法身の四処

 鳩摩羅什の舌のエピソードを紹介しましたので、もう少し舌について述べてみたいと思いました。仏法に 「八相作仏」 というものがあります。仏が衆生を救うために世に出現し、成道(作仏) を中心として一生の間に示す八種の相のことです。

 それは 「下天・託胎・出胎・出家・降魔・成道・転法輪・入涅槃」 の八つの相です。このなかで、特に仏の成道にとって大事なところを、「四処」(仏の四種の住処) と言い、即ち 「生処・得道・転法輪・入涅槃」 です。

 日蓮大聖人は、この四処をわが身に当てて、お示しくださいました。
 「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し・日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所・喉(のんど)は誕生の処・口中は正覚の砌なるべし、かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば・いかでか霊山浄土に劣るべき」(1578P) と、このことを 「法身の四処」 と言います。この御文を、要約して示せば、

  日蓮が  ……………………………… 法 身
  胸の間は諸仏入定の処  …………… 入涅槃
  舌の上は転法輪の所  ……………… 転法輪
  喉は誕生の処  ……………………… 生 処
  口中は正覚の砌なるべし  ………… 得 道
 
 以上の四処を見ますと、胸の外の三か処は、みな口に関係しています。舌の上が転法輪(仏の説法) にあたることは理解できますが、誕生と云うから出胎かと思えば喉であると、正覚(悟り) と云うから頭かと思えば口の中と仰せられている。何か、不思議で理解し難いように思われます。

 口に関するものと云えば、言葉・音声・発声などのことが思い出されます。ここでは “南無妙法蓮華経” と発する音声の中に、仏の誕生から・悟り・説法・涅槃まで、一生の間・即ち全身・全体があることになります。

 したがって “南無妙法蓮華経” とは、ただ単なる言葉だけでなく、仏の悟りの法であり、仏そのものであるということが出来ます。このような尊極の音声である “南無妙法蓮華経” は、喉から誕生して、舌と口の中で作られて発声されるわけです。
 また反対に、罵声や怒声という地獄界の音声を発することもあるわけです。ゆえに、“南無妙法蓮華経”と唱え奉ることが、どれほど素晴らしく、尊貴なる存在であることか計り知れません。

 日寛上人は 「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、わが身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」(文段集・548P)  と仰せられ、題目を唱えれば、胸の間・即ち、わが身が・此処で・瞬時に、成仏できることを教えて頂きました。ゆえに、題目を唱えている者を 「仏」 と称するのであります。

 『御義口伝』 に、「声仏事を為す之を名けて経と為す」(708P) と、大聖人は 「声もをしまず唱うるなり」(328P) と仰せられました。生命力は、何よりも 「声」 に現れると云われています。

 創価学会のみが、惜しみない声また声で、世のため人のため、広宣流布と云う偉大な 「仏事」 を為している教団なのであります。

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立正安国論

 3月11日の午後、M9.0の東日本大震災が発生し、直後の巨大津波により甚大なる被害を被っている。残念ながら犠牲になられた方々に哀悼の意を表します とともに、被災された方々の無事安穏を心から念願申し上げます。

 地震といえば、日蓮大聖人の 『立正安国論』 が思い出されます。大聖人は 「正嘉元年八月二十三日戌亥(いぬい)の刻の大地震を見て之を勘(かんが)う」(33P) と、苦しみに喘ぐ民衆に同苦され、災難の由来を考えられました。

 その根本原因は 「世皆正に背き人悉(ことごと)く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還(かえ)りたまわず、是れを以て魔来り鬼(き)来り災起り難起る言わずんばある可からず恐れずんばある可からず」(17P) と仰せられました。世の人々がみな正法(法華経) に背き、ことごとく悪法に帰している。それ故に、守護すべき善神は国を捨てて去ってしまい、聖人は所を辞して帰って来ない。このために魔神・鬼神入って来て、災難が起きるのである。

 また、仁王経に云く 「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る …… 若し一切の聖人去らん時は七難必ず起らん」(19P)  と、ここでの鬼神とは思想と訳します。思想が乱れるがゆえに万民が乱れ、万民が乱れるがゆえに国土が乱れ災難が起こるのである。

 以上の法華経の哲理を 「依正不二」 とも言います。依報(客体・環境) と正報(主体・自己) とは各々別物ではなく、相互に関連しあって現実の世界を形成していて、両者の関係は 「二而不二(二にして而も二ならず)」 であり、相依相関性をなしているのである。

 この哲理を 「立正安国論」 から750年も経って、人類はやっと気付こうとしています。例えば、人間の欲望の肥大化による経済活動が、地球環境の破壊をもたらしている等のことである。

 人間生命の濁りである三毒によって 「壊劫の時は大の三災をこる、いはゆる火災・水災・風災なり、又減劫の時は小の三災をこる、ゆはゆる飢渇・疫病・合戦なり、飢渇(けかち) は大貪(だいとん) よりをこり・やくびやうは・ぐちよりをこり・合戦は瞋恚(しんに) よりをこる」(1064P) と述べられています。この三毒の煩悩は、間違った思想・間違った宗教に根本的原因があるのである。

 日蓮大聖人は、国や庶民にとって、幕府の為政者の誹謗正法の罪の悪影響は甚大なるによって、国のため一切衆生のために 「立正安国論」 を著して、執権北条時頼に対して提出しました。このことを 「国家諫暁」 と云います。

 しかし、幕府はこの諫暁を用いようとはせず、また後の時代の為政者も無視した。その結果約700年後、低級なる国家神道をもって、法華経を誹謗し創価学会を弾圧した。軍国主義国家による太平洋戦争の敗戦に、国民は甚大なる戦災を被ったのである。

 『立正安国論』 の結文のところは 「汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰(おとろえ) んや、十方は悉(ことごと) く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微(すいび) 無く土(ど)に破壞(はえ)無くんば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、此の詞(ことば) 此の言(ことば) 信ず可く崇(あが)む可し」(32P) と仰せられています。

 この大震災に際して、いま再び 「立正安国論」 を学び実践しなければならないと決意するものである。それは依正不二の原理を説き明かし、災難の起る根源を示し、その解決策を明かした 「立正安国論」 こそ、“天下泰平・国土安穏・経世済民” の秘術まします書であるからである。

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災難の起る由来

 前回、立正安国論のことを少々述べてみました。そのとき災難が起きるのは、世の人々がみな邪宗邪義を信じているからであり、正法即ち日蓮大聖人の南無妙法蓮華経を唱えれば、災難を止めることが出来るのであると述べました。

 この種の趣旨のことは御書の各所にあり、特に 『如説修行抄』 の 「万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば、吹く風枝を鳴らさず、雨壤(つちくれ)を砕かず …… 現世安穏の証文疑い有る可からざる者なり」(502P) と仰せられているところは有名です。

 以上のことを見聞きなされて、そんなバカなことが有るものかと、思われている方々が多々いると思います。私も初めの頃はそう思っていました。
 それは災害などは自然現象であり、人間の意志や観念などの及ぶところのものではないと思うからであります。しかし、仏法では 「一身一念法界に遍(あまね)し」(247P)、また 「依正不二」 と説いています。

 地震について述べれば、太平洋プレートが日本海溝で沈み込むときに、陸地側の北米プレートの端が巻き込まれて、歪みが蓄積され、やがて、耐えられなくなったプレートの端は反発して跳ね上がり、巨大な地震と津波を引き起こします。プレートは常に動いておるものですから、何十年かの間隔で必ず起こると言うのである。

 もう二十年位か前のことですが、テレビで見たことが有ります。それは海洋調査船が、日本海溝を調査したとき、ある程度の大きさの海底断層を発見しました。同じ船が5~6年前、同じところを調査したときは無かったとのことです。では、その間に地震があったかと言えば、それは無かったとのこと。ということは、5~6年かけて徐々に断層が形成されたと言うことです。
 地震は断層が瞬間的に動くから、大きなエネルギーとなります。上記の例のように、徐々に動くか、動いても震度2~3程度ならば、災害は発生しません。

 台風や集中豪雨についても同じことが言えます。どんなに強く豪雨が降ったとしても、海上であれば・また短時間であれば、人間に害はありません。これらのことについては、みな発生のメカニズムは、現代科学の力で解かってきました。しかし、いつ・どこで発生するのか、また、どれ程の大きさ・量か、何時間か・どんなコースをたどるのか・などのことは、科学の力を以てしても解かりません。その上に、人類の宿業ともいうべきものが関与して来ると、まだまだ不確定なものばかりです。

 『瑞相御書』 に 「夫れ十方は依報なり・衆生は正報なり、譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし・又正報をば依報をもって此れをつくる」(1140P) と仰せられています。

 依報(客体) と正報(主体) すなわち、環境と自己との密接不可分な関係が述べられています。
 正報とは、生命活動の主体であり、依報とは、国土・宇宙であり、その正報の依る所となるものである。したがって、この正報と依報の関係は、正報を体とすると、依報はその影のようなものである。故に 「身なくば影なし正報なくば依報なし」 と言われているのである。しかし、では依報は、実在性のない幻のようなものであるかと言うと、そうではなく、依報によって正報は作られるのである。 「依報あるならば必ず正報住すべし」(1358P) と。

 正報がなければ、依報というものはあり得ない。然しながら、その逆に、依報によって正報は成り立つのであるから、依報のない正報もあり得ない。このような依報と正報の関係を 「依正不二」 と言います。

 『瑞相御書』 の御文を拝したいと思います。
 「衆生の五根破れんとせば四方中央をどろう(駭動)べし・されば国土やぶれんと・するしる(兆)しには・まづ山くづ(崩 )れ草木枯れ江河つく(竭)るしるしあり、人の眼耳等驚そう(躁)すれば天変あり、人の心をうごかせば地動ず」(1140P)
 「大地の動ずる事は人の六根の動くによる、人の六根の動きの大小によって大地の六種も高下あり」(1141P)

 「人の悦び多多なれば天に吉瑞をあらわし地に帝釈の動あり、人の悪心盛なれば天に凶変・地に凶夭出来す、瞋恚の大小に随いて天変の大小あり地夭も又かくのごとし、今日本国・上一人より下万民にいたるまで大悪心の衆生充満せり、此の悪心の根本は日蓮によりて起れるところなり」(1142P) と。

 民衆が悪法を信じ心が三悪道・四悪趣の境涯に陥っていけば、貪・瞋・癡の三毒の煩悩が社会に国土にも充満し、人々を不幸へ突き落す働きが起きてくるのである。
 「瞋恚(しんに)増劇(ぞうぎゃく)にして刀兵起り・貪欲(とんよく)増劇にして飢餓起り・愚癡(ぐち)増劇にして疾疫起り」(718P)、大地が動き・洪水も起る。まさしく国土もまた、三悪・四悪趣の姿となるのである。

 今こそ、日蓮大聖人の立正安国の原理を、真摯にに学び、信順しなければなりません。 
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久成は永遠論

 『法華経の智慧・第四巻』 を読んでいましたら、池田先生が 「始成正覚」 と 「久遠実成」 について、戸田先生にお伺いしたところがありました。戸田先生は、譬えを引かれて解かり易く説明なされていますので、引用させて頂きます。(同書101P)

 戸田先生は、「始成とは、いわば今世論である。何でも今世限りで考える」 と。 夫婦になるのも今世だけの縁、信心したのも今世だけ、人間として生まれて死んでいくのも今世だけ、親子兄弟の縁も今世だけ、すべて今世だけで考えていくのが 「始成」 の思想である、と。その思想が個人においても、世界においても、不幸をもたらしている。

 すべて今世限りであれば、つきつめて言えば、「この世界を面白おかしく暮らして、行き詰まったら、こっそり悪いことでも何でもやり、どうにもならなくなれば死ねばいい」 となりかねない。事実、そういう日本、世界になっています。

 一方、「久遠実成とは永遠論である」 と。 夫婦になったのも過去の縁、信心したのも偶然にしたのではない。
 過去において、法華経に縁していた。根本的には地涌の菩薩であった。
 ゆえに今世で妙法を信受できた。未来もまた同じである。同志も永遠の同志である。

 宇宙には何十億以上、無数の星がある。今世が終われば、また自在にそれらの星に生まれることもできる。そこで人々を救っていくのです。

 人類も、永遠に生命は続いていくのです。そうわかれば核爆弾なんかつくるのが、どれほどの罪業かわかる。永遠に生命が続いていくのだから、戦争など考えずに、もっと仲良く、励まし会い、助け合い、力を合わせて、平和で幸福な生活をつくろう――という考えになっていく。

 全人類が仏なのだから、「殺人」 などということは、もう考えられなくなる。生きとし生けるものに仏性があるのだから、無益な環境破壊なんかできなくなる。この心を教えていくのが法華経です。


 以上の先生のご指導を拝して、夫婦は過去世からの縁であると聞いて知ってはいたが、日頃はそんな意識はなく、あらためて深い縁であることを思い知らされました。諺に “袖振り合うも多生の縁” とあるが、袖振り合うどころか、45年間も同じ屋根の下で、しかも法華弘通の戦友であり同志である。この深い縁を思えば、お互いに尊敬し合わねばならないのである。実際は、なかなか……努力目標である。

 戸田先生は、「その始成の思想が個人においても、社会においても、世界においても、不幸をもたらしている」 と述べられています。
 この頃の政治家の姿勢を見れば、国家百年の大計とまでは言わないが、せめて20~30年位のことは考えて貰いたい。彼らの頭の中は、自分の次の選挙のことで一杯なのである。故に、票が減らないよう選挙民の甘心をかうことのみに腐心しておる。その結果、税収よりも国債発行額が大きくなるという、まことに憂慮すべき事態なのである。

 むかし、“日本沈没” という映画があったが、今回の東日本大震災と福島第一原発事故の多大なる損害と環境破壊等を考えると、日本沈没が全くの絵空事である、とは言い切れないと思いました。

 華厳経に云く 「心は工(たくみ)なる画師の種種の五陰を画くが如く一切世間の中に法として造らざること無し」(156P) と。仏法では、世間で起きている法(現象) は、人間の心(生命・一念) が造ったものであると説いています。そうであるならば、解決の道がない分けではありません。

 寿量品の 「永遠の生命」 こそが、この問題解決の 「良薬」 なのです。永遠の生命と言っても、観念だけでは成就しません。それは寿量品の 「永遠の仏」 と 「永遠の法」 すなわち、南無妙法蓮華経に帰命・信順しなければなりません。

 それは即ち、三大秘法の大御本尊を受持し、自行・化他に亘る “南無妙法蓮華経” を唱え、広宣流布をする以外にないのです。 
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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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