教義条項の解説(はじめに)

 聖教新聞の 1月29・30日に 「会則の教義条項改正に関する解説」 が掲載されました。
 昨年 11月8日の会則改正のとき、“会則の教義条項にいう 「御本尊」 とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません” と発表がありました。
 これを受けて宗門は、“創価学会は戒壇の大御本尊を 「否定」 した” といって、盛んに宣伝し攻撃して来ております。
 また、会員さんの中には、“書写された御本尊は持って、その本源の大御本尊を捨てるとは、どうなっているのだ” と、その他・色いろなお考えの方も居られると思います。
 この度、会則の教義条項の解説が説かれましたので、これを シッカリ読んで、スッキリした気持ちで信心に励みましょう。

 「はじめに」 について、(聖教・2015/1/29・4面)
 「創価学会の宗教的独自性」 は、会則に 「各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする」 とあるように、三代会長の指導のもと、各人が自行化他の実践で人間革命を成就し、仏意仏勅である世界広宣流布を事実の上で実現するための不惜の実践を貫く教団であるという点にある」 と述べられています。

 この点を踏まえて、「生きた宗教」 として、現実的な課題や将来起こりうる課題に、責任を持って対応していくとしている。
 たとえば、池田先生は 「広宣流布は、流れの到達点ではなく、流れそれ自体であり、生きた仏法の、社会への脈動なのであります」 と語られた。
 広宣流布が目的であると言われると、何となく到達点であると思いがちですが、そうではなく “流れそれ自体” であり、終りのない戦いである。それは、「魔」 との戦いであるからです。
 あらためて、それまで一部で唱えられていた 「国立戒壇」 という表現は用いない。また、学問的研究の成果を踏まえ、釈尊の事跡、法華経の成立年代などに、学問的研究の成果を受け入れて論究もし、様々な課題に対応してきました。

 さらに、「世界を舞台に広宣流布を推進する教団として、その伸展とともに新たに生じた課題に対応して、教義解釈の見直しを行うことは、当然のことである」 として、「現代における人類救済の思想を発信していくことこそが、真に世界広宣流布実現のために前進している教団としての使命である」 と述べています。
 したがって、必要であるならば、仏法教義の新解釈もして、創価思想の人間・平和・文化主義の哲学を宣揚し、世界平和に貢献すべき使命があると謳っている。

 そして、「日蓮正宗のように古色蒼然(こしょくそうぜん)たる教義解釈を墨守(ぼくしゅ)して事足(ことた)れりとし、現実の広宣流布の伸展には責任も関心もないという立場とは全く違う」 と宗門と対比して、その違いを鮮明にした。

 今回の改正は、…… 「日蓮大聖人の仏法の本義に立ち返って、従来の教義解釈を整理し直したものである。したがって、教義の変更ではなく、教義の解釈の変更と位置づけられるものである」 と述べています。
 ゆえに、弘安2年の御本尊を 「否定する」(教義の変更)ではなく、大謗法の地に在って参詣できないから 「受持の対象としない」(解釈の変更)をしたものである。

 「今回の改正を機に、そうした仏教学の学問的な成果等も視野の入れながら、日寛教学や、相伝書等についても、慎重に研究を重ね、より普遍的な創価学会教学の構築へ一層の前進を図りたい」 と決意を述べられています。

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教義条項の解説(三大秘法)

 「三大秘法」 について、 (聖教・2015/1/29・4面)
 今回、三大秘法についての解釈を、次のように明らかにした。

 末法の衆生のために日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、すべて根本の法である南無妙法蓮華経を具現されたものであり、等しく 「本門の本尊」 である。また、「本門の本尊」 に唱える南無妙法蓮華経が 「本門の題目」 であり、その唱える場がそのまま 「本門の戒壇」 となる。これは、末法の一切衆生の救済という日蓮大聖人の仏法の本義に基づいた解釈である。

 日蓮大聖人は、宇宙と生命に内在する根本の法を “南無妙法蓮華経” であると悟られ、それを具現化されたのが “三大秘法” である。
 御本尊は、法華経宝塔品の虚空会の儀式を借りて、“十界の文字曼荼羅” として御図顕されたものである。それを書写した御本尊も、すべて 「本門の本尊」 である。
 何時でも、その御本尊に唱える題目は 「本門の題目」 であり、何処でも、その所住のところが 「本門の戒壇」 となるのである。
 このように解釈するのが、日蓮仏法の本義に基づいた解釈なのである。

 したがって、「本門の本尊」 としては、「弘安2年(1279年)の御本尊」 も含まれるが、それのみが 「本門の本尊」 だとするものではない。まして、「弘安2年の御本尊」 に繋がらなければ、他の本尊は一切力用を発揮しないなどとする宗門の独善的な本尊観は、大聖人の仏法に違背するものであることは明白である。 

 日顕宗の言うように 「本門の本尊」 は、ただ一つ “弘安2年の御本尊” のみであり、「事の戒壇」 も、ただ一カ所 “大石寺の奉安堂” だとして、これに繋がらなければ、他の本尊は無要・無意味だとする独善的な本尊観は、世界広宣流布を阻害するものであり、大聖人の御心に反するものである。

 日顕宗が “弘安2年の御本尊” を特別視するのは、御本尊の脇書に 「本門戒壇の願主弥四郎国重 法華講衆等敬白」 と認められているからである。“本門戒壇の本尊” なるが故に、大聖人の 「出世の本懐」(次項で説明)であるとして、その独自性・優位性を誇っている。
 (「明るい未来へ弟子として生きる」 という サムさんのブログに、“本門戒壇の大御本尊は大聖人滅後に模刻された” という記事) がありますので、ご参照ください。―→ ここから

 大聖人は 『三大秘法抄』 にて、「時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり」(1022P) と仰せです。
 しかしながら、ここで仰せの 「事の戒法」 は、伝教大師の迹門円頓戒壇や鑑真和尚の小乗戒壇のように、特別な建物を特定の場所に建立することではない。
 御本尊に向かって、お題目を唱えるその場が、「是の処は即ち是れ道場なり」(神力品)とありますように、何時・何処にあっても、御本尊を受持し唱題するという “事行” を戒法とするものですから、“事の戒法と申すは是なり” と仰せになられたのである。
 これが大聖人の御本意であると思います。したがって、あらゆる修行の場が 「本門の戒壇」 になる、と解釈するのが妥当である。

 創価学会も、かつて “正本堂” を建立寄進いたしました。日達上人より 「広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」 と称讃されましたが、事も有ろうに日顕は、これをぶっ壊して仕舞いました。今日より考えますと、これも御仏意であったと思います。
 古色蒼然たる日顕宗と縁が切れて、彼らのいう 「事の戒壇」 の呪縛から解き放され、後はスッキリ・サッパリ・晴ればれと、今回の改正を機に、池田先生の御指導のもと、一段と世界広宣流布に邁進するのみである。

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教義条項の解説(出世の本懐)

 「出世の本懐」 について、(聖教・2015/1/29・4面)
 出世の本懐とは、仏が世に出現した本意・目的をいう。それは、“一切衆生の救済” である。
 それには、御本尊が絶対必要不可欠であるために、これまでは 「弘安2年の御本尊」 の御図顕をもって、大聖人の 「出世の本懐」 としてきました。
 その根拠としている 『聖人御難事』 の 「予は二十七年なり」(1189P)の御文証について、あらためて、その意義を考察して見ますと次のようになります。

 、大聖人御自身が、本抄において、直接、「弘安2年の御本尊」 について一言も言及されていない。
 、本抄は、「仏」(釈尊)と、「天台大師」 「伝教大師」 を挙げて、それぞれの出世の本懐を遂げるまでの年数を示し、そのうえで、「予は二十七年なり」 と言われて、この27年間、御自身が大難に遭われたことを強調されている。これに続く御文の内容もことごとく難について述べられている。
 、弘安2年10月1日の御述作である本抄において、大聖人は、農民信徒の捕縛の後、彼らが不惜の信仰を貫いているとの報告を聞いて、門下一同へ、とりわけ法難の渦中にいる門下へ、種々の厳しい信心の御指導と最大の励ましを送られている。
 したがって、この 「二十七年」 という 「時」 と、本抄の 「難」 への言及の本意は、熱原の法難で、農民信徒が不惜身命・死身弘法の姿を示したことを称賛されることにあるといえる。
 、大聖人の御生涯における出世の本懐とは、三大秘法をもって、末法万年の民衆救済の道を完成したことである。


 上記のように、「弘安2年の御本尊」 の御図顕をもって “出世の本懐” にするとは、一言も言及されていない。
 大聖人は、御本尊の御認めについて 「師子王は前三後一と申して・あり(蟻)の子を取らんとするにも又たけ(猛)きものを取らんとする時も・いきを(勢)ひを出す事は・ただをな(同)じき事なり、日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ候事も師子王に・をとるべからず、…… 日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(1124P) と仰せになられています。

 すなわち、全身全霊を込められて、我ら衆生のために御認めくださいました。このようななかで、数多くある御真筆御本尊の内、ただ一つ 「弘安2年の御本尊」 をもって特別視し、他と差別化することは、かえって畏れ多いのではないかと思われます。
 大聖人におかれましては、御本尊はみな同じであり、“仏滅度後、一閻浮提の内、未曽有の大曼荼羅” であります。すべてに亘って “十界の文字曼荼羅御本尊” を御図顕なされたことが、あえて言えば、「出世の本懐」 であるといえると思います。
 では何故、“本門戒壇” と認められたかと思えば、未来に特定の戒壇堂を建てようとした時、弟子たちがどの御本尊にしょうかと迷わない為の御配慮であると推察いたします。
 しかし、世界広宣流布という時代性は、そのような堂舎を必要としないものになりました。

 、その意味で、「出世の本懐」 の本義は、大聖人の御生涯において、末法万年の一切衆生の救済のために三大秘法を確立されたこと、それとともに、立宗以来27年目に、熱原の法難において、農民信徒たちが大難に負けない不惜身命の信仰を示したことによって証明された民衆仏法の確立である。
 大聖人が、「弘安2年の御本尊」 を御図顕されたことも、この三大秘法の確立と民衆仏法の確立という意義の中に含まれるものと考える。
 末法万年にわたって全世界の人々を救うという大聖人の出世の本懐は、三大秘法の確立とともに、「日蓮と同意」 「日蓮が如く」 との精神で、それを担いゆく不惜の門下が誕生してこそ初めて成就する。そこに民衆仏法の真の実現がある。


 “農民信徒たちが大難に負けない不惜身命の信仰を示したことによって証明された 「民衆仏法の確立」 である” と解釈しています。
 天台大師の出世の本懐は、摩訶止観を説いたことであり、伝教大師は南都六宗を打ち破り、叡山に法華円頓戒壇を建立したことである。
 摩訶止観は、観心修行の方軌を示した書で、これによって仏果を得た者は殆んどいなかった。叡山の戒壇も、第三代座主・慈覚によって、真言の濁流に飲み込まれてしまった。
 所詮、像法の天台仏教は、僧侶・貴族仏教であり、一般大衆は置いてきぼりにされていたのである。仏法上、人類救済(成仏した人)の実証は殆んどなかった。

 悪世末法に弘通する法は、一切衆生救済の “民衆仏法” でなければならない。
 大聖人は、「然りと雖も伝持の人無れば猶木石(もくせき)の衣鉢(えはつ)を帯持(たいじ)せるが如し」(508P) と仰せです。御本尊があっても “伝持の人” が居なければ、何もならないのである。
 御本尊(法)と伝持の人(人)とは、セットでなければ、法華弘通の大願も 「出世の本懐」 も成就しないのである。

 したがって、“大聖人の出世の本懐は、三大秘法の確立とともに、「日蓮と同意」 「日蓮が如く」 との精神で、それを担いゆく不惜の門下が誕生してこそ初めて成就する。そこに民衆仏法の真の実現がある” と述べられている。
 すなわち、広布誓願に戦う、不惜身命の熱原の民衆が出現したからこそ、大聖人は 「出世の本懐」 を遂げ、誓願を成就なされました。
 これが、「此の法門申しはじめて今に二十七年・弘安二年なり」(1189P) の真の意義である。

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一大秘法について

 「一大秘法」 「六大秘法」 について、 (聖教・2015/1/30・4面)

 原田会長の会則改正の趣旨説明に、
 「大聖人は、宇宙と生命に内在する根本の法を南無妙法蓮華経であると明らかにされました。そしてそれを、末法の全民衆の成仏のために三大秘法、すなわち、本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇として具体的に顕されたのであります」 とあるように、「宇宙と生命に内在する法」、すなわち南無妙法蓮華経が根本であり、三大秘法はそれを具現化された法門である。
 これまで日寛上人の教学に基づいて、「一大秘法」 や 「六大秘法」 ということを使用してきたが、「一大秘法」 が 「本門の本尊」 であるという日寛上人の解釈は、御書にはない。
 ………
 日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする普遍性のある部分と、要法寺の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある。日蓮正宗が完全に大聖人の仏法に違背した邪教と化した今、学会は正統の教団として、世界宗教にふさわしい教義の確立という立場から見直しを行っていく。
 その意味で、日寛教学の一大秘法、六大秘法という用語は、今後用いない。


 今回の改正に関する解説で、“「一大秘法」 が 「本門の本尊」 であるという日寛上人の解釈は、御書にはない” と述べています。
 日寛教学には、“正義を明らかにする普遍性のある部分” と “唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分” とがあります。
 後者について宗門の歴史を見ますと、第15世・日昌法主(登座1596年)より、第23世・日啓法主(遷座1692年)までの九代・約百年間、京都・要法寺出身の僧が日蓮正宗の法主になっているのである。
 その中で特に、第17世・日精法主は、要法寺の広蔵院日辰の影響を受けて、釈迦像の造立をおこなっている。法主自身が邪義を実践したのである。このように宗門の中枢からして、日蓮大聖人の正しい御本尊は何なのか、邪義に染まって分からなくなってしまった。
 参考 : 第17世・日精法主の謗法 ―→ ここから

 この弊害を正さんがために、日寛上人は、大聖人の御正意は 「十界の文字曼荼羅」 であるとして、「弘安2年の御本尊」 をもって 「出世の本懐」 とし、これを強調されました。
 『観心本尊抄文段』 に、「就中(なかんずく)弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐中の本懐なり、既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり」 とあります。 (文段集・452P)

 「本懐」 については、前項で述べました。
 「究竟」 とは、真理の究極。物事の終極。畢竟等の意がある。日寛上人が、「弘安2年の御本尊」 を、“究竟中の究竟、本懐中の本懐” と言われましたが、私はこれは、チョット褒め過ぎではないかと思っています。

 そのように思うのは、『総勘文抄』 に、「劫火(ごうか)にも焼けず水災にも朽(く)ちず剣刀にも切られず弓箭(きゅうせん)にも射(い)られず ……」(563P) と仰せです。ここは、わが生命・宇宙生命の永遠性について説明している処です。
 「究竟」 と言う言葉には、そのような永遠性、久遠・常住性の有るものが、相応しいのではないかと思います。
 したがって、畏(おそ)れ多いことですが 「弘安2年の御本尊」 と雖も、楠の板で作られている以上、形あるものは、何時かは無くなるという “有限性” のあるものです。
 そのような “有限なるもの” に、日蓮仏法の 「一大秘法」 と称するのは、言い過ぎではないのでしょうか? という思いがあります。しかも、御書には 「弘安2年の御本尊」 が、「一大秘法」 であるという記述はありません。
 それゆえに、私は 「久遠の法」 こそ、「一大秘法」 と言い得るのではないかと思っています。

 日蓮大聖人は 『当体義抄』 に、「至理(しり)は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議の一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減(けつげん)無し」(513P) と仰せです。  (至理とは、至極の道理、一切諸法の根本の真理をいう。 闕減とは、欠けていて十分でないこと)
 『総勘文抄』 に、「釈迦如来・五百塵点劫の当初(そのかみ)・凡夫にて御坐(おわ)せし時我が身は地水火風空なりと知(しろ)しめして即座に悟を開き給いき」(568P) と仰せです。
 “五百塵点劫の当初” とは、「久遠元初」 のことであります。

 したがって、「久遠の法」 とは、「久遠元初の妙法蓮華経」 のことであります。

 教義条項の解説では、“一大秘法、六大秘法という用語は、今後用いない” と言われましたが、御書には無い 「六大秘法」 はともかくとして、大聖人が一ヵ処(1032P)でも仰せになられている 「一大秘法」 という用語は、「久遠元初の南無妙法蓮華経」、すなわち、宇宙生命の根源の一法でありますので、「一大秘法」 と称しても良いのではないかなぁ と思っています。

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六大秘法・本門の本尊について

 引き続き 「六大秘法」 でありますが、新聞紙上(1/30)では “三大秘法を合した 「一大秘法」、また、三大秘法を開いた 「六大秘法」 という表現は、御書そのものには説かれていない。…… 日寛教学の一大秘法、六大秘法という用語は、今後用いない” とあります。

 御書に無いからだけでは、説得力に乏しいと思います。御書に説かれていなくても、時代とともに新しい論理・解釈が生まれて、日蓮仏法の発展に寄与して然るべきである と考えているからである。
 用いないという以上、それは 「事の戒壇」 に関することではないか と思っています。
 ともあれ、三大秘法の開合の相を 『依義判文抄』 に見てみたいと思います。

 「問う若(も)し爾(しか)らば三大秘法開合の相如何、
 答う実には是れ一大秘法なり、一大秘法とは即ち本門の本尊なり、此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇と為す、此の本尊を信じて妙法を唱うるを名づけて本門の題目と為すなり、故に分ちて三大秘法と為すなり、又本尊に人有り法有り・戒壇に義有り事有り・題目に信有り行有り・故に開して六義を成ず、此の六義散じて八万宝蔵と成る」
(六巻抄・118P) と述べています。
 日寛上人は、三大秘法を合すれば一大秘法と成り、開すれば六大秘法と成る、と説かれています。

 「本門の本尊」 を、六大秘法の 「人」 と 「法」 に開くことは、「御義口伝に云く南無とは梵語(ぼんご)なり此には帰命と云う、人法之れ有り人とは釈尊に帰命し奉るなり法とは法華経に帰命し奉るなり」(708P) と仰せられています。
 日蓮大聖人は、南無(帰命)する対境(本尊)を、 「人の本尊」 と 「法の本尊」 に開して説明されておりますので、このように開くことには問題はありません。 

 「人」 とは、釈尊に帰命し奉ることである。この釈尊は、インド応誕の釈尊ではなく、「久遠元初の自受用報身如来 即 本因妙の教主・日蓮大聖人」 の御事であります。
 「法」 とは、法華経に帰命し奉るのである。この法華経は、釈尊の二十八品の法華経ではなく、大聖人の 「文底下種・三大秘法の南無妙法蓮華経」 の御事であります。

  しかし、生命の実相は、「人法体一」 であり、「色心不二」 であります。理論的には、「人」 と 「法」 を分けて考えられても、事実・実際の上では、「人(仏)」 を離れた 「法」 は存在しないのです。

 参考 : 「人と法」 についての説明 ―→ ここから

 ゆえに、『御義口伝』 に、「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(760P) と仰せになられています。
 「法華経の行者」 とは、末法において、法華経の経文を身読された “日蓮大聖人” の御事であります。日蓮大聖人の 「人法一箇」 の御当体を、御本尊として南無し、報恩感謝申し上げているのであります。 

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六大秘法・本門の題目について

 日寛上人は、「本門の題目」 を、「信」と 「行」 に開いています。
 「信」 とは、御本尊をしっかり信じて疑わないことです。
 「行」 には、自行と化他行(折伏)がありますが、ここでは自行(唱題)することのみを考えていきます。

 「本門の題目」 とは、当然のことながら 「南無妙法蓮華経」 のことであります。
 「南無妙法蓮華経」 は、また、御本尊のことでもあります。しかし、通常我われは 「お題目」 と聞けば、御本尊を思い浮かべるより、お題目を唱える 「唱題行」 の方を思い出します。

 「本門の題目」 は、日蓮大聖人が、宇宙生命の根源の一法である 「妙法蓮華経」 に、帰命の意味である 「南無」 を冠して 「南無妙法蓮華経」 としました。
 この 「南無妙法蓮華経」 を唱うることは、心地よいリズム感もあり、非常に唱え易い修行法として、我ら末法の衆生にお与えくださいました。
 したがって、天台の像法時代の修行法である 「観念観法」 という、難しくて煩雑な、凡夫にはとうてい出来もしない修行をする必要もなく、末法はただ唱題するとい一行ばかりにて、成仏する方途を教えてくださいました。何んと有り難きことではありませんか。
 これにより、すべての人の成仏が可能になり、ここに末法において、日蓮大聖人の 「民衆仏法」 が確立されたのである。

 日蓮大聖人は、「妙法蓮華経と唱うる時・心性の如来顕る耳にふれし類(たぐい)は無量阿僧祇劫の罪を滅す一念も随喜する時即身成仏す縦(たと)ひ信ぜざれども種と成り熟と成り必ず之に依(よっ)て成仏す」(415P)
 「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」(557P)
 と、唱題行の絶大なる功徳を説かれています。

 南無妙法蓮華経の 「お題目」 は、帰命という 「南無」 を冠したことで、身命をささげて随いますという行動・修行の意義があります。
 この修行の場において、南無妙法蓮華経の 「お題目」 を、「信」 と 「行」 に分けることは、理論的には理解できますが、実践面では区別が出来ないのである。 
 たとえば、唱題会で中心者が、“今までは 「信の題目」 を上げました。これから 「行の題目」 を上げましょう” と言っても、唱題行の中でどの部分が 「信の題目」 で、どの部分が 「行の題目」 であるのか、区別はつきません。
 それは、「信」 の中に 「行」 があり、「行」 の中に 「信」 があるという、もともと 「一体不二」 な関係性のものであるからです。

 いや、そうでもない場合がある。ある人が “御本尊は絶対であると信じていると言いながら、勤行・唱題を一回もしない人がおる” というのである。この場合は、唱題もしないということは、本当は御本尊を信じている とは言えないのである。
 日常生活において、全ての行動・振る舞いは、「信」 があって成り立っているのである。日常の振る舞いは、経験上・理解し安心であり、別段・気に掛けてないだけである。

 「身・口・意」 の三業という教えがある。身とは身体で為す行為。口とは言語による所作。意とは心で思う思慮をいう。善にも悪にも通じる行為である。
 この三業の振る舞いは因果の法則により、未来に種々の果をもたらすのである。
 大聖人は、「此の身口の二業は意業より起るなり」(738P) と仰せです。

 したがって、唱題という身口の二業も、意業によって強く確かなものにすることが出来る筈である。
 日寛上人が、「本門の題目」 を 「信」 と 「行」 に開いて示されたのも、「信」 の力で御本尊を信ずる強き信念(意業)と、「行」 の力で題目を上げ通す決意・誓いを、実践・行動(身口の二業)で示す、ことの大切さを教えられていると思います。

 「本門の題目」 を、あえて開くとすれば、私は 「読」 と 「誦」 に分けることが出来るのではないかと思います。
 「読」 とは、御本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱えること。
 「誦」 とは、御本尊に向かわないで題目を諳んずることである。
 この分け方なれば、「読の題目」 と 「誦の題目」 の区別は、ハッキリと判ります。「誦の題目」であっても、唱える題目の功徳に違いはないと聞いています。

 私も後期高齢者の仲間に入っています。御多分に洩れず、多くの方々が “膝が痛い。腰が痛い。長く座れない” 等々、身体のどこかに故障を抱えています。
 このような場合、これからは御本尊の前で端座して唱える 「読の題目」 だけにこだわらず、「誦の題目」 の大切さも心がけて行かねばならないと思います。それには、常日頃から何処にあっても、お題目を誦して行こうという意識(意業)を持つことが大切であると思います。
 これを契機として、私も努力して参りたいと思います。  

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六大秘法・本門の戒壇について

 日寛上人は 「本門の戒壇」 を、「事」 と 「義」 に開いて示されました。
 此の 「事の戒壇」 と 「義の戒壇」 という御文は、御書にあるのだろうかと思って、御書検索で検索して見ました。
 そうしますと、結果は “0” で、二つ共にありませんでした。
 「本門の戒壇」 は 『報恩抄』(328P) に、“1件” ありました。

 今度は 「事の戒法」 で引いて見ますと、“2件” ありました。「義の戒法」 はありませんでした。
 それは 『三大秘法禀承事』 に、「勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ “事の戒法” と申すは是なり」(1022P) と、
  『身延相承書』 に、「国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、“事の戒法” と云うは是なり」(1600P)(“” は筆者)の御文があります。 

 したがって、日蓮大聖人は 「事の戒法」 とは仰せになっていますが、「事の戒壇」・「義の戒壇」 とは仰せになっていません。
 「本門の戒壇」 を 「事」 と 「義」 に開いて論じられたのは、日寛上人の独創であると思われます。と言いましても、上人の独創性が悪いのだとか、間違っていると言うことではありません。
 当然のことながら、後世に至って聖人が出現して、時に合った仏法を弘通することは必然のことである と思うからである。

 しかし、日寛上人の云われる 「事の戒壇」 は、現在の 「世界広布新時代」 の時代性に合わなくなってきていると思っています。
 時代性に合わないところは、『三大秘法抄』 の “勅宣並に御教書を申し下して” と、
 『身延相承書』 の “国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり” の処などは、現在の民主主義の時代には不都合な状況になって来ています。

 「戒壇」 とは,一般的には、授戒の儀式の場を言います。
 我が国では、奈良時代(754年)に渡来僧の鑑真によって、奈良の東大寺に建立された。そのほか、(761年)に栃木の薬師寺と福岡の観世音寺の計三ヵ所に建立された。いずれも小乗戒である。
 さらに、平安時代(822年)には、伝教大師が比叡山延暦寺に迹門の円頓戒壇を建立した。翌年の四月に初めて大乗の授戒が行われた。

 奈良・平安時代は、正規の僧侶になるには、すべて国家資格が必要であったのである。いわゆる、食いはぐれた者が、自分勝手に僧になることは禁じられていた。
 したがって、仏教は国家の監督下にあって、僧侶になるための授戒を行う場が戒壇であった。当然、その建立のためには、天皇の 「勅宣」 は不可欠の条件である。
 そして仏教は、鎮護国家の法となり、国家の安泰を祈り、国は仏教を保護した。像法時代は、お互いに持ちつ持たれつの関係であった。
 このような当時の時代状況からすれば、一国の広宣流布は、天皇や幕府の指導者の正法への帰依がなければあり得ないことから、大聖人はそれまでの時代状況を鑑みられ “勅宣並に御教書を申し下して” と、仰せになられたと思います。

 しかし、末法の大聖人の民衆仏法は、民衆一人ひとりの自覚を促がす自立の仏法である。そこに真の各自の独立自尊がなされるならば、必然的に国家権力と真正面からぶつかり、緊張関係が生ずるのは当然のことである。
 佐渡の流罪から赦免され、第三回目の国家諫暁の時、土地や堂舎を寄進することを条件に国家の安泰を祈るように要請されたが、大聖人は、その要請を敢然と拒否されました。

 『撰時抄』 に、「第三には去年文永十一年四月八日左衛門尉に語つて云く、王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(287P) と仰せです。
 そこには、国家の権力には “随えられたてまつるべからず” という、仏法者としての厳然と自立した姿勢をみることができる。

 また、“国主此の法を立てらるれば” の御文も、現在では広宣流布を天皇や国の指導者に頼んでして貰うわけではない。主権在民の時代には、国民一人ひとりが社会の主役であり、民衆が正法に帰依していけば、それがそのまま、広宣流布の姿となっていくのである。
 日顕宗は、“富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり” をたてにして、戒壇建立を世界でただ一カ所・富士の大石寺に特定し、「国立戒壇論」 を展開するなど、時代錯誤も甚だしい。
 
 日蓮大聖人は、「閻浮提内広令流布(えんぶだいない・こうりょうるふ)」(781P) すなわち、世界の広宣流布を説かれています。
 日蓮仏法を日本の国教にしたり、戒壇を 「国立」 にしたりするならば、一閻浮提第一の大仏法を、島国の日本の中に押し留め、矮小化して仕舞い、かえって、全人類のために法を説かれた大聖人の御精神に反してしまうことになる。

 したがって、日寛上人の云われる 「事の戒壇」 すなわち、「特定の御本尊」を、「特定の場所」 に、「特定の堂舎」 を建てて、御安置する形式の 「戒壇」 は、世界広布新時代には、建立する必要はないと考えています。 

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「事の戒壇」と「事の戒法」

 日蓮大聖人は、『三大秘法抄』 において、「戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり」(1022P) と仰せになり、その名称を 「事の戒壇」 と云われずに 「事の戒法」 と仰せになられています。
 今まで私は、「事の戒法」 をそのまま 「事の戒壇」 であると認識していました。この点は、別段に間違っているとは思っておりませんでしたが、しかし、わざわざ 「事の戒法」 と云われているのには、何か訳があるのだろうか と思いました。

 そこで大聖人は、御書に どのように仰せられているのだろうかと思い、検索して見ました。
 まず 「戒法」 で検索しましたら “5件” ありました。比較的に 「三大秘法抄」 等の重書にありますが、“懺悔滅罪の戒法” 等と仰せられているほかは、内容の詳しい説明はありません。

 「戒壇」 では、“29件” ありました。その殆んどが、小乗の戒壇や伝教大師の 「迹門の戒壇」 のことであって、末法の 「本門の戒壇」 については、2~3の御書にしかありません。それも戒壇という名目のみで、説明は 「三大秘法抄」 のみであります。
 このように、“戒法や戒壇” の御説法は、三大秘法の他の “本門の本尊や題目” と比べると非常に少なくなっています。それは末法においては、“戒や戒壇” の必要性・重要性が無くなって来ているからだ と思われます。

 「末法無戒」 と云われますように、今どき戒律を持している者なんか 一人もいないのである。
 『四信五品抄』 に、伝教大師未来を誡(いまし)めて云く 「末法の中に持戒の者有らば是れ怪異なり市に虎有るが如し此れ誰か信ず可き」云云。(341P) と云われています。

 そもそも 「戒」 とは、「防非止悪(非を防ぎ悪を止める)の義」(744P) である。
 「身・口・意」 の三業の悪を止めて、一切の不善を禁制して心身を正し、安心立命の境地(成仏)を得るためである。小乗・権大乗教では、戒法が重視され、戒を守らなければ破戒と称して、成仏できないとされた。
 「戒」 には小乗教の五戒、大乗教の十重禁戒等々多数あるが、基本的な・初歩的な五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒戒)でさえ、末法の衆生には実践することは不可能である。 

 そのような末法の無戒の不成仏なる衆生を憐れんで、日蓮大聖人は戒律を受持しなくても、成仏できる方途を顕わしてくださいました。
 『観心本尊抄』 に、「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(246p) と。
 『教行証御書』 に、「此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈(あに)万戒の功徳を納(おさ)めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し」(1282P) と仰せられている。

 南無妙法蓮華経の御本尊を信受するところに、すべての仏・菩薩の万戒の功徳が納まるのであるから、我われにとって御本尊の受持・唱題が、唯一の 「末法の戒」 となります。
 『御義口伝下』 に、「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此(ここ)を去つて彼(かしこ)に行くには非ざるなり、…… 今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野(せんごくこうや)皆寂光土(みなじゃっこうど)なり此れを道場と云うなり」(781P) と仰せです。

 御本尊を受持し題目を唱える処(道場)は、それがそのまま 「持戒」 であり、それが山谷曠野・どこであっても、「戒壇の義」 が成り立つのである。
 したがって、信受すべき御本尊のある場所が、即 「戒壇」 となる。すなわち、「本門の本尊」 所住のところが 「本門の戒壇」 となるのであります。
 ゆえに、像法・多造塔寺堅固の時の鑑真和尚や伝教大師の戒壇のような、特定の本尊を以て特定の場所に堂舎を建てる形式の 「事の戒壇」 なるものは、末法の大聖人の仏法には必要ないのであります。

 『観心本尊抄』 に、「地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮(えんぶ)の衆生に授与せしめ給う」(250P) と仰せです。

 したがって、我ら皆・地涌の菩薩の自覚に立ち、御本尊に題目を上げ、何処にあっても “妙法蓮華経の五字(御本尊)を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う” ことが、唯一の 「持戒」 であり、すなわち、大聖人仰せの 「事の戒法」 となるのであります。
 ここに、「事の戒壇」 の建立よりも、「事の戒法」 すなわち、戒法である題目を唱えて、仰せの通りの 「妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う」 ことの実践(折伏すること)の方が、日蓮大聖人の御心であり、御聖慮であると思います。

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教義条項の解説(御本尊を認定する権能)

 去る 1月末、聖教紙上に 「会則の教義条項改正に関する解説」 が掲載されました。(大白蓮華 4月号にも掲載されています)
 ところでこれまで、私の考えを少々述べさせて頂いていますが、もともと筆が遅いうえに、色々なこともあり遅くなっています。
 教義条項の解説の “2 創価学会に御本尊を認定する権能” と “3 「広宣流布大誓堂」 と 「創価学会常住御本尊」 について” は、紙面をよく読んで頂ければご理解いただけると思います。
 よって、前項までで止めようかなと思いましたが、中途半端なままで止めてはスッキリしないので、遅くなっても・少ししか書けなくても、書いてみようと思いました。よろしくお付き合いください。

 「創価学会に御本尊を認定する権能」 について、聖教紙上には次のように述べています。 
 いずれの宗教団体も、独立した教団である以上、その教団の本尊、聖典、礼拝施設等を決定する権能を有するのは当然である。仏意仏勅の世界広宣流布推進する創価学会は、受持の対象としての御本尊を認定する権能を有する。

 上記のことは、日顕宗から独立した教団である以上、至極当然のことであると思います。
 かつて、池田先生の教学部大会における 「仏教史観を語る」という 記念講演 や 「生死一大事血脈抄」 の講義に、宗門から取るに足りない イチャモンを付けられてきて、訂正させられた苦い思い出があります。平成3年に “魂の独立” を勝ち取って、本当に良かったと思っています。  

 御本尊の本義は、「広宣流布のための御本尊」 である。大聖人は仰せである。
 「爰(ここ)に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比(ころ)はじめて法華弘通のはた(旌)じるしとして顕し奉るなり」(1243P)
 池田名誉会長は、この一節をこう講義している。

 「私たちは、…… 万人の幸福を実現し、平和の楽土を築くために、立正安国と広宣流布の旗を掲げて勇んで出現した地涌の菩薩です。その先駆けとして不惜身命の大闘争をなされた日蓮大聖人が顕された御本尊は、この私たちの崇高な使命を呼び覚ます 『広宣流布のための御本尊』 なのです」 (『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻「日女御前御返事」講義)
 ………
 この 「広宣流布のための御本尊」 を弘通してきた教団が創価学会である。学会出現以前、当時の日蓮正宗に御本尊流布の実践がなく、本格的な御本尊流布は、牧口初代会長、戸田第2代会長から始まったことは歴史の示す通りである。
 そしてまた、受持即観心の本義に照らせば、御本尊を正しく拝する信心があってこそ、釈尊の因行果徳二法を具足した妙法蓮華経の㓛力を現実に現すことが可能になる。「観心の本尊」 は、「信心の本尊」 でもある。この信心を私たちに教えてくださったのが創価の三代会長、なかんずく池田名誉会長であることは言うまでもない。
 

 上記のように、我われに “竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅の 「観心の本尊」” と、“折伏弘教” の信心を教えてくださったのは、創価学会であり、なかんずく池田先生であります。宗門の法主や僧侶からではないのである。この事実を忘れてはならない。
 大聖人は、「法華経の大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて余(よそ)へ心をうつさば必ず輪廻生死のわざはいなるべし」(1055P) と仰せです。
 “根源の師” とは、別しては日蓮大聖人でありますが、総じては創価の御歴代会長、初代牧口常三郎先生・二代戸田城聖先生・三代池田大作先生であります。 

 ところで、この項で語られている 「権能」 という言葉ですが、日顕は法主を詐称して以後、“御本尊書写の権能は法主の専権事項である(趣意)” と、法主の権威づけのために盛んに言っていたと記憶しています。 
 この 「権能」 という言葉は、御書にはありません。そこで、広辞苑を引いてみました。そうしますと、
 ① ある事柄について権利を主張し行使できる能力。
 ② ある事柄をすることが許される資格、 とありました。

 法主という立場は、②番の資格になるのではないかと思います。すなわち、大聖人より 「広宣流布のための御本尊」 を書写する資格を与えられている立場であると思います。
 それを謙虚に受け止めて、広布のため、人々の幸せのために、書写に励みて身を尽くす福運を、御本尊に報恩感謝申し上げるのが法主の務めであろうと思います。
 ところが、法主詐称という “臑(すね)に疵持つ” 日顕は、それをも感謝せず、皆々が頭を下げて拝する御本尊を作る能力が、自分にあるのだと慢心を起こし、事も有ろうに 「法主は御本尊と不二の尊体」 という邪説まで唱えるに至り、大聖人と同格などとは、その思い上がりも甚だしいものだ。このような悪侶が三宝の 「僧宝」 になるとは、おこがましい限りだ。

 出家の多くが、慢心を起こすことについて 『御義口伝』 には、次のように説かれています。
 「比丘比丘尼の二人は出家なり共に増上慢と名く疵(きず)を蔵(か)くし徳を揚ぐるを以て本とせり、優婆塞(うばそく)は男なり我慢を以て本とせり優婆夷(うばい)は女人なり無慙(むざん)を以て本とせり」(718P) と仰せです。

 「増上慢」 とは、「我慢の心充満し、未だ得ざるを得たりと謂(おも)う」(173P) ことで、“疵(きず)を蔵(か)くし徳を揚ぐるを以て本とせり” と仰せのように、日顕は猊座(げいざ)を盗み取り、徳もないのに自分ほど偉いものはないという、自己顕示欲に凝り固まっておる。
 宗門史上においても稚児法主等、信用に値しない法主が出現した時ほど、「法主本仏論」 なるものが叫ばれたのである。

 『佐渡御書』 に、「悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食(はむ)等云云」(957P) と。
 日顕は 「広宣流布のための御本尊」 の下付を停止し、仏意仏勅の創価学会を破門し、仏の広宣流布の大願を破壊するという暴挙を行った。 まさに “仏弟子等・必ず仏法を破るべし” の御金言の通りである。
  したがって、“師子身中の虫の師子を食(はむ)” の通り、日顕の所業は 「三類の強敵」 の 「第三・僭聖増上慢」 の高僧に相当するのである。袈裟・衣の権威に、騙(だま)されてはなりません。気を付けましょう。

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教義条項の解説(大誓堂と学会常住御本尊)

 「広宣流布大誓堂」 について、次のように述べられています。
 日蓮大聖人の御遺命は 「法華弘通」 即ち 「広宣流布の大願」 である。
 この御本仏のお心のままに 「広宣流布の大願」 を成就することを誓って立ち上がった、三代会長の死身弘法によって築かれたのが今日の創価学会である。


 日蓮大聖人の御遺命である 「広宣流布の大願」 を実現せんと立ち上がったのが、創価学会であります。
 なかんずく 第2代戸田先生が、 “七十五万世帯の折伏は、私の手でいたします” という、畢生の大誓願を発し、広宣流布の指揮を執られた原点の地・信濃町に、2013年11月18日 「広宣流布大誓堂」 が建立されました。
 須弥壇には 「大法弘通慈折広宣流布大願成就」 と認められた 「創価学会常住御本尊」 が御安置されています。
 そして、この大誓堂の勤行会の意義について、次のように述べられています。

 「広宣流布大誓堂」 の勤行会に参加する意義は、池田名誉会長が 「まさしく法華経さながらに、全世界から地涌の菩薩が勇み来たり、広宣流布の御本尊と境智冥合して、久遠元初の大誓願の生命を、昇りゆく旭日のように光らせ、生まれ変わった息吹で出発する黄金の会座であります」 と述べられているように、その座に列なり、永遠の師匠である三代会長と心を合わせ民衆の幸福と繁栄、世界平和、自身の人間革命を祈り、ともどもに広布の推進を誓い合う集いなのである。

 上記解説に “永遠の師匠である三代会長と心を合わせ民衆の幸福と繁栄、世界平和、自身の人間革命を祈り、ともどもに広布の推進を誓い合う集いなのである” とありますように、あくまでも 「広宣流布の大願」 を誓い合う場なのである。
 旧来からあるような聖地巡礼とは違うのである。また、大誓堂や信濃町は、ヴァチカン(キリスト教)・メッカ(イスラム教)等のような聖地ではないし、聖地化してはならないと思う。
 とは言っても、宗教施設のあるところ、聖地と言えば言えなくもない。ただ、言えることは、我が家のお仏壇と大誓堂との間に、功徳(成仏)において、僅かでも違い(勝劣)があると思ってはならないことである。
 要は、自身の信心であり、決意・誓願の問題である。

 大聖人は、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(1561P) と仰せです。
 大事なことは、広宣流布の戦いに生き抜くところに、仏界の生命は涌現するということです。
 したがって、「誓願」 の大切なることを、池田先生の御指導に学びたいと思います。

 「広宣流布の大願」 と 「仏界の生命」とは一体です。だからこそ ―― この誓いに生き抜く時、人は最も尊く、最も強く、最も大きくなれる。
 この誓いを貫く時、仏の勇気、仏の智慧、仏の慈悲が限りなく湧き出(い)でてくる。
 この誓いに徹(てつ)し切る時、どんな悩みも変毒為薬し、宿命をも使命へと転じていける。
 これが、創価の最極の同志であります。
 これが、学会の無敵の陣列であります。
 そして、我ら誓願の学会が奉(ほう)ずる 「法華弘通のはたじるし」(1243P) こそ、この大礼拝室に御安置奉(たてまつ)った 「大法弘通慈折広宣流布大願成就」 と、お認(したた)めの常住御本尊であられるのです。
  (11/8・落慶記念勤行会へのメッセージ)

 我らには 「広宣流布の大誓願の御本尊」 があります。
 我らには 「広宣流布の大誓願の師弟」 があります。
 そして、我らには 「広宣流布の大誓願の同志」 がおります。
 ゆえに、我ら創価の師弟は、広宣流布の大誓願とともに永遠なのであります。
 ………
 さあ、我らは、異体を同心とする団結で、苦楽を分かち合い、いよいよ明るく仲良く賑(にぎ)やかに、所願満足の大勝利の生命の旅を共々に飾りゆこう
 これからも、忍辱(にんにく)の鎧(よろい)を着て、勇気の声を響かせ、人類の心を聡明に結び合いながら、この地上に 「立正安国」 の楽土を築き広げていこうではないか
 わが誉れの全同志、万歳
 晴れわたる凱歌の 「創立の日」 の朝に
  (11/18・創立記念勤行会へのメッセージ)

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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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