神道の国教化

 明治維新の王政復古は、王権から民権へとの世界の流れに逆らったものであると述べました。その根本の原因は、これもまた、低級な思想・宗教(神道) を根底にしたことにあると思います。

 幕末の尊王思想は、日本古来の神道と日本独自の天皇制とが、結びついて出来上がったものである。これが明治期に入り 「国家神道」 へと変貌を遂げるのである。

 そもそも “仏教” と “神道” は、どちらの教えが高く深いのかと言えば、それは仏教である。神道は民衆の生活を指導することができるだけの教義は、全く無いのである。

 ただ、『古事記』 や 『日本書紀』 の 「豊葦原瑞穂ノ国ハ、我子孫ノ君タルベキ地ナリ。汝皇孫征(ゆ)イテ治メヨ。皇祚(こうそ)ノ隆(さか)エマサンコト、天壌ト倶ニ窮(きわま)リ無カルベシ」 という天照大神の神勅を、天皇親政の基本理念とした。事実ではない神話の話であり、神がかり的なものである。

 確かに、王政復古思想は、徳川幕藩体制を倒し、民衆を天皇のもとに統一して、欧米列強に対抗できる民族国家を樹立するのに、大いに力を発揮した。
 しかしそれがために、君主国家を樹立し、天皇を 「神」 とする必要性から 「国家神道」 なるものを作り、国教化を図った。
 そのために “神仏分離令” を発し、“廃仏毀釈(はいぶつきしゃく= 仏教を廃し、釈迦の教えを捨てる)” という強制的・暴力的手法を用いて仏教を弾圧した。これは信教の自由という世界歴史の流れから見て、逆コースなのである。

 日蓮大聖人の教えに 「教法流布の先後」 という教判があります。
 『教機時国抄』 に、「必ず先に弘まれる法を知って後の法を弘むべし、先に小乗・権大乗弘らば後に必ず実大乗を弘むべし、先に実大乗弘らば後に小乗・権大乗を弘むべからず、瓦礫(がりゃく)を捨てて金珠(こんじゅ)を取るべし、金珠をすてて瓦礫をとること勿(なか)れ」(439P) と仰せられ、すでに800年も前から、先に弘まった法より劣った法を、後から弘めてはならないと誡められています。

 明治政府は、低級なる国家神道を国家護持し、高等宗教たる仏教を捨てた。その故の太平洋戦争の敗戦という結果は、「国家神道」 の行き着くところの悲劇であったと言えるのではないでしょうか。

 『神国王御書』 に、「王法の曲るは小波・小風のごとし・大国と大人をば失いがたし、仏法の失あるは大風・大波の小船をやぶるがごとし、国のやぶるる事疑いなし」(1521P) との仰せの通りです。

 心して、「宗教」 の高低・淺深・善悪・邪正を、どこまでも研究し、取捨選択しなければならないのであります。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR