学会永遠の五指針⑤(絶対勝利の信心)

 創価学会永遠の五指針⑤ は、「絶対勝利の信心――師弟誓願の不二の祈り」 であります。
 日蓮大聖人は、                        (大白・2016‐5月・37~47P抜粋)
 「仏法と申すは勝負をさきとし」(1165P)
 「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」(1169P)
と仰せです。  

 〔信仰と人生の究極の目的〕 という項目には、
 「絶対勝利」 ――これこそ、私たちの信仰と人生の究極の目的です。戸田先生が衰弱したお体をおして熟考され、発表してくださった 「永遠の三指針」 の奥底を貫く、根本の精神です。

 ゆえに池田先生は、戸田先生の三指針に、二つの指針を加え、恩師と不二の心で 「創価学会永遠の五指針」 を定めた際に、その結びを 「絶対勝利の信心」 としたのです。全学会員の幸福勝利を願われた戸田先生のお心を深く拝してのことです、と述べられています。

 〔一切は 「師弟」 の二文字に凝縮〕 の項目には、 
 『法華初心成仏抄』 の 「よき師と・よき檀那と・よき法と此の三(みつ)寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり」(550P) の御金言を引かれて講義されています。

 日蓮仏法の根幹は、「師弟」 にあります。「絶対勝利の信心」 も、その要諦は、詮ずるところ、「師弟」 の二文字に凝縮されます。
 「師弟相違せばなに事も成べからず」(900P) だからです。師弟の ギァがかみ合っていなければ、何事も成就せず、広宣流布の進展もありません。…… これこそが、学会精神の神髄です。

 
 『法華初心成仏抄』 の 「よき師」 について、
 末法万年の民衆救済のため、如説修行の実践で自行化他にわたる南無妙法蓮華経を弘められた日蓮大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」 であられます。
 そして、この根本義を踏まえられた上で、現時点においては、
 大聖人の御遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生、SGI会長・池田先生 は、私たちにとって、広布と人生の 「よき師」 であります。   (下線部分は筆者挿入)
 したがいまして、創価学会の初代・二代・三代の御歴代会長先生を、広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げるのであります。

 次に 『祈祷経送状』 の 「其れに付いても法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たしか)に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」(1357P) の御金言を引かれて、法華経の行者の 「絶対勝利」 の信心と実践について、3点にわたって御指南されています。

 〔①不退と決定の信心〕
 第1 に 「信心に退転無く」 と仰せです。決定した信心です。どこまでも妙法根本に生きるとの大誓願です。わが一念に迷いやためらいがあったり、臆病であってはならない、ということです。
 「進まざるは退転」 です。


 〔②信念と正義の信心〕
 第2 に 「身に詐親無く」 です。行動や振る舞いにおいて、偽り親しむことなく、常に誠実に信念の行動を貫くことです。信ずる道をどこまでもまっすぐ進むのです。
 また、悪を見て黙っているのは、「詐親」 になってしまいます。正法に背く悪に対しては毅然と責めていくことが、「身に詐親無く」の実践となるのです。


 〔③如説と確信の信心〕
 第3 に 「一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば」 とは、仏の心である法華経を如説修行することです。私たちの立場でいえば、どこまでも南無妙法蓮華経の御本尊を根本とし、信行学を貫き、御書に仰せのままに広宣流布の大願に生き抜くことです。
 そして、「広宣流布のために」 との祈りと行動に徹すれば、自身に本来具わる、仏の無限の智慧と勇気と力が湧いてきます。それゆえに、不可能を可能へと転じていくことができるのです。


 池田先生は、大聖人の 「絶対勝利の信心」 の この三つの御指南を金言の如く修行して、昭和31年の参院大阪地方区に、白木候補を立てて戦い “まさかが実現した” と、世間に アッと言わしめたほどの大勝利を勝ち取りました。
 翌年(昭和32年)、広布を阻もうとする “魔” によって、大阪事件が起きました。
 先生は、“権力の横暴を恐れず、信念と正義を貫き、「忍辱(にんにく)の鎧」 を着て、ただただ御本尊に身を任せての戦いを誓いました” と仰っています。
 4年半にも及んだ裁判は、昭和37年1月25日、池田先生は見事、無罪判決を勝ち取り、“正義は必ず勝つ” ことが証明されたのであります。

 〔仏とは、魔と戦う勝利者の異名〕 という項目には、
 悪と戦うことで、わが生命が鍛えられます。清められます。「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」(762P) です。悪と戦う中にこそ、功徳も成仏もあるのです。
 釈尊も、魔と戦い、勝って成仏しました。「降魔成道」 です。………
 すなわち、「仏」 とは勝利者の異名であり、魔と戦い勝ってこそ 「仏」 であるということです。

 ゆえに、「絶対勝利の信心」 で 行かなければならないのです。

 〔創価の人間主義が輝く新時代へ〕
 “最後は、信心しきったものが必ず勝つ” ――正義と真実は満天下に示され、地域で、社会で、そして世界で、創価の人間主義が希求される新時代を迎えました。 ………
 創価学会・SGI の永遠の五指針は、私たちの信心を深めゆく不変の原理です。一生成仏の源泉であり、広宣流布の指標です。
 全世界の皆さんが、和楽の道、幸福の道、栄光の道、健康の道、長寿の道、勝利の道を力強く歩んでいくことが、創価の三代の師弟の根本の誓願です。
 創価学会は、永遠に師弟不二で絶対勝利の信心を貫き、凱歌の歴史を刻んでいくのです。
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「公開情報」 を論拠とする

 佐藤 優氏の “『公明党50年の歩み』 を読む” の五回目は、〔外交でも重要な役割を果たしてきた公明党〕 であります。  (第三文明・2016-6月号)

 〔外交重視の姿勢を強める公明党〕
 一般的に公明党と言えば 「福祉や教育に力を入れてきた政党」 という印象が強い。しかしながら、公明党は50年を超える歴史のなかで、日本の外交に重要な役割を果たしてきたのである。
 特に昭和47年、日中国交正常化への道筋において、野党でありながら、先駆的な役割を果たしたことは記憶に生々しい。
 対中外交だけでなく外にも、ロシアや韓国、中東各国、アメリカなどとの関係においても、それぞれ重要な役割を果たしてきた。
 これら公明党の外交はすべて、党の創立者である 池田SGI 会長の民間外交が土台になっている言っても過言ではない。
 
 佐藤氏は、“今の公明党が外交を重視するのは、もちろん一つには世界平和を重視するゆえだが、もう一つには、支持母体の創価学会がいよいよ世界宗教化してきたからだ。……
 そのように、「創価学会の世界宗教化」 の プロセスが進めば進むほど、公明党の役割もより グローバルなものに変化していく。その変化の一つの表れが、公明党の外交重視の姿勢なのだと思う。……
 そして、自民党との連立で与党となって以降、その役割の重みはいっそう増している”
 と述べられています。  (同誌・53P)

 〔公明党抜きに日本外交は語れない時代〕 のところでは、
 佐藤氏は、“当連載の第1回(2月号)で、私は 「公明党と創価学会の動きを見ていれば、日本政治の動向はわかる」 と書いた” と。
 そして、これらの論文を書くのに、“それは何ら難しいことではない。『公明新聞』 と 『聖教新聞』 をきちんと読んでいればよいのだから……。 問題は、その程度の労力すら惜しみながら、公明党について論じようとする半可通の論者がはびこっていることだ” と述べられている。
 小生はこの記事を読みまして、少しは ブログを書いている者として、関心が湧きましたので、続きの文を引用させていただきます。

 ちなみに、私は 『創価学会と平和主義』(朝日新書)を執筆するにあたっても、書籍などの公開情報のみを ソース(情報源)とした。しかも、内容の大半は、「聖教オンライン」(『聖教新聞』 のネット版)や創価学会公式サイト(SOKAnet)で読める記事を資料としていた。それはなぜかというと、検証可能性を担保しておくためである。「佐藤優はこう書いているが、本当だろうか?」 と思った読者は、ネットで検索すれば資料として用いた当該記事が読める。そのことが重要なのだ、 と述べられている。
 小生も ブログに引用した、御金言や先生の御指導は、その書籍名やページ数をすべて記入するようにしています。

 世の論者のなかには、私が 『創価学会と平和主義』 を公開情報のみによって書いたことを批判する向きもあった。「タテマエ的な公開情報だけ見ていては、創価学会の本質はわからない」 という主旨の批判であった。
 だが、私はそうは思わない。創価学会に限らず、巨大組織になればなるほど、「公開情報のなかで ウソをつくこと」 は難しくなっていくものである。組織防衛上の観点から表に出さない情報は当然あるとしても、虚偽の情報を出すことは リスクが大きすぎるし、組織が大きいほど矛盾も発覚しやすいからだ。
 したがって、「公開情報だけを見ていても創価学会の本質は理解できない」 というのは、短絡すぎる見方だと思う。公開情報だけで十分な基本分析ができる。
  (同誌・53~54P)

 佐藤氏は “虚偽の情報を出すことは リスクが大きすぎるし、組織が大きいほど矛盾も発覚しやすいからだ” と。
 確かに、この頃の我が国の超一流の企業と謳われた、“三菱自動車・東芝・東洋ゴム・旭化成建材・オリンパス” 等々、まだまだ沢山あります。
 これらはみな、“データ改ざん・不当表示・粉飾決算・巨額損失隠し” 等々、企業 モラルはどうなってしまったのかと聞きたい。いま企業・社会全般に、このような風潮が蔓延しているのだろうか? 嘆かわしい限りである。
 誰も見ていなければ分からないだろうと、不正に手を染め、いくら隠ぺいを図っても、お天道さん見ている、因果の理法は厳然とあることを肝に銘じなければならない。 

 では逆に、昔の週刊誌の創価学会批判記事のように、いわくつきの脱会者(元学会員)や匿名の 「事情通」 からの リーク情報を集めたら、「創価学会の本質」 とやらが理解できるのだろうか? むしろ、歪んだ プリズムによって本質が見えなくなってしまうだろう。
 だから、公明党や創価学会を批判するにしても、怪しげな裏情報によるのではなく、公開情報を論拠とすべきなのだ。それは、まっとうな批判をするための大前提だろう。


 小生は、個人や団体を批判するにしても、佐藤氏の言われるように “怪しげな裏情報によるのではなく、公開情報を論拠とすべきなのだ” というご意見は、真っ当なことで正論であると思っています。
 日蓮大聖人は、「但経文を以て勝劣の義を存す可し」(125P) と仰せです。
 釈尊の説かれた 「経」 を基本に用いて、五時八教の判釈にしたがい、法華経を最第一としなければならないのである。
 それを、途中の慈覚・智証・弘法・法然らの人師・論師たちが、自分勝手に爾前経を解釈し、己義・邪義を弘め、人々を悪道に落としめたのである。
 「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食(はむ)等云云」(957P) と仰せです。
 現在、日蓮仏法ならば、「御書」 を根本として、「法華経の心」 、「日蓮大聖人の御精神」 を体し、「世界広宣流布」 の指揮を執られている “池田SGI 会長” のご指導を基本とし、師事しなければならないのである。
 間違っても、世流布の怪しげな学会裏情報などに、惑わされ騙されてはならない。重々気を付けましょう。 
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「新・人間革命」第8巻〔布陣の章〕(保守か革新か)

 『新・人間革命』 第8巻は、1963年(昭和38年)5月から 64年2月までが主な舞台である。
 64年の東京 オリンピックに向けて、日本は目覚ましい経済成長を続け、国際関係への関心が高まりつつある時代だった。
 半面、63年11月9日には、大牟田の三井三池炭鉱で炭塵爆発事故発生、犠牲者458人。同じ日に、横浜の鶴見で国鉄二重衝突事故、161人の犠牲者を出した。共にわが国最大の事故が、東と西で起こった。
 海外では11月22日に、アメリカのケネディ大統領が暗殺されるなど、世界の情勢も激動していた。

 〔布陣〕
 川には源がある。御聖訓には 「源遠ければ流長し」(1180P) と。
 創価学会にも精神の光源がある。
 それは、初代会長牧口常三郎と第二代会長戸田城聖が織り成した、燦然と不滅の光を放つ、師弟不二の道である。その精神が脈打っている限り、広宣流布の流れは、永遠に世界を潤し続けるであろう。
  (新・人間革命8巻・7P)

 この 「牧口先生・戸田先生の精神」 をいかにして永遠のものにしていくかということであった。
 池田先生は、“学会が発展するにつれて、幹部のなかに、その精神が希薄になっていきつつあることに、憂慮を覚えたのである” と。
 そして、会長就任三周年となる、5月3日の第25回本部総会を前にして、“未来の大発展のために、この兆候の根を断ち、まず幹部の胸中に、学会精神をみなぎらせることから始めようと、ひそかに決意したのである” と述べられています。

 総会での会長講演は、「今また、『詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん』(232P) との御金言を胸に刻み、皆様方のご協力を賜りながら、来年四月二日の恩師の七回忌を、五月三日をめざして、再び広宣流布への一歩前進の陣頭指揮をとっていく決意でございます」
 新たなる前進の獅子吼が轟き渡った、
のであります。

 一方、公明政治連盟も大きな飛躍を遂げ、地方議員は千名を上回るまでになって、世間の目を引くようになってきた。
 四月に行われた統一地方選挙の際に、一部の評論家や マスコミが “学会は保守か、革新か” という問題を盛んに取り上げていた。宗教団体である創価学会を、政治的な狭い次元で論じようとするのだから、的外れにならざるを得ない。 
 そこで先生は、総会の場で、正式に、学会の根本的な立場について、言及されました。

 「経文には、『無量義とは一法より生ず』 と仰せですが、南無妙法蓮華経を、御本尊を根本として、日蓮大聖人の生命の大哲理を根底に、全世界の民衆を幸福にし、永遠の平和を築いていくのが、学会の精神であります。
 したがって、保守の人であろうが、革新の人であろうが、三世の生命のうえから、すべて平等に幸福の道を教えていくのが、私どもの使命といえます。
 自由主義も、自身を律する生命の規範がなければ、退廃と混乱の弱肉強食の社会になってしまう。社会主義もまた、人間自身の革命がなければ、人間を抑圧する冷酷な制度となってしまう。
 自由主義も社会主義も、保守も革新も、ともに指導していく大哲理に生きるのが、わが創価学会です。その意味では、もし革新という言葉を使うならば、学会は、現在、社会でいわれている “革新勢力” とは次元を異にした、真実の革新ということができます。
 大聖人の仏法は、永遠不滅の、三世にわたる幸福を説く生命の大法であり、一切衆生の成仏のための法であります。また、御本尊の力は無限であり、宇宙大であります。
 私どもは、その法を弘めて、現実に三百万世帯を超す人びとに、幸福の道を開いてまいりました。
 この人間革命を機軸とした、民衆の蘇生の大運動に確信をもって、保守か革新かといった、極めて政治的な狭い次元にとらわれることなく、堂々と、わが使命の道に邁進してまいろうではありませんか」
 ………
 伸一は、大事な会員が、学会を政治の次元でとらえようとする世間の論評に惑わされ、信仰の王道を見失っていくことを憂慮していたのである。
  (新・人間革命8巻・24P)

 創価学会は、“保守とか、革新とか” どちらか一方に決められるような存在ではない。保守も革新も、そうであると言えばそうだし、そうでないと言えばないのである。
 では、何なのかと言えば、それは 「中道主義」 なのである。この 「中道」 は、足して二で割るとか、右・左の中間を行くという中庸の概念ではないのである。
 「中道」 とは、日蓮大聖人の大生命哲理を根底にして、政治を行っていくのです。これは 「人間主義」 「生命尊厳主義」 とも言い得るものです。この正しい 「法」 に則って進むのが 「中道」 です。
 先生は、“大事な会員が、学会を政治の次元でとらえようとする世間の論評に惑わされ、信仰の王道を見失っていくこと” のないようにとご指導されています。十分に、気を付けてまいりましょう。

 〔清流〕
 言論は、人間の人間たる証である。
 暴力、武力に抗して、平和を築きゆく力こそ言論である。
 広宣流布とは、言論によって、精神の勝利を打ち立て、民衆の幸福と永遠の平和を建設する、新しき ヒューマニズム運動といえる。
  (同書・192P)
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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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