六大秘法・本門の題目について

 日寛上人は、「本門の題目」 を、「信」と 「行」 に開いています。
 「信」 とは、御本尊をしっかり信じて疑わないことです。
 「行」 には、自行と化他行(折伏)がありますが、ここでは自行(唱題)することのみを考えていきます。

 「本門の題目」 とは、当然のことながら 「南無妙法蓮華経」 のことであります。
 「南無妙法蓮華経」 は、また、御本尊のことでもあります。しかし、通常我われは 「お題目」 と聞けば、御本尊を思い浮かべるより、お題目を唱える 「唱題行」 の方を思い出します。

 「本門の題目」 は、日蓮大聖人が、宇宙生命の根源の一法である 「妙法蓮華経」 に、帰命の意味である 「南無」 を冠して 「南無妙法蓮華経」 としました。
 この 「南無妙法蓮華経」 を唱うることは、心地よいリズム感もあり、非常に唱え易い修行法として、我ら末法の衆生にお与えくださいました。
 したがって、天台の像法時代の修行法である 「観念観法」 という、難しくて煩雑な、凡夫にはとうてい出来もしない修行をする必要もなく、末法はただ唱題するとい一行ばかりにて、成仏する方途を教えてくださいました。何んと有り難きことではありませんか。
 これにより、すべての人の成仏が可能になり、ここに末法において、日蓮大聖人の 「民衆仏法」 が確立されたのである。

 日蓮大聖人は、「妙法蓮華経と唱うる時・心性の如来顕る耳にふれし類(たぐい)は無量阿僧祇劫の罪を滅す一念も随喜する時即身成仏す縦(たと)ひ信ぜざれども種と成り熟と成り必ず之に依(よっ)て成仏す」(415P)
 「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」(557P)
 と、唱題行の絶大なる功徳を説かれています。

 南無妙法蓮華経の 「お題目」 は、帰命という 「南無」 を冠したことで、身命をささげて随いますという行動・修行の意義があります。
 この修行の場において、南無妙法蓮華経の 「お題目」 を、「信」 と 「行」 に分けることは、理論的には理解できますが、実践面では区別が出来ないのである。 
 たとえば、唱題会で中心者が、“今までは 「信の題目」 を上げました。これから 「行の題目」 を上げましょう” と言っても、唱題行の中でどの部分が 「信の題目」 で、どの部分が 「行の題目」 であるのか、区別はつきません。
 それは、「信」 の中に 「行」 があり、「行」 の中に 「信」 があるという、もともと 「一体不二」 な関係性のものであるからです。

 いや、そうでもない場合がある。ある人が “御本尊は絶対であると信じていると言いながら、勤行・唱題を一回もしない人がおる” というのである。この場合は、唱題もしないということは、本当は御本尊を信じている とは言えないのである。
 日常生活において、全ての行動・振る舞いは、「信」 があって成り立っているのである。日常の振る舞いは、経験上・理解し安心であり、別段・気に掛けてないだけである。

 「身・口・意」 の三業という教えがある。身とは身体で為す行為。口とは言語による所作。意とは心で思う思慮をいう。善にも悪にも通じる行為である。
 この三業の振る舞いは因果の法則により、未来に種々の果をもたらすのである。
 大聖人は、「此の身口の二業は意業より起るなり」(738P) と仰せです。

 したがって、唱題という身口の二業も、意業によって強く確かなものにすることが出来る筈である。
 日寛上人が、「本門の題目」 を 「信」 と 「行」 に開いて示されたのも、「信」 の力で御本尊を信ずる強き信念(意業)と、「行」 の力で題目を上げ通す決意・誓いを、実践・行動(身口の二業)で示す、ことの大切さを教えられていると思います。

 「本門の題目」 を、あえて開くとすれば、私は 「読」 と 「誦」 に分けることが出来るのではないかと思います。
 「読」 とは、御本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱えること。
 「誦」 とは、御本尊に向かわないで題目を諳んずることである。
 この分け方なれば、「読の題目」 と 「誦の題目」 の区別は、ハッキリと判ります。「誦の題目」であっても、唱える題目の功徳に違いはないと聞いています。

 私も後期高齢者の仲間に入っています。御多分に洩れず、多くの方々が “膝が痛い。腰が痛い。長く座れない” 等々、身体のどこかに故障を抱えています。
 このような場合、これからは御本尊の前で端座して唱える 「読の題目」 だけにこだわらず、「誦の題目」 の大切さも心がけて行かねばならないと思います。それには、常日頃から何処にあっても、お題目を誦して行こうという意識(意業)を持つことが大切であると思います。
 これを契機として、私も努力して参りたいと思います。  
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六大秘法・本門の戒壇について

 日寛上人は 「本門の戒壇」 を、「事」 と 「義」 に開いて示されました。
 此の 「事の戒壇」 と 「義の戒壇」 という御文は、御書にあるのだろうかと思って、御書検索で検索して見ました。
 そうしますと、結果は “0” で、二つ共にありませんでした。
 「本門の戒壇」 は 『報恩抄』(328P) に、“1件” ありました。

 今度は 「事の戒法」 で引いて見ますと、“2件” ありました。「義の戒法」 はありませんでした。
 それは 『三大秘法禀承事』 に、「勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ “事の戒法” と申すは是なり」(1022P) と、
  『身延相承書』 に、「国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、“事の戒法” と云うは是なり」(1600P)(“” は筆者)の御文があります。 

 したがって、日蓮大聖人は 「事の戒法」 とは仰せになっていますが、「事の戒壇」・「義の戒壇」 とは仰せになっていません。
 「本門の戒壇」 を 「事」 と 「義」 に開いて論じられたのは、日寛上人の独創であると思われます。と言いましても、上人の独創性が悪いのだとか、間違っていると言うことではありません。
 当然のことながら、後世に至って聖人が出現して、時に合った仏法を弘通することは必然のことである と思うからである。

 しかし、日寛上人の云われる 「事の戒壇」 は、現在の 「世界広布新時代」 の時代性に合わなくなってきていると思っています。
 時代性に合わないところは、『三大秘法抄』 の “勅宣並に御教書を申し下して” と、
 『身延相承書』 の “国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり” の処などは、現在の民主主義の時代には不都合な状況になって来ています。

 「戒壇」 とは,一般的には、授戒の儀式の場を言います。
 我が国では、奈良時代(754年)に渡来僧の鑑真によって、奈良の東大寺に建立された。そのほか、(761年)に栃木の薬師寺と福岡の観世音寺の計三ヵ所に建立された。いずれも小乗戒である。
 さらに、平安時代(822年)には、伝教大師が比叡山延暦寺に迹門の円頓戒壇を建立した。翌年の四月に初めて大乗の授戒が行われた。

 奈良・平安時代は、正規の僧侶になるには、すべて国家資格が必要であったのである。いわゆる、食いはぐれた者が、自分勝手に僧になることは禁じられていた。
 したがって、仏教は国家の監督下にあって、僧侶になるための授戒を行う場が戒壇であった。当然、その建立のためには、天皇の 「勅宣」 は不可欠の条件である。
 そして仏教は、鎮護国家の法となり、国家の安泰を祈り、国は仏教を保護した。像法時代は、お互いに持ちつ持たれつの関係であった。
 このような当時の時代状況からすれば、一国の広宣流布は、天皇や幕府の指導者の正法への帰依がなければあり得ないことから、大聖人はそれまでの時代状況を鑑みられ “勅宣並に御教書を申し下して” と、仰せになられたと思います。

 しかし、末法の大聖人の民衆仏法は、民衆一人ひとりの自覚を促がす自立の仏法である。そこに真の各自の独立自尊がなされるならば、必然的に国家権力と真正面からぶつかり、緊張関係が生ずるのは当然のことである。
 佐渡の流罪から赦免され、第三回目の国家諫暁の時、土地や堂舎を寄進することを条件に国家の安泰を祈るように要請されたが、大聖人は、その要請を敢然と拒否されました。

 『撰時抄』 に、「第三には去年文永十一年四月八日左衛門尉に語つて云く、王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(287P) と仰せです。
 そこには、国家の権力には “随えられたてまつるべからず” という、仏法者としての厳然と自立した姿勢をみることができる。

 また、“国主此の法を立てらるれば” の御文も、現在では広宣流布を天皇や国の指導者に頼んでして貰うわけではない。主権在民の時代には、国民一人ひとりが社会の主役であり、民衆が正法に帰依していけば、それがそのまま、広宣流布の姿となっていくのである。
 日顕宗は、“富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり” をたてにして、戒壇建立を世界でただ一カ所・富士の大石寺に特定し、「国立戒壇論」 を展開するなど、時代錯誤も甚だしい。
 
 日蓮大聖人は、「閻浮提内広令流布(えんぶだいない・こうりょうるふ)」(781P) すなわち、世界の広宣流布を説かれています。
 日蓮仏法を日本の国教にしたり、戒壇を 「国立」 にしたりするならば、一閻浮提第一の大仏法を、島国の日本の中に押し留め、矮小化して仕舞い、かえって、全人類のために法を説かれた大聖人の御精神に反してしまうことになる。

 したがって、日寛上人の云われる 「事の戒壇」 すなわち、「特定の御本尊」を、「特定の場所」 に、「特定の堂舎」 を建てて、御安置する形式の 「戒壇」 は、世界広布新時代には、建立する必要はないと考えています。 
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「事の戒壇」と「事の戒法」

 日蓮大聖人は、『三大秘法抄』 において、「戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり」(1022P) と仰せになり、その名称を 「事の戒壇」 と云われずに 「事の戒法」 と仰せになられています。
 今まで私は、「事の戒法」 をそのまま 「事の戒壇」 であると認識していました。この点は、別段に間違っているとは思っておりませんでしたが、しかし、わざわざ 「事の戒法」 と云われているのには、何か訳があるのだろうか と思いました。

 そこで大聖人は、御書に どのように仰せられているのだろうかと思い、検索して見ました。
 まず 「戒法」 で検索しましたら “5件” ありました。比較的に 「三大秘法抄」 等の重書にありますが、“懺悔滅罪の戒法” 等と仰せられているほかは、内容の詳しい説明はありません。

 「戒壇」 では、“29件” ありました。その殆んどが、小乗の戒壇や伝教大師の 「迹門の戒壇」 のことであって、末法の 「本門の戒壇」 については、2~3の御書にしかありません。それも戒壇という名目のみで、説明は 「三大秘法抄」 のみであります。
 このように、“戒法や戒壇” の御説法は、三大秘法の他の “本門の本尊や題目” と比べると非常に少なくなっています。それは末法においては、“戒や戒壇” の必要性・重要性が無くなって来ているからだ と思われます。

 「末法無戒」 と云われますように、今どき戒律を持している者なんか 一人もいないのである。
 『四信五品抄』 に、伝教大師未来を誡(いまし)めて云く 「末法の中に持戒の者有らば是れ怪異なり市に虎有るが如し此れ誰か信ず可き」云云。(341P) と云われています。

 そもそも 「戒」 とは、「防非止悪(非を防ぎ悪を止める)の義」(744P) である。
 「身・口・意」 の三業の悪を止めて、一切の不善を禁制して心身を正し、安心立命の境地(成仏)を得るためである。小乗・権大乗教では、戒法が重視され、戒を守らなければ破戒と称して、成仏できないとされた。
 「戒」 には小乗教の五戒、大乗教の十重禁戒等々多数あるが、基本的な・初歩的な五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒戒)でさえ、末法の衆生には実践することは不可能である。 

 そのような末法の無戒の不成仏なる衆生を憐れんで、日蓮大聖人は戒律を受持しなくても、成仏できる方途を顕わしてくださいました。
 『観心本尊抄』 に、「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(246p) と。
 『教行証御書』 に、「此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈(あに)万戒の功徳を納(おさ)めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し」(1282P) と仰せられている。

 南無妙法蓮華経の御本尊を信受するところに、すべての仏・菩薩の万戒の功徳が納まるのであるから、我われにとって御本尊の受持・唱題が、唯一の 「末法の戒」 となります。
 『御義口伝下』 に、「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此(ここ)を去つて彼(かしこ)に行くには非ざるなり、…… 今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野(せんごくこうや)皆寂光土(みなじゃっこうど)なり此れを道場と云うなり」(781P) と仰せです。

 御本尊を受持し題目を唱える処(道場)は、それがそのまま 「持戒」 であり、それが山谷曠野・どこであっても、「戒壇の義」 が成り立つのである。
 したがって、信受すべき御本尊のある場所が、即 「戒壇」 となる。すなわち、「本門の本尊」 所住のところが 「本門の戒壇」 となるのであります。
 ゆえに、像法・多造塔寺堅固の時の鑑真和尚や伝教大師の戒壇のような、特定の本尊を以て特定の場所に堂舎を建てる形式の 「事の戒壇」 なるものは、末法の大聖人の仏法には必要ないのであります。

 『観心本尊抄』 に、「地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮(えんぶ)の衆生に授与せしめ給う」(250P) と仰せです。

 したがって、我ら皆・地涌の菩薩の自覚に立ち、御本尊に題目を上げ、何処にあっても “妙法蓮華経の五字(御本尊)を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う” ことが、唯一の 「持戒」 であり、すなわち、大聖人仰せの 「事の戒法」 となるのであります。
 ここに、「事の戒壇」 の建立よりも、「事の戒法」 すなわち、戒法である題目を唱えて、仰せの通りの 「妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う」 ことの実践(折伏すること)の方が、日蓮大聖人の御心であり、御聖慮であると思います。
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プロフィール

谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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