法華経の心(8)(常不軽菩薩)

 「法華経の心」 の実践は、「常不軽菩薩の礼拝行」 に求められます。
 法華経本門の流通分である 『常不軽菩薩品第二十』 に、「我深敬汝等(がじんきょうにょとう)。不敢軽慢(ふかんきょうまん)。所以者何(しょいしゃが)。汝等皆行菩薩道(にょとうかいぎょうぼさつどう)。当得作仏(とうとくさぶつ)」(我深く汝等を敬う。敢えて軽慢せず。所以は何(いか)ん。汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし) とあり、経文の漢字が “二十四字” ありますので、「二十四文字の法華経」 と言われております。

 常不軽菩薩は、過去世の威音王仏の滅後、像法時代に出現し、一切衆生に仏性があるとして 「二十四文字の法華経」 を唱え、四衆の衆生を礼拝し、軽んじなかった。 
 しかし、国中には謗法者が充満し、不軽を見て軽蔑し、杖木瓦石の迫害を加えたが、屈服することなく礼拝行を全うし、その功徳によって、六根清浄を得て、成仏した。
 また、迫害を加えた衆生は、その罪によって、一度は無間地獄に堕ちたが、再び不軽にあって、救われた。
 釈尊は、この常不軽菩薩の礼拝行を通して、滅後末法の “弘経の方軌” と “逆縁の功徳” を説いているのである。

 この不軽品に登場する菩薩の名前であるが、サンスクリット語の原典では、「常に(人から)軽んじられた」 男という意味になっているそうである。
 それゆえに、竺法護訳の 「正法華経」 では、「常被軽慢」(常に軽んじられる)と訳されていて、原典に近い訳である。
 鳩摩羅什訳の 「妙法蓮華経」 では、「常不軽」(常に軽んじない)菩薩と訳されている。

 池田先生は、「常不軽菩薩が、いつも バカにされていたという表面に着目すれば、たしかに 『常に軽んじられた』 菩薩になるでしょう。
 しかし一歩深く、その行動の本質、魂に着目すれば、『常に軽んじなかった』 という訳は正しいのではないだろうか」 
と述べられています。  (法華経の智慧5巻・120P)
 いかにも、羅什訳の 「妙法蓮華経」 が、釈尊の正意を誤りなく訳出した、珠玉の名訳であることが分かります。

 鳩摩羅什について ―→ ここから

 『御義口伝』 に、「此の廿四字と妙法の五字は替われども其の意は之れ同じ廿四字は略法華経なり」(764P) と仰せです。 
 法華経には、「広・略・要」 の三つがある。
 「広の法華経」 とは、釈尊の “一部八巻二十八品” 全体をいう。
 「略の法華経」 とは、天台の“摩訶止観”、また “方便・寿量の二品” をいう場合もある。ここでは、不軽の “二十四文字の法華経” も、「略法華経」 に当たります。
 「要の法華経」 とは、日蓮大聖人の三大秘法の “南無妙法蓮華経” であり、“七文字の法華経” とも言います。
 いずれにしても、“南無妙法蓮華経” とその元意は同じであり、広・略の法華経は、要である南無妙法蓮華経の序文となり、流通分となるのであります。

 池田先生は、次のように指導されています。
 名誉会長  法華経とは一体、何を説いたのか。それがこの二十四字に凝縮されているということです。「私は深く、あなた方を敬います。軽んじたり、慢(あなど)ったりいたしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道の修行をすれば、必ず仏になることができるからです」
 一切衆生に 「仏性」 がある。「仏界」 がある。その 「仏界」 を不軽菩薩は、礼拝したのです。法華経の経文上では “一切衆生に仏性がある” とは明示されていない。しかし、厳然と、そのことを主張しているのです。これ以上の 「生命尊厳」 の思想はない。
 宗教のなかには、「平等」 を説いたとしても、人類は 「罪の子として平等」 であると説くものもある。しかし法華経は皆、尊き 「仏子」 と説く。「仏界の当体として平等」 なのです。そこには、大きな違いがある。


 須田  自分の仏界を自覚してない “異教徒” であっても、仏界の当体である事実は変わりません。不軽菩薩が礼拝した通りです。ゆえに法華経の精神からは、暴力は絶対に出てきません。

 斉藤  暴力を伴なう 「宗教紛争」 は、絶対にありえないですね。

 名誉会長  ありとあらゆる暴力と対極にあるのが 「不軽菩薩」 です。法華経です。
 「暴力」 に対する 「精神闘争」 が法華経なのです。
  (法華経の智慧5巻・125P)

 二十世紀、二度にわたる世界大戦を経験した人類は、この大戦から何かを学んだかと思いきや、二十一世紀はますます、地域・民族紛争・無差別殺人等々、全地球的に 「暴力」 が罷り通っています。
 “「暴力」 に対する 「精神闘争」 が法華経なのです” と仰っているように、この激流に抗する力は 「法華経の心」 即ち、「自他の仏性を信ずる」 信念と、不軽菩薩の 「人を敬う」 ということを実践する以外にありません。
 この信念と実践行動をもって、「世界広宣流布」 に邁進しているのは、わが 「創価学会」 以外にありません。
 地球と人類の未来は、実に 「創価学会」 の双肩にかかっていると言っても、過言ではありません。創価学会会員の皆さま、我らこの 「常不軽菩薩の精神」 に立って、法華弘通の大願に頑張って参りましょう。

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR