に彼の第三の教相を以て若(も)し当流に望む則(とき)は二種の教相となるなり、妙楽云く『前の両意は迹門に約し後の一意は本門に約す』と是れなり、更に種脱相対の一種を加えて、以て第三と為す故に日蓮が法門と云うなり」(六巻抄・13P) 
 
 妙楽大師が云っているように、天台大師は第一・第二の法門、権実相対・本迹相対までしか宣べていない。この 「第三の法門」 は、種脱相対のことであり、これこそ 「日蓮が法門」 であると強調されている。
 この種脱相対、すなわち 「第三の法門」 は、日蓮大聖人独自の法門であるということです。ゆえに、また 「文底独一法門」 とも称されています。

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権実相対(十如実相)

 日蓮大聖人の第一法門である 「権実相対」 について、考えてみたいと思います。
 権実相対の権とは仮、実とは真実の意で、方便として説かれた権大乗教と、仏の真実の悟りを明かした実大乗教(法華経)を比較検討して、権大乗教よりも実大乗教が勝ることを示したものである。

 法華経が最高の経典だと言うけれど、法華経以外の権教(小乗・外道も含む)との違いは何か といえば、日蓮大聖人は 『開目抄』 において、次のように仰せられています。

 「此等の経経に二つの失(とが)あり、一には行布(ぎょうふ)を存するが故に仍(な)お未だ権を開せずとて迹門の一念三千をかくせり、二には始成を言うが故に尚未だ迹を発せずとて本門の久遠をかくせり、此等の二つの大法は一代の綱骨・一切経の心髄なり」(197P) と。

 これらの爾前経には二つの欠点があると、これが取りも直さず法華経との違いであります。
 一つには、十界のなかに行布(差別)を設けて、二乗・悪人・女人は成仏しないと説くゆえに、いまだ権を開せずといって、迹門の一念三千を隠している。
 二つには、インドで生まれて成仏したという始成の仏が説くゆえに、なお未だ迹を発せずとて、久遠・常住の生命観を隠している。
 この二つの大法、すなわち 「一念三千」 と 「久遠実成」 は、法華経のみに説かれた大法であるがゆえに、一代仏教の綱骨であり、一切経の心髄である。

 つづいて、「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失・一つを脱(まぬか)れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮べるににたり」(197P) と仰せです。

 迹門方便品は、一念三千の法理を諸法実相に約して説き、また二乗作仏も説いて、爾前経の二種の欠点のうちの一つを脱れた。しかしながら、未だ迹門では、仏の本地を顕していないがゆえに、本有常住の生命観を説き明かしていない。
 すなわち発迹顕本していないから、生命の実体が不明で、真実の一念三千もあらわれず、二乗も作仏すべしと説かれたものの、本有常住・十界互具の生命観が示されていないから、仏の生命も九界の生命もその実体は不明のままである。したがって、二乗作仏も不定である。
 このような実体のないものは、水面に浮かぶ月影のようなものであり、根無し草が波の上に浮かんでいるようなものである。

 日寛上人は、『三重秘伝抄』にて 「行布とは即ち是れ差別の異名なり、所謂・昔の経経には十界の差別を存するが故に仍(なお)未だ九界の権を開せず、故に十界互具の義無し、故に迹門の一念三千を隠せりと云うなり」(六巻抄・25P) と述べられています。

 行布とは、菩薩の修行の位を五十二位に分けて、次第に行列布置し差別を設けていることであり、ここでは爾前経における十界の差別をいう。
 爾前経で説く十界は、それぞれ個々別々のものとして説かれていた。したがって、修行によってその段階を一つづつ上って行くのであるが、菩薩・仏界などには、もはや、今世では到底達し得ぬ境地であり、なかんずく、仏界と他の九界との断絶は、甚だしいものがあった。
 ゆえに、必然的に何回も生まれ変わって、歴劫修行する以外にないとされた。 

 『一代聖教大意』に 「法華経已前の諸経は十界互具を明さざれば仏に成らんと願うには必ず九界を厭(いと)う九界を仏界に具せざるが故なり、されば必ず悪を滅し煩悩を断じて仏には成ると談ず凡夫の身を仏に具すと云わざるが故に、されば人天悪人の身を失いて仏に成ると申す、此れをば妙楽大師は厭離(おんり)断九の仏と名(なづ)く、…… 煩悩を断じ九界を厭うて仏に成らんと願うは実には九界を離れたる仏無き故に往生したる実の凡夫も無し」(403P) と仰せられています。
 
 このように煩悩を断じてしか、仏に成らないと説く爾前・権経では、我ら無明の凡夫は絶対に仏に成れないのである。その凡夫が仏に成ることができるのは、法華経において 「十界互具・百界千如・一念三千」 の法理が説かれたからである。

 大聖人は、「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(189P) と仰せです。
 「十界互具」 とは、十界の各界が互いに十界を具えていることをいう。十界の各々の境涯が差別・固定化されているのではなく、瞬間瞬間に変化・流転し行く生命の実相を説いたものである。互具とは、顕現から冥伏へ、冥伏から顕現へという生命の相互関係を意味している。
 この十界互具の理によって、三毒にまみれた凡夫の生命の中にも仏の生命があり、その仏性を顕現させることによって、成仏の道が開かれたのである。

 では、法華経のどの法理によって 「十界互具」 が示されたのかと言えば、方便品第二の 「十如実相」 の法門である。
 「此の方便品と申すは迹門の肝心なり此の品には仏・十如実相の法門を説きて十界の衆生の成仏を明し給へば ……」(1015P) と説かれています。
 『十如是事』に、「我が身が三身即一の本覚の如来にてありける事を今経に説いて云く如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」(410P) とあります。

 この 「十如是」 について、『三重秘伝抄』に、「初めの相を本となし、後の報を末と為し、此の本末の其の体究(きわま)って中道実相なるを本末究竟等と云うなり」(六巻抄・18P) とあります。
 “相・性・体” の三如是は諸法の本体を表し、“力・作・因・縁・果・報” の六如是はその機能面を表している。そして “相” から “報” に至る九如是は一貫した統合性・相即不離の関係を保持している。
 ゆえに、地獄界から仏界までの十界は、この九如是の法によって貫かれており、その本体と機能面、“相” から “報” までの九つのすべては、それぞれ時間・空間的にもバラバラで断絶があるのではなく、瞬間的に融合し究竟して等しいのである。それぞれを融合・統一させる観点が “如是本末究竟等” の法理である。
 この 「十界互具・十如是」 の法理は、いま自身がどの境界に在ろうとも、瞬時に他の十界の境界へ移行する可能性を示している。ゆえに、「十界互具・一念三千」 の当体たる御本尊に南無することにより、己心に内在する仏界を開き、即身成仏することができるのである。
 
 『総勘文抄』 に 「十如是」 について、説明がありますのでご紹介いたします。
 「十法界は十なれども十如是は一なり譬えば水中の月は無量なりと雖も虚空の月は一なるが如し、九法界の十如是は夢中の十如是なるが故に水中の月の如し仏法界の十如是は本覚の寤(うつつ)の十如是なれば虚空の月の如し、是の故に仏界の一つの十如是顕れぬれば九法界の十如是の水中の月の如きも一も闕減(けつげん)無く同時に皆顕れて体と用(ゆう)と一具にして一体の仏と成る、十法界を互に具足し平等なる十界の衆生なれば虚空の本月も水中の末月も一人の身中に具足して闕(か)くること無し故に十如是は本末究竟して等しく差別無し、本とは衆生の十如是なり末とは諸仏の十如是なり諸仏は衆生の一念の心より顕れ給えば衆生は是れ本なり諸仏は是れ末なり」(564P)
 
 講義 十如是は九界たると仏界たるとを問わず、あらゆる衆生の生命に共通に具わる普遍的真理を取り出したものであるから、「十法界は十なれども十如是は一」 である。
 ただし、仏界と九界とを対比すると、仏界の十如是は、本来の生命の正しい姿を悟り顕現しているのであるから 「虚空の月」 にたとえられ、九界の十如是は水中の月にたとえられる。
 ゆえに虚空の本体の月があらわれれば、水中の月も同時にあらわれ、「体と用と一具にして一体の仏と成る」 とは、正法を信じ仏界が涌現すれば、その人の生命に具わる九界も、本来の正しい働きをあらわすようになるということである。
 また、本末究竟の本末に配すれば、本とは衆生の十如是であり、末とは諸仏の十如是であると仰せられ、その理由は、諸仏といっても所詮は衆生の一念の心から顕現してきたからであると説かれている。
  (文庫総勘文抄講義・191P)

 少々理屈っぽくなって、書いている自分からして解かりかねるところであるが、要は、成仏の理論的・プロセス・可能性を解明しているのは、法華経方便品の 「十如実相」 の原理にある。爾前・権教で説かれる “即身成仏” や “極楽往生” などは、何の根拠もなく空理空論、ただの空手形を切っているだけである。
 そうであるのに、この最高の法華経を、弘法は “第三の劣・戯論の法” と侮り、法然は機根に合わないからと “捨閉閣抛” させた。実に無慚極まりないことである。一刻も早くこの迷妄から覚めて頂きたいと願うものである。 

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権実相対(二乗作仏)

 前の権実相対に続いて、本迹相対に行こうかなと思いましたが、「十如実相」だけでなく「二乗作仏」のことも言わなければならないかなと思いました。
 また、開幕の年にあたり『人間革命』の研鑚の機運も高まり、この方も読み直さなければなと思い、どちらからにしょうかなあと思いながら、ついつい時を過ごしてしまいました。
 そこで、取りかかっている権実相対の二乗作仏まではやっておこうと思いました。

 二乗作仏とは、二乗(声聞・縁覚)が仏に成ることを言う。爾前の諸経では、声聞・縁覚界の者は永久に成仏できないと仏から弾呵された。
 その理由の第一は、二乗の者は自己の小さな悟り(空理)に執着して、これで事足れりとしていたからである。
 第二に、二乗は利他の行を欠いていて、苦悩の衆生を救おうとしない利己主義がある。
 この二乗の慢心と利己主義を、釈尊は徹底的に打ち破り、真実の成仏の道を知らしめようとして、きびしく呵責したのである。
 『開目抄上』に、「二種の人有り必ず死して活きず畢竟(ひっきょう)して恩を知り恩を報ずること能わず、一には声聞二には縁覚なり、譬えば人有りて深坑(じんこう)に堕墜(だつい)し是の人自ら利し他を利すること能わざるが如く声聞・縁覚も亦復是くの如し、解脱の坑(あな)に堕して自ら利し及以(およ)び他を利すること能わず」(191P) と仰せです。

 “恩を知り恩を報ずること能わず” と、すなわち、父母・師匠・一切衆生・三宝等の恩を振り捨てて、現実から逃避しょうとする利己主義的な二乗の態度が、慈悲をもって衆生の救済を根本とする仏法の精神と全く相いれないものであるからである。
 また、「枯れたる木・華さかず山水・山にかへらず破れたる石あはず・いれる種をいず、二乗また・かくのごとし仏種をいれり等となん」(192P) とまで言われ、二乗は永(よう)不成仏の者と定められたのである。

 然るに、法華経にきて忽ちに “二乗作仏すべし” と、釈尊は説かれたのである。それは、釈尊の弟子の大半は、二乗と呼ばれる人たちである。わが弟子たちを救わずして、なんで一切衆生を救えようか。このままでは、釈迦仏法はなんの意味もなさないのである。
 そして法華経迹門にて、成仏の記別を与え、弟子たちをして一切衆生救済の真の菩薩たれと、自覚を促がし、法華流布の使命を与えようとしたのである。

 前に引用した 『開目抄』 の文に、「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失・一つを脱れたり」(197P) とあります。
 日寛上人は 『三重秘伝抄』 において、“爾前二種の失・一つを脱れたり” と言うのならば、“一念三千を説いて” だけで充分でであるのに、なぜ “一念三千・二乗作仏を説いて” と二つを並べ挙げたのであろうか、と疑問を呈しておられます。

 「答う一念三千は所詮にして二乗作仏は能詮なり、今・能所・並べ挙ぐる故に一念三千・二乗作仏等と云うなり」(六巻抄・25P) と答えられています。
 ここで 「能詮」 と 「所詮」 について述べれば、「詮」 とは事理をよく説き明かすこと。「能」 とは能動で説き明かす方であり、「所」 は受動で説き明かされる原理である。
 ここでは二乗作仏が明らかにする側(能詮)で、明らかにされる側(所詮)が一念三千である。ということは、二乗作仏が明らかになると、その結果、一念三千という原理が明確になってくる、という関係があるのである。

 次に、「謂(いわ)く若し二乗作仏を明さざる則(とき)は菩薩・凡夫も仏に作(な)らず、是れ即ち菩薩に二乗を具うれば所具の二乗・仏に作らざる則は能具の菩薩・豈・作仏せんや」 と仰せです。
 十界互具の原理からして、菩薩の一念には二乗の命が具わっています。二乗にも菩薩を具しています。そうであるのに、二乗が成仏できないということは、二乗を能具している菩薩も成仏できないということになります。
 ここで二乗作仏について、『法華経の智慧』 から池田先生の御指導を学びたいと思います。(抜粋)

 須田 大聖人が 「菩薩に二乗を具す二乗成仏せずんば菩薩も成仏す可からざるなり」(421P) とおっしゃっているのは、このことですね。

 名誉会長 そうです。この原理は、十界の各界すべてについて同じです。
 「二乗界・仏にならずば余界の中の二乗界も仏になるべからず又余界の中の二乗界・仏にならずば余界の八界・仏になるべからず」(522P) と仰せの通りです。
 「二乗不作仏」ならば、仏ですら、仏ではありえなくなる。仏の中の二乗界が成仏しないからです。
 法華経以前の経典には、十界それぞれの因果が別々に説かれている。しかし、そこで説かれる成仏には実体がなく、“影” のようなものです。
 法華経には、その十界の因果の 「互具」 が説かれている。ゆえに法華経によって初めて、十界すべての衆生の成仏が可能となるのです。「十界互具」 が説かれるか否か。ひとえに、ここにかかっている。


 遠藤 「法華経とは別の事無し十界の因果は爾前の経に明す今は十界の因果互具をおきてたる計りなり」(401P)―― 法華経とはほかの何を説いているのでもない。十界の因果は爾前の経に明かしているが、今(今経=法華経)は十界の因果の互具こそを定めている ―― と、大聖人が明言されている通りですね。

 斉藤 そうしますと、成仏できないと聞いた二乗の嘆きは、菩薩にとっても “他人ごと” ではなかったと言えますね。

 名誉会長 そこなのです、大事なのは。
 大聖人は 「二乗を永不成仏と説き給ふは二乗一人計りなげくべきにあらざりけり我等も同じなげきにてありけりと心うるなり」(522P) と仰せです。
 そして 「人の不成仏は我が不成仏、人の成仏は我が成仏・凡夫の往生は我が往生」(401P) という考え方を示されている。
 十界互具になる前は、他の衆生のことは、あくまで “他人ごと” であった。それが十界互具になって、“人の成仏は自分の成仏”“人の不成仏は自分の不成仏” と受け止めていく生き方に転換している。これは生命観、世界観の大変革です。
 「他人だけが不幸」はありえない。「自分だけが幸福」もありえない。他者のなかに自分を見、自分のなかに他者との一体性を感じていく ―― 「生き方」 の根底からの革命です。
 すなわち、人を差別することは、自分の生命を差別することになる。人を傷つければ、自分の生命が傷つく。人を尊敬することは、自分の生命を高めることになる。


 斉藤 「十界互具」の生命観に立てば、人間は差別を超えられる、平等になれるということですね。

 名誉会長 その通りです。「権教は不平等の経なり、法華経は平等の経なり」(816P) と大聖人は仰せです。法華経は、単なるスローガンとしての平等ではなく、生命の法理のうえから、そして 「生き方」 の根源から、自他共の幸福への道を教える経典なのです。
 そして大聖人は、末法は 「南無妙法蓮華経の大乗平等法の広宣流布の時なり」(816P) と教えてくださっている。
  (法華経の智慧第1巻・185~188P)

 このように、二乗作仏と一念三千は、切っても切り離せない関係があります。ゆえに、能所・並べ挙げて説かれた分けです。
 法華経迹門と爾前権経との違いは、二乗・悪人・女人の成仏を許すのか、不成仏のままなのかの点である。迹門において 「二乗作仏」 が示され、九界即仏界・十界互具・一念三千の原理が説き明かされ、一切衆生の成仏が可能となったのである。 

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本迹相対(発迹顕本)

 本迹相対とは、法華経の本門(涌出品第十五から勧発品第二十八まで)と迹門(序品第一から安楽行品第十四まで)を比較相対して、本門が勝れていると判ずることである。

 『三重秘伝抄』の第六に、
 諸抄の中に二文あり一には迹本俱に一念三千と名づけ二には迹を百界千如と名づけ本を一念三千と名づく、初文を言わば次ぎ下に云く 「然りと雖も未だ発迹顕本せざれば真の一念三千も顕われず二乗作仏も定まらず、猶水中の月を見るが如く根無し草の波の上に浮べるに似たり」云云(六巻抄・34P) と仰せです。

 日蓮大聖人の諸御書を見ると、二つの立場が説かれている。一つは、迹・本ともに一念三千、すなわち、迹門は理の一念三千、本門は事の一念三千であると論ずる立場である。これは、一往与えて論じたものである。
 これに対し、二つ目は、迹門ではまだ、百界千如までしか説いてない、本門になって初めて、一念三千と呼ばれるようになるという立場である。これは、再往奪って厳密に論じたものである。
 然りと雖も、迹門で一念三千が明かされていると言ったけれども、未だ 「発迹顕本」 していないから、真の一念三千も明かされていないし、二乗作仏も定まっていないということである。
 
 「発迹顕本」 とは、垂迹という立場を開いて本地を顕わすことである。ここでは、垂迹とは始成正覚のことであり、本地とは本門の久遠実成である。
 迹門では、この本地である久遠実成を明かしていないので、“百界千如” 止まりであり、真の一念三千とは言えない。したがって、二乗作仏も定まっていないことになります。
 それはあたかも、天月を知らないで水面の月影を見ているようなものであり、浮草が波に漂うようなものである。

 「発迹顕本」 していないで、始成正覚のままでいるということは、「始めて」 正覚を成ずることであり、それまでは仏ではないと言うことになります。ある時点以前は仏ではなく、ある時点から突然仏に成るという考えです。時間的に九界と仏界が断絶しています。そして、仏になるときには九界を抹殺してから、仏に成るという考えであります。
 
 このような成仏観を大聖人は、「煩悩を断じ九界を厭うて仏に成らんと願うは実には九界を離れたる仏無き故に往生したる実の凡夫も無し」(403P) と仰せです。
 
 迹門の仏は、“十如実相” を説いているとは言え、始成正覚のままだということは、爾前経の仏と変わりはないことになります。すなわち “厭離断九の仏” あるということと同じであり、これでは、九界と仏界が断絶しており、十界互具に成らないことになります。だから 「真の一念三千も顕われず二乗作仏も定まらず」 となるわけです。

 本門寿量品にきて、“本果妙・本因妙・本国土妙” の三妙が合わせて説かれ(三妙合論)、これによって真の一念三千が説かれました。
 「本果妙」 の文は、「我実成仏已来。無量無辺。百千万億。那由陀劫」(我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由陀劫なり) と、われ実に成仏してより已来(このかた)、無量無辺の時間が経っているのだと、これ以来ずっと仏であったという訳で、始成正覚を打ち破っています。
 
 「本因妙」 の文は、「我本行菩薩道。所成寿命。今猶未尽。復倍上数」(我本、菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず、復上の数に倍せり) と、我もと菩薩道を行じて成じたところの寿命は、今なお未だ尽きていない、先に挙げた数のまた倍であると、菩薩道は九界を代表していますから、久遠以来九界の命もずっと続いていることになります。
 九界も仏界も無始無終であり、本有常住であるということは、九界と仏界の断絶は、取り払われたということになります。

 「本国土妙」 の文は、「自従是来。我常在此。娑婆世界。説法教化」(是れより来、我常に此の娑婆世界に在って説法教化す) と、これより来(このかた)、われ常にこの娑婆世界に在って、説法教化してきたのだと、仏が久遠より常に居住する本国土は、この娑婆世界であるとの大宣言です。今までの権仏・迹仏の架空の国土観を一言にして打ち破っています。
 これによって、仏の振る舞いに、事実性・実現性を与えることになります。ゆえに、真の一念三千も顕われ、一生成仏も可能となるのであります。

 この 『開目抄』 の文は、法体の部分と譬喩の部分に分けることが出来ます。法体は前半部分の 「 真の一念三千も顕われず二乗作仏も定まらず」 の文であり、譬喩は後半部分の 「猶水中の月を見るが如く根無し草の波の上に浮べるに似たり」 の文であります。
 また、譬喩の文について、先の法体の文と呼応して、「水中の月」 は、真の一念三千が顕れないことに譬え、「根無し草」 は、二乗作仏が定まっていないことに譬えたのである。

 以上のように、法華経本門寿量品において、「発迹顕本」 がなされず、久遠実成の開顕も成されなければ、迹門の段階では真の一念三千も顕われず、一生成仏も定まらずということで、仏教を習うと雖も、いたずらごとに成るのであります。
 日蓮大聖人は、「寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり」(215P) と仰せになられています。よくよく思索いたしたいと思います。

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本迹相対(迹門の一念三千・何ぞ…)

 法華経の迹門において、永不成仏と嫌われた二乗(声聞・縁覚)の者たちの成仏が可能となりました。しかし、それは、本門の発迹顕本がなされた眼から見れば、迹門の一念三千や二乗作仏は、根拠のない甚だ頼りのないものになるのである。
 これらのことを、日寛上人は 「本無今有」 と 「有名無実」 の二つをもって解釈いたしました。

 「本無今有(ほんむこんぬ)」(本無くして今有り)とは、久遠の本地を顕わさないで、今日の垂迹のみを示すことである。
 「有名無実(うみょうむじつ)」(名ありて実なし)とは、名のみあって、その事実がないということである。

 『三重秘伝抄』 に、「問う迹門の一念三千・何ぞ是れ本無今有なるや。
 答う既に未だ発迹せざる故に今有なり、亦未だ顕本せず豈本無に非ずや、仏界既に爾(しか)り九界も亦然なり」(六巻抄・34P)
 とあります。

 迹門では、発迹してないのに一念三千が説かれた(今有)と言っている。また、久遠実成という仏の本地を顕わしていないから(本無)、始成正覚という垂迹の立場がまだ残っている。
 ゆえに、迹門で二乗作仏や一念三千が説かれたと言っても、本当はその根拠が伴って無く、理論だけが先行していただけのことである。
 この顕本とは、「仏界既に爾り九界も亦然なり」 ということで、仏界の顕本は九界の顕本を伴ない、九界の顕本は仏界の顕本と一体である。どちらか一方だけの顕本はあり得ないのである。
 『開目抄』 に、「九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし」(197P) と仰せです。
 
 日寛上人は、『十法界事』 を引かれて 「迹門には但是れ始覚の十界互具を説きて未だ必ず本覚本有の十界互具を明さず故に所化の大衆能化の円仏皆是れ悉(ことごと)く始覚なり、若し爾らば本無今有の失(とが)何ぞ免(まぬが)るることを得んや」(421P) を文証として示されています。

 迹門では、化導される大衆(九界)も、化導する仏も、始成正覚という生命観、成仏観の域を出ていません。ゆえに、二乗作仏を説き示すことによって、十界互具という理念が説かれましたが、そこには “始覚の十界互具” という条件が付いております。
 大聖人は 「爾前・法華相対するに猶爾前こわき上・爾前のみならず迹門十四品も一向に爾前に同ず」(198P) と仰せられております。
 迹門といえども爾前の立場の成仏観のもとでは、今の自己の存在を否定したところに(九界を抹殺して)、架空の仏を想定した別の国土に、成仏を求めてしまうことになります。
 例えば、迹門では迦葉尊者は名号は光明如来、国名は光徳、劫名は大荘厳と名づけられたが、現在の娑婆世界とは何の関係もないものだ。権教の浄土宗の阿弥陀如来や西方極楽世界なども、まさに架空の夢物語に過ぎないのである。

 次に、「問う迹門の一念三千を亦何ぞ有名無実と云うや、
 答う既に真の一念三千も顕われずと云う豈有名無実と云うに非ずや、故に十章抄に云く 『一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る、爾前は迹門の依義判文・迹門は本門の依義判文なり』 等云云、迹門は但文のみありて其の義無し豈・有名無実に非ずや」(六巻抄・34P)
 とあります。
 
 迹門の段階で、一念三千という言葉、名前はあるけれども、発迹顕本していないから、真の一念三千も明かされていない。真の一念三千でないと言うことは、「有名無実」 で実質を伴っていないと言うことである。
 天台大師が一念三千の出処としたのは迹門方便品の十如実相であったけれども、その本義はあくまでも、“本門に限る” のである。
 ここで、「依義判文」(義に依って文を判ずる)という言葉が出てきます。

 「迹門は但文のみありて其の義無し」 と、“其の義” とは、本門にあるわけです。迹門で一念三千と言ったのは、本門の立場から 「依義判文」 したからである。迹門の文には “百界千如” までしか説いていない。
 本門では久遠実成の顕本があり、十界の常住、国土世間の常住が説かれ、真の一念三千が顕れた。この本門の “義” を踏まえて迹門を見たときに、そこに一念三千を読み取ることが出来るということである。
 これは、有名無実の釈迦仏法の “死の法門” でも、日蓮大聖人の仏法の最高の視点・意義から見たときに、ことごとく、これらの法門も活かすことができるのである。
 「若し会入の後は猶蘇生の如し故に活の法門と云うなり」(六巻抄・26P) と。 

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本迹相対(迹門の二乗作仏・何ぞ…)

 前に、迹門の一念三千(所詮)は、“本無今有・有名無実” という二つの欠陥があることを見てきました。
 今度は、迹門の二乗作仏(能詮)も、同じく “本無今有・有名無実” であるということを見てみます。

 問う迹門の二乗作仏何ぞ是れ本無今有なるや、
 答う種子を覚知するを作仏と名ずくるなり、而るに未だ根源の種子を覚知せざる故に爾(しか)云うなり、本尊抄に云く「久遠を以て下種と為し大通・前四味・迹門を熟と為して本門に至って等妙に登らしむるを脱と為す」等云云、而るに迹門に於ては未だ久遠下種を明さず豈・本無に非ずや、而るを二乗作仏と云うは寧(むし)ろ今有に非ずや。(六巻抄・35P)


 種子とは、衆生の心田に植えられる仏に成るための種を草木の種子に譬えたもの。仏種ともいう。その仏の種子を覚知することを成仏というのである。
 しかるに、迹門においては、久遠の本地が明かされていない(本無)ので、その種子がなんであるかは覚知できない。そうであるのに、二乗作仏などと(今有)言っている。したがって、迹門の二乗作仏は本無今有である。
 『本尊抄』 に、「久遠を以て下種と為し大通・前四味・迹門を熟と為して本門に至って等妙に登らしむるを脱と為す」 とあります。
 久遠五百塵点の仏種を以て “下種” となし、中間三千塵点の大通仏、釈尊在世の爾前・迹門までを “熟” となし、法華経本門に至って、等覚・妙覚の位に登りゆくことを “脱” とするのである。
 この “種・熟・脱” という 「化導の始終」 がすべて説かれているのは法華経だけです。しかし、迹門は本地が明かされていないので、その種子が分からず、かつ熟益どまりです。
 本当の種子は、“久遠元初の名字の妙法” こそ、一切衆生の成仏の根源の種子であります。

 問う迹門の二乗作仏を何ぞ有名無実と云うや、
 答う其れ三惑を断ずるを名づけて成仏と為す、而るに迹門には二乗・未だ見惑を断ぜず況んや無明を断ぜんや、文の九に云く「今生に始めて無生忍を得・及び得ざる者・咸(ことごと)く此の謂(おもい)有り」等云云、既に近成を愛楽(あいぎょう)す即ち是れ思惑なり、未だ本因本果を知らず即ち是れ邪見なり・豈見惑に非ずや、十法界抄に云く「迹門の二乗は未だ見思を断ぜず迹門の菩薩は未だ無明を断ぜず六道の凡夫は本有の六界に住せざれば有名無実なり、故に涌出品に至つて爾前・迹門の断無明の菩薩を “五十小劫・半日の如しと謂えり” と説く」等云云、(同抄・38P)


 三惑を断ずるをもって成仏というならば、迹門の二乗は未だこの三惑を断じていないのである。
 三惑とは、見思惑・塵沙惑・無明惑の三つをいう。“近成を愛楽す” と、始成正覚への愛着があり、これ “思惑” である。
 “本因本果を知らず” と、久遠の真の因果(本因本果)を知らないという邪見があり、これ “見惑” である。
 『十法界抄』 に、迹門の二乗は未だ見思惑を断じていない。迹門の菩薩は、未だ久遠を知らないという根本の “無明惑” を断じていない。また、迹門の六道の凡夫は、久遠の生命観が明かされる前のため、本有の六界に住してなく、有名無実である。
 
 ここに、“五十小劫・半日の如し” という言葉が出てきました。これは、従地涌出品第十五において、地涌の菩薩が五十小劫の間、釈尊を身口意の三業をもって讃歎したが、迹門の菩薩は五十小劫の長遠を、僅か半日のことのように見誤ってしまったということである。
 天台大師はこの文を釈して云く 「解者は短に即して長・五十小劫と見る惑者は長に即して短・半日の如しと謂えり」文、妙楽之を受けて釈して云く「菩薩已に無明を破す之を称して解と為す大衆仍お賢位に居す之を名けて惑と為す」(517P) と。(賢位……未だ無明を断ぜざる位)
 これは、久遠実成を知らない迹門の菩薩は、釈尊と久遠からの本弟子である地涌の菩薩との関係を、虚空会の儀式のうちの半日の出来事としか思わなかった。それ故に、地涌の菩薩の尊き姿に驚き、如何なる修行を積んだ大菩薩であろうかと、疑い惑ったのである。

 世間の人の中には、自分の境涯を嘆き、解決の道も分からず、ただ宿命に流されている場合もある。これらは生命の永遠を知らず、自己の命を “半日の如し”(今世だけ)と思うところから来ているのである。これ “惑者” になるのである。
 ものごとには多数の原因がある。中でも人生や生命に起因する問題は、三世の生命観によらなければ問題解決とはならない。その根本の原因に心を止め、解決を見いだす人は、半日を五十小劫と見る “解者” である。
 根本の無明惑は、「未だ久遠を知らざるを以て惑者の本と為すなり」(422P) とありますように、久遠を知らないことが、その根本の原因であるわけです。
 ゆえに、御本尊を受持し信行に励むことが、“種子を覚知する” ことであり、“三惑を断ずる” ことになるのであり、即身成仏への唯一の道であります。

 池田先生は、「始成正覚とは、今世論」 である。「久遠実成とは、永遠論」 である、と述べられています。そしてまた、
 目先のことでは、いけない。目先は 「始成」 論です。目先のことにとらわれず、永遠と宇宙を見つめながら生きるのです。その上での今世観が大事です。永遠の上から見て、今世が一番大事なのです。
 今世は短い。永遠から見れば一瞬です。ゆえに今世を修行し抜いて、仏界の生命を打ち固めておくことです。そうすれば、永遠に仏の境涯が続くのです。だから今を頑張りなさいと言うのです。
 (法華経の智慧4巻・105P)

 関連記事「久成は永遠論」 ―→ ここから

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本迹相対(啓蒙・日講を破す)

 次に日寛上人は、不受不施講門派の祖と云われる日講(1626~1698年)が、著わした録内啓蒙(御書を注釈講述したもの)の中の本迹一致論を取り上げ、その邪義を破折されています。 

 『三重秘伝抄』に、問う啓蒙の第五に云く「未発迹の未の字・本迹一致の証拠なり已に発迹顕本し畢(おわ)れば迹は即ち是れ本なるが故なり」 云云、此の義如何、
 難じて曰く若し爾(しか)らば未顕真実の未の字・権実一致の証拠なりや、其の故は已に真実を顕わし畢れば権は即ち是れ実なるが故なり、(六巻抄・42P)
とあります。

 日講が云わんとすることは、「いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず……」(197P) とあるのだから、これを逆に言えば、既に真実が顕われたならば、迹は本となり本迹一致になると。すなわち、未発迹の未の字こそ “発迹顕本すれば本迹一致になる” という何よりの証拠の文字だ、というのである。いやはや、何とも無茶なこじ付けである。
 そうまでしても言わなければならないのは、日講が “本迹一致派” であるからである。
 
 これに対し、日寛上人は簡潔に、しかも痛烈に破折されたのである。
 もし未発迹の未の字が本迹一致の証拠だと云うのであれば、未顕真実の未の字は権実一致の証拠になると云うのか。なぜならば、この論法でいくと、法華経に来て真実が明かされると、それまでの権教も実教と同じになると成らなければならない。それでもよいのかと、迫られたわけである。

 日講重ねて会して云く権実の例難僻案(びゃくあん)の至りなり、若し必ず一例なる則(とき)は宗祖何ぞ予が読む所の迹と名づけて但方便品を誦(よ)み予が誦む所の権と名づけて弥陀経を誦まざるや等云云。
 今大弐・莞爾(かんじ)として云く此の難太(はなは)だ非なり、何となれば権実・本迹俱(とも)に法体に約すが故に是れ一例なり、若し其れ読誦は修行に約する故に時に随って同じからず、日講・尚・修行を以て法体に混乱す、況んや三時弘経を知らんや。(同書・43P)


 ここで日講が重ねて反論して云く、今ここで本迹のことを論じているのに、そこへ権実の例を引くことは誤りである。若し本迹を論ずるのに権実を同一の例として取り上げるのならば、日蓮大聖人は、どうして 「予が読む所の迹」 と名づけて、方便品を読んでおきながら、「予が読む所の権」 と名づけて、弥陀経を読まないのか、との問いである。

 大弐とは日寛上人のことである。上人はニッコリと微笑んで、この問いは全くの愚問であると。なぜかならば、権実、本迹と云うのは 「法体」 の問題であり、方便品や弥陀経を読むと云うことは 「修行」 の問題である。したがって、同じ法体の問題として本迹の説明に、権実の例を引くことは一向にかまわない。
 一方、修行というものは、時に随ってその形態が変わってくる。この二つは絶対に混同して論ずべきではない。法体は法体、修行は修行という範疇で、厳格に立て分けて論ずべきものである。
 ところが、日講は本迹・権実という 「法体」 のことを論ずるのに、読誦という 「修行」 の問題を引くという、決定的な誤りを犯しているのである。このような者に、どうして三時の弘経の次第を知ることが出来ようか、と指摘したのである。

 その上で、日寛上人は日講に対して、本迹の相違を論ずるのに権実の例を引いた過去の文証を挙げて諭しています。すなわち、天台大師の法華玄義・文句、妙楽大師の文句記の中から文証を引かれています。
 また、日蓮大聖人の『治病抄』から 「法華経に又二経あり所謂迹門と本門となり本迹の相違は水火天地の違目なり、例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり」(996P) の文を引かれ、本迹の相違を説明するのに、“例せば爾前と法華経との” と、権実の相違を挙げられている。
 このように、大聖人をはじめ天台・妙楽の賢聖たちも、本迹の問題を論ずるのに、権実を例証にしているのである。日講お前は、これらの賢聖の義も、ことごとく “僻案の至り” と罵るのか、と破折されています。

 日講の云わんとするところは、法華経の迹門において、多宝・分身の証明があったのだから、発迹・未発迹は問題ではなく、迹門で真の一念三千も明かされ、二乗作仏も決定している、というのである。日講はあくまでも “本迹一致” と言いたいのである。
 発迹顕本し畢(おわ)れば “本迹の相違は水火天地の違目なり” と、これ程ハッキリとしている法理を、勝手に自己流に曲げて我見に執着する日講を、日寛上人は 「難じて云く拙い哉(かな)日講・窃盗を行う者は現に衣食の利あり、何ぞ明文を曲げて強いて己情(こじょう)に会するや」(同書・46P) と痛快に破折してます。

 何故、このように強いて執着するのかと言えば、日講は五老僧の門流の者だからであります。
 五老僧たちは大聖人滅後、比叡山の権威を畏れ “我われは天台法華宗の者だ” と名のりました。
 天台大師は像法の教主であり、法華経の迹門を表となし本門を裏と(迹面本裏)して、衆生を救いました。「本迹一致」 の立場であります。
 戸田先生が、五老僧について述べられた、質問会でのご指導があります(抜粋)、のでご参照ください。
 
 「……大聖人様のご行動というものは、まるで危険思想の持ち主の行動みたいに見られていたのです。だから、あんなご難があった。ご難があったけれども、大聖人様が厳然といらした時は、平左衛門も執権も手を付けられなかった。あまりにも偉大な仏様が、厳然としていらしたからです。ところが亡くなったとなると、彼らにとってはもってこいです。それで二度目の大弾圧があった。その時、五人はみんな逃げ出してしまった。怖かったんですな。
 五人はみな急に 『我々は天台沙門だ』 と言いだしました。『日蓮の弟子ではない』 と言いたかったのでしょう。そこで日興上人がお怒りになった言葉の意味がわかるのです。
 ……もし今夜にでも戸田が眼をつぶってしまい、その後で 『創価学会なんか潰してしまえ!』 ということになって、権力でひどい圧迫を加えられたとき、いったい何人の人が 『私は創価学会員だ』 と、毅然と誇り高く言いきれるか、あやしいものです。『いや、私は日蓮正宗だ。創価学会ではありません』 とか 『お寺の信者ですから、広宣流布なんて考えておりません』 とか『自分だけ信仰しているのです』 とか、諸君たちは言わないとはかぎりませんぞ」

 戸田の眼差しは鋭くなっていた。彼のこの言葉は、誰ひとり平常考えたこともないものであった。戸田一人の胸中にだけ、その様な危機感が、つねに秘められていたのである。

 「……大聖人が亡くなって、いくら幕府の弾圧があったからといって、天台沙門などと名乗る臆病者があるか!……天台の弟子などでは断じてない。……」
 ……日蓮宗各派の誤りは、すでに大聖人入滅直後から、その正体を明白にあらわしていたのだ。彼がこの歴史の事実を思わず強い調子で指摘したのは、今後の創価学会にとっての重要な戒めとしたかったからであろう。  (文庫人間革命7巻・121~123P)

 現代は信教の自由が保障され、弾圧などないと思われている方もいらしゃるでしょうけれど、退転するのは外からの圧迫だけではなく、むしろ本質的には己心の無明の心に敗れるからである。ゆえに、「されば能く能く心をきたはせ給うにや」(1186P) と、ご教訓なされています。

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本尊を簡(えら)んで

 本年 1月に発表された 「会則の教義条項改正に関する解説」 の中に、「日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする普遍性のある部分と、要法寺の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある」 とありました。

 今回の 『文底秘沈抄』 には、“唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分” が大いにあるのですが、本尊篇の冒頭の部分は、信心修行についての “正義を明らかにする普遍性のある部分” であると思いますので学びたいと思いました。

 日寛上人は 『文底秘沈抄』 の 〔第一に本門の本尊篇〕 において、次のように述べられています。
 夫(そ)れ本尊とは所縁の境なり・境能(よ)く智を発し智亦行を導く、故に境若(も)し正しからざれば智行も亦随って正しからず、妙楽大師謂(い)える有り 「仮使(たとい)発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し・若し正境に非ずんば縦(たと)い偽妄(ぎもう)無きも亦種と成らず」 等云々、故に須(すべか)らく本尊を簡(えら)んで以て信行を励むべし、若し諸宗諸門の本尊は処々の文に散在せり、並びに是れ熟脱の本尊にして末法下種の本尊に非ず。
  (六巻抄・80P)

 〔本尊とは所縁の境なり〕
 本尊の字義には、「根本尊崇」 「本有尊形」 「本来尊重」 という三つの意義があります。
 所縁の境 とは、縁するところの境、すなわち、対境・対象物であり、宗教において、根本尊敬の対象を図像化したものが本尊であります。

 〔境能く智を発し智亦行を導く〕
 境能く智を発し とは、我われの智(智慧・意識)は、境(対境・環境)に縁することによって生ずるのである。
 我われの生命には、十界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏)の生命を具していますが、対境に縁をしなければ現れてきません。
 たとえば、苦しむ・泣く(地獄界)、喜ぶ・笑う(天界)という生命を持っているからといって、今すぐに悲しみ泣いて見よ、喜び笑って見よ と言われても、そう容易に出来るものではありません。しかし、悲しいこと・嬉しいことに出会えば、直ちに感情が現れてきて、泣いたり笑ったりします。このように感情や意識は、対象物と縁をすることによって、それ相応の十界の智(識)が起こってきます。
 したがって、十界の中の如何なる境界の生命が涌現するかは、関係する対境によって決まるのである。

 智亦行を導く とは、「身口の二業は意業より起るなり」(738P) と言われますように、現れた智・意識は、何らかの身・口の行動となって、善・悪の業(行為)を作ることになります。したがって、悪業を作らないようにするには、悪知識(悪縁)に近づき縁してはなりません。
 しかるに、我われの日常生活は、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)の悪縁は多く、この六道の世界の繰り返しである。これを「六道輪廻」 と言います。しかも、六道はこれに縁をすれば、直ちに六道の生命は現れてきます。
 これに対し、四聖(声聞・縁覚・菩薩・仏)の善縁は少なく、ただ、縁とするだけでは現れ難く、向上心を持って努力する必要があります。とくに 「但(ただ)仏界計(ばか)り現じ難し」(241P) とありますように、仏界の生命を涌現させるには、仏縁(正しい本尊)と信・行の実践が必要となります。

 〔境若し正しからざれば智行も亦随って正しからず〕
 境(本尊)が正しくなければ、その智慧も行動も、また、したがって歪んでくるのである。
 崇拝する本尊が間違っていれば、どの様な結果が出るのか、考えてみたいと思います。
 たとえば、キリスト教では、十字架を崇拝の対象としています。ご承知のように十字架とは、イエス・キリストが磔(はりつけ)の刑に処せられた磔台であります。
 それをキリスト教徒たちは、尊敬・犠牲・贖罪(しよくざい)・苦難・等を表象するものとして用いています。どのように意義付けしょうとも、磔台は地獄の表象である。
 十字架を長い間拝んでいると、知らず知らずのうちに、敬愛するイエスを、このような目に遭わせた異教徒たち(特にユダヤ教徒)を、憎しみ恨む怨念や復讐心が醸成されてきます。このことは、宗教の名を語った幾多の戦争や “ナチス” による ユダヤ人大量虐殺等、キリスト教社会の血塗られた歴史が証明しています。

 一方、イスラム教では、アッラーの神は絵像・木像等では表すことは出来ないといって、偶像崇拝を禁止しています。すなわち、特定の本尊を持っていないと言うことです。礼拝は一日に五回、どこに居ようとも、マホメットの生地 “メッカ” の方に向かって行っています。
 本尊を持たない礼拝は、境(仏界)による智(仏智)の涌現を願うことはできず、ただ凡夫の無明の心で、各々の境涯にしたがって、神を想像しているだけです。その境涯は六道であり、良くて二乗、悪くいえば無明の三悪道・四悪趣です。
 また、既成仏教においても、大体これらと同じことで、架空の理想上の仏・菩薩等を本尊としており、末法の衆生には無縁の本尊であり、仏因どころか悪道の因となります。

 〔発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し・若し正境に非ずんば縦い偽妄無きも亦種と成らず〕
 発心真実ならざる者 とは、たとえ、信仰心がまだ本物でなかったとしても、正しい本尊であるならば、功徳は絶大なものがある。もし正しい本尊でなかったならば、どんなに信ずる心に間違いがなくても、それは成仏の種子(仏因)とはならないということです。
 ゆえに、信仰するにおいて最も大事なことは、その本尊が正しい本尊か、間違っている本尊なのか どうかを、正さなければなりません。
 然しながら、正しい本尊かどうかを見極めることと、正しい信仰の道に入ることは、難事中の難事なのです。
 
 〔須らく本尊を簡んで以て信行を励むべし〕
 我われ末法の衆生の受持すべき正しい本尊は、日蓮大聖人が顕された 三大秘法の 「十界の文字曼荼羅御本尊」 である。
 おもえば、各宗の本尊と称するものは、単なる職人たちの造ったものに他ならない。たとえ、名工・巨匠といわれる人たちでも、宇宙の根本法を悟った訳でもない。言い換えれば、無明の凡夫である。
 それに引き換え、日蓮大聖人は、大宇宙の 「久遠の法」 を覚悟なされた 「末法の御本仏」 であり、その全生命をかけて御本尊を顕されたのであります。

 池田先生は、『御書の世界』 の中で、大聖人の御本尊について次のように述べられています。
 名誉会長 本尊とは 「根本として尊敬する」 の意です。万人が規範とすべき尊極の当体を、大聖人は御本尊として顕してくださったのです。
 この大聖人の御本尊を拝するうえで重要な点は、「日蓮がたましひ(魂)」(1124P) たる 「南無妙法蓮華経」 を書き顕した御本尊であるということです。
 ということは、御自身の御生命に根本として尊敬すべき尊極の当体を顕現されたということです。それはまた、万人にこの尊極の当体が具わっていると見られているからです。

 ………
 名誉会長 この “生命に内在する本尊” について、現代的意義を拝していきたい。
 南無妙法蓮華経は、宇宙根源の法であるとともに、尊極の仏界の生命そのものであり、仏が成就した最高の境涯の根本である。ゆえに、「たましひ」 と表現されたと拝したい。
 生命への深い洞察と共感、それに基づくあらゆる生命への慈しみ。 また、人間の苦悩への大悲と同苦。 そして、苦悩する人々を救うための智慧と意思に貫かれた行動。 このような仏の人格と行動の核心にあるのが、宇宙根源の法であり、その法と一体の如来の生命です。 それを大聖人は 「南無妙法蓮華経」 と悟られ、「日蓮がたましひ」 であるとされたのです。
 大聖人は、この 「南無妙法蓮華経」 を、末法の民衆が根本として尊敬すべき 「本尊」 として明示されたのです。
 この本尊観から帰結するのは 「人間主義の宗教」 です。
 現代の多くの宗教は、意識的にせよ、無意識的にせよ、人間の外に究極の尊厳なるものを置く外在的な本尊観を残している。
 しかし、二十一世紀こそ、誰人の生命にも等しく尊極の生命があるという、最高の人間主義を打ち立てなければならない。 そのためにも日蓮仏法の内在的本尊観は重要です。


 斉藤 外在的本尊観といえば、国家主義の根にある国家崇拝もある種の外在的本尊観ではないでしょうか。そのことが、現代にあってもなお、戦争、虐殺など、国家主義がもたらす悲劇が絶えないことに影響を与えているのかもしれません。
 森中 …… それは、ユングが 「国家は神の位置に取って代わる」 と言っていることです。
 そのユングが、国家主義の魔性に抵抗する唯一の力は、「人間は小宇宙であり、偉大なる宇宙を小さな世界のなかに映し出している」 という人間尊厳の自覚を個々人がもつことであると指摘しています。

 名誉会長 非常に重要な指摘です。大聖人の内在的本尊の法義に通じるからです。

 斉藤 そこで 「日蓮がたましひ」 を本尊とされている御文を拝読します。……
 「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし、妙楽云く 『顕本遠寿を以て其の命と為す』 と釈し給う」(1124P)

 名誉会長 南無妙法蓮華経は御本尊の根本であり、当体です。 そのことは、御本尊の中央に大きく 「南無妙法蓮華経 日蓮」 と認められていることからも明らかです。
 大聖人は三類の強敵として襲いかかってきたあらゆる魔性に打ち勝ち、竜の口の法難の時に、永遠の妙法と完全に一体となる御境地を成就された。 それが久遠元初自受用身の御境地です。
 いわゆる発迹顕本(迹を発いて本を顕す)です。 大聖人の凡夫の御生命に久遠元初自受用身という本地を顕されたのです。


 斉藤 本地とは、本来の境地という意味です。これは、人と法が一体の御境地です。
 森中 人法一箇のこの御境地は、元初の妙法の無限の力が、何の妨げもなく、現実に生きる人間の生命に成就されている眞の仏界であると拝されます。

 名誉会長 人間生命への妙法の清浄なる開花、すなわち 妙法蓮華経です。
 それが 「日蓮がたましひ」 です。


 森中 大聖人は 「顕本遠寿(本の遠寿を顕す)」 という妙楽の言葉を引かれています。 御本尊は、永遠の妙法と一体の久遠元初自受用身の生命を顕したものであることを示すための引用ですね。

 名誉会長 その尊極の生命を、大聖人は 南無妙法蓮華経として顕されたのです。

 斉藤 あらゆる生命は、本来、宇宙本源の妙法の当体ですから、妙法と一体の如来の生命は、あらゆる生命の本地とも言えるのではないでしょうか。

 名誉会長 そうです。その真実を末法の民衆に気づかせるために、大聖人は御自身の覚知された尊極の生命を御本尊として認められたのです。
 大聖人が、元初の妙法と一体である御自身の生命を、そそまま御図顕されたのは、万人の 「胸中の本尊」 を開き顕すためです。私たちが成仏するための修行の明鏡として与えてくださったのです。


 森中 「日蓮がたましひ」 とは、…… 「師子王の心」 にも通じますね。それは 「生命本源の希望」 であり、「生き抜く力」 です。万人の幸福を開くために、不幸をもたらす一切の悪と敢然と戦う 「勇気」 でもあります。
 斉藤 師匠が命懸けで示された 「師子王の心」 が、弟子の自分にもある。このように信じることが、その 「勇気」 を開く カギですね。

 名誉会長 そうです。 師弟不二の道を生き抜くところに、自身の幸福があり、皆の幸福がある。
 その真実を、法華経は 「如我等無異(我が如く等しくして異なること無からしめん)」 と説いている。
 “私も人間だ、あなたたちも人間だ、人間はかくも偉大なり” という 「人間王者の讃歌」 です。 それが法華経の魂といえる。
   (御書の世界2巻・157~162P)   

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谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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