「第三の人生」は「第三の青春」

 9月号 『大白蓮華』 の 「幸福と平和を創る智慧」 には、「第三の人生」すなわち、人生の総仕上げの年代についての指導が掲載されています。  (2015-9月号・97~113P)
 私もこの年代になって、身につまされる問題であります。ただ単に読むだけならば、いずれは忘れ去ってしまうでしょう。それよりも書き取る方が、より記憶にとどまるのではないかと思いますので、ブログにて発表させて頂きます。

 池田先生は、
 「第三の人生」 は 「第三の青春」 でありたい。青春は、年とともに消え去っていくものではない。自分がどう思うかです。いくつになっても、前向きの挑戦の心があるかぎり、ますます深みを増し、ある人は黄金に、ある人はいぶし銀に輝いていくのです。
 人生の総仕上げの年代を、生涯青春の気概で生きゆけとの指導であります。

 御書に 「四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740P) とあるように、仏法ではさらに一重深く、四苦そのものが 「一身の塔」、すなわち 「生命の宝塔」 を荘厳する宝に変わる、と説いているのです。
 「愚者にとって、老年は冬である。賢者にとって、老年は黄金期となる」 という言葉もある。

 生老病死の四苦そのものが、わが生命の宝塔を荘厳する宝に変わるのだと、これほど、素晴らしく・有り難い大哲理が他にありますでしょうか。
 「しかし残念なことに、『死』 という根本問題から目を背けた現代社会は、そうした 『老い』 のもつ黄金の価値まで見失ってしまったように感じます」 と先生は戒められています。

 そして先生は、認知症の父親の介護に奮闘する、ある一家を激励されました。
 「心配することはありません。たとえ脳に刻まれた記憶が消えたとしても、生命に刻まれた福徳は消えない。広宣流布に尽くした功労は永遠に消えないのです。
 今、お父さんは、一家一族の宿命転換を担い、偉大な総仕上げの戦いをしてくれている。そう捉えて、題目を送り、温かく見守って差し上げてください。どうしてだろうと思い煩ったり、世間体を気にしたりする必要などありません」

 「業」 とは行いのことで、善業の記憶は消えても、生命に刻まれた福徳は消えない。これを確信し、悠々と、堂々と、家族や同志と共に生き抜く、これが信心である、と指導されています。

 長寿社会とは、競争よりも協調が、効率よりもゆとりが、物の豊かさよりも心の豊かさが、求められる時代です。自分が 「してもらう」 のではなく、わずかでもいい、自分には 「何ができるのか」 を考える時代です。いくつになっても、わが身を律しながら、貢献の道を探っていく。それが、「価値創造」 の生き方です。
 「価値創造」 といえば、学会活動そのものであり、ゆえに先生は、
 「人生の最高の誉れは、学会活動です。人のために祈り、動くことで、自分も幸福になる。これほどの価値ある人生はないのです」 と指導されています。

 「長生き」 の秘訣は何か、唱題行が根本であるが、そのうえで、一般的に、心のもち方が大きく関係する といわれていますので、その項目だけを取り上げてみます。
 ① 「くよくよしない」 ことが大切とされる。
 ② 「目標をもって生きる」 ことである。
 ③ 「ユーモア、笑いを忘れない」 ことも大切である。
 ④ 「何らかの仕事、使命に励む」 ことである。


 ハーバード大学のガルブレイス博士は 「健康法」 を、こういわれました。
 「何よりも大事なことは――朝起きた時、『きょう一日計画が決まっていない、考えていない』 といったことが、ないようにすることです!」
 朝を 「さあ、きょうも!」 と元気に出発することである。
 その意味で、みずみずしい一日の出発をする 「朝の朗々たる勤行・唱題」 が、どれほどすばらしい健康法か――。
 勤行・唱題は、小宇宙である自分自身を、大宇宙の根本のリズムに合致させゆく崇高な儀式である。
 ………
 博士は言われた。
  
 「年配者の最大の誤りは、仕事から引退してしまうことである。やるべき仕事がなくなれば 『肉体的努力』 と 『精神的な努力』 を、しなくなってしまう。とくに 『精神的な努力』 をやめることは、非常によくありません」
 いわんや、信心に 「引退」 はない。広宣流布への学会活動は、生命力をを増す 「最極の精神の努力」 であり、生命の根本的な健康法なのである。
 “信心に 「引退」 はない” と、また、遠慮もいらないと思います。

 アメリカの女流画家 グランマ・モーゼスの生き方を通して指導されています。
 人生の年輪が増すごとに、創造の輝きを一段と強く放ちゆく人には、“老い” はない。それは、常に人生の 「現役」 であることを、自負しているからではないだろうか。
 「生きる」 ということは、生涯かけて学ぶことである。また 「人生とは、私たち自身が創るもの」 なのである。そのスタートが何歳であっても遅くないこと、さらに、それには学歴などは要らないことも、モーゼスおばあさんは教えている。
 私はそこに、たぐいまれなる 「自律」 と 「自立」 の魂をみる。自らを律しつつ、自ら立つ。このとき人は、人生という名の舞台の上で、いつも “主役” を演じ続けることができるにちがいない。

 “「人生とは、私たち自身が創るもの」 である。そのスタートが何歳であっても遅くない。また、それには学歴などは要らない” との指導です。

 以上、断片的で中途半端な感は拭いきれませんが、他に ナイチンゲールの生き方 や 「不老不死」 等の指導もありますので、あとは 「大白蓮華」 の方を、熟読玩味して頂ければ幸いに存じます。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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