「新・人間革命」第9巻〔新時代の章〕(人間革命の執筆について)

 『新・人間革命』 第9巻は、1964年(昭和39年) 4月から12月までが主な舞台である。
 この年、第18回 オリンピック東京大会が開催された。 訪れた海外の人々も “敗戦国・日本” の復興に目を見張った。
 11月17日、「日本の柱 公明党」 「大衆福祉の公明党」を スローガンに掲げ、「公明党」 が結成された。
 12月2日、池田先生は、戦禍の地 沖縄より、小説 『人間革命』 の筆を起こされました。
 その 『人間革命』 第1巻 〔黎明〕 の冒頭の文は、                                       
 「戦争ほど、残酷なものはない。
 戦争ほど、悲惨なものはない。
 だが、その戦争はまだ、つづいていた……」
であります。

 〔新時代〕
 生命は永遠である。
 それゆえに、人間革命が必要である。
 それは、何故か。
 今世の善への修行が、因果の厳しき理法により、来世への、永遠の自己それ自体の生命となるからである。

 一九六四年(昭和三十九年)四月一日――。
 この日、総本山に落成した大客殿で、第二代会長 戸田城聖の七回忌法要のお逮夜(たいや)が、海外を含む代表五千人が参列し、盛大に営まれたのである。


 戸田先生の七回忌法要のお逮夜での、池田先生のご挨拶のなかで、小説 『人間革命』 の執筆までの思いが語られています。
 「戸田先生は、小説 『人間革命』 を書き残してくださいました。その小説は、戸田先生ご自身を モデルにした、主人公の “巌(がん)さん” が、独房のなかで、生涯を広宣流布に捧げる決意を固め、こう叫んだところで終わっております。
 『彼に遅るること五年にして惑わず、彼に先だつこと五年にして天命を知る』
 この彼とは、孔子のことです。当時、戸田先生は、数え年 四十五歳であり、孔子が 『四十にして惑わず、五十にして天命を知る』 と述べていることに対して、ご自身の境地を語られているところであります。
 ………
 戸田先生が、“妙悟空” という ペンネームで、『人間革命』 を書き始められた時、先生は私に、『伸一、この小説を読め。もし、直すところがあったら、自由に直してもよろしい』 と言われたことがありました。
 また、『人間革命』 を書き終えられた時、先生は、大変に嬉しそうなお顔をされていたことが忘れられません。
 その先生が、出獄後のことについては、何も書こうとはされなかった。
 そこには、“私の出獄後の 『人間革命』 の続編は、伸一、お前が必ず書け 私が死ぬまでの姿を、厳然と書き残していくのはお前である” との、深いお心があったことを、私は先生の言々句々から、痛感いたしておりました。
 そして、その先生の意志を、胸深く受け止めてまいりました」
 ――山本先生が、いよいよ 『人間革命』 の続編を書かれるのだ
 同志の顔に光が走った。
 ………
 「したがって、この戸田先生の七回忌を期して、先生の出獄から、亡くなられるまでの歩みを、『人間革命』 の続編として書き残すための準備に、取りかかってまいりたいと思います。それが、弟子としての、報恩の誠の一つであると考えております。
 先生は “妙悟空” という ペンネームを使われましたので、弟子の私は、“法悟空” という名前にいたします。二人の名前の最初の文字を合わせれば、“妙法” となります。
 “悟空” というのは、仏法で説く 『空』 を 『悟る』 ということです。妙法の 『妙』 は、仏法では仏界を意味し、『法』 は九界を意味します。また、『妙』 は法性、すなわち悟りであり、『法』 は無明、すなわち迷いです。その原理からいえば、『妙』 は師であり、『法』 は弟子ということになります。
 期間はどのくらいかかるかわかりませんが、三巻、五巻、七巻、十巻と巻を重ね、これまで、戸田先生から賜った指導を全部含め、先生の業績を書きつづってまいります。
 また、先生をいじめ、弾圧してきた人間たちのことも書き残します。さらに、学会への、評論家や学者、政治家などの誹謗や批判についても、それを、ことごとく打ち破る小説にしていく決意であります。………」
 参加者は、期待に胸を弾ませながら、盛んに拍手を送った。
   (新・人間革命9巻・20~23P)

 昭和32年の8月、思い出のひとときを過ごした軽井沢の地で、単行本として発刊された、戸田先生の小説 『人間革命』 が話題になった。
 戸田は、照れたように笑いを浮かべて言った。
 「牧口先生のことは書けても、自分のことを一から十まで書き表すことなど、恥ずかしさが先にたってできないということだよ」
 その師の言葉は、深く、強く、伸一の胸に突き刺さった。
 ………
 それからあとの実践については、戸田は、何も書こうとはしなかった。
 伸一は、この軽井沢での語らいのなかで、広宣流布に一人立った、その後の戸田の歩みを、続 『人間革命』 として書きつづることこそ、師の期待であると確信したのである。
   (同書・385P)

 池田先生は、“『人間革命』 の執筆を発表した時から、覚悟してきたことではあったが、この連載が、相当、自分を苦しめるであろうことは、目に見えていた” と。
 また、『新・人間革命』 の 〔はじめに〕 には、“その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となるにちがいない” と、壮絶なるご覚悟のほどを述べられています。
 “また、先生をいじめ、弾圧してきた人間たちのことも書き残します。さらに、学会への、評論家や学者、政治家などの誹謗や批判についても、それを、ことごとく打ち破る小説にしていく決意であります” と語られていますように、小説 『人間革命』 は、創価学会の広布の 「歴史と真実」 が、余すところなく解き明かされています。
 したがって、地涌の菩薩を自認し、広宣流布に戦う勇者にとって、小説 『人間革命』 は、学ばなければならない必修の書である。
 
 かつて、4~50年位前のことですが、青年部の活動方針として、
 (一) 師匠に帰命せよ。
 (二) 『人間革命』 の読了。
 (三) 利他の唱題30分(三千遍)。 という目標が打ち出されました。
 『人間革命』 を読むことすら、宗門は、大聖人の教義から逸脱していると、横やりを入れてきました。
 その根底には、“池田先生に帰命せよ” と言った 「帰命」 とは、仏さまに対する用語であると、ゆえに、血脈のある法主に帰命せよと言いたいのである。
 世間でも、事業を継承するには、その事業主(師匠)のところで、修行(弟子入り)するのである。学ぶためには、弟子は師匠に帰命しなければならない。帰命することは、師弟関係(師弟不二)が成立するのである。

 仏の大願たる広宣流布を実現せんとすれば、広宣流布を成し遂げた、創価学会の戸田先生・池田先生を師匠として帰命し、教えを請うことは当然のことである。
 広宣流布の実績のない宗門や法主には、広宣流布を論ずる資格はないのである。
 ただ、神秘的な血脈なるものを振りかざし、徳もない法主を、御本尊と不二の尊体だとか言って権威づけ、御本尊を私物化し、徒に信徒たちを隷属させようとしている。

 創価学会は、「世界広布新時代 拡大の年」 にあたり、 「師弟不二」 の信心で、二十一世紀を 「生命の世紀」 「希望に世紀」 へと築き行こうとしているのであります。
 
 〔鳳雛〕
 若さには、無限の可能性がある。
 その胸には、果てしない希望の翼が広がり、熱き情熱が脈打ち、向上の心が泉のごとくあふれている。
 人類の無限の財宝――それは次代を担う若き力だ。


 「このたび、青年部に、新たに、『高等部』 『中等部』 を設置いたします!」
 青年部長の秋月英介がこう発表すると、東京・台東体育館は大拍手に揺れた。
関連記事

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

公明党の「与党化」

 佐藤 優氏の “『公明党50年の歩み』 を読む” は、(最終回) 〔公明党 「与党化」 の意義を考える〕 であります。 (第三文明・2016-7月号)
 与党としての公明党は、1993年の細川連立政権参加によって始まり、1999年からは自民党との連立政権の樹立から本格化した。
 しかし、それ以前の野党時代にも、与党化に向けての地ならしとも言うべき局面があった。
 たとえば、1972年の日中国交正常化の際、中国と田中内閣の橋渡しをしたことは、その一つといえる。
 また、1994年の新進党への参加も、与党になるための トレーニングだったと考えられる。
 さらに、湾岸戦争での 100億ドル支援問題から PKO法成立までの経験は、野党ながら国の新しい生き方の決定に関わり、与党的な経験を積んだ。
 佐藤氏は、『50年史』 は、“「与党化」への軌跡を刻み付けた党史” とも言える、と述べられている。

 〔世界宗教の 「与党化」 は必然である〕
 佐藤氏は、“公明党の与党化は必然であり、何ら不思議なことでも意外なことでもない” と、それは、“「世界宗教と結びついた政党は与党であるのが当たり前」 であり、野党であるほうがむしろ不自然なのだ” と述べられている。
 歴史的に見ても、キリスト教は、313年 ローマ帝国から公認され 「与党化」 した。現代でも、ドイツの 「キリスト教民主同盟」 など、「世界宗教の与党化」 の例はたくさんある。
 “つまり、創価学会の本格的な世界宗教化と公明党の与党化は、コインの両面のように密接に リンクしているのだ” と述べられている。

 ではなぜ、世界宗教の 「与党化」 は必然なのだろうか 、との問いを設けて 答えられていますので、引用させていただきます。
 一つには、世界宗教というものが、「反体制的ではなく既存の社会 システムを認めたうえで “体制内改革” を進めていく」 という共通の特徴を持っているからである。
 創価学会もしかり。 「人間革命」 という キーワードが誤解を招きがちだが、創価学会に反体制的性質はまったくない。 「人間革命」 は体制転覆の革命ではなく “人々の心のなかからの革命” を指すのであり、創価学会はあくまで “体制内改革” を目指す教団なのである。
 各国の SGI 組織のありようを見ても、その国の国体(国の基礎的な政治の原則)に触れるような行為は決して行わず、既存の社会の システムにすんなり溶け込んでいる。
 そして、世界宗教が体制内改革を標榜するものである以上、その改革を進めるためにいちばん力を持った存在である与党と結びつくのは必然なのだ。
 現実への影響力という点で、野党と与党には天地の差がある。与党になってこそ、日本一国を大きく動かす力を得ることができるのだ。そのことは、野党時代の公明党と、与党となってからの公明とを比べるだけでも一目瞭然だろう。
  (同誌・53P) 

 人間の幸・不幸は、金があるとか・地位があるとかで決まるものではない。また、政治体制や経済機構の違いによって決まるものでもない。どんな社会体制の中にあっても、貧乏人もおれば・金持ちもおる。病人もおれば・健康体の人もおる。
 これらの違いは、どこから来たのであろうか? 社会体制や環境のせいでないのなら、所詮、個々人の生命境涯(宿業)の違いに帰するのである。
 そうであるならば、宿命転換すなわち、「人間革命」 する以外に “絶対的幸福境涯” になれる道はないのである。
 ゆえに、佐藤氏は「創価学会に反体制的性質はまったくない。…… あくまで “体制内改革” を目指す教団なのである」 と述べられている。

 〔与党だからこそ 持ち得た 「影響力」 の例〕 という項目のところでは、三点にわたって示している。
 第一に平和安全法制成立までの経緯において、公明党が果たした 「歯止め」 の役割である。
 この歯止めとは、閣議決定に盛り込まれた 「武力行使の新3要件」 のことである。この安全法制を 「戦争法」 と呼んで批判するものもおるが、むしろ、以前より戦争につながるような動きは封印された。
 佐藤氏は、“あえて言えば、公明党は単に 「歯止め」 をかけたにとどまらず、自衛隊をめぐる 「構造」 そのものを変化させたのだ” と述べられている。

 第二に、昨年(2015年) 8月14日に発表された、安倍晋三首相の 「戦後七〇年談話」 である。
 あの談話の最大のポイントは、「満州事変以後の日本の歩みは誤っていた」 との歴史認識の表明である。
 誤った時期を明確に特定した点で、前の村山談話よりも、むしろ安倍談話のほうが踏み込んだ内容になっている。これは、首相が連立 パートナーの公明党に配慮したからにほかならない。
 “公明党が与党であることによって持ち得た影響力の、実例の一つと言える” と述べられている。

 第三に“軽減税率導入決定までの経緯である。結果的には、公明党の主張をほぼ丸のみにする形で、自民党も軽減税率導入に同意した。これも、公明党が与党であるからこそだろう” と述べられている。

 このように、“安全保障・歴史認識・財政” という三つの分野において、公明党が自民党に大きな影響力を及ぼしてきたのである。 「与党化」 とは、現実の政治において、これほどの力を持つということなのである。

 〔すべての人々を守る 「人間主義」 を掲げて〕
 佐藤氏は、「公明党は結党以来、その姿勢にまったく ブレがない」 ということである、と述べられている。 

 公明党は常に 「大衆にとっての最善」 を考えて行動してきたのであり、その一点においてまったく ブレがないのだ。
 公明党は、「国民」 よりも 「大衆」 という言葉に重きを置いてきた。なぜ、「国民」 ではなく 「大衆」 なのかといえば、「国民」 は 「日本国籍を有する者」 という意味になり、「日本国籍を持たずに日本に住んでいる人」 ――在日外国人や無国籍者を排除する ニュアンスを孕(はら)むからだろう。
 ………
 それでも基本的には、政治の主体は 「その国に住むすべての人」 なのである。
 同様に、「生活者」 という言葉を最初に全面に出した政党も、公明党だ。
 国民ではなく、「大衆」 「生活者」 ――公明党の用いる ワーディング(言い回し)には、国籍にかかわらず、そこに住むすべての人々を守っていこうとする姿勢が感じられる。
 一部の人ではなく、すべての人のための政治。日本一国のみならず、世界のための政治。そのような 「人間主義」、世界市民的な視野を持った政治を、公明党は半世紀余にわたって貫いてきたのだ。
  (同誌・57P)

 佐藤氏は、公明党は “「大衆」 「生活者」 という言葉を最初に全面に出した政党だ” と、そして “すべての人のための政治、そのような 「人間主義」、世界市民的な視野を持った政治を、公明党は半世紀余にわたって貫いてきたのだ” と、じつに正しい 的を射た評価をしてくださっています。
関連記事

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR