教義条項の解説(大誓堂と学会常住御本尊)

 「広宣流布大誓堂」 について、次のように述べられています。
 日蓮大聖人の御遺命は 「法華弘通」 即ち 「広宣流布の大願」 である。
 この御本仏のお心のままに 「広宣流布の大願」 を成就することを誓って立ち上がった、三代会長の死身弘法によって築かれたのが今日の創価学会である。


 日蓮大聖人の御遺命である 「広宣流布の大願」 を実現せんと立ち上がったのが、創価学会であります。
 なかんずく 第2代戸田先生が、 “七十五万世帯の折伏は、私の手でいたします” という、畢生の大誓願を発し、広宣流布の指揮を執られた原点の地・信濃町に、2013年11月18日 「広宣流布大誓堂」 が建立されました。
 須弥壇には 「大法弘通慈折広宣流布大願成就」 と認められた 「創価学会常住御本尊」 が御安置されています。
 そして、この大誓堂の勤行会の意義について、次のように述べられています。

 「広宣流布大誓堂」 の勤行会に参加する意義は、池田名誉会長が 「まさしく法華経さながらに、全世界から地涌の菩薩が勇み来たり、広宣流布の御本尊と境智冥合して、久遠元初の大誓願の生命を、昇りゆく旭日のように光らせ、生まれ変わった息吹で出発する黄金の会座であります」 と述べられているように、その座に列なり、永遠の師匠である三代会長と心を合わせ民衆の幸福と繁栄、世界平和、自身の人間革命を祈り、ともどもに広布の推進を誓い合う集いなのである。

 上記解説に “永遠の師匠である三代会長と心を合わせ民衆の幸福と繁栄、世界平和、自身の人間革命を祈り、ともどもに広布の推進を誓い合う集いなのである” とありますように、あくまでも 「広宣流布の大願」 を誓い合う場なのである。
 旧来からあるような聖地巡礼とは違うのである。また、大誓堂や信濃町は、ヴァチカン(キリスト教)・メッカ(イスラム教)等のような聖地ではないし、聖地化してはならないと思う。
 とは言っても、宗教施設のあるところ、聖地と言えば言えなくもない。ただ、言えることは、我が家のお仏壇と大誓堂との間に、功徳(成仏)において、僅かでも違い(勝劣)があると思ってはならないことである。
 要は、自身の信心であり、決意・誓願の問題である。

 大聖人は、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(1561P) と仰せです。
 大事なことは、広宣流布の戦いに生き抜くところに、仏界の生命は涌現するということです。
 したがって、「誓願」 の大切なることを、池田先生の御指導に学びたいと思います。

 「広宣流布の大願」 と 「仏界の生命」とは一体です。だからこそ ―― この誓いに生き抜く時、人は最も尊く、最も強く、最も大きくなれる。
 この誓いを貫く時、仏の勇気、仏の智慧、仏の慈悲が限りなく湧き出(い)でてくる。
 この誓いに徹(てつ)し切る時、どんな悩みも変毒為薬し、宿命をも使命へと転じていける。
 これが、創価の最極の同志であります。
 これが、学会の無敵の陣列であります。
 そして、我ら誓願の学会が奉(ほう)ずる 「法華弘通のはたじるし」(1243P) こそ、この大礼拝室に御安置奉(たてまつ)った 「大法弘通慈折広宣流布大願成就」 と、お認(したた)めの常住御本尊であられるのです。
  (11/8・落慶記念勤行会へのメッセージ)

 我らには 「広宣流布の大誓願の御本尊」 があります。
 我らには 「広宣流布の大誓願の師弟」 があります。
 そして、我らには 「広宣流布の大誓願の同志」 がおります。
 ゆえに、我ら創価の師弟は、広宣流布の大誓願とともに永遠なのであります。
 ………
 さあ、我らは、異体を同心とする団結で、苦楽を分かち合い、いよいよ明るく仲良く賑(にぎ)やかに、所願満足の大勝利の生命の旅を共々に飾りゆこう
 これからも、忍辱(にんにく)の鎧(よろい)を着て、勇気の声を響かせ、人類の心を聡明に結び合いながら、この地上に 「立正安国」 の楽土を築き広げていこうではないか
 わが誉れの全同志、万歳
 晴れわたる凱歌の 「創立の日」 の朝に
  (11/18・創立記念勤行会へのメッセージ)

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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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