「青年学会 拡大の年」に思う

 「青年学会 拡大の年」 明けましておめでとうございます。本年も “創価随想” を何卒よろしくお願い致します。

 池田先生は、「『青年学会 拡大の年』 が開幕した。何んと瑞々しい、心躍るテーマであろうか。創価の師弟の精神を壮大に広げ、万代までも刻みゆく一年の出発だ」 と仰せられています。

 それにつけても昨年は、世界的に大災害・大混乱の年でした。特にわが国における、東日本大震災と福島第一原発事故は最悪な出来事でした。本年は、この様なことが起こらないように、せつに祈る次第である。

 ずい分前に聞いた話であるが、戦後の三災七難の出方が、日蓮大聖人のときと比べて、逆次に出ていると云うことである。
 大聖人のときは、天変地夭・飢饉疫癘が先ずあって、後から 「立正安国論」 で予言された、自界叛逆の難 (二月騒動) が起き、他国侵逼の難 (文永の役・弘安の役) が起こった。

 戦後は、太平洋戦争に敗れ米軍の進駐 (他国侵逼の難) を見た。その後の混乱の中、労使紛争や全学連闘争など日本国民同士が、血で血を洗う(自界叛逆の難)が起きた。その後は経済の発展に伴ない騒乱事件は少なくなってきたが、それに反し天変地夭はだんだんと激しくなって来ている。そして昨年の大災害となったのである。

 それは人々が、大聖人の 「立正安国」 の教えを信じようとはせず、あまつさえ正法誹謗をなし、謗法の教えを信ずるが故に、三毒(貪・瞋・癡)強盛の者ばかりになり、天変地夭が起きるのである。

 その仏法原理は、「人の悦び多多なれば天に吉瑞をあらわし地に帝釈の動あり、人の悪心盛なれば天に凶変・地に凶夭出来す、瞋恚の大小に随いて天変の大小あり地夭も又かくのごとし、今日本国・上一人より下万民にいたるまで大悪心の衆生充満せり」(1142P) と仰せの通りです。

 この問題の解決は、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(1170P)。 
 「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(998P)
 と仰せのように、一切衆生が “南無妙法蓮華経” と唱え、広宣流布を成し遂げる以外にない訳です。

 池田先生は、「今年は辰年 ―― 。この 『辰』 は、時刻でいえば 『午前八時』 に当たる。また 『夜明け』 や 『スクスク伸びる』 意義もある。旭日の如き青年の息吹に通じる。
 私も 『辰年』 の生まれである。いよいよ思索を重ね、先手を打ち、厳然と指揮を執っていく決意だ。
 わが同志よ、後継の青年たちよ! 全員が偉大なる地涌の正義の旗を掲げ抜いていってくれ給え!
 現実社会は厳しくとも、仏にも匹敵する勇気と智慧で、人生を切り開いていってくれ給え!
 日本中、世界中の同志と共に、胸張り、楽しく、朗らかに、異体同心の前進を開始しょう!」 
とご指導されています。 (聖教元旦号・我らの勝利の大道・65)

 この池田先生の呼びかけに、「何が何でもお応えしょう、師匠に喜んでいただくのだ」との決意で頑張ります。

 立正安国論は  → ここから
 災難の起る由来 → ここから
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戸田先生の講義 (上)

 昭和33年(1958年) の新年勤行会での席上、戸田先生は 「寿量品の三妙合論」 のお話をなされました。特に 「本因妙の仏」 と 「本果妙の仏」 の違いについて述べられています。講義の抜粋ですが、引用させて頂きます。

 「三妙とは、本因の妙、本果の妙、本国土の妙のことであり、妙とは、思議しがたいことをいいます。……」
 「本果の妙をあらわしているのは、寿量品の 『如是。我成仏以来。甚大久遠』、…… の文であります。…… では、その仏は、どこにいるのか。……… 寿量品にいたって、仏は娑婆世界にいると説くのです。つまり、仏は、凡夫と一緒に、菩薩や声聞、縁覚、また畜生、餓鬼などとともに、娑婆世界に同居していることが明かされる。それが本国土妙を示す 『我常在此。娑婆世界。説法教化』、我常に此の娑婆世界に在って説法教化すという文なのです。文底からこれを広く深く論じれば、南無妙法蓮華経の生命は、久遠以来、大宇宙とともにあるということです」

 「大事なことは、仏は現実の世界以外にはいらっしゃらないということなのです。五濁(ごじよく)悪世の世の中にいてこそ真実の仏なのであります。さて、釈尊が仏の境界を得るには、その根本原因があった。それを明かしているのが本因妙であり、『我本行菩薩道 ……』、我れ本(もと)、菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命 …… という箇所であります。

 では、仏が行じた菩薩の道とは何か ―― 。その法は、五十二位の中の本因初住の文底に秘沈されている大法であり、それこそが南無妙法蓮華経です。末法の私たちには、この南無妙法蓮華経という仏の悟りを直接信じて仏になるのです。この成仏の根本原因を説くのに、釈尊はすでに成道した仏、すなわち本果の立場で説いている。ですから、寿量文上の釈尊を本果の仏と称するのであります。

 しかし、大聖人は、御内証は御本佛でありますが、仏自体の立派な姿を現わされることはなく、凡夫の立場で仏になる本因の菩薩道を説き、行じられた。ゆえに、大聖人様は本因の仏となります。御書のどこを拝しても、大聖人は、私はすでに仏なのだから、みんなを救ってやろうなどとは、おしゃっておりません。大聖人が生まれながらにして御本仏の体を現わし、御本仏の行を行じられたとしたならば、それは菩薩道ではなくなってしまう。ここに、本果妙の釈尊の仏法と、本因妙の教主釈尊、すなわち、日蓮大聖人の仏法との大きな相違がある。……」

 この指導は、戸田城聖がこれまで行ってきた方便品・寿量品講義の、締めくくりともいうべき話となった。 (人間革命第12巻・後継の章)

 釈尊は、本果の立場すなわち、成仏した素晴らしい姿や力を示して、衆生を教化する仏である。これに対し衆生は、ただ仏を仰ぎ見て、その姿にあやかろうと願って修行するのである。これを 「従因至果 (因より果に至る)」 と云い、爾前・権教と同じ立場になり、因果異時の法であります。したがって、修行は長きにわたり (歴劫修行) 行じても、真の成仏は得られないのである。

 『開目抄』 に、「されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし」(202P) と仰せられています。

 日蓮大聖人は、南無妙法蓮華経のご当体の 「末法の御本仏」 でありますが、一切衆生を救わんがために、大慈悲をおこされて、我われと同じ “凡夫のお姿” で御出現なられました。
 戸田先生は、“仏になる本因の菩薩道を説き、行じられた” と仰っています。それは成仏を阻む、三類の強敵を一手に引き受けられ、小松原・竜の口の刀の難、伊豆・佐渡の流罪等・種々の大難を忍ばれて、末法の衆生に成仏とはどういうものか、その方程式ともいうべきものを、身をもってご指導して下さいました。

 日蓮仏法は、因果俱時の法であり、「名字即の位より即身成仏す故に円頓の教には次位の次第無し」(566P) と仰せられるように、御本尊を受持して即座に得られる仏界(果)を根底にしつつ、衆生救済のために現実の九界(因)の場へ向かう、「従果向因 (果より因へ向かう)」 の仏法であります。
 
 これこそ、じつに広宣流布を大願とする、われら創価学会の如説修行の信心であります。これを 「本因妙の仏法」 と云い、日蓮大聖人を 「本因妙の教主」 と申し上げます。

追記 : 戸田先生の 「新年の講義」 について、池田先生のご指導です。

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戸田先生の講義 (下)

 前のブログで紹介しました、戸田先生の新年勤行会の講義の続きです。

 戸田の話は、難解といえば難解であった。参加者の多くは、戸田が何を言わんとしたのか理解しかねていた。
 彼は、日蓮大聖人は本因妙の仏であることを説くとともに、この娑婆世界にあって、折伏行に励む同士こそ大聖人の末弟として菩薩の道を行ずる人であることを、教えておきたかったのである。

 同士の多くは、病苦や経済苦など幾多の苦悩を背負いながら、日々、広布に悪戦苦闘していた。しかし、戸田はそこに尊い仏子の輝きを見ていたのだ。妙法広布に生きるわれわれの菩薩道の実践は、そのまま娑婆世界を仏国土に転ずる仏の行となる。そして、それを行ずる同志は、一人ももれなく地湧の菩薩であり、その内証は仏にほかならない。―― それこそが、七十五万世帯の折伏を成就した戸田城聖の不動なる大確信であった。彼は、諸仏を仰ぎ見る思いで、居並ぶ弟子たちに視線を注いだ。
 (人間革命第12巻・後継の章)

 “彼は、諸仏を仰ぎ見る思いで、居並ぶ弟子たちに視線を注いだ” と述べられています。昭和33年当時、この法華経の心が解かっている方は、戸田・池田両先生は別格として、学会内では余り居なかったのではないかと思われます。

 それは、折伏・拡大の真っ最中の学会草創期にあたり、広布の流れも激流の時でした。今から考えると非常識なところも少なからずありました。地方の男子部の幹部の中には、すぐ “バカもん”・“バカたれ” 等と言うものもおりまして、ずい分 “はっぱ” をかけられたものです。

 これらの傾向性は、昭和45年の言論出版問題の時まで続いたと記憶しています。先生は前々から、社会性を持して、常識ある行動をとのご指導をされていましたが、内からはなかなか変革できず、外部から言論問題として指摘された学会は、より開かれたものとして 「変毒為薬」 することが出来ました。

 法華経には、一切衆生に仏性ありとして、お互いに尊敬し会うべきことを教えています。また、日蓮大聖人は、より深く徹底して次のように述べられています。

 『御義口伝』 に、「最上第一の相伝あり、釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲(ゆず)り給うなり、八字とは当起遠迎当如敬仏の文なり、…… 当起遠迎とは必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可しと云う経文なり、…… 但此の八字を以て法華一部の要路とせり」(781P) と仰せです。

 「当起遠迎当如敬仏」 の八字は、別しては、末法の法華経の行者・日蓮大聖人を、御本仏と仰いで尊敬すべきであるとの意であります。その上にたって、この文を以て法華経総体の肝要であり、「最上第一の相伝」 すなわち、法華経の中で一番大事なことであると云われているのです。

 「不軽(ふきよう)菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ」(1174P) と仰せです。

 成仏と云い、南無妙法蓮華経と云っても、具体的には 「人の振る舞い」 の上に現れるものであると云うことです。ゆえに、仏法の目的は、その 「人の振る舞い」 を説くことにあります。それは不軽菩薩が、一切衆生を礼拝したように、「人を敬う行動」 に尽きる訳です。

 と言うことは、人を敬うということを、自身の日常生活の行動規範としていかなければならない。しかるに、現実の自分自身はどうなのかと思うとき、まさに汗顔の至りである。信心とは、一面から言えば、自身の内なる傲慢な生命との戦いであると思います。

 戸田先生のように、一切衆生を 「仏」 と敬うことのできる人を 「仏」 というのである。ゆえに、御本尊を受持し、広宣流布に邁進する創価学会員の皆様を 、「当に仏を敬うが如く」 お互いに、尊敬し会わなければならないのであります。

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仏法の大転換 

 もう少し 「本因妙の仏法」 について知りたいと思い、池田先生の 『生死一大事血脈抄講義』 を読んでみました。あらためて、先生の御講義はすごいなと思いました。私の感じたところですが、ご紹介したいと思います。

 池田先生は、次のように講義をなされています。
 「さて、本抄で釈迦・多宝から上行に付嘱された法として南無妙法蓮華経を修業すべきことを結論として強調されていることは、さらに甚深の意義を拝することができます。
 それは、この付嘱が、「本果妙の仏から本因妙の仏へ」、そして 「本果妙の仏法から本因妙の仏法へ」 の大転換を意味しているということです。
 すなわち、これは、単なる仏から菩薩への付嘱ではなく、仏法の大転換、そして教主の交代を意味しています」
と述べられています。 (講義・188P)

 法華経は、在世の衆生よりも、滅後の衆生、それよりも、より以上に末法の衆生の救済を、目的としていると云われています。それは、法華経の滅後の弘経の方軌を見ればうなずけると思います。

 釈尊は、『法華経見宝塔品第十一』 で、「諸の大衆に告ぐ 我が滅度の後に 誰か能く 斯の経を護持し読誦せん 今仏の前(みまえ)に於いて 自ら誓言を説け」 と、このような意味の御言葉を三度も発して、滅後の弘通の誓いの言葉を述べるよう諫めています。これを 「三箇の鳳詔」 と云い、滅後の法華経を持つことの難しさを、「六難九易」 の譬によって示している。
                         六難九易の記事 → ここから

 『提婆達多品第十二』 では、悪人の提婆達多と八歳の竜女(女人) の成仏を述べて、法華経功徳の深重なることを証明して、流通を勧めている。これを 「二箇の諫暁」 と云い、前の三箇と合わせて 「五箇の鳳詔」 と云う。

 『勧持品第十三』 では、「二十行の偈文」 をもって、滅後末法には法華経弘通の行者に 「三類の強敵」 が競い起ることを示しており、日蓮大聖人は、身・口・意の三業をもってこの勧持品を身読され、末法の御本仏としてのご確信に立たれました。
 
 『従地涌出品第十五』 では、迹化の菩薩たちが滅後の弘通を誓うが、しかし、釈尊は、「止みね善男子 汝等が此の経を護持せんことを須(もち)いじ」 とこれを止めた。その時、上行等の四菩薩を唱導の師とする六万恒河沙の菩薩が大地から涌出した。この地涌の菩薩たちを、釈尊は 「我久遠より来(このかた)是れ等の衆を教化せり」 と答えた(略開近顕遠)。弥勒菩薩は更に、釈尊成道より 「始めて四十余年を過ぎたり 世尊 云何ぞ此の少時に於いて 大いに仏事を作したまえる」 と疑問を提した(動執生疑)。この疑いに、回答したのが寿量品である。

 『如来寿量品第十六』 では、釈尊が成道したのは、「我実に成仏してより已来 無量無辺百千万億那由陀劫なり」 と久遠を明かした(広開近顕遠)。また、「我れ成仏してより已来 甚だ大いに久遠なり」 の文を “本果妙” とする。更に 「我れ本(もと)菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命 今猶未だ尽きず」 と “本因妙” が説かれ、「我れ常に此の娑婆世界に在って説法教化す」 と “本国土妙” が明かされる。この三妙が整足されて、本有常住の十界互具・百界千如・一念三千が明かされた。しかし、文上の寿量品では、釈尊の本因を 「我本行菩薩道」 としか説かれてない。如何なる “法” を修業したのか、それは末法の仏によって明かされるのである。 

 『如来神力品第二十一』 で釈尊は、妙法の当体を、上行菩薩に四句の要法をもって付嘱した。それは 「要を以って之を言わば 如来の一切の所有の法 如来の一切の自在の神力 如来の一切の秘要の藏 如来の一切の甚深の事 皆此の経に於いて宣示顕説す」 の文で、“結要付嘱” という。大聖人は、「日蓮慥(たしか)に霊山に於て面授口決せしなり」(760P) と仰せられています。

 以上、簡単に付嘱のところを見ましたが、迹化の菩薩に対し三度も呼び掛けていながら、結局、これを制止して、地涌の菩薩に付嘱するわけです。これは、末法に弘通する “法” は、始成正覚の 「本果妙の仏法」 ではなく、これをはるかに超えた久遠元初の 「本因妙の仏法」 でなければならないからです。それは 「本果」 は理想であり、「本因」 こそが現実です。その勝劣をハッキリと解からせるために、あえてこの様な方法をとったものと思われます。

 「付嘱」 という言葉の響きから、どうしても、仏から受ける・授与されるという感じがにじみ出てきます。そこのところを池田先生は、ハッキリと、これは “本果妙の仏から本因妙の仏へ”、“釈迦仏法から日蓮仏法へ” の大転換であると指導されました。

 釈迦仏法の阿弥陀や大日経を持している人々は、惑耳驚心(わくにきょうしん)する (耳を惑わし心を驚かす) ことでしょう。また、日蓮を名乗り、南無妙法蓮華経と唱えていても、身延や日顕宗のごときは、宗祖の教えに違背し、今だに、釈迦仏法の 「本果妙」 の考えに執着して居るのである。

 日蓮大聖人の仏法を、世界192ヶ国まで広宣流布し、その実証を示したのは創価学会です。今や仏法は、創価学会・創価思想の時代であると、声を大にして宣言するものである。 

 追記 : 「本因妙」 について、池田先生のご指導です。

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広布第二章の碑

 『新・人間革命 薫風の章』 の冒頭に、九州に与えられた “句” が掲載されました。

 九州が  ありて二章の  船出かな

 池田先生は、「句には、九州の同志が担うべき、広宣流布の “先駆” としての使命を、断固として果たし抜き、創価の牽引力になってほしいとの、伸一の限りない期待が込められていた」 と仰っています。
 そこで、挿し絵に載っている句碑の写真を、撮ってきましたのでご披露いたします。
 
  公布第二章の碑

  黒御影石だと思います。面を磨いていますので、鏡のようになっていて、会館の建物が映っています。 
 
  九州第二章の碑 九州第二章の碑

  北九州平和会館(旧北九州文化会館)の建屋の一部 と 句碑の全景です。

 池田先生は、句碑の除幕式で、「九州の使命である “先駆” ということは、最後まで、常に “先駆” であり続けるということです。最初は、威勢よく、先陣を切って飛び出しても、途中から疲れて遅れ始め、最後は “びり” になってしまうというのでは、意味がありません。

 初めの勢いだけで、“先駆” であり続けることはできない。持続が大事です。そのためには、緻密な計画性に基づいた地道な努力が必要なんです。したがって、“先駆” とは、“堅実さ” に裏打ちされていなければならないことを知ってください」
 と、ご指導して下さいました。

 ややもすれば、九州は火の国、情熱は有るが雑なところもある。それを補うのが、地道な堅実さであることを教えて頂きました。
 これから、毎朝の 『新・人間革命』 の北九州指導の記事が楽しみです。先生のご指導をしっかり受けて、ご期待にお応えしたいと思います。
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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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