己心の中の法

 時が経つのは早いもので、もう1年が暮れようとしている。今年も別に大したこともやってないが、あえて言えば74歳にしてブログを始めたことぐらいかなぁ!
 文を作るのが遅く、月に3~4編ぐらいしか出来ませんが、まぁ 呆け防止にはなると思って、続けて行きたいと思います。

 主な内容は、私が創価学会にお世話になって、法華経について、学んだこと・感じたこと等でありますので、あまり面白くは無いと思いますが、人生にとって宗教問題は非常に大事なものですので、ぜひ見に来て下さい。

 お正月には数多くの人々が、神社仏閣にお参りするでしょう。そのとき “厄除け・家内安全・所願満足” などとか言って、お札やお祓いなどを受けているが、本当に効果があると思っているのでしょうか?
 “気が安らぐ・運試しだ” など、また “個人の自由だ、心の問題だからとやかく言うな” と言われそうであるが、会社が商品を偽造し、効能を偽って言えば、偽証や詐欺罪が成立する。

 宗教だって道理は同じである。ただ、心に関する事柄であるだけに、紛らわしく解からないのである。消費者の立場にある民衆は、聖職者等の言動に騙されることなく、賢く道理を見極めなければならない。

 人々は往々にして、神仏等の力にすがり、救済を願い求めるものであるが、自身は何もせず、ただお札や聖職者から祈願して貰うだけで、“功徳があり、罪業が消滅する” と思うのは誤りである。
 本当の問題解決の力は、自身の生命の中にあるのである。この哲理を教えているのが 「法華経」 である。

 『一生成仏抄』 に、「但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず麁法なり」(御書383P) と仰せです。麁法(そほう) とは、不完全な法という意味です。

 己心の外に、何か解決の道があると思うのは法華経の信心ではないのである。“南無妙法蓮華経は我が己心の中にあり” と信じることが、全ての問題解決の基本である。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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