「創価学会会則」の改正と宗門(開眼)

 11月8日の聖教新聞に “「創価学会会則 教義条項」 の改正について” という記事が掲載されていましたので、引用させて頂きます。

 学会の会則の第1章第2条の教義条項を、…… これまでの条文では 「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、……」 については、「弘安2年(1279年)の大御本尊」 を指すとの説明を行っていました。
 それを今回、次の通りにいたします。

 「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする」
 と改正された。
 そして、世界広布の新時代にあたり、信仰の本義の三大秘法は、あくまで一人一人の信仰において受け止めなければなりません。

 ‘ある場所に特定の戒壇があり、そこに安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用が発揮されないという、あたかも “電源と端子” の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が事実の上で伸展している現在と将来において、かえって世界広布を阻害するものとなりかねないのであります’ と述べられています。
 “大聖人の仏法における信仰の本義は、「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」 を信じること” に尽きるのであります。  (聖教・2014/11/8・3面)

 日顕宗は、創価学会を破門して以来、弘安2年の大御本尊をもって、信徒を脅し、支配する道具として使用してきたのである。
 そして、学会授与の日寛上人御書写の御本尊を、事も有ろうに、法主が開眼していないから偽物であると言うのである。
 そもそも、すでに書写されている御本尊を、一々開眼しなくてはならないのだろうか? 
 そのように開眼をいう日顕宗からして、宗門史上そのような開眼なぞ、やったことはないのである。

 大聖人は、「法華経の文字は仏の梵音声(ぼんのんじょう)の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはしぬれば顕形の二色となれるなり、滅せる梵音声かへつて形をあらはして文字と成つて衆生を利益するなり、…… 色心不二なるがゆへに而二(にに)とあらはれて仏の御意(みこころ)あらはれて法華の文字となれり、文字変じて又仏の御意となる、されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食(おぼしめす)事なかれすなわち仏の御意なり」(468P)

 「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(1124P)
 と仰せです。

 御本尊の “南無妙法蓮華経の文字” は、仏の御意であり、大聖人の魂であります。書写されたその瞬時に、「開眼」 はなされているのである。後はただ、その御本尊に対し 「信」 があるか無いかだけである。信のあるところ血脈は流れるのである。
 「開眼」 といい 「法水」 といい 「血脈」 といっても、それは信仰者の 「信心」 に帰するのである。
 それとも、法主(これも日顕は詐称)になった途端に、既にある御本尊に魂を入れたり取ったりする超能力が具わるとでも言うのであろうか。これでは、まるで オカルト宗教ではないか。
 法主が開眼しなければ、御本尊の力用は無いと御書のどこに書いてあるのか。
 日寛上人の御本尊様より、何百年と後から生まれた日顕が、その上に何をしょうとするのか。あえて言えば、その間に、上人の御本尊に功徳は無かったのか。こんないい加減な、噓っぱちなことに騙されてはいけない。
 もともと、開眼の仏事は、真言宗が金儲けのためにやっていることである。
 このような仏法と全く関係のない超能力なんぞ、大聖人が一番禁じられていることなのである。 

 大聖人は、「法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず」(16P)
 「真言と天台とは理同なりなんど申せば皆人さもやと・をもう、かう(斯)・をもうゆへに事勝の印と真言につひて天台宗の人人・画像・木像の開眼の仏事を・ねらはんがために日本・一同に真言宗におちて天台宗は一人もなきなり」(309P)
 と仰せです。

 “画像・木像の開眼の仏事を・ねらはんがために” とありますように、大聖人の仰せの 「開眼」 という言葉は、真言宗を破折するために使われているのである。
 そうであるのに、日顕は大聖人の意に反し、心は真言宗に堕ちているのである。大謗法である。
 日顕宗なんぞ、天台密教になぞらえて、「大石寺密教」 略して 「石密(せきみつ)」(仮称)とでも称した方が相応しいのではないかと思う。
 ともあれ成仏の要諦は、御本尊にあるのではない。自分自身の信心の如何にあるのである。

 大聖人は、「叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」(1262P)
 「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」(1338P)
 と仰せです。

 この会則改正を機にあらためて、御本尊を受持し弘めるという自行化他の実践で、自身の人間革命を成就し、世界広宣流布を実現するという学会活動に尽くすのみである。 

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会則改正と宗門(法主)

 あべひさんのブログに、題名 「教義条項の改正で吠える法華講員さん」 という記事があります。“創価学会の会則・教義条項の改正を受け、日蓮正宗妙相寺門徒、樋田さんが動画投稿を通じて吠えてます” という内容です。
 どんなことを言っているのかな!と思って、YouTube にて捜したところ、樋田さんがクローズアップされて、吠えている動画が数十編ぐらい有るようである。
 全部見るには時間がありませんので、少々の分で感じたところを述べてみたいと思います。
 
 まず、樋田さんは、御書・教学について造詣が深く、なかなかの論客である。惜しむらくはその才を、広宣流布のために使わないかな と思いました。

 宗門は、御本尊護持の役を果たしてきた。しかし、戦時中はその役も放棄した。
 滅亡の危機にあった日蓮仏法を救ったのは、紛れもなく創価学会であり、牧口・戸田両先生であります。
 戦後、戸田先生は創価学会を再建なされ、大聖人の御遺命たる広宣流布に向かって、七十五万世帯を達成されました。その跡を継いだ池田先生は、今や世界192ヵ国までに御本尊の流布拡大を成し遂げました。
 このように赤誠を尽くして来た創価学会を、日顕は自分の意に随わないといって破門するという暴挙にでた。学会の破壊を企てることは、広宣流布を破壊することと成り大謗法である。また、大聖人の御心に背く大罪である。

 現在は、世界広宣流布の時代である。大聖人は、御本尊を 「法華弘通のはたじるし」(1243P) として顕してくださいました。民衆を救済しない宗教なぞ、その存在意義はないのである。
 日顕は無慙にも、民衆救済のための御本尊を、私物化し、信徒支配の道具として使い、創価学会に対して御本尊の下付を停止したのである。
 
 第66世日達上人が、どなたにも相承されずに遷化されたということは、法主の権能である御本尊書写の必要性が無くなったという証拠である。これを、そのようになさしめたものは、時代性であり、科学・印刷技術の開発・発展であり、僧侶の堕落による、書写の有資格者不在である。
 今や法主は、世界広宣流布にとって必要性はなく、邪魔な存在となっている状況である。
 「徒らに遊戯(ゆげ)雑談(ぞうだん)のみして明し暮さん者は法師の皮を著(き)たる畜生なり」(1386P) と仰せの通りの宗門と、折伏行に世界広宣流布に邁進した創価学会と、どちらが大聖人の御精神を体しているのか明白である。
 かかる時に、創価学会会則の改正がなされました。時宜を得たものだと思います。 
 御本尊のことも、仏意仏勅の創価学会にこそ、その権限があるべきである。

 門徒の樋田さんは、八日の聖教を手に取り、学会は戒壇の大御本尊を “否定した、否定した” と 盛んに言っているが、新聞をよく読んで貰いたい。学会は 「否定」 とは一言も言っていない。
 大御本尊を拝しようと思っても、大謗法の地にある為に、与同罪を受けなければならない。また、破門され義絶状態であるが故に、拝することが出来ないのである。したがって “受持の対象にはいたしません” と言っているだけだ。

 そのような状況の中で、何時までも会則の 「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、……」 の条文を、恋々しくそのままにして置く、必要や意味はないのである。
 それよりも、広布破壊の日顕宗や腐敗堕落の坊主たちから、完全に縁を切るための、今回の会則改正であると思っています。

 今回の件で、日顕宗は御書や六巻抄等の文証を出して攻めてくると思うが、知らない文証が有っても、あわてることも臆することもない。
 大白蓮華八月号の 「任用試験のために」 のなかの “日顕宗を破す” のところをしっかり勉強して、何があっても、創価学会の信心がぶれないよう頑張りましょう。 

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会則改正と宗門(血脈)

 前のブログで、日顕宗は御書や六巻抄等の文証を出して攻めてくると思う、と述べました。
 では、どこの文証かといえば、それは、「百六箇抄」 と 「本因妙抄」 の二カ所にしか書かれてないものです。この両御書は、また 「血脈抄」 とも呼ばれ、秘伝書の類である。
 そこには、法水写瓶(しゃびょう)といって、代々の法主から法主へ、水が流れるように 「血脈」 が流れるという意味のことが書かれています。

 『本因妙抄』 に、「此の血脈並に本尊の大事は日蓮嫡嫡(ちゃくちゃく)座主(ざす)伝法の書・塔中相承の稟承(ほんじょう)唯授(ゆいじゅ)一人の血脈なり」(877P) とあります。

 この両抄と他の御書との違うところは、一段と小さな文字で書かれた部分があり、上記の文は、『本因妙抄』 の最後のところのこの小さな文字の部分にあります。
 この小活字の部分は、後の時代に歴代の法主が、一種の覚え書として挿入・書き込みをしたものである。大聖人が、書かれたものではないのです。
 堀日亨上人(御書編者)が、そのようなところを、分かるように編纂してくださいました。
 
 したがって、「唯授一人の血脈なり」 という文証は、大聖人の他の御書には、一つも載ってないものである。
 後の時代に、稚児法主等の信頼に価しない法主が出現し、法主の権威づけのために、他宗派が使っていた 「血脈相承」 なるものを取り入れたのである。
 そうやけれども、大聖人も 『生死一大事血脈抄』 で、「血脈相承」 と仰っているではないか、と思われるでしょう。

 大聖人は、「日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継(つ)がしめんとするに ……」(1337P) と仰せです。
 “日本国の一切衆生に” です。法主のための “唯授一人の血脈なり” ではないのです。大聖人の御心は、すべての人に法華経を信ぜしめて、救ってあげたいと願われているのです。

 また、「過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり」(1337P) と仰せです。
 “三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承” と仰せられ、時間的に三世に亘って法華経を受持する、この純真な 「持続の信心」 を、法華の 「血脈相承」 というのである。
 このように、「信心」 と “血脈・法水” とは同じもので、信心のあるところ “血脈がある・血脈が流れる” と言えるのである。
 何かしら法主から法主へ、血脈という特別な超能力・力用なるものが受け渡されると言うが、その実体は何もないもので、インチキ極まりない欺(あざむ)きである。こんなことに騙(だま)されてはならない。

 「唯授一人の血脈」 と言うことは、「仏界」 の境涯を法主一人にしか譲らない、一人にしか認めない、ということになる。
 それは、一切衆生に 「仏界」 があると説く、法華経の 「十界互具」 の法理にも反することになり、まさしく “邪義” になるのである。

 学会員さん達は日ごろ、これらの二抄の御書を拝する機会が余りありませんから、御書を開いて示されると、大聖人のお言葉と思って、信じてしまうかも知れません。
 しかし、このように御書だからといっても、すべて大聖人のお書きになった文章ばかりではありません。ご真筆を紛失してしまって、写本や他宗門が編纂したものから転載したもの等々、種々あります。
 これからは、時代が変わってきて、今までの解釈を変えなくてはならない時もあるでしょう。
 いたずらに文字に執着して、「法華経を讃すと雖も還つて法華の心を死(ころ)す」(1439P) ことに、ならないように気を付けましょう。

 「三世の生死」 について、池田先生のご指導の一部分を引用させて頂きます。
 過去世の生死流転の中における法華経結縁によって今世の法華受持がり、今世の法華経受持を生涯貫くことによって臨終正念を遂げ、未来世には仏果を成ずるのです。
 未来世の仏果とは、すでに考察したように、別世界の浄土に安住することでもなければ、超越的な仏の姿をとることでもありません。どこまでも生と死の流転の中にありつつも、大宇宙の慈悲の行業を我が身に感じながら、現実世界で苦しむ人を救うために戦い続ける仏の姿をとることです。
 それゆえに、過去世も、現在世も、そして未来世も、生死の姿をとるのであり、これを 「三世の生死」 と言われているのです。
  (生死一大事血脈抄講義・119P) 

 参照 : 血脈とは ―→ ここから

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会則改正と宗門(弟子檀那)

 これまでに、法主による 「開眼」 とか 「血脈相承」 なるものを簡単に申し上げましたが、これ等のものは、もともと釈尊の原始仏教には説かれていません。
 当時 バラモン教・ヒンドゥー教が、盛んに呪術的な祭儀を行っていた。後の時代になって、釈尊の神格化にともない、これらの祭儀を取り入れたのである。そして、仏教の修行僧たちは次第に堕落してしまった。
 中国へは、善無畏三蔵が インドから渡来し、秘密真言を弘めた。我が国では、空海が中国から学んできて真言密教を弘めた。

 釈尊も天台も日蓮大聖人も、仏教の中に神秘・秘密主義的・超能力的なものは取り入れて無いのである。ゆえに、血脈とか、開眼とか、呪術的な加持祈祷とかは、説かれてないし、また厳しく禁じているのである。
 しかるに日顕宗は、血脈がない・開眼のない本尊は偽物だとか、僧が司らない葬儀・法要では故人は成仏しない等々、信徒を誑かし支配の手段としている。
 そして、法主は “御本尊と不二の尊体” なる 「法主信仰・法主絶対論」 という邪義まで構えている。

 門徒の樋田さんは動画にて、御書にある 「弟子檀那等」 の文を引いて、「弟子」 とは僧侶のこと、「檀那」 とは在家信徒のことであると解釈し、「弟子檀那等」 と弟子が前に、檀那が後に書いてあるから、“僧侶が上で在家は下” “僧侶が師であれば在家は弟子” という 「僧俗師弟義」 なる邪義を、「得受職人功徳法門抄」 なる偽書を用いて盛んに吠えていた。
 それならば、「弟子檀那等」 と、「等」 の字には複数の意もあるが、“等しい・同じ・平等である” という意もあるのである。

 そもそも、釈尊や大聖人が “出家と在家”、また “男・女の性差” などで差別したのか。否、当時の諸の差別社会の中で、徹底して一切衆生の平等を説いたのである。
 この歴史上の事実に目をつむり、強いて文字の前後の位置関係をもって、僧・俗の差別に用いる珍解釈は、大聖人の御精神に反し、“悉有仏性” を説く 「法華経の心」 を死(ころ)す、誹謗正法の者である。

 大聖人は、「法師品には若是(にゃくぜ)善男子善女人乃至(ないし)則如来使(そくにょらいし)と説かせ給いて僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(1448P) と、どこに僧俗差別を仰せになられているのか、よく眼を見開いて見よ と言いたい。

 日蓮大聖人は、名もなき女性信徒に 「日本第一の法華経の行者の女人なり、故に名を一つつけたてまつりて不軽菩薩の義になぞらへん・“日妙聖人” 等」(1217P)  と。 (“ ” は筆者)
 阿仏房に 「今 “阿仏上人” の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり」(1304P) と。
 富木常忍に 「今 “常忍上人” は持経を忘る日本第一の好く忘るるの仁(ひと)か」(976P) と。
 大田乗明に対して 「“乗明聖人” 御返事」(1012P) というお手紙を与えられています。
 このように、大聖人は称号を与えられるのに、僧俗の差別はされていません。

 ところで、「得受職人功徳法門抄」 という抄は、創価学会版の御書には記載されていません。
 御書の凡例に、
 「建長五年宗旨建立已前の戒体即身成仏義等数篇、現代教養に裨益(ひえき)なき 十王讃歎抄・八大地獄抄等、純天台なる三八教・秀句十勝抄等の如き縦(たと)い御真筆でも聖祖の御抄録分と見做(みな)して且(しば)らく文を除いた」 とあります。
 このように、堀日亨上人が、偽書の疑いがあるものや役に立たない御抄は、御書の編纂のときに除かれたのである。

 「得受職人功徳法門抄」 には、「比丘の信行は俗の修学に勝る。又比丘の信行は俗の終信に同じ。俗の修学解行は信行の比丘に同ず」 とあるそうだ。
 このような僧・俗の差別を、大聖人が仰せになる訳はない。大聖人にとって、出家・在家の違いはあっても、皆ともに可愛い弟子であり、信者であり、門下生である。共どもに広宣流布を戦う “地涌の菩薩” ではないか。
 後の時代になって、堕落僧らが自身の権威を高めるために、作りだした “偽書” なのである。

 在家の婦人の身で幼き児を連れて、はるばる佐渡まで師を求めた日妙聖人の信行が、幕府の権威を恐れ、流人の師を一度も訪うことも無かった僧侶ら(日興上人を除く)の信行よりも劣るというのか。
 僧階の最高を極め、神札を祀って仏罰を受けた法主・日恭の信行が、在家の身で法難を受けて入牢し “殉教” や “獄中の悟達” を得られた 牧口・戸田両先生の信行よりも勝れるというのか。

 馬鹿も休み休みに言え、と言いたい。このようなことだから、彼らの 「僧俗師弟義」 なるものは、現在の民主主義の平等思想にも劣るものである。
 だから、時代遅れの・真言かぶれの・富士の濁流の・法主信仰の 「日顕宗」 と称するのである。

 日寛上人曰く、「明者は其の理を貴び闇者は其の文を守る、苟(いやし)くも糟糠(そうこう)を執し橋を問う何の益あらん」 と。  (依義判文抄)
  参照:橋を問う ―→ ここから

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会則改正と宗門(御本尊)

 創価学会会則の条文の中の 「この会は、…… 日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする」 ということが、門徒の樋田さん並びに宗門側は、てんで理解できないらしい。
 それは、「広宣流布」 が大聖人の御遺命である、御心・御精神であることを、完全に忘れ去っている。いや、否定さえしょうとしているようである。

 したがって、原田会長指導の 「日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現されたものであり、等しく 『本門の本尊』 であります。…… その唱える場がそのまま 『本門の戒壇』 となります」 また、「大聖人の仏法は、万人に開かれたものであり、三大秘法はあくまで一人一人の信仰において受け止められなければなりません」 というところ等は、理解できないし、拒絶反応を起こしている。

 彼らの言わんとしているところは、「本門の本尊」 とは 「弘安2年の御本尊」 だけであり、その御本尊に唱える題目が 「本門の題目」 であり、その場所のみが 「本門の戒壇」 であるというのである。
 確かにその通りであるが、「三大秘法」 には “総じて” の意義があるのである。我々の各家庭に御安置し・唱題している御本尊も、立派に 「三大秘法」 が総在している御本尊なのである。
 「本門の本尊」 とは、何も、「弘安2年の御本尊」 だけを言うのではない。

 彼らは駄々っ子のように、「弘安2年の御本尊」 にしがみ付き、いたずらに御書の文をもてあそび、言っていることは “お前らの御本尊は、法主の開眼も認可もないニセ本尊だ” と、馬鹿の一つ覚えのように繰り返しているだけだ。
 「開眼」 なんぞ、そんなこと宗門史上、何時の時代に行っていたのか。日顕の代になって、言い出したことではないのか。
 そんな暇があったら、一人でも折伏して、御本尊を持たして、人々を救うことが先決ではないのか。それが大聖人の御心に叶うということである。

 創価学会は、魂の独立以来、世界192ヵ国までも広宣流布を成し遂げました。
 池田先生は、自ら海外の開拓に身を投じられました。海外での折伏の困難さは、言語に絶するものがあります。
 現地の先駆者たちの血のにじむ御苦労に対し、先生は身命を惜しまず、一人ひとりを温かく最大限の激励をしてくださいました。
 海外の会員さん達も、先生のお心に応えようと “師弟不二” の精神で、困難を乗り越えて頑張ったのである。その結果が、世界192ヵ国なのである。一朝一夕で出来上がったものでは無いのである。

 このような美しい師弟の姿は、折伏もしない日顕なぞ、分からないだろう。
 日顕が海外で為したことと言えば、米国において、シアトルの夜の町をうろつき回り、売春婦とトラブルを起こして警察沙汰になったことだ。その者が、法主に成れば “大聖人と不二の尊体” とは、“聞いて呆れる” とはこのことだ。

 宗門のいう “ニセ本尊” を受持する創価学会が発展し、本物を受持しているという宗門が衰退するのは何故だろうか。
 これは、御本尊の違いではないことを物語っているのである。各家庭の御形木御本尊は、“分身散体の義” といって、弘安2年の御本尊と全く同じ力用を有するのである。

 では、何が違うのかと言えば、それは組織の指導者の違いなのである。学会は池田先生の指導を受け、宗門は法主の日顕・日如の指導を受けているという、ただ・これだけの違いである。
 しかし、この違いは非常に大きく、後になればなるほど、天地雲泥の差となって現われて来るのであります。

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会則改正と宗門(指導者)

 創価学会と宗門との違いは何かといえば、それは指導者の違いであると述べました。すなわち、在家の者が指導するのか、僧侶が指導するのかの違いです。
 創価学会は、発足当初から在家教団として、僧侶の指導を受けずにやってきました。そして戸田先生は、昭和27年に新宗教法人法が施行されて直ぐ、創価学会の宗教法人格を取得され、宗門とは別団体と致しました。
 今日の宗門関係のことを考えますと、先を見通された明晰なるご英断であったと思います。

 一般的な宗教は、神や仏のもとに、神父や僧侶という聖職者がその中間にいて、一般信者を教導するという上下関係の図式となっている。創価学会には、そのような聖職者は居ないのである。御本尊(仏)と信者とは直結であり、一体になることができるのである。
 仏教の教えは本来、“悟れば仏、迷えば衆生” とありますように、仏と衆生の間には差別はないのである。悟っているか・迷っているかの違いで、身は一つ・心も一つ、一体なのである。
 原始仏典には、釈尊も他の修行者らと、何ら差別することなく修行僧として、行動を共にしていたとのことである。

 日蓮大聖人の鎌倉時代は、産業といっても農業が主なもので、文字の読める者は、僧侶・公家・武家それも上級武士たちで、一般の民・百姓は殆んど文盲であった。
 そんな中で、経文や大聖人の御抄を読んで聞かせ指導したのは、門下の僧侶たちであった。
 したがって、折伏をして広宣流布の戦いをするのは殆んど僧侶たちで、在家は自身の成仏のために唱題し、僧侶に供養し応援する立場であった。
 大聖人の 「三類の強敵」 との戦いのときは、門下は一致団結して励まし・助け合って戦ったのである。そこには立場の違いによる出家・在家の差別は無かったのである。

 ところが、大聖人滅後、僧侶たちは分裂し、世情に流された者たちは僧侶であるという特権意識を持つようになって行った。
 それを決定的にしたのが、江戸時代の檀家制度である。僧侶は宗教の命である布教もせず、寺請証文を発行し、葬送儀礼に係われば、ふんぞり返っていて、飯は満腹に食えたのである。
 そのうえ明治初期になって、僧侶の “肉食・妻帯・蓄髪勝手たるべし” の太政官布告が出て、僧侶の腐敗・堕落はここに極まったのである。

 この状況を見れば、釈尊は嘆き悲しむであろう。
 日蓮大聖人は、「受けがたき人身を得て適(たまた)ま出家せる者も・仏法を学し謗法の者を責めずして徒らに遊戯(ゆげ)雑談(ぞうだん)のみして明し暮さん者は法師の皮を著(き)たる畜生なり、法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども法師となる義は一(ひとつ)もなし・法師と云う名字をぬすめる盗人なり」(1386P)
 「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食(はむ)等云云」(957P)
と、悪侶が仏法を破るのだと厳しく破折されています。

 日蓮仏法の正統を名乗る “日蓮正宗” と雖も、このような有様で “法師と云う名字をぬすめる盗人なり” である。ところが、門徒の樋田さんは、このような悪侶らを盛んに擁護している。
 『四恩抄』 の 「僧の恩をいはば仏宝法宝は必ず僧によりて住す」(938P) 等の文証を引いて、“僧によって仏宝法宝が住するのだから、すべて僧は三宝の一つの僧宝であり尊崇すべきである(趣意)” と言っている。
 大聖人が仰せの 「僧」 とは、日興上人のような “聖僧” に約するのである。日顕宗の如き “狗犬の僧” を言うのではない。更に、悪侶が “必ず仏法を破るべし” とまで仰っているのである。
 樋田さんは、このようなものの価値判断も出来ず、聖侶も悪侶も・味噌も糞も一緒にして、解釈している。

 いま、広宣流布の拡大の時来って、限られた人数の僧侶だけでは、多数の信者を指導することは到底不可能である。また、国民の識字率は100%にも達し、すでに堕落僧らから学ぶ必要もなくなった。
 産業も広く多岐にわたり、人々の苦悩も多種多様であります。世情に疎い僧侶では、これらの問題を指導する力は、何一つも無いのである。
 ここに、在家が在家を教導するという、今までに無い僧侶抜きの、近代的で理想的な仏教教団・創価学会が出来上がったのである。
 創価学会の指導は、会則の第3条に “牧口常三郎初代会長、戸田城聖第二代会長、池田大作第三代会長の 「三代会長」 は、広宣流布実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である” とあり、御歴代会長の指導を根底とするのである。

 学会組織内での指導は、入信して早い方で2~3ヶ月位経てば、最初の役職の “先駆長(壮年)・白百合長(婦人)” の任命を受け、10~30世帯位の会員さんを受け持つことになります。
 始めのうちは、仏法や信仰のことは何も分からなくて、座談会や指導会の連絡だけかも知れないが、それを教えて上げることも立派な指導であり、指導者になります。
 自身も先輩から学び、また、それを他の人にも教えて行く、その往復作業(学会活動)の中に、自他共の生命は磨かれるのであり、人間革命の要諦もここにあります。
 そのように考えますと、創価学会には指導者が、何百万人とおる訳であります。
 この方々が 「地涌の菩薩」 の自覚に立って、池田先生の御指導のもと、世界広宣流布の先駆者として戦っております。

 宗教の専門家である日顕宗の僧侶は、日蓮仏法のことは何でも知っていると思っているかも知れませんが、実は肝心要のところは、何も解かってないのである。
 ただ、葬送儀礼を執り行っているだけである。仏法も御本尊も、商売道具の一つぐらいの感覚しか持ってないのである。
 僧侶らは、真剣に題目をあげて問題を解決した・宿命を転換した、という実体験を持ってないのである。これでは、御本尊の・お題目の偉大さなど分かる筈はない。ゆえに、信者を指導する力は持ち合わせてないのである。

 一方、創価学会の御歴代の会長については、多くを語る必要はないと思います。
 “広宣流布実現への死身弘法の体現者” であります。世界広宣流布の師匠は 「SGI 会長・池田大作先生」 であります。この一点は、肝に銘じて間違いのないようにお願いします。

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会則改正と宗門(三大秘法抄)

 会則改正についての原田会長指導に、「ある場所に特定の戒壇があり、そこに安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用が発揮されないという、あたかも “電源と端子” の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が事実の上で伸展している現在と将来において、かえって世界広布を阻害するものとなりかねないのであります」 と述べられています。 

 門徒の樋田さんは、「本門の本尊」 とは、“弘安2年の戒壇の大御本尊” のみであり、この御本尊に唱える題目が 「本門の題目」 であり、その在所が 「本門の戒壇」 であると言っている。
 したがって、最勝の地は世界で1ヵ所しかないと、盛んにその独自性・唯一性を述べ、「弘安2年の御本尊」 を拝しない創価学会には 「三大秘法」 はないのであると主張している。

 しかし、これらのことには 「事」 というものと 「義」 というものがある。「事」 とは事相・事実・真実の事柄等のことで、「義」 とは道理・意義等のことである。
 書写された御本尊やその戒壇も、戒法およびその功徳において、「弘安2年の御本尊」 とその意義は全く同じであるから 「義の戒壇」 と言われる。「義」 であっても、ちゃんとした 「三大秘法」 が総在しているのである。
 世界広宣流布の時代を迎え、実践修行・流布拡大の時にあいながら、彼らは法華弘通の大願を忘れ、いたずらに 展望のない、出来もしない 「事の戒壇」 に執着し、これをもてあそんでいる。
 今は 「義」 の時代であり、意義・道理をもって広布拡大する時である。原理・原則が分かっていても、それを応用・展開しなければ、価値創造は出来ないのである。

 したがって、鎌倉時代より約800年、社会の世情もずい分変わって来ています。大聖人の 「御書」 と雖も、現代社会に合わなくなったところもあり、解釈の変更も余儀なくされています。
 「本門の戒壇」 を説かれた 『三大秘法抄』 に、

 「戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、三国並に一閻浮提の人・懺悔(ざんげ)滅罪の戒法のみならず大梵天王・帝釈等も来下(らいげ)して蹋(ふみ)給うべき戒壇なり」(1022P) と仰せです。
 宗門が金科玉条としている御文証であります。

 “王法仏法に冥じ仏法王法に合して” とありまして 「王仏冥合論」 と言われております。これは決して 「政教一致論」 ではありませんので、一言申し述べさせて頂きます。

 “有徳王・覚徳比丘の其の乃往(むかし)を” とあります。有徳王とは、釈尊の過去世における修行中の因位の姿で、正法受持者の覚徳比丘が破壊の悪僧に襲われたとき、武器をとって悪僧と闘い覚徳比丘を守った。王は全身に傷を受け、正法に殉じたのである。
 この説話は、末法における死身弘法の勇者の出現を謂うのであり、まさに有徳王は、創価三代・御歴代会長の御姿そのままであります。

 “勅宣並に御教書を申し下して” とありますが、この部分は現代社会では用を成さなくなっております。御教書を国会の議決書であると曾て聞いたこともありますが、宗教上の問題を国会で議決するなんて、現代では禁止されており、憲法違反に成ります。

 “最勝の地を尋ねて” とありますが、最勝を “ただ一つ” ととって 「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(1600P) の御文証をもって、富士の大石寺の奉安堂であると主張している。
 800万の学会員が真心からの御供養で寄進し、日達上人が 「広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」 と訓諭された “正本堂” を、自らぶっ壊しておきながら、今さら何を言うのかと言いたい。
 また、最勝の地とは風光明媚な所だけを言うのではない。時代は安全第一を要請している。
 富士山は数十~数百年後には、必ず爆発すると噴火予知の学者等は予言している。今や富士の裾野は危険地帯なのである。

 “戒壇を建立す可き者か” と仰せられていますが、この戒壇はただ一つの特定の場所を指す 「事の戒壇」 ではなく、広く世界へ各家庭の数多くある 「義の戒壇」 であると、解釈しなければならないと思います。  
 宗教学者のウイルソン博士は、「特定の場所に行かなければならないという宗教は、世界宗教にはなりえない。すべての国の人々が、自分の生活の場で実践できる宗教でなくては、世界宗教とはいえない。寺院建築は、本来の宗教心や精神と比較すれば重要ではない。(趣意)」 と述べられています。
 原田会長も、「あたかも “電源と端子” の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が事実の上で伸展している現在と将来において、かえって世界広布を阻害するものとなりかねないのであります」 と指導されています。

 日蓮大聖人は、「神力品に云く 『若しは林の中に於ても若しは樹の下に於ても若しは僧坊に於ても乃至(ないし)而般涅槃(にはつねはん)したもう』 と云云、此の砌(みぎり)に望まん輩(やから)は無始の罪障忽(たちまち)に消滅し三業の悪転じて三徳を成ぜん」(1578P) と仰せです。
 此の砌とは、御本尊の所住の処であり、そこは林の中でも、世界中どこであっても、三業の悪転じて般涅槃(理想の境地・成仏)を成ずることができるのである。
 ゆえに、“戒壇を建立す可き者か” の戒壇は 「義の戒壇」 すなわち、「各家庭に御安置」 するための本尊流布と、とらなければ日蓮仏法は “世界宗教” には成りえないのである。

 “大梵天王・帝釈等も来下して” とあり、この梵天・帝釈とは、“世界の指導者” たちを言います。
 現に、学会本部・大誓堂・創価大学等には連日のように、海外の著名な有識者の方・SGI の友の方々等、はるばる遠くから、多くの方々が来訪されています。まさに、“梵天・帝釈が来下した” そのままの姿を、映したものとは言えないでしょうか。

 一方、宗門の奉安堂には、海外からどれだけの方々が来ているのだろうか。皆無ではないのか。このような状況で、奉安堂が 「事の戒壇」 だなんて言うのは、おこがましいことではないのか。
 この一事をもってしても、学会と宗門のどちらが、『三大秘法抄』 を “身・口・意” の三業で読み実践している教団であるのか、否か、明瞭ではないか。
 したがって、日蓮大聖人の法華弘通の大願を我が心として、「世界広宣流布」 並びに 「義の戒壇」 の建立に邁進しているのは 「創価学会」 だけであると宣言いたします。

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プロフィール

谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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