8月14日

 初めて、ブログと言うものを書いています。まだ、やり方も分かりませんが、そのうちに慣れるでしょう。

 本8月14日は、63年前(昭和22年)の今日、創価学会名誉会長池田大作先生が、恩師・戸田城聖先生と、出会われた記念すべき日なのであります。

 この出会いを起点として、師弟不二の戦いによって、今や日蓮仏法は、世界192ヶ国にまで流布いたしました。

 しかし、この事実を世間の人々は、殆んど知らないか,無関心なのであります。実に残念なことであります。

 これから少しでも、創価学会や池田先生のことを書いて、お知らせできれば、幸いに思います。
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終戦雑感(8月15日)

 8月15日は、終戦記念日である。
 言うまでもなく、第二次世界大戦でアメリカと戦い、無条件降伏をして敗れ去った日である。

 この日を一般には、“終戦” すなわち、戦争が終わった日であり、決して “敗戦” すなわち、戦争をして敗れた日とは言わないのである。
 人情として自身が、負けたとか・敗れたということは、言いにくいし認め難いと思いますが、“敗戦” という歴史上の事実には、真正面から取り組まなければならないと思います。

 今まで、原爆や戦争の苦しみ・悲惨さ・その惨状等は、毎回数多く報道され、二度と戦争を起してはならないと決意は成されております。
 だがしかし、なぜ戦争が起きたのか・起したのかという事については、あまり総括されていないし、国民にも広く知らされていません。
 今では小学生でも、大国アメリカと戦争をして、勝てると思うものは一人もいないでしょう。しかし、当時の東条首相以下・わが国の指導者層は、勝てると思って、戦争への道を突き進んだのです。
 それは 「国家神道」 の神がかり的な邪説を信じ、我が国は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫である天皇の統治する 「神の国」 だから、絶対に負けない・敗れない(神州不滅)という妄説を信じた。 ただ、それだけを根拠に戦った としか思えないのです。

 人の行為の裏には、その人の思想・信条・哲学があります。当時のわが国の政治体制は、国家神道を精神的な支柱とし、天皇中心の惟神(かんながら)の道を成していました。 この 「国家神道思想」 の “解明・反省・破析” なくして、“なぜ戦争が起きたのか” の解明は成されないと思っています。

 かつて、戸田城聖先生が、青年たちに次のように仰せられています。
 「君たちは、太平洋戦争において日本が負けたのは、アメリカとの物量の差に負けたと思っているだろうが、そうではないのだ。日本の国家主義・神道の思想が、アメリカの民主主義・デューイの哲学に、戦わずして既に敗れていたのだ。(趣意)」 と指導されています。

 日蓮大聖人の 『立正安国論』 には、仁王経に云く 「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る」(19P) と仰せです。 鬼神とは、思想の混乱を意味します。
 この世の一切の不幸の根源は、間違って邪宗邪義を信ずることにある と教えられています。今こそ、この大聖哲の教えを、真摯に受け止め信ずべき時であると思います。
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命の変革

 新しく記事を書こうと思うが、なかなかスムーズにはいかない。年の所為かな? 私・谷 建二郎は、年74歳・男性です。

 創価学会に入会して、52年になります。入信の動機は病気です。その病気が完全に治ったかと言えば、そうでもなく、むしろ現在では、別のいろいろな病気が起きてきています。

 しかし若い頃、21世紀まで生きられるかなと思っていた自分が、人並みに生きられて、こうやって ブログでも書こうかなと、思えるようになれたのも、ひとえに、御本尊・創価学会・池田先生のお蔭である。真に、感謝申し上げるものである。

 50年間、いろいろな事を学ばせて頂きました。創価学会のこと、宗教とは、生命とは等々、私という フイルターを通してですが、少しでも、この ブログをお読みくだされば、望外の喜びであります。

 自身の生命を変革するには、二つの道があると聞いています。

 一つは、命に及ぶような大変な目に遭うこと。これは事に当たって真剣に命を懸けることでもある。例えば、明日も知れない大病を患う、大借財で倒産した、正義のために牢獄にぶち込まれた等々が、これに当たると思います。
 二つには、真剣にやらなくても長く続けることである。世間にも “習い性” という言葉があるように、性格や年恰好・行動までも変わるのである。これは良い面はなかなか分からないが、悪い面ではすぐに変わってきます。

 私はどちらかと言えば、真剣にやった方ではないが、50年も続ければ、世間では、もう真剣にやったことと同じことであると思われています。もはや、我が人生は、創価学会抜きでは語れないものに成っております。
 
 人生について真剣に考えれば、宗教に行き着くと言われております。
 本日8月24日は、池田先生の入会記念日です。戸田先生に初めてお会いしたとき、「正しい人生とは」 とご質問されて、入信なされました。
 このことにつきましては、下記の “正しい人生” をご参照ください。

 正しい人生 → ここから
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正しい人生

 若き日の池田名誉会長が、恩師戸田城聖先生に初めてお会いしたとき、「先生、正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか。考えれば、考えるほど、わからなくなるのです」 とお聞きしました。

 戸田先生は、「人間の長い一生には、いろいろな難問題が起きてくる。現下の食糧難、住宅難もそうでしょう。 …… しかし、これらの悩みは、水面の波のようなもので、まだまだ易しいともいえる。 どう解決しょうもない、根本的な悩みというものがある。人間、生きるためには、生死の問題を、どう解決したらいいか ―― これだ。
 仏法では、生老病死と言っているが、これが正しく解決されなければ、真の正しい人生なんかあるはずはありません」
 と、実に核心をついたご返答であります。

 時は、昭和22年8月14日の夜、東京・蒲田方面のとある座談会上でした。このことは、『小説人間革命第二巻』 〔地涌の章〕 に、詳しく述べられていますのでご参照ください。

 現代人は、あまりにも身の回りの出来事に目を奪われて、人生の根本問題すなわち、「生老病死」、なかんずく 「死」 の問題を忘れ去っております。

 人はみな、執行猶予付きの死刑囚であると言われております。何時か、必ず絶対に、死ぬのであります。されば本当に、この問題を真っ先に、考えなければならないのであります。

 日蓮大聖人の御遺誡に、「されば先(まず)臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404P) と仰せられております。

 さらに戸田先生は、「こうした人生の根本にある問題は、いくら信念が強固だといったって、どうにもならない悲しい事実です。……
 ところが、日蓮大聖人は、この人生の難問題、すなわち生命の本質を解決してくださっているのです。……」
 ………
 「正しい人生とは何ぞや、と考えるのも良い。しかし、考える暇に、大聖人の哲学を実践してごらんなさい。青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう。私は、これだけは間違いないと言えます」
 と、ご断言なされております。
 
 この日から10日後、池田先生は創価学会に入会されて、戸田先生を 「師匠」 と定め、日蓮仏法を修行し、「師弟不二の道」 を歩まれました。
 その結果は、今日の池田先生のお姿の中に 「正しい人生とは」 の解決の道が、指し示されていると思います。
 したがって、今度、我われは、池田先生を 「人生の師匠」 と定め、仏道修行に励むことが、取りも直さず 「正しい人生」 の道を歩んで行くことになるのであります。
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夏季大学講座(2010年)

 8月28日、創価大学の第38回夏季大学講座に、初めて参加してきました。受講座名は、「法華経」 を読む(6)提婆達多品・勧持品 ―― です。講師は、文学部教授・菅野博史先生です。

 創価大学の夏期講座は、8月末の金・土・日の三日間にわたり、講座数は約 50を超え、広く市民に開かれており、受講者数は約1万人にも成るそうです。 参加して感じたことは、受講者の殆んどは中年のご婦人方で、中には70代・80代らしき方々も、数多く見受けられました。

 終了後に、20回(20年)以上の受講者に、「名誉学生証」 の授与式がありました。わが教室では3名のご婦人方で、最高は28回と言っていました。この学究の精神を、学ばなければならないと思いました。

 提婆達多について今まで、釈尊に敵対し、三逆罪を犯し、生きながら地獄に落ちた、大悪人であると教えられてきました。ところが、提婆達多を仏と崇拝する信仰集団があったと、法顕の 「法顕伝」 や玄奘の 「大唐西域記」 に報告されているそうである。

 もともと法華経では、提婆達多を悪人であると説かれてはいません。それどころか、過去世において、釈尊の師匠の阿私仙人であると、生々世々にわたる師弟不二の原理が説かれている。

 提婆達多を悪人とすることによって、大悪人の提婆達多でさえ成仏できるのであると、法華経の功徳の大なることが強調されているのである。このように見れば、提婆達多に対する見解も少しは変わってきました。

 一方の女人成仏であるが、竜女の成仏が 「変成男子」 すなわち、男子に変身して成仏したとされたころから、近年、フェミニストから、仏教は女性差別の宗教であると批判されています。

 しかし当時、女人が成仏することは信じがたく、時代的・機根的な制約の上からも、そのように説かざるを得なかったのである。決して、仏教は女性差別の宗教では無いのである。

 むしろ、女性が男性に変身できるということは、男女間の性差を固定的に捉える考え方を乗り越えたものと言えよう。 実際、釈迦在世においては、多くの女性が出家し、伸び伸びと修行し、男性に期して引けをとらず、悟りを開いたことが記せられております。

 今日の創価大学の キャンパスを埋め尽くす、創価の ウーマンパワーの姿を見たとき、「我大乗の教えを闡(ひら)いて、苦の衆生を度脱せん」 との竜女の決意を思い出しました。竜女の跡を承継するものは、真実、創価学会の婦人部の皆様方であります。
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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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