四度の大難(佐渡流罪の意義)

 竜の口の法難の後、日蓮大聖人は依智(厚木市の北部)にある本間六郎左衛門尉の邸へ護送された。幕府内では、赦免すべきだとの意見もあったが、処分がなかなか決まらず、佐渡へ出発するまでの約一カ月近く、依智にとどめ置かれた。
 その間に、鎌倉では不審火や人殺し事件が頻発した。持斎念仏者らが、自ら計事をして置きながら 「日蓮が弟子共の火をつくるなり」 と讒訴したために、幕府はこれを口実に、「さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人し(記)るさる、皆遠島へ遣(つかわ)すべしろう(牢)にある弟子共をば頚をはねらるべしと聞ふ」(916P) と、大聖人一門を弾圧し、根絶やしにしょうと謀ったのである。

 そして結局、佐渡流罪の処分が下された。十年前の伊豆流罪は、大聖人お一人が受けた難であったが、今度の法難は弟子・檀那全体に及ぶ弾圧であった。それだけに、大聖人一門の勢力が拡大していたと言えよう。
 したがって、弾圧によって日蓮門下は 「かまくら(鎌倉)にも御勘気の時・千が九百九十九人は堕ちて候」(907P) という壊滅的な状況であった。

 北国の佐渡の配所は、「同(文永八年)十月十日に依智を立つて同十月二十八日に佐渡の国へ著(つき)ぬ、十一月一日に六郎左衛門が家のうしろ塚原と申す山野の中に洛陽の蓮台野のやうに死人を捨つる所に一間四面なる堂の仏もなし、上はいたま(板間)あはず四壁はあばらに雪ふ(降)りつも(積)りて消ゆる事なし、かかる所にしき(敷)がは(皮)打ちしき蓑(みの)うちきて夜をあかし日をくらす、夜は雪(ゆき)雹(あられ)雷電(いなずま)ひまなし昼は日の光もささせ給はず心細かるべきすまゐ(住居)なり」(916P) と、また念仏者らに昼夜を分かたず、お命を狙われるという、非常に厳しき状況であった。

 この 「佐渡流罪」 について、何点かに亘ってその意義を述べてみたいと思います。
 第一に、『三沢抄』 に、「法門の事はさど(佐渡)の国へながされ候いし已前の法門は・ただ仏の爾前(にぜん)の経とをぼしめせ」(1489P) と仰せられています。
 佐渡以前は、上行菩薩の再誕として、釈尊を立てて法華経を弘通するという 「迹」 のお立場であった。
 竜の口・佐渡以後は、「迹」 を開いて凡夫の身のままで、「久遠元初の自受用身如来」 という 「本地」 を開顕されたところの 「末法の御本仏」 としてのお振る舞いであります。
 このことは、竜の口・佐渡流罪によって、法華経の経文を身読されたことで 「末法の御本仏」 としての確証を得られました。
 『勧持品第十三』 に、「数数見擯出(さくさくけんひんずい)」 とあります。“数数(しばしば)擯出せらる”とは、二度以上に亘って追放・流罪されることをいう。大聖人は二度までも流罪に遭われた。一度目は 「伊豆伊東への流罪」、二度目は今回の 「佐渡流罪」 であります。
 かつて池田先生が入獄された頃、戸田先生が、次のようなことを仰ったと聞いたことがあります。
 それは、「私に資格があるならば、もう一度牢獄に入ることができる。しかし、入れないだろう。経文に “数数見擯出” とあるが、数数と二度も流罪に遭うのは、御本仏様だけである。(趣意)」 というお話でありました。

 第二に、佐渡流罪によって、門下の信心の純・不純が問われ、真実の弟子が育成され、「師弟不二の信心」 すなわち 「大聖人と同じ実践」 「不惜身命の信心」 を身に付けさせて、反転攻勢の第一歩とされた。
 大聖人は、「本因妙の教主」 として成仏への道を、難に打ち勝つという御自身の実体験を通して(難即悟達)、門下の弟子たちを指導してくださいました。
 『撰時抄』 に、「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(287P) と仰せのように、「不惜身命」 の真の弟子の育成である。
 いくら、外的な幕府権力の弾圧をもってしても、仏法は滅びることはない。むしろ、仏弟子たちが滅ぼすのである。
 佐渡流罪では、大聖人の仏界の御生命に縁した者たちは、次々と入信者となり、協力者となって大聖人を庇護し、かえって遠く離れた北国の小島まで、教勢を拡大することになったのである。

 第三に、竜の口の時、平左衛門尉に対して強く諫暁した二難のうち 「自界叛逆(ほんぎゃく)の難」 の予言が、配所の十一月から僅か百日余りで的中した。文永九年二月十一日、北条一門の同士討ちの乱で、「二月騒動」 と言われる。
 「日蓮はなが(流罪)されずして・かまくら(鎌倉)にだにも・ありしかば・有りし・いくさに一定打ち殺されなん」(1164P) と仰せられていますように、戦乱の地に在れば、どさくさ紛れにお命は奪われたでしょう。佐渡流罪も、諸天善神の加護と言えます。

 第四に、「而(しか)るに去(いぬ)る文永八年九月十二日の夜たつ(竜)の口にて頚をは(刎)ねられんとせし時より・のち(後)ふびんなり、我につきたりし者どもにまこと(真)の事をい(言)わざりけるとをも(思)うて・さど(佐渡)の国より弟子どもに内内申す法門あり」(1489P) と仰せです。
 “内内申す法門” とは、『開目抄』 の人本尊開顕と、『観心本尊抄』 の法本尊開顕を意味しています。このように、発迹顕本なされた大聖人は、溢れんばかりの生命力で、甚深の法華経の観心の法門について、御遺誡の思いで執筆なされています。
 これらの甚深の法門は、外的な関係やまた弟子たちの出入りの激しい鎌倉よりも、誰ひとり訪う者もない雪中の配所の方が、ご不便であっても、ご思索やご執筆には良かったと思います。
 事実、長編の 「開目抄」 は、御書で五十二ページもあり、十一月からご構想を練られ、塚原問答(明けの一月十六日)の後、ひと月にも満たない期日で書かれています。
 そのほか主な御書は、「開目抄」 をはじめ 「観心本尊抄・生死一大事血脈抄・草木成仏口決・佐渡御書・祈祷抄・諸法実相抄・如説修行抄・顕仏未来記・当体義抄」 等々、四十編余りに上っていて、今日の日蓮教学の基本となっております。

 第五は、竜の口の発迹顕本の後、佐渡流罪のとき、“久遠元初自受用身如来” の御境地を、「御本尊」 として顕してくださいました。
 池田先生は、御本尊について次のように指導されています。

 斉藤  大聖人の内なる御本尊を、皆が拝せる御本尊として顕すことですね。

 名誉会長  そう。なぜ顕す必要があるのかを拝察するならば、一つは、佐渡に流されていつ帰ることができるかわからないし、また、佐渡では御命が狙われている。
 当時の弟子たちのためにも、末法における正しい法華経信仰の規範を示す必要があられたと拝したい。
 また、もう一つは、より重要なことですが、御入滅後の令法久住・広宣流布のために、大聖人が凡夫として成就された仏界涌現の道を正しく残す必要があった。
 ゆえに、「観心本尊抄」 では、南無妙法蓮華経こそが法華経の肝要であり、南無妙法蓮華経を受持していくことが、大聖人と同じく凡夫の身で仏界を顕していくための根幹であることを示されていくのです。いわゆる受持即観心の法門です。
 「観心」 とは己心に十界の生命を見ることです。特に、現じがたい仏界の生命を己心に涌現することです。そのために本尊とすべきは妙法蓮華経の五字であると、「法」 を明示されているのです。


 斉藤  「開目抄」 では、「法華経の行者」 としての全人格的な御振る舞いを通して、妙法と一体の大聖人の御内証が指し示されます。これに対して、「観心本尊抄」 では、大聖人の御内証に明らかになった本尊の核心が、妙法蓮華経の五字であることを示されているわけです。
 ………
 名誉会長  いずれにせよ、「開目抄」 「観心本尊抄」 の両方が、ある意味では補いあうことによって、末法の御本尊御図顕の意義が鮮明にされている。
 両書によって、日蓮大聖人の仏としての化導の意義がはっきりします。

 ………
 名誉会長  一言で言えば、日蓮大聖人が、久遠元初自受用身如来を証得されていくまでの戦いの御姿が示されているのが 「開目抄」 です。そして、久遠元初自受用身如来の御境地にある末法の御本仏として、全人類の救済のために御本尊を御図顕していくことを示されているのが 「観心本尊抄」 です。   (御書の世界2巻・140P)

 以上、概略述べてみましたが、四度目の 「竜の口・佐渡流罪」 の大難は、日蓮大聖人の御生涯の中で、一番厳しい暗黒の時である。しかしまた、一番充実した意義のある時であった。
 御本尊をはじめ、広宣流布への基盤が形成されていった時であり、未来への可能性を秘めた希望の時代でもあった。
 世界広布新時代の時を迎え、今再び大聖人の大難を偲び、法華弘通の大願成就へ、勇気をもって開拓して行きましょう。
 「遠国の島に流罪せらるるの人我等が如く悦び身に余りたる者よも・あらじ、されば我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為(た)るべし」(1343P) と仰せられ、御本仏としての大境涯と大歓喜のお姿(仏の生命)を教えてくださいました。

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「創価学会会則」の改正と宗門(開眼)

 11月8日の聖教新聞に “「創価学会会則 教義条項」 の改正について” という記事が掲載されていましたので、引用させて頂きます。

 学会の会則の第1章第2条の教義条項を、…… これまでの条文では 「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、……」 については、「弘安2年(1279年)の大御本尊」 を指すとの説明を行っていました。
 それを今回、次の通りにいたします。

 「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする」
 と改正された。
 そして、世界広布の新時代にあたり、信仰の本義の三大秘法は、あくまで一人一人の信仰において受け止めなければなりません。

 ‘ある場所に特定の戒壇があり、そこに安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用が発揮されないという、あたかも “電源と端子” の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が事実の上で伸展している現在と将来において、かえって世界広布を阻害するものとなりかねないのであります’ と述べられています。
 “大聖人の仏法における信仰の本義は、「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」 を信じること” に尽きるのであります。  (聖教・2014/11/8・3面)

 日顕宗は、創価学会を破門して以来、弘安2年の大御本尊をもって、信徒を脅し、支配する道具として使用してきたのである。
 そして、学会授与の日寛上人御書写の御本尊を、事も有ろうに、法主が開眼していないから偽物であると言うのである。
 そもそも、すでに書写されている御本尊を、一々開眼しなくてはならないのだろうか? 
 そのように開眼をいう日顕宗からして、宗門史上そのような開眼なぞ、やったことはないのである。

 大聖人は、「法華経の文字は仏の梵音声(ぼんのんじょう)の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはしぬれば顕形の二色となれるなり、滅せる梵音声かへつて形をあらはして文字と成つて衆生を利益するなり、…… 色心不二なるがゆへに而二(にに)とあらはれて仏の御意(みこころ)あらはれて法華の文字となれり、文字変じて又仏の御意となる、されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食(おぼしめす)事なかれすなわち仏の御意なり」(468P)

 「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(1124P)
 と仰せです。

 御本尊の “南無妙法蓮華経の文字” は、仏の御意であり、大聖人の魂であります。書写されたその瞬時に、「開眼」 はなされているのである。後はただ、その御本尊に対し 「信」 があるか無いかだけである。信のあるところ血脈は流れるのである。
 「開眼」 といい 「法水」 といい 「血脈」 といっても、それは信仰者の 「信心」 に帰するのである。
 それとも、法主(これも日顕は詐称)になった途端に、既にある御本尊に魂を入れたり取ったりする超能力が具わるとでも言うのであろうか。これでは、まるで オカルト宗教ではないか。
 法主が開眼しなければ、御本尊の力用は無いと御書のどこに書いてあるのか。
 日寛上人の御本尊様より、何百年と後から生まれた日顕が、その上に何をしょうとするのか。あえて言えば、その間に、上人の御本尊に功徳は無かったのか。こんないい加減な、噓っぱちなことに騙されてはいけない。
 もともと、開眼の仏事は、真言宗が金儲けのためにやっていることである。
 このような仏法と全く関係のない超能力なんぞ、大聖人が一番禁じられていることなのである。 

 大聖人は、「法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず」(16P)
 「真言と天台とは理同なりなんど申せば皆人さもやと・をもう、かう(斯)・をもうゆへに事勝の印と真言につひて天台宗の人人・画像・木像の開眼の仏事を・ねらはんがために日本・一同に真言宗におちて天台宗は一人もなきなり」(309P)
 と仰せです。

 “画像・木像の開眼の仏事を・ねらはんがために” とありますように、大聖人の仰せの 「開眼」 という言葉は、真言宗を破折するために使われているのである。
 そうであるのに、日顕は大聖人の意に反し、心は真言宗に堕ちているのである。大謗法である。
 日顕宗なんぞ、天台密教になぞらえて、「大石寺密教」 略して 「石密(せきみつ)」(仮称)とでも称した方が相応しいのではないかと思う。
 ともあれ成仏の要諦は、御本尊にあるのではない。自分自身の信心の如何にあるのである。

 大聖人は、「叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」(1262P)
 「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」(1338P)
 と仰せです。

 この会則改正を機にあらためて、御本尊を受持し弘めるという自行化他の実践で、自身の人間革命を成就し、世界広宣流布を実現するという学会活動に尽くすのみである。 
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会則改正と宗門(法主)

 あべひさんのブログに、題名 「教義条項の改正で吠える法華講員さん」 という記事があります。“創価学会の会則・教義条項の改正を受け、日蓮正宗妙相寺門徒、樋田さんが動画投稿を通じて吠えてます” という内容です。
 どんなことを言っているのかな!と思って、YouTube にて捜したところ、樋田さんがクローズアップされて、吠えている動画が数十編ぐらい有るようである。
 全部見るには時間がありませんので、少々の分で感じたところを述べてみたいと思います。
 
 まず、樋田さんは、御書・教学について造詣が深く、なかなかの論客である。惜しむらくはその才を、広宣流布のために使わないかな と思いました。

 宗門は、御本尊護持の役を果たしてきた。しかし、戦時中はその役も放棄した。
 滅亡の危機にあった日蓮仏法を救ったのは、紛れもなく創価学会であり、牧口・戸田両先生であります。
 戦後、戸田先生は創価学会を再建なされ、大聖人の御遺命たる広宣流布に向かって、七十五万世帯を達成されました。その跡を継いだ池田先生は、今や世界192ヵ国までに御本尊の流布拡大を成し遂げました。
 このように赤誠を尽くして来た創価学会を、日顕は自分の意に随わないといって破門するという暴挙にでた。学会の破壊を企てることは、広宣流布を破壊することと成り大謗法である。また、大聖人の御心に背く大罪である。

 現在は、世界広宣流布の時代である。大聖人は、御本尊を 「法華弘通のはたじるし」(1243P) として顕してくださいました。民衆を救済しない宗教なぞ、その存在意義はないのである。
 日顕は無慙にも、民衆救済のための御本尊を、私物化し、信徒支配の道具として使い、創価学会に対して御本尊の下付を停止したのである。
 
 第66世日達上人が、どなたにも相承されずに遷化されたということは、法主の権能である御本尊書写の必要性が無くなったという証拠である。これを、そのようになさしめたものは、時代性であり、科学・印刷技術の開発・発展であり、僧侶の堕落による、書写の有資格者不在である。
 今や法主は、世界広宣流布にとって必要性はなく、邪魔な存在となっている状況である。
 「徒らに遊戯(ゆげ)雑談(ぞうだん)のみして明し暮さん者は法師の皮を著(き)たる畜生なり」(1386P) と仰せの通りの宗門と、折伏行に世界広宣流布に邁進した創価学会と、どちらが大聖人の御精神を体しているのか明白である。
 かかる時に、創価学会会則の改正がなされました。時宜を得たものだと思います。 
 御本尊のことも、仏意仏勅の創価学会にこそ、その権限があるべきである。

 門徒の樋田さんは、八日の聖教を手に取り、学会は戒壇の大御本尊を “否定した、否定した” と 盛んに言っているが、新聞をよく読んで貰いたい。学会は 「否定」 とは一言も言っていない。
 大御本尊を拝しようと思っても、大謗法の地にある為に、与同罪を受けなければならない。また、破門され義絶状態であるが故に、拝することが出来ないのである。したがって “受持の対象にはいたしません” と言っているだけだ。

 そのような状況の中で、何時までも会則の 「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、……」 の条文を、恋々しくそのままにして置く、必要や意味はないのである。
 それよりも、広布破壊の日顕宗や腐敗堕落の坊主たちから、完全に縁を切るための、今回の会則改正であると思っています。

 今回の件で、日顕宗は御書や六巻抄等の文証を出して攻めてくると思うが、知らない文証が有っても、あわてることも臆することもない。
 大白蓮華八月号の 「任用試験のために」 のなかの “日顕宗を破す” のところをしっかり勉強して、何があっても、創価学会の信心がぶれないよう頑張りましょう。 
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会則改正と宗門(血脈)

 前のブログで、日顕宗は御書や六巻抄等の文証を出して攻めてくると思う、と述べました。
 では、どこの文証かといえば、それは、「百六箇抄」 と 「本因妙抄」 の二カ所にしか書かれてないものです。この両御書は、また 「血脈抄」 とも呼ばれ、秘伝書の類である。
 そこには、法水写瓶(しゃびょう)といって、代々の法主から法主へ、水が流れるように 「血脈」 が流れるという意味のことが書かれています。

 『本因妙抄』 に、「此の血脈並に本尊の大事は日蓮嫡嫡(ちゃくちゃく)座主(ざす)伝法の書・塔中相承の稟承(ほんじょう)唯授(ゆいじゅ)一人の血脈なり」(877P) とあります。

 この両抄と他の御書との違うところは、一段と小さな文字で書かれた部分があり、上記の文は、『本因妙抄』 の最後のところのこの小さな文字の部分にあります。
 この小活字の部分は、後の時代に歴代の法主が、一種の覚え書として挿入・書き込みをしたものである。大聖人が、書かれたものではないのです。
 堀日亨上人(御書編者)が、そのようなところを、分かるように編纂してくださいました。
 
 したがって、「唯授一人の血脈なり」 という文証は、大聖人の他の御書には、一つも載ってないものである。
 後の時代に、稚児法主等の信頼に価しない法主が出現し、法主の権威づけのために、他宗派が使っていた 「血脈相承」 なるものを取り入れたのである。
 そうやけれども、大聖人も 『生死一大事血脈抄』 で、「血脈相承」 と仰っているではないか、と思われるでしょう。

 大聖人は、「日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継(つ)がしめんとするに ……」(1337P) と仰せです。
 “日本国の一切衆生に” です。法主のための “唯授一人の血脈なり” ではないのです。大聖人の御心は、すべての人に法華経を信ぜしめて、救ってあげたいと願われているのです。

 また、「過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり」(1337P) と仰せです。
 “三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承” と仰せられ、時間的に三世に亘って法華経を受持する、この純真な 「持続の信心」 を、法華の 「血脈相承」 というのである。
 このように、「信心」 と “血脈・法水” とは同じもので、信心のあるところ “血脈がある・血脈が流れる” と言えるのである。
 何かしら法主から法主へ、血脈という特別な超能力・力用なるものが受け渡されると言うが、その実体は何もないもので、インチキ極まりない欺(あざむ)きである。こんなことに騙(だま)されてはならない。

 「唯授一人の血脈」 と言うことは、「仏界」 の境涯を法主一人にしか譲らない、一人にしか認めない、ということになる。
 それは、一切衆生に 「仏界」 があると説く、法華経の 「十界互具」 の法理にも反することになり、まさしく “邪義” になるのである。

 学会員さん達は日ごろ、これらの二抄の御書を拝する機会が余りありませんから、御書を開いて示されると、大聖人のお言葉と思って、信じてしまうかも知れません。
 しかし、このように御書だからといっても、すべて大聖人のお書きになった文章ばかりではありません。ご真筆を紛失してしまって、写本や他宗門が編纂したものから転載したもの等々、種々あります。
 これからは、時代が変わってきて、今までの解釈を変えなくてはならない時もあるでしょう。
 いたずらに文字に執着して、「法華経を讃すと雖も還つて法華の心を死(ころ)す」(1439P) ことに、ならないように気を付けましょう。

 「三世の生死」 について、池田先生のご指導の一部分を引用させて頂きます。
 過去世の生死流転の中における法華経結縁によって今世の法華受持がり、今世の法華経受持を生涯貫くことによって臨終正念を遂げ、未来世には仏果を成ずるのです。
 未来世の仏果とは、すでに考察したように、別世界の浄土に安住することでもなければ、超越的な仏の姿をとることでもありません。どこまでも生と死の流転の中にありつつも、大宇宙の慈悲の行業を我が身に感じながら、現実世界で苦しむ人を救うために戦い続ける仏の姿をとることです。
 それゆえに、過去世も、現在世も、そして未来世も、生死の姿をとるのであり、これを 「三世の生死」 と言われているのです。
  (生死一大事血脈抄講義・119P) 

 参照 : 血脈とは ―→ ここから
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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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