旗じるし

 『日女御前御返事(御本尊相貌抄)』 に、「竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比はじめて法華弘通のはた(旌)じるしとして顕し奉るなり」(1243P) と仰せです。

 日蓮大聖人は御本尊を、「法華弘通のはたじるし」 として、すなわち “広宣流布のための御本尊” として、顕わしてくださいました。

 “旗じるし” とは、国家や軍隊、その他種々の集団や施設などの標章として用いられ、集団がその目的の達成のため、外には自己の存在を示し、内には団員の団結や士気を鼓舞するために掲げるものである。

 したがって、たとえその集団の中心者が倒れても、後者がその “旗じるし” を掲げて進んでいく限り、目的とする戦いは続けられる。ゆえに “旗じるし” は、その集団の生命というべきもの、理念といったものをあらわす、最も大事な要になっているのである。
 ゆえに、「法華弘通のはたじるし」 である御本尊は、大聖人の仏法における最も大切な要であると言えるのである。

 法華経方便品に、「如我等無異」(我が如く等しくして異なること無からしめん) とあります。
 仏の目的は、一切衆生を自分(仏) と等しい境地に導くことによって、苦しみから救うことである。

 『開目抄』 に、「衆生をして仏知見を開か令めんと欲す」等云云、…… 衆生と申すは九法界・衆生無辺誓願度・此に満足す、「我本誓願を立つ一切の衆をして我が如く等しくして異なること無からしめんと欲す我が昔の願せし所の如き今は已に満足しぬ」等云云。(209P) と仰せです。
 
 仏法は一切衆生の生命に、仏界が内在していると説いています。衆生をしてその仏知見を、開かしめ、示し、悟らしめ、入らしめんがために、仏は世に出現するという。

 したがって、仏の願いとは、「御義口伝に云く大願とは法華弘通なり」(736P) と仰せのように、「法華弘通」 すなわち、法華経(御本尊) をもって、衆生を救うための広宣流布の実現が大願なのである。
 
 御本尊がなければ、広宣流布はあり得ません。ゆえに大聖人は、“広宣流布のための御本尊” を、大難を忍び、大慈悲を起こして、末法の衆生のために顕わしてくださいました。

 池田先生は、次のように講義なされています。 (「新尼御前御返事」大白・2012年8月)

 仏から見て、苦難を避けることのできない闘諍の時代の衆生を、どう救うのか。地上から悲惨と不幸をなくす方途とは何か。それは、乱世に生きる民衆の一人一人を強く賢くするしかない。いかなる苦難をも打ち返す仏界の生命力を触発するしかありません。
 そこで、生命根源の力を直ちにあらわすために、御本尊が必要となるのです。

 人を救うことは、外的な環境整備も大切なことであるが、究極的には “一人一人を強く賢くする” すなわち 「人間革命」 しかないわけである。

 諸仏の願いは末法広宣流布です。悪世にあって、妙法五字の御本尊を 「身に帯し心に存」 して戦う勇者が出現しなければ、悪世を変革することはできません。
 「一人」 からまた 「一人」 へ。この人間の内なる可能性を開く実践が広がることが 「広宣流布」 です。それを実践するための御本尊です。まさに 「人間のための御本尊」 であり、「広宣流布のための御本尊」 なのです。


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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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