板御本尊(1)

 去る9月16日、関西交流に参加し、関西池田記念会館の 「九州兄弟会勤行会」 に出席しました。
 担当幹部として東京より、池田博正副理事長がご出席してくださいました。

 建物は、言うまでもなく立派なもので、エスカレーターで大広間まで上られ、内部は椅子席でした。
 お仏壇は金色に輝いていて、御本尊は板御本尊でした。創価学会の会館で、板御本尊を拝したのは初めてでした。黒漆の板面に、金色の文字が浮かび上がるように輝いて見えました。

 聞くところによると、この御本尊は、戸田先生が請願なされ、日昇上人より御下付された、「創価学会常住」 の御本尊とのことである。かかる御本尊を、おりおり拝することができる関西の同志は、幸せだなぁ! と思いました。 (注…追記)
 そこで、この 「創価学会常住」 の御本尊について、「人間革命」 に記載されていることを、思いだし繙いてみました。

 戸田城聖先生は、昭和26年5月3日、創価学会第二代会長に就任なされました。
 就任式の席上、先生は烈々たる気迫のご決意を披歴なされています。

 「私の自覚にまかせて言うならば、私は広宣流布のために、この身を捨てます!
 私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は私の手でいたします。…… もし私のこの願いが、生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は出してくださるな。遺骸は品川の沖に投げ捨てなさい!よろしいいか!」

 最後の言葉は短かった。だが、戸田の火を吐く烈日の気迫は、聞くものすべての肺腑を打たずにおかなかった。   (文庫人間革命第5巻・51P)

 戸田先生は出獄されたその日から、創価学会の再建のために、獅子奮迅の活動をなされました。だが、敗戦下の多くの新興宗教の急激な発展に比して、正法受持の学会の活動が、じつは空転しているのではないかと思われてならなかった。
 先生は、生き生きとした組織の構築のために、何が必要なのか、何かが欠けている。その欠けているものの本質はなんであろうか、と深く反省なされました。その果てに、一切の方法論を、ひとまず捨てて、そして、鋭い洞察の下に、次のように結論いたしました。
 
 ―― 人びとの心は、いつか形式面にとらわれ、現象面を追って右往左往してしまう。われわれの組織は妙法のそれである。妙法流布の組織である以上、組織の中心軸は、いうまでもなく純粋無垢な信心でしかない。―― そう思いいたると、彼はこれまでの学会に欠けていたものこそ、この御本尊に他ならぬと悟ったのである。創価学会に、金剛不壊の大車軸としての御本尊のご安置がなくして、妙法の組織が生命の力をもつはずがない。
 そこで彼は、推戴式の席上、すでに提案していた学会常住の御本尊が下賜されるための請願書の作成を、心をこめて急いだ。

 
      請 願 書
 顧みますれば、昭和三年入信、昭和五年初代会長牧口常三郎、創価学会建設以来、大御本尊の慈悲をこうむる身となりました。私共同志は只々広宣流布を念願して参りまして、牧口会長、大御本尊に身を奉るの日には会いましたが、未だ広宣流布の大願は程遠く、思いをこがして七年になりました。
 大聖人宗旨御建立七百年を明年にひかえまして、去る五月三日に戸田城聖が第二代の会長の任をとり、不思議の因縁をもちまして、戸田会長の下に集う同志は五千を数うるに至りました。
 時あたかも、東洋あげての大動乱の現実に当面し、つらつら私共愚かな心にて、宗祖大聖人の御予言を立正安国論等にて拝し奉るに、遂に一国大折伏の時期到来せりと考えざるを得ないので御座います。
 この時に当たり、私共謹んで仏勅を奉じ、広宣流布実現に身命を賭せんと深く期する処であります。
 御法主上人猊下におかれましては、右(上) の真情を嘉せられ、大折伏大願成就の為の大御本尊を賜りますよう、創価学会の総意を以て誓願申し上げます。
                                 創価学会
                                   会長 戸 田 城 聖
  日蓮正宗総本山
    法主上人猊下
     昭和二十六年五月十二日 願之
 

 この請願書は、創価学会創立いらい、じつに二十一年目のことである。ここに、ようやくさまざまの苦闘の足跡を経て、広宣流布大願成就のための大御本尊の請願となったのだ。すなわち、創価学会の発迹顕本の晴れ姿なのである。戸田城聖の 「広宣流布は、おれがやる!」 という堅い決意と、もはや一歩も退くことのできぬところまできた彼の使命の自覚が、如実にこの請願書にこめられていたといえよう。
 この日、彼は、ある知人に歌をおくっている。


  春の花 秋の紅葉も なにかせん
      広宣流布に われは往くなり
     

 この御本尊の脇書きには、 向かって右の方に 大法弘通慈折広宣流布大願成就 とあり、左の方に 創価学会常住 とお認めの御本尊である。  (同5巻・71~74P)

 この 「広宣流布大願成就」 の御本尊を根本とし、一致団結して、戸田先生の御指導を仰ぎ広宣流布に邁進した結果、先生の願業であらせられる “七十五万世帯” を達成し、世界広布の道を大きく開くことができました。


 *追記
 私の早とちりで、関西の御本尊を 「創価学会常住」 の御本尊と申し上げましたが、関西にも日昇上人御下付の 「関西本部安置」 の御本尊があります。ゆえに、この御本尊のご謹刻の板御本尊であると思いますので、この点、訂正させて頂きます。

 池田先生は、昭和三十一年一月四日、はじめて関西本部を訪問なされ、関西本部の 「所願成就」 の御本尊に深く御祈念なされました。 「人間革命」 に次のようにあります。

 「この御本尊様は、すごい御本尊様です」
 彼はまた眼を御本尊様に移しながら、一語一語区切りながらつづけた。
 「大法興隆所願成就 ―― まさしく関西に大法が興隆して、一切の願いが成就するとお認めになっている。すごい御本尊様です。これで、こんどの関西の戦いは勝った!」 
 ………
 たしかに、向かって右の中央に 大法興隆所願成就とある。そして左の肩に 授与之創価学会関西本部安置 願主戸田城聖とある、
 御本尊様です。  (文庫人間革命第10巻・12P)

 つきましては、この御本尊の御下付された趣旨は、戸田先生の 「請願書」 に尽きると思いますので、上段の記事は、そのまま、利用させて頂きます。
 ご迷惑をおかけして、真に済みませんでした。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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板御本尊について

私、榎原恒道と申します。

学会2世で、特別御形木御本尊を受持しています。

広宣流布大誓堂にあります常住御本尊(板御本尊)

をいただきたいのですが、どうすればよろしいでしょうか。

学会本部に伺った方がよろしいでしょうか。

いただきたい理由は、私が地涌の菩薩の大導師として、

今から5年後の2022年(日蓮大聖人800年遠忌)に

広宣流布を成し遂げます。

そのために、我が家に板御本尊をご安置申し上げたいのです。

私の体験発表

私は、草加市に住んでおります。

私の職業は、コンピューターのシステムエンジニアです。

現在、私は病魔に冒されています。

2か月前から、首から腰までの筋肉の硬直が極限を

超えていまして、痛みとだるさで辛い状態です。

30年もの間、パソコンに向かって仕事をした結果、

筋肉が固まってしまったのです。

今から思うに、運動(スポーツ)をやっていればよかったと

後悔しています。

しかし、学会員の皆様方のお題目のお力、

尊敬する母のお題目のお力により、徐々に回復に向かって

おります。

私は、池田先生と奥様にお会いしたいと毎日、真剣に唱題を

しています。

池田先生にお会いしたら、一枚の写真をプレゼントしようと

考えています。

その写真には、何年前か忘れましたが、以前住んでいました

マンションの西の空に現れた「火の鳥」が写っています。

その写真を入れる写真立てを、銀座あるお店に頼んでいます。

ここで不思議なことがございまして、その銀座のお店のオーナーに

私の今の体の状態をお話ししますと、

そのオーナーが「私も十年前、腰を患い、整形外科、整体に

通ったのですが、最終的には、「指圧」で治しました」という

ことでした。

そして、草加市に指圧で有名な先生がいるとお聞きし、

早速、ネットで検索したところ、

「長谷川あんまマッサージ指圧治療院」がヒットしました。

電話をかけ予約して、行きましたところ、家の塀に

公明党のポスターが張っていました。

長谷川先生は、全盲(仕事で失明したとのこと)でした。

長谷川先生に、「先生は創価学会に入会しているのですか」と

尋ねたところ、「入っているよ。今さっき、婦人部の方々が唱題を

終えて帰ったところだよ」と言いました。

偶然にも、学会員に巡り合える。

御本尊様の功徳はなんてすばらしいのだろうと、

実感した次第です。

今度は、私が病を完全に治し、真剣に唱題、学会活動をして、

池田門下生の一人として、地涌の菩薩としての使命を自覚し、

より多くの人に日蓮大聖人の仏法を広めていく決意であります。

今後ともよろしくお願い致します。

榎原 恒道

















Re: 板御本尊について

 コメント 有り難うございます。

 ご質問の板御本尊について、一会員である私に答える資格はありません。

> 学会2世で、特別御形木御本尊を受持しています。

 いま、受持している御本尊に向かって、しっかり信行に励んでください。
 よろしくお願いします。

私の請願

谷 建二郎 様

ありがとうございます。

私は、私の生命に合致した御本尊をいただきたいのです。

日蓮大聖人は、文永8年(1272年)9月13日子丑の刻、首刎ねられ、本地自受用報身如来としてのお姿を顕された。

私、榎原恒道は平成29年(2017年)2月26日、病いで死に、本地自受用報身如来として生まれ変わった。

私の生命に合致した御本尊をいただくこと、それが私の請願です。


※日蓮大聖人800年遠忌⇒日蓮大聖人生誕800年に訂正します
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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