三代会長を語る(中)

 三代会長を語る(中)には、〔三代会長と創価思想の広がり〕 という サブ・タイトルが付いています。  (第三文明・2015-11月・52P) 

 そして、〔池田会長は 「創価思想の完成者」〕 という項目には、 
 松岡  創価学会の三代会長――牧口常三郎初代会長・戸田城聖第二代会長・池田大作第三代会長――は、それぞれの時代に応じた役割を担ってこられました。その役割を 「時代への応答」 とlとらえるなら、牧口会長は戦時下の忍耐の時代に 「罰論」 として、戸田会長は戦後の復興期に 「利益論」 として、池田会長は成熟社会の時代に 「生き方論」 として、創価思想を展開したと見ることができます。
 ………
 松岡  そして、三者とも基本線としては、創価思想を 「生き方論」 として展開したといえるでしょう。その意味で、池田会長は 「創価思想の完成者」 と見ることができます。

 牧口先生は、“美・利・善” という価値論を用いて折伏されました。御本尊を信ぜずして、「罰」 という反価値の現象に苦しまぬよう警鐘を鳴らしました。
 戸田先生は、戦後、広く庶民が塗炭の苦しみに喘ぐ中、その一切の苦しみ等の克服の道が、仏法にあると訴え、御本尊の 「功徳」 をもって折伏されました。
 池田先生は、成熟社会の時代には、自分自身をつくる、つまり、人間革命することを 「生き方論」 として、広く社会に、世界に展開されました。つまり、永遠の生命を説き明かした仏法の生死観が、クローズアップされる時代が来ているのだと。
 そして、SGI が世界に広がったという事実が、池田会長は 「創価思想の完成者」 と言えるのであります。

 佐藤  池田会長の人物としての スケールは、「一国のリーダー」 などという レベルの話ではないですからね。私は自著 『地球時代の哲学』(潮出版社)のなかで、「池田氏は悟りを得たという点では仏であるが、すべての衆生を救うためにわれわれの世界にとどまっている菩薩なのである」 と書きました。つまり、一国の リーダーたちがむしろ教えを乞うべき相手だと思うのです。 

 その他に、佐藤氏は、“「池田会長は創価思想の完成者である」 という視点を、はっきりと前面に打ち出すことではないでしょうか”
 “「個人崇拝と見られるんじゃないか」 などと気にすることなく、堂々と池田会長の重要性を打ち出すべきだと思います”
 “「池田教」 などという言葉で学会を揶揄(やゆ)する輩は、もう相手にすべき段階ではないでしょう”
 等々と。
 上記のように、創価学会の正義を、堂々と宣言すべきであると語られています。

 〔「存在論的平和主義」 の基本に立ち返れ〕 という項目に、
 「三代会長論」 という テーマから少し外れますが、この 「存在論的平和主義」 という言葉は、あまり聞いたことがありませんので、どのようなものか、聞いてみたいと思います。

 佐藤  私は、「公明党は安保法制に反対して連立政権を離脱すべきだ」 という意見は的外れだと感じています。「今いる立場で平和のために闘う」 というのが、松岡さんが名付けられた創価学会の 「存在論的平和主義」 のありようだと思うので。

 松岡  そうですね。「存在論的平和主義」 とは何かを一言で説明するなら、「『平和を叫ぶよりも、平和を生きる人が増えていくこと』 を重視する平和主義」 ということになるかと思います。「平和を叫べば平和がやってくる」 と考えるような、理想論的平和主義とは似て非なるものなのです。

 佐藤  「公明党は自民党に対する ブレーキにならず、むしろ アクセルになっているのではないか」 との意見もありますが、私は今でも十分 ブレーキになっていると思います。……
 
 松岡  日蓮仏法の平和に対する考え方は、「ダメなものでもよく変えていく」 「悪をもよく味方につけていく」 ということが基本だと思うんです。日蓮の御書にも、「法華第三に云く 『魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る』」(1242P) との一節があります。「十界互具」 である以上、善と悪は不可分ですから、相手が今は悪人であろうと、魔の働きであろうと、仏法を護り、平和を守る働きに少しずつ変えていこうとする――その姿勢が 「存在論的平和主義」 です。マックス・ウエーバーが 『職業としての政治』 で言う 「責任倫理」(「心情倫理」の対義語)を果たすべく、公明党は政権のなかで、あの手この手で闘っていくしかないと思います。

 佐藤  そうですね。公明党の頑張りで 「新三要件」 などの歯止めはかかっていますし、近未来において自衛隊が出動するような事態は、まず考えられません。安保法制の問題は、反対派が言うほど重大な問題ではないと私は思います。この程度のことで公明党・創価学会から離れていく人は、それだけの人ですよ。むしろ今は、「本当の味方かどうか?」 を見極めるいい機会と言えるかもしれません。

 佐藤氏は、“この程度のことで公明党・創価学会から離れていく人は、それだけの人ですよ” と言われています。
 安保法制のこともそうですが、「学会会則の教義条項改正」 についても、会則が改正されたと言っても、我々の家庭の御本尊が変わるわけでもなく、実際の信心修行上において、何一つ変わったものは無いのである。
 それを、日顕宗の者が、「変えた、変わった」 と言いがかりを付けてきたものを真に受けて、学会から離れていく人は、佐藤氏の言われるように、ただ “それだけの人ですよ” になります。
 そのようにならない為にも、「師弟の道」 を説いている 『人間革命』 『新・人間革命』 を、シッカリと研鑚しましょう。

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR