六大秘法・本門の戒壇について

 日寛上人は 「本門の戒壇」 を、「事」 と 「義」 に開いて示されました。
 此の 「事の戒壇」 と 「義の戒壇」 という御文は、御書にあるのだろうかと思って、御書検索で検索して見ました。
 そうしますと、結果は “0” で、二つ共にありませんでした。
 「本門の戒壇」 は 『報恩抄』(328P) に、“1件” ありました。

 今度は 「事の戒法」 で引いて見ますと、“2件” ありました。「義の戒法」 はありませんでした。
 それは 『三大秘法禀承事』 に、「勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ “事の戒法” と申すは是なり」(1022P) と、
  『身延相承書』 に、「国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、“事の戒法” と云うは是なり」(1600P)(“” は筆者)の御文があります。 

 したがって、日蓮大聖人は 「事の戒法」 とは仰せになっていますが、「事の戒壇」・「義の戒壇」 とは仰せになっていません。
 「本門の戒壇」 を 「事」 と 「義」 に開いて論じられたのは、日寛上人の独創であると思われます。と言いましても、上人の独創性が悪いのだとか、間違っていると言うことではありません。
 当然のことながら、後世に至って聖人が出現して、時に合った仏法を弘通することは必然のことである と思うからである。

 しかし、日寛上人の云われる 「事の戒壇」 は、現在の 「世界広布新時代」 の時代性に合わなくなってきていると思っています。
 時代性に合わないところは、『三大秘法抄』 の “勅宣並に御教書を申し下して” と、
 『身延相承書』 の “国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり” の処などは、現在の民主主義の時代には不都合な状況になって来ています。

 「戒壇」 とは,一般的には、授戒の儀式の場を言います。
 我が国では、奈良時代(754年)に渡来僧の鑑真によって、奈良の東大寺に建立された。そのほか、(761年)に栃木の薬師寺と福岡の観世音寺の計三ヵ所に建立された。いずれも小乗戒である。
 さらに、平安時代(822年)には、伝教大師が比叡山延暦寺に迹門の円頓戒壇を建立した。翌年の四月に初めて大乗の授戒が行われた。

 奈良・平安時代は、正規の僧侶になるには、すべて国家資格が必要であったのである。いわゆる、食いはぐれた者が、自分勝手に僧になることは禁じられていた。
 したがって、仏教は国家の監督下にあって、僧侶になるための授戒を行う場が戒壇であった。当然、その建立のためには、天皇の 「勅宣」 は不可欠の条件である。
 そして仏教は、鎮護国家の法となり、国家の安泰を祈り、国は仏教を保護した。像法時代は、お互いに持ちつ持たれつの関係であった。
 このような当時の時代状況からすれば、一国の広宣流布は、天皇や幕府の指導者の正法への帰依がなければあり得ないことから、大聖人はそれまでの時代状況を鑑みられ “勅宣並に御教書を申し下して” と、仰せになられたと思います。

 しかし、末法の大聖人の民衆仏法は、民衆一人ひとりの自覚を促がす自立の仏法である。そこに真の各自の独立自尊がなされるならば、必然的に国家権力と真正面からぶつかり、緊張関係が生ずるのは当然のことである。
 佐渡の流罪から赦免され、第三回目の国家諫暁の時、土地や堂舎を寄進することを条件に国家の安泰を祈るように要請されたが、大聖人は、その要請を敢然と拒否されました。

 『撰時抄』 に、「第三には去年文永十一年四月八日左衛門尉に語つて云く、王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(287P) と仰せです。
 そこには、国家の権力には “随えられたてまつるべからず” という、仏法者としての厳然と自立した姿勢をみることができる。

 また、“国主此の法を立てらるれば” の御文も、現在では広宣流布を天皇や国の指導者に頼んでして貰うわけではない。主権在民の時代には、国民一人ひとりが社会の主役であり、民衆が正法に帰依していけば、それがそのまま、広宣流布の姿となっていくのである。
 日顕宗は、“富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり” をたてにして、戒壇建立を世界でただ一カ所・富士の大石寺に特定し、「国立戒壇論」 を展開するなど、時代錯誤も甚だしい。
 
 日蓮大聖人は、「閻浮提内広令流布(えんぶだいない・こうりょうるふ)」(781P) すなわち、世界の広宣流布を説かれています。
 日蓮仏法を日本の国教にしたり、戒壇を 「国立」 にしたりするならば、一閻浮提第一の大仏法を、島国の日本の中に押し留め、矮小化して仕舞い、かえって、全人類のために法を説かれた大聖人の御精神に反してしまうことになる。

 したがって、日寛上人の云われる 「事の戒壇」 すなわち、「特定の御本尊」を、「特定の場所」 に、「特定の堂舎」 を建てて、御安置する形式の 「戒壇」 は、世界広布新時代には、建立する必要はないと考えています。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR