正しい人生

 若き日の池田名誉会長が、恩師戸田城聖先生に初めてお会いしたとき、「先生、正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか。考えれば、考えるほど、わからなくなるのです」 とお聞きしました。

 戸田先生は、「人間の長い一生には、いろいろな難問題が起きてくる。現下の食糧難、住宅難もそうでしょう。 …… しかし、これらの悩みは、水面の波のようなもので、まだまだ易しいともいえる。 どう解決しょうもない、根本的な悩みというものがある。人間、生きるためには、生死の問題を、どう解決したらいいか ―― これだ。
 仏法では、生老病死と言っているが、これが正しく解決されなければ、真の正しい人生なんかあるはずはありません」
 と、実に核心をついたご返答であります。

 時は、昭和22年8月14日の夜、東京・蒲田方面のとある座談会上でした。このことは、『小説人間革命第二巻』 〔地涌の章〕 に、詳しく述べられていますのでご参照ください。

 現代人は、あまりにも身の回りの出来事に目を奪われて、人生の根本問題すなわち、「生老病死」、なかんずく 「死」 の問題を忘れ去っております。

 人はみな、執行猶予付きの死刑囚であると言われております。何時か、必ず絶対に、死ぬのであります。されば本当に、この問題を真っ先に、考えなければならないのであります。

 日蓮大聖人の御遺誡に、「されば先(まず)臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404P) と仰せられております。

 さらに戸田先生は、「こうした人生の根本にある問題は、いくら信念が強固だといったって、どうにもならない悲しい事実です。……
 ところが、日蓮大聖人は、この人生の難問題、すなわち生命の本質を解決してくださっているのです。……」
 ………
 「正しい人生とは何ぞや、と考えるのも良い。しかし、考える暇に、大聖人の哲学を実践してごらんなさい。青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう。私は、これだけは間違いないと言えます」
 と、ご断言なされております。
 
 この日から10日後、池田先生は創価学会に入会されて、戸田先生を 「師匠」 と定め、日蓮仏法を修行し、「師弟不二の道」 を歩まれました。
 その結果は、今日の池田先生のお姿の中に 「正しい人生とは」 の解決の道が、指し示されていると思います。
 したがって、今度、我われは、池田先生を 「人生の師匠」 と定め、仏道修行に励むことが、取りも直さず 「正しい人生」 の道を歩んで行くことになるのであります。

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池田先生の入信

 池田大作先生の入信は、「我らの勝利の大道(57)・8月24日の誓い(上)」 に、「師はご存じだった」 として、次のように述べられています。

 喜びに 心躍らせ 今日もまた 広布の青春 何と尊き

 「日本の敗戦から二年後の夏八月。いまだ空襲の焼け野原が痛々しい東京・大田区の座談会で、永遠の師と仰ぐ戸田先生に、私はお会いすることができた。
 『いくつになったね』
 『十九歳です』 先生は旧知に向けた言葉で尋ねてくださった。

 じつは、先生は事前に、地域の方から、私のことをよく聞いておられた。
 兄を戦争で亡くしたことも、家を空襲で焼かれたことも、働いて父母を支えながら苦学していることも、ご存じであった。
 『わが地域には、こういう青年がいます』 と、戸田先生につないでくださった地元の方々のことが、感謝とともに偲ばれる」
  とあります。

 池田先生は戸田先生に、「正しい人生とは」・「ほんとうの愛国者とは」・「天皇をどうお考えですか」 等々のことを質問をなされました。
 戸田先生の回答は、簡明直裁であった。理論をもてあそぶような影は、さらさらなかった。
 池田先生は、―― なんと、話の早い人であろう。しかも、少しの迷いもない。この人の指導なら、自分は信じられそうだ。―― と思われました。

 池田先生は、意を決して 「先生、ありがとうございました。…… 先生が、青年らしく勉強し、実践してごらんと、おっしゃったことを信じて、先生について、勉強させていただきます。
 いま、感謝の微意を詩に託して、所懐とさせていただきたいと思います。下手な、即興詩ですが ……」 と、軽く眼を閉じ、朗々と誦しはじめた。

 旅びとよ  いづこより来り  いづこへ往かんとするか
 月は沈みぬ  日 いまだ昇らず
 夜明け前の混沌(カオス) に  光 もとめて  われ 進みゆく
 心の 暗雲をはらわんと  嵐に動かぬ大樹を求めて  われ 地より湧き出でんとするか


 「戸田は、この詩のの最後の一行を聞いた時、にこやかになっていた。
 山本は、仏法の 『地涌の菩薩』 という言葉など、知るはずもなかった。ただ、最後の一行は、戦後の焼け野原の大地のなかから、時が来ると、雄々しく、たくましく、名も知れぬ草木が生いしげり、緑の葉が萌えるのを見て、その生命力と大自然の不思議さを、なんとなく心に感じ、胸に抱いていたのをうたったのであった」
と述べられています。 (人間革命第2巻・地涌の章より)

 まだ、法華経を知らなかった池田先生が、不思議にも 「われ 地より湧き出でんとするか」 との句を詠じられたことは、内証においては、もうすでに 「地涌の菩薩」 の使命を感じられていた方だと思います。

 地涌の菩薩とは、法華経従地涌出品第十五にて、釈尊の滅後の弘通を勧める呼びかけに応じて、大地の底より湧き出でてきた菩薩たちである。神力品二十一において釈尊は、上行等の四菩薩を上首とする地涌の菩薩に、妙法蓮華経を付嘱し末法の弘通を託したのである。

 友人や地域の方々が、末法弘通の使命のある池田青年を、戸田先生に会せよう・会せようとされていたことも、何か不思議な諸天のはたらきの様なものを感ぜざるを得ません。

 この座談会の日より十日後、昭和22年8月24日・池田先生は入信なされました。
 また、日蓮大聖人が、「立正安国論」を提出し、国家諫暁を行われた文応元年7月16日は、ユリウス暦では、1260年の8月24日に当たっている。これも不思議な時の一致である。

 以上のように、入信の時のことだけでも、池田先生は、並の尋常な方ではないのである。その実績は、未だかって誰人たりとも成し得なかった、世界192ヶ国まで妙法の広宣流布を拡大し、仏教史上に燦然と輝く大偉業を成し遂げられました、広布の指導者であり、我われの仏道の師匠であります。

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一本の矢

 「一本の矢」 の話がありましたが、かつてずいぶん前に、池田先生が 「SGIの日」 の提言で、述べられていたことを思いだしました。
 その当時は、このような難解な仏法哲理のお話をされて、仏法を知らない海外の方々は解かるのだろうかなぁ と思いました。
 だがしかし、先生は相手がどうであれ、言わなければならない時は言うべきである とのお考えであったと思っています。

 現在では、多くの海外の諸大学が、先生の著作物(「21世紀への対話」等々)を教材として活用しているそうです。お隣の中国では、国を代表する大学が 「池田大作研究会」 等々の会を作り、池田思想・創価思想の研究を行っています。
 それに反し、わが国では国公立・その他の大学で、法華経の研究はなされているようですが、池田思想の研究をしておるとは聞き及んでおりません。
 SGI の発展と相まって、今では海外の方が、より多く池田思想を良く理解する力を有しているのではないか と思われます。

 そこで 「一本の矢」 の記事は、どこにあるのだろうかと捜しましたら、15年前の “第25回 「SGI の日」 記念提言 『平和の文化 対話の大輪』” という論文で、2000年(平成12年)3月号の大白蓮華に収録されていました。
 開いてみましたら、今の大白より数段小さな活字で、20ページに亘ってビッシリ書かれているかなり長文のもので、読むだけでも大変なことで、理解するまでには至りませんでした。
 「一本の矢」 が記載されているところまでの前段の文章が 8ページもありました。したがって、各々の章のはじめにある項目の太字の部分だけでも引用してみれば、ご理解への一助にもなるかなぁ と勝手に思いましてご紹介させて頂きます。

 「戦争と憎しみの人類史」 転換し――
 民衆と民衆の力強き連帯で 「希望の千年」の大道を

 「文化帝国主義」の弊害を克服

 国家の枠超える 「人間の顔」 をした文化交流
 「文化民際主義」を21世紀の潮流に


 「外なる差異」の絶対化が
  生み出した20世紀の悲劇


 「言葉による支配・呪縛」を
 打ち破る仏法の善悪無記論


 内なる差異克服し 自他ともに善の価値を実現
 「対話」こそ地球文明構築の黄金律


 そうした 「無記」 という考え方が示している 「内なる差異の超克」 ということを、我々の日常生活の実感に即した文脈でいえば、さきほど、釈尊の 「見がたき一本の矢」 のところで触れたように、差異への 「こだわりが消える」、差異が 「気にならなくなる」 という言い方ができます。
 この点に関して、戦後間もないころ、恩師・戸田城聖先生が、忘れることのできない留言(るげん)を残しています。恩師は、日蓮大聖人の因果観に基づく宿命転換に触れたあと、こう述べています。
 「帰依して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果がみな消え去って、久遠の凡夫が出現するのであります」
 まさしく信仰を発条(ばね)にした「内なる差異の超克」 といえましょう。 「途中の因果」 とは、境涯面、肉体面、精神面で、自分が現在担(にな)っているあらゆる差異を生じさせた、原因であり結果であります。
 国籍、肌の色、家系、学歴、職業、性格、性別等々、十人十色のすべての差異は、自らがなした過去の因によってもたらされた現在の果である――これは、通途(つうず)の仏教で説く、よく知られた因果律です。
 こうした 「途中の因果」 が 「消え去る」 ということは、なくなるということではありません。そんなことはありえない。人間の社会である限り、人相ひとつをとってみても、誰もが差異的存在であり、それを貫く因果律も、三世にわたって厳然と続いていきます。
 そうではなく、「消え去る」 ということは、差異への 「こだわり」 が消え、差異を 「気にする」 ことがなくなる。それが 「内なる差異の超克」 ということなのです。
 真実の仏法に帰依することによって 「久遠の凡夫」 が自らの命の中に立ち現れてくる。「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘(まま)と云う義なり」(759P) という意味ですから、一切の作為的なものを拭(ぬぐ)い去った、巧(たく)まずして放射されるその威光勢力に照らされると、「こだわる」 心、「気にする」 心など、夢の中の出来事のような淡(あわ)い、あるかなきかのごとき些細な事柄と化していくのであります。
 ………
 真実の信仰とは、このような偉大なる生命力を涌現させるものなのです。先に 「金剛にして不壊なる澄み切った大境涯」 「創造的エネルギーに満ちた宇宙生命の内的な働き」 と述べたのも、恩師の不磨(ふま)の留言を想ってのことでした。
  (大白2000-3月・30~38P)

 少々長い引用になりましたが、戸田先生の “久遠の凡夫が出現する” とのお言葉はすごいことだな と思いました。
 「久遠の凡夫」 とは、仏界の生命、仏の境涯になるということだと思います。その方法は、御本尊に “南無妙法蓮華経と唱えたてまつる” ことによって実現できるのです。
 たとえば、アメリカでは法律は整備されておりますが、未だ人種差別問題は解決しておりません。この一カ月ぐらい前にも、白人の青少年による銃の乱射事件が起きています。
 一方、SGI の座談会等では、白人・黒人の差別なく全人種の方々が、仲良く集い・語らい・唱題している姿こそ、「内なる差異の超克」 ということの実証であると思います。

 池田先生は、「まさに対話こそ、仏教運動をベースに、地球文明構築へ我々が推進しゆく文化民際主義の “黄金律” といってよい。
 大聖人の仏法は、「此の心が善悪の縁に値(お)うて善悪の法(この「法」は「言葉」と、ほぼ同義語です)をば造り出せるなり」(564P) と仰せのように、対話を縦横に展開しながら、いかに善の価値を創造し、悪を善に転じていくかという能動的な変革、実践の哲理なのです」
と述べられています。

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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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