三代会長を語る(上-1)

 月刊誌 『第三文明』 に連載中の 「創価学会とは何か」 という テーマの “佐藤・松岡対談” は、いま 〔三代会長を語る(上)――三代会長が成し遂げたこと〕 という項目のところである。   (第三文明・2015-10月・52P)

 囲碁について “岡目八目” という俚諺(りげん)がある。これは、当事者よりも第三者の方が、かえって物事の本質・是非が分かりやすいという譬えである。
 佐藤氏は、同志社大学院神学研究科を修了した、筋金入りの プロテスタントの キリスト教徒である。外務省国際情報局で主任分析官として、対ロシア外交を担う。鈴木宗男事件に連座し失職。現在、作家・評論家として活躍している。
 松岡氏は、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士。大石寺で得度し僧侶となる。その後離脱し、青年僧侶改革同盟を結成。現在、東日本国際大学教授、同大学東洋思想研究所所長である。
 上記のような異色のお二人が、三代会長をどのように評するのか、興味深く感ずるものである。

 まずはじめに、〔「師弟」 のなかにこそ、生きた信仰が流れ通う〕 という項目があります。そのなかで、
 松岡  ……生きた仏法というものは、生きている師のなかに超越性――すなわち仏を見て、自らも仏を目指すという 「師弟不二」 の信仰に立ちます。つまり、三代会長を単に 「指導者」 としてのみとらえてしまうと、大切な何かがこぼれ落ちてしまう気がします。
 ………
 松岡 幹夫  信仰において、ただ単に法や教義を学べばよいというのは抽象論であって、真の信仰は生身(なまみ)の人間のなかにこそ躍動しているものです。それを師の姿を通じてつかみとることが、法華経における信仰のありようだと私は思うんです。

 佐藤 勝  ……「創価学会には、真実の宗教性がある。この宗教性は、池田大作創価学会名誉会長という一人の人間の人格に体現されている」 と、……創価学会の信仰と池田会長という人格は分かち難く結びついていて、分離して論ずることはできません。池田会長、ひいては三代会長を理解せずに、創価学会を理解することは不可能なんです。
 
 つぎの 〔三代会長は仏教の実現者〕 の項目には、 
 松岡  まず、「仏教史のなかに三代会長をどう位置づけるべきか?」 を考えてみます。
 釈尊が説いた仏教の確信は、「すべての物事は互に関わり合い、支え合って存在している」 とする 「縁起の理法」 です。それを大乗仏教では 「空」 という形で理論化し、竜樹などがさらに精緻化した 「中論」 を説いた。そしてそれが、天台に至って、「一念三千」 という存在論として結実します。その 「一念三千」 の理論を、「三大秘法」(本門の本尊・本門の戒壇・本門の題目)からなる 「救済のシステム」 として大成したのが日蓮でした。

 ………
 松岡  そして、日蓮が作り上げた三大秘法という 「救済のシステム」 を、広く日本中、世界中に流布していったのが、三代会長であり創価学会でした。釈尊は仏教の創始者、日蓮は完成者、三代会長は実現者であると言えましょうか。三代会長は、釈尊から日蓮に至る仏教史の、いわば 「総仕上げ」 の役割を担ったのです。

 松岡氏は、釈尊は仏教の “創始者”、大聖人は三大秘法という 「救済のシステム」 の “完成者”、三代会長はそれを広く世界中に流布していった “実現者” であり、仏教史の いわば 「総仕上げ」 の役割を担った と述べられています。

 佐藤  「総仕上げ」 を担ったのが出家者でないという点が興味深いですね。

 松岡  もちろん、日蓮宗や日蓮正宗といった僧侶集団がずっといたわけですが、彼らは七〇〇年の歴史のなかで日蓮の教えを形骸化させました。時の権力に迎合したり、聖職者とは呼べないほど世俗化したりして、三大秘法が 「救済のシステム」 として機能しなくなっていた。その システムを現代において再生させ、実際に民衆救済のために広く用いていったのが、三代会長でした。私が 「仏教史の総仕上げの役割を担っていた」 というのは、そういう実現者の意味です。

 佐藤  よくわかります。私も 『地球時代の哲学』 のなかで、「池田氏の出現によって、日本と世界の仏教の歴史は質的に変化したのである」 と書きました。その 「質的な変化」 を別な言葉で言い換えるなら、松岡さんが言われるように、「形骸化してしまっていた日蓮仏法の救済 システムを、現代に再生させた」 ということになると思います。
 そして、三代会長による 「仏教史の総仕上げ」 とは、「日蓮仏法の世界宗教化」 とも言えます。私は 『地球時代の哲学』 で、「池田氏は、『西洋の危機も東洋の苦境もともに救いきれる宗教、現在から未来にかけての一切の問題に、人類が一体となって取り組むのに役立つ宗教』 を創価学会の ドクトリンに体現した」 とも書きました。日本に生まれた宗教である日蓮仏法を、世界中どこでも通用する形に普遍化していったのが池田会長だと思います。
 もちろん、世界宗教的な側面は日蓮仏法そのもののなかにもあったし、牧口会長、戸田会長も、世界宗教化を視野に入れていたでしょう。しかし、それが具体的に実現されていったのは池田会長時代です。池田会長はたとえば、「人権」 とか 「自由」 などという ヨーロッパ由来の概念を、日蓮仏法の観点からとらえ直し、普遍化していったのです。
 (ドクトリン……教義)

 佐藤氏は、“「仏教史の総仕上げ」 とは、「日蓮仏法の世界宗教化」 とも言えます” と。
 日本に生まれた日蓮仏法を、世界中どこでも通用する形に、“言い換えれば、池田先生が仏法的観点から光を当てることによって、「人権」 や 「自由」 といった価値は普遍性を獲得したのです” と述べられています。

 佐藤  そして、三代会長による 「仏教史の総仕上げ」 が、「此岸(この世)性」 の追求のなかで成し遂げられてきたことは、大きな意義があると私は思います。
 創価学会/SGI は、「彼岸(あの世)性」 よりも 「此岸性」 を重んじる教団です。現実のなかでわれわれが直面するさまざまな苦難――病気や経済苦、家庭不和など――に対して、具体的な解決を与える。……
 現世において御利益がないような宗教は、来世のことに関わる “入場券” すら持っていないのです(笑)。悩み苦しんでいる人々を具体的に救うことを何よりも重視し、「此岸性」 を追及してきた点でも、三代会長は 「仏教史の総仕上げ」 を担ったと評価するにふさわしいと思います。

  
 彼岸の本来の意味は、生死・煩悩の迷いの世界を 「此岸」 とし、解脱・成仏の悟りの境涯を 「彼岸」 という。この此岸から彼岸に到ることを 「到彼岸」 といい、そのためには仏道修行が必要とされる。
 浄土宗では、西方極楽浄土を彼岸とし、死んで彼岸にゆくことを願うのである(欣求浄土)。
 このような浄土思想によって、一般世間では、死んだら成仏するという 間違った考えが広まり、彼岸を “あの世” のことと、間違った認識をしてしまった。この悪思想こそが、社会を害する根源の一凶である。
 日蓮仏法では、現実のこの世界、この身のままで、即身成仏(到彼岸)することができるのであります。 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: タイトルなし

 いつもお読みくださり、真に有り難うございます。

> だから、人間革命、新・人間革命を読まないといけないのです。
> そうしないと、学会が、なぜ学会なのかを知ることが出来ないからです。

 私も全く同感であります。
 松岡氏も“池田先生をただ単に「指導者」としてのみ捉えてしまうと、大切な何かがこぼれ落ちてしまう気がします” と述べられています。
 大聖人の御遺命である広宣流布をするためには、そこに「師弟の絆」がなければならないと思います。
 「人間革命、新・人間革命」を研鑚して「師弟不二」の信心を実践して行きましょう。
 よろしく、お願いします。

No title

“生きた仏法というものは、生きている師のなかに超越性――すなわち仏を見て、自らも仏を目指すという 「師弟不二」 の信仰に立ちます。つまり、三代会長を単に 「指導者」 としてのみとらえてしまうと、大切な何かがこぼれ落ちてしまう気がします”

私の場合は,超越性というよりは,人間賛歌のようなものを見たのですが,
それでもいいのでしょうか?

Re: No title

 コメント有り難うございました。

> 私の場合は,超越性というよりは,人間賛歌のようなものを見たのですが,

 超越性という分かり難い言葉ですが、松岡氏は「仏を見て」と言っていますので、仏界・仏性を指しいると思います。
 人間生命に仏性を見るということは、人間生命の尊厳性を謳っています。
 ゆえに「人間賛歌」と仰っても間違いではないと思います。

 先生はしばしば、「仏性よりも友情や人格を信じます」と仰っています。
 仏界や仏性は、生身の人間のうえに現れるものです。
 マンデラさんやゴルバチョフさんが、先生にお会いして、「ますます元気になりました」と歓ばれるのも、先生の仏性にふれたからであると思います。
 松岡氏が「真の信仰は生身の人間のなかにこそ躍動している。それを師の姿を通じてつかみとることが、法華経における信仰のありようだ」と語っているところを、あなた様の質問を受けて、ブログに追加しましたので見てください。
 ますますのご研鑽をお願いします。 有り難うございました。
 
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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