「21世紀文明と大乗仏教」を読む(5)(「万物共生の大地」)

 第三は 万物共生の大地 という視点であります。  (21世紀文明と大乗仏教・28P)
 まず 「万物共生の大地」 の イメージを、法華経の薬草喩品第五の 「三草二木の譬え」 から説明されています。
 「共生」 とは、異種の生物が共に生活している状態で、相互に利益があるものを “共利共生”、片一方しか利益を受けないものを “片利共生” という。
 また、仏教では 「共生」 を 「縁起」 と説きます。「縁起」 とは、“因縁生起” ということです。

 池田先生は縁起について、「縁起」 が、縁りて起こると書くように、人間界であれ自然界であれ、単独で存在しているものはなく、すべてが互いに縁となりながら現象界を形成している。 すなわち、事象のありのままの姿は、個別性というよりも関係性や相互依存性を根底としている。
 一切の生きとし生けるものは、互いに関係し依存し合いながら、生きた一つの コスモス(内的調和)、哲学的にいうならば、意味連関の構造を成しているというのが、大乗仏教の自然観の骨格なのであります、
と述べられています。

 「共生」 について、その 「関係性や相互依存性を強調すると、ともすれば主体性が埋没してしまうのではないか」 と問題を提起されて、先生は原始仏典の 「己(おのれ)こそ己の主(あるじ)である。他の誰がまさに主であろうか。己がよく抑制されたならば、人は得難い主を得る」 「まさに自らを熾燃(しねん=ともしび)とし、法を熾燃とすべし。 他を熾燃とすることなかれ。 自らに帰依し、法に帰依せよ。 他に帰依することなかれ」 (『真理の花たば法句経』筑摩書房) 等を引かれて、埋没してしまうのではなく 「自己に忠実に主体的に生きよと強く促している」 と述べられています。

 ここでいう 「自己」 は、「エゴイズムに囚われた小さな自分、すなわち 「小我」 ではなく、時間的にも空間的にも無限に因果の綾(あや)なす宇宙生命に融合している大きな自分、すなわち 「大我」 を指しております」 と述べられています。
 大聖人は、「我とは仏界なり」(756P) と仰せです。 大我の確立とは仏界を開発することであります。
 「三草二木の譬え」 にありますように、種々の草木があっても、平等に降り注ぐ仏の慈悲の雨がなければ、草木の成長も、大我の確立も、「万物共生の大地」 も あり得ないのであります。
 
 大乗仏教で説くこの 「大我」 とは、一切衆生の苦を我が苦となしゆく 「開かれた人格」 の異名であり、常に現実社会の人間群に向かって、抜苦与楽の行動を繰り広げるのであります。
 こうした大いなる人間性の連帯にこそ、いわゆる 「近代的自我」 の閉塞を突き抜けて、新たな文明が志向すべき地平があるといえないでしょうか。 そしてまた、「生も歓喜であり、死も歓喜である」 という生死観は、この ダイナミックな大我の脈動のなかに、確立されゆくことでありましょう。


 『御義口伝』 に、涅槃経に云く 「一切衆生の異(い)の苦を受くるは悉く是れ如来一人の苦」 と云云(758P) と仰せです。
 あらゆる人々の苦を、ことごとく我が一人の苦として受けとめて、“抜苦与楽の行動を繰り広げる” ものこそ 「開かれた人格」 の人であり、“こうした大いなる人間性の連帯にこそ、いわゆる 「近代的自我」 の閉塞を突き抜けて、新たな文明が志向すべき地平があるといえないでしょうか” と述べられています。

 日蓮大聖人の 『御義口伝』 には、「(生老病死という) 四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740P) とあります。
 21世紀の人類が、一人一人の 「生命の宝塔」 を輝かせゆくことを、私は心から祈りたい。
 そして、「開かれた対話」 の壮大な交響に、この青き地球を包みながら、「第三の千年」 へ 、新生の一歩を踏み出しゆくことを、私は願うものであります。 その光彩陸離たる 「人間と平和の世紀」 の夜明けを見つめながら、私の スピーチとさせていただきます。
  (1993年9月24日・ハーバード大学講演)

 大聖人の教えは、「生老病死」 という人生にとって避けて通ることのできない根本的な四つの苦しみさえ、“南無妙法蓮華経と唱え奉る” ことによって、我が身を “常楽我浄の四徳の香” をもって、荘厳することができるのである と仰せです。なんと素晴らしい、有り難きことではありませんか。
 この日蓮仏法の大哲理を、未だ知らない人々に一人でも多く教えて上げましょう。
 池田先生は、“21世紀の人類が、一人一人の 「生命の宝塔」 を輝かせゆくことを、私は心から祈りたい” と、弟子たちの 「開かれた対話」 の戦いに期待されています。
 これをお受けして、21世紀を 「人間と平和の世紀」 にするべき戦いを起こしましょう。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

生老病死という) 四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740P)
今日の御書とともにですね
御義口伝が大好きになってから 色々な事が 
心から納得できるようになりました
谷さんの 記事のお陰でもあります
いつもありがとうございます

Re: No title

 いつもお読みくださり、有り難うございます。

 御義口伝は、先生の講義録がありますので、有りがたいです。
 百六箇抄や本因妙抄は、難して解りません。
 先生が、講義してくださらないかなと願っています。

 明日より、夏季講座に参加します。
 ブログでお知らせできれば、良いなと思っています。
 よろしく。
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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