緩やかな形

 「特定秘密保護法案」 が衆議院を通過した。野党側は審議不十分と言い、与党側は十分に尽くしたと言う。どちらの言い分が正しいのか?
 立場の違いによる見解の相違であろうから、どっちもどっちだ。
 本当は国民が、正しく判定しなければならないのだが、その国民の大多数が無関心で、我関せずと決め込んでいる。この状態は、はなはだ憂慮すべきことである。

 譬喩について調べるため、『法華経の智慧』 を読んでいましたら、気にかかったところがありましたので、ご紹介したいと思います。

 斉藤 しかし社会には 「人を陥れる言葉」 「人を利用する言葉」、そして人間としての人権感覚まで 「マヒさせる言葉」 が氾濫しています。悲しむべき現実です。

 須田 「信なき言論、煙のごとし」 と戸田先生は喝破されましたが、見える煙なら避けることもできます。しかし今、日本は、「ウソの言論」 の煙に包まれて、どこにも逃げられない。いや逃げようとすらしません。

 名誉会長 「火の宅(いえ)」 ならぬ 「煙の家」 だね(笑い)。

 須田 もう亡くなられましたが、創価大学の樺(かんば)俊雄教授(社会学)が、こう警告されていました。
 「政界や財界の支配階級が自己の政策を推し進めるために世論を自己の都合のいい方向に押し曲げるために、マス・コミを自己の勢力のうちにだきこもうとしている」
 「そういうファシズム的政治体制がはっきりした形をとって現れる前に、これを未然に阻止するのが何よりも大切である。
 戦前の経験によっても、体制側はかならず最初は緩(ゆる)やかな形でしか規制措置を出してこない。はじめは緩やかな形ではあるが、しかし後にはテンポを速めて急速に態勢を整えてくるものである。そうなったときに反撃を加えるのには、大へんな努力が必要である。それゆえ、保守反動の勢力が動きはじめた今こそ、これを徹底的にたたくべきである」 
(『歴史は繰り返すか』勁草書房)

 名誉会長 そう。社会のわずかな変化にも、その底流を鋭く見抜かねばならない。そして 「悪の芽」 はつみ、「善の芽」 は伸ばすことです。どんな現象も、必ず意味があるし、必ず価値へと変えていけるのです。
 次元は違うが、ゲーテは 『ファウスト』 の終わりで、「すべて移ろい行くものは、永遠なるものの比喩」(高橋義孝訳、新潮社)であると言っています。


 斉藤 私たちも、ともすると、現実生活を離れた理論のなかに仏法の深い真髄があるかのように錯覚しがちですが、足下の現実こそが仏法であるということを、法華経の譬喩は教えてくれていると思います。  (法華経の智慧第2巻・33~35P)

 樺俊雄教授の “最初は緩やかな形でしか規制措置を出してこない” という、このことは権力者の常套手段であるから注意しなければならない。
 現在、アベノミクスとやらで景気が良くなったと浮かれていたら、裏から足をすくわれかねないのである。政治をよくよく監視しなければならないと思う。
 少しでも、お気を付けてくださいましたら幸いに存じます。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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