体験談(2)(音のない世界)

 前のブログにて私は、不治の病で頼るところがなく、非常に寂しい想いをしたと言いました。じつは、このことが起きる前の子供の頃、もうすでに一度、寂しい想いをした経験があります。誰にも話をしたことは無いのですが、丁度良い機会ですから、話をしてみたいと思います。

 それは、私が小学校 4年(9歳)の時のことです。終戦の日(昭和 20年 8月 15日)の数日前か、数週間前か、一ヶ月位前までのことです。詳しい日時は忘れて分かりませんが昼間でした。何のためにそこを通っていたのか等は、これも記憶になく分かりません。
 その場所は、北九州市小倉南区の北方というところで、自衛隊(旧・陸軍歩兵連隊)の正門のあるところから、現・都市高速道路の方へ延びている、ごく普通の二車線幅の道です。片側は駐屯地の塀があり、向かい側に民家があり、米屋さん等の店も数店ありましたが、時節柄・閉店した状態のままでました。

 この道を歩いている時、私は一瞬、子供心に “寂しいなぁ” と、何とも言えない寂寞(せきばく)とした感に打たれました。
 それは何故かといえば、「音がない」 のです。シーンとして 「音のない世界」 の中に立っていたからです。私は 「音のない世界」 の “寂しさ” を実感いたしました。
 周りをめぐらしても、人の子一人として居ない、猫の子一匹も居ない、動くものは、車などは当然のことで、何一つとして存在しない。何の音源もない。一瞬・時が止まったような、死の町・死の世界へ来たようでした。

 今から思えば、戦争末期の世相は、虚無感が漂っていました。言論統制の世のなか、庶民は口には出さないが、“戦争は負けそうだ” と、心の中ではみんな思っていたと思います。
 国家権力による、個人の思想信条・言論情報・経済活動・生活物資までも統制・統制と言って制限され、すべてに亘って自由を奪われた国民は、だんだんと生命力を落として行きました。戦争の続行は国民生活を破たんに追いやり、行きつくところ、国家・社会は活力を失い沈滞化し、亡国の姿が現れたものである、と思っています。
 現在の喧噪(けんそう)の世情から見て、「音のない世界」 など想像すらできないけれど、現実に体験した、歴史上の一瞬の一コマであります。
 
 私は仏法を学ぶことによって、人生の根本的な課題が “生・老・病・死” の四苦にあり、なかんずく、最終の臨終の問題を解決できずして、正しい人生を歩んだとは言えない、ことを知りました。

 『寂日房御書』 に、「今生のはぢは・もののかずならず・ただ後生のはぢこそ大切なれ、獄卒・だつえば(奪衣婆)懸衣翁(けんねおう)が三途河のはた(端)にて・いしやう(衣装)をはが(剥)ん時を思食して法華経の道場へまいり給うべし」(903P) と仰せです。

 “今生の恥” とは、世間の人々の評判である。“後生の恥” とは、自身の生命の因果律であり、その罪福をいうのである。
 “奪衣婆・懸衣翁が衣装を剥す” とは、今生で得た地位・名誉・財産などすべて剥され、役に立たない。また、親や子・親類縁者が居ても、誰も頼りにならないのである。裸の “自分自身” が一人ぼっちになって死に逝(ゆ)かねばならない、ことを教えている。
 そのときは、今までなした因果の法則のままの境涯の報いを受けるのである。“寂しい” 想いや死の恐怖に怯(おび)えるようなことになっては、絶対になりませぬ。
 俗間のことわざに、「二度あることは三度ある」 とありますが、私は二度ほど “寂しい” 想いを体験しました。三度目と言えば、わが臨終の時になりますが、絶対に “寂しい” 想いはしないぞ、と決意しています。 
 
 『持妙法華問答抄』 に、「願くは 『現世安穏・後生善処』 の妙法を持つのみこそ只今生の名聞・後世の弄引(ろういん)なるべけれ須(すべから)く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧(すすめ)んのみこそ今生人界の思出なるべき」(467P) と仰せです。
 臨終の問題の解決法は、御本尊を持って “南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき” の御金言の実践・修行あるのみです。

 『生死一大事血脈抄』 に、「所詮(しょせん)臨終只今にありと解(さと)りて信心を致して南無妙法蓮華経と唱うる人を 『是人命終為(ぜにんみょうじゅうい)千仏授手(せんぶつじゅしゅ)・令不恐怖(りょうふくふ)不堕悪趣(ふだあくしゅ)』 と説かれて候、悦(よろこ)ばしい哉(かな)一仏二仏に非ず百仏二百仏に非ず千仏まで来迎し手を取り給はん事・歓喜の感涙押え難し」 と。

 『松野殿御返事』 に、「南無妙法蓮華経と唱へ、退転なく修行して最後臨終の時を待つて御覧ぜよ、妙覚の山に走り登つて四方をきつと見るならば・あら面白や法界寂光土にして瑠璃(るり)を以つて地とし・金(こがね)の繩を以つて八の道を界(さか)へり、天(そら)より四種の花ふり虚空に音楽聞えて、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき娯楽快楽し給うぞや、我れ等も其の数に列なりて遊戯し楽むべき事はや近づけり、信心弱くしてはかかる目出たき所に行くべからず行くべからず」(1386P) と仰せです。

 日蓮大聖人は、即身成仏の絶対なることを御約束なさっています。我らは信をもってお応えし、世界広布の新時代へ、勇気と希望の大前進を開始しましょう。
 そして我が人生は、大勝利だったと宣言できるように頑張りましましょう。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

戦争は残酷ですね。
幼い頃は、山に入れば人骨によくであいました。道に落ちているピストルの丸から火薬を取り出して遊んでいました。
それで手をなくした子供いました。
ベトナム戦争が激化し、人種差別は凄まじいものがありました。
私は黒人街の近くに住んでいました。その街に白人の車が止まれば破壊されました。
そんな中、SGIのメンバーが白人黒人関係なく題目をあげ人種差別のない世界でした。
父が生前、学童疎開のことを話していました。戦争は2度と起こしてはいけないとの父の思いを谷さん、読んでください。
http://kukuruno.ti-da.net/e5496057.html

谷さん、音のない世界の寂しさを体験されています。私の妻は音のない世界に生きています。読んで頂ければ幸せです。

妻の体験談
http://kukuruno.ti-da.net/e5496017.html

Re: No title

 お便り有り難うございます。
 お父様、奥様の貴重なる体験談読ませて頂きました。
 
 沖縄の戦中、戦後にわたる悲惨な歴史を、あらためて認識いたしました。
 学童疎開の折、冷たい土の土下座、女生徒が防空頭巾を渡してくれたとのこと、何かホットして心が救われる思いがいたします。
 土下座させるのも人間なら、頭巾・弁当・古着を渡してくれるのも人間です。
 善人・悪人という二人の人間が居るのではなく、一人の人間の心のなかに善も悪もあると思います。
 さすれば、悪を克服するには、善の心(仏界)を拡大させる以外にないと思います。
 
 奥様のこと、障害は不幸ではありません。それに負けることが不幸であると思います。
 奥様は、立派に大勝利されています。菩薩の戦いをされています。
 お二人力を合わせて、沖縄の地をどこよりも楽しい仏国土に転換されますよう、心よりお祈り申し上げます。
 ご体験、有り難うございました。
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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