自殺 と 法器

 前のブログの池田先生のご指導は、次に戸田先生の自殺のお話にも言及されています。
 池田先生とトインビー博士との対話には、そのほとんどが意見の一致を見ましたが、一致しなかったなかで自殺の問題がありました。ゆえに、以前に “ブログ” で紹介いたしました。今回も先生の指導を紹介いたしたいと思います。

 引き続いて、池田先生の指導です。
 さらに、戸田は、自殺にも言及し、「この肉体というものは、法の器と申しまして、仏からの借り物になっております」 と述べ、その大切な仏の入れ物を、勝手に壊してはならないと、力説している。
 仏縁を結んだ人は、いつか、必ず御本尊と巡り合える。また、周囲の人びとの題目は、個人をも救い得る力となる。それが仏法の力であるが、自らの命を絶ち、福運を消してしまう人を、絶対に出したくなかったのである。
 (聖教2012年8月・厚田・45)

 戸田先生は、“この肉体というものは、法の器と申しまして、仏からの借り物になっております” と述べられております。
 法器とは、身体は妙法の無上宝聚を藏する器ということで、すなわち、妙法の当体であり、成仏の境涯を意味する。ゆえに、仏からの借り物になるのであります。

 『対談集』 でトインビー博士は、「当人が熟慮のすえ、なお死を願うというのを、邪魔してはならないと考えます」 と述べています。
 
 池田先生は、「生命には仏界が潜在しているが故に尊厳なのです」 と生命の尊厳性について語られ、仏法の三世の生命観によれば 「人間のもつ宿業もまた持続していくものと考えます。苦しみは死によって終わるのではなく、苦しみの業として死後も続いていくとするのです」 と、たとえ自死したとしても、何ら問題の解決にはならないのである。
 
 博士は 「人間は自殺する権利をもつ」 と、自らの尊厳を護るためには、許されるべきであると述べています。

 先生は 「その 『自らの生を終える』 ということを決定する主体は、知性や感情ではなく、もっと本源的な、その生命自体であるべきだと思います」 と、「全体的生命のみが、その生の終焉を決定する権利をもつといえましょう。…… それは、知性や感情がかかわりえない、意識下の深層にあるわけです」 と述べられ、知性や感情などの表層部分を突き抜けて、生命の奧底・本源に立ち返って論じられています。

 池田先生は、戸田先生の仰せの 「この宇宙そのものが慈悲の当体である」 との言葉を引かれまして、
 「万物を生成し、変化させ、生死生死を繰り返させながら、一切を生かそうとしている宇宙。この宇宙という大生命そのもが、仏の当体です。無作三身の仏の当体なのです。
 宇宙の慈悲とは 「本有の仏界」 の力用である。また 「本有の菩薩界」 の力用であり、これが地涌の菩薩の働きなのです。ゆえに総じては、宇宙の生きとし生ける一切のものが神聖なる地涌の菩薩なのです。別しては、この生命の法に目覚めた者を地涌の菩薩と呼ぶのです。
 菩薩道は人間性の極地の行動です。それは根底において、宇宙の慈悲の力用と一体なのです。私どもが友の幸福を祈り、語り、動いていくとき、その身口意の行動のなかに、永遠の生命が現れ出ているのです。
 (法華経の智慧3巻・330P)
 
 我われはともすれば、誰からも手を借りず、自分の信念・努力で生きているのだと思いがちであるが、そうではないのである。生まれて来る時から死ぬる時まで、すべて 「一切を生かそうとしている宇宙」 の大慈悲に助けられ生かされているのである。この大慈悲がすなわち、地涌の菩薩の働きであると仰せです。
 生をこの世に受けた者として、妙法受持の地涌の菩薩として、今度はその大慈悲の万分の一でも報恩感謝すべく、「友の幸福を祈り、語り、動いていく」 とき、「宇宙の慈悲の力用と一体」 となることができ、「永遠の生命が現れ出ている」 すなわち、一生成仏できるのである。

 引き続き、厚田の章の指導です。
 生命は永遠である。ゆえに、老いとは、終局を待つ日々ではない。今世の人生の総仕上げであるとともに、次の新しき生への準備期間なのである。
 命の尽き果てるまで、唱題に励み、師と共に、愛する同志と共に、広宣流布の大願に生き抜いていくのだ。そして、わが生命を磨き高め、荘厳なる夕日のごとく、自身を完全燃焼させながら、大歓喜のなかでこの世の生を終えるのだ。
 希望に燃えるその境涯が、そのまま来世のわが境涯となるからだ。
 (厚田・46)

 本来、人間は、宇宙と一体の大いなる存在なのだ! 個人の力は、かくも偉大なのだ! これが法華経のメッセージです。

 関連記事 “自殺について” ―→ ここから

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初めましてm(__)m

お久し振りにコメントします。

先日は御丁寧に温かいお言葉、本当に有難う御座いましたm(__)m


あれから、長時間のお題目に挑戦し、少しずつではありますが、御書も拝読させて頂いております。

また記事の更新楽しみにしてますm(__)m


まだまだ暑いですが、どうか熱中症には充分お気をつけ下さい!

Re: 初めましてm(__)m

 わざわざ、お礼のコメントを頂き有り難うございます。

> あれから、長時間のお題目に挑戦し、少しずつではありますが、御書も拝読させて頂いております。
>
 お題目と御書の拝読の実践、貴いことです。
 大聖人様は「法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず」と、持続の大切さを仰せられています。
 これからも、益々のご信心をお祈りいたします。
 くれぐれも、残暑にお気をつけてください。

Re: 自死について

 大変お悩みでしょう。
 お察し申し上げますが私には、人様に死後の生命について、指導する力も資格もありません。
 ただ、先生の御指導を、自分が感じたところを紹介しているだけです。

 先生は「苦しみは死によって終わるのではなく、苦しみの業として死後も続いていくとするのです。この業そのものは、その人自身の力で転換する以外にありません」と指導されています。
 
 亡くなった方は、自身の力で転換することが出来ませんから、縁ある人(親御さま)が、しっかり題目をあげて人間革命することが、その人の供養になります。
 広布大願、自行化他に亘る実践の人は「仏さま」であります。
 そこに、親子不二の成仏があります。
 このことを深く信じて唱題してください。よろしくお願いします。

遺伝子の乗り物

生物学で、肉体を「遺伝子の乗り物」と表現することがあります。

うまい表現だな。とは、思いますが、でも、何か違うな。とも思い、しばし考えました。

他の動物と違って、人間の体というのは、ほかにも希望者がたくさんいるのに、必死に頼みまくって、仏から、広宣流布に使ってください。と、なんとか貸していただいたものなんじゃないかな。と思いました。
だからこそ、自殺して壊して返すこと程、ひどいことは無いな。と思いました。

ある日、新人間革命の厚田の、この該当部分を読んだとき、とても感動しました。

Re: 遺伝子の乗り物



> だからこそ、自殺して壊して返すこと程、ひどいことは無いな。と思いました。

 私も同感であります。
 世界では、テロが横行しています。
 一刻も早く、正しい生死観、即、大聖人の仏法を教えて上げたいと思います。
 よろしく。
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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