「新・人間革命」第7巻〔文化の華の章〕(教育について)

 〔文化の華〕
 偉大なる宗教は、偉大なる文化を生む。これは歴史の法則である。
 太陽の光が雪をとかし、大地の眠りを覚ませば、そこには芽が吹き、やがて、花々が咲き乱れる。
 同じように、仏法の慈光が、凍てついた人間の生命の大地をよみがえらせる時、絢爛たる 「人間文化の華」 が開くに違いない。
 広宣流布とは、社会建設の担い手である一人ひとりの人間革命を基軸に、世界を平和と文化の花園に変えゆく、まことに尊き偉業なのである。

 一九六二年(昭和三十七年)という年は、弘教の広がりのなかで耕された民衆の大地に、山本伸一の手によって、次々と文化の種子が下ろされ、発芽していった年であった。
  (新・人間革命7巻・7P)

 文化の華は、政治の分野では、一月に公明政治連盟が正式に スタート、七月に公明会が発足している。
 また、学術研究の分野では、一月に東洋学術研究所(後の東洋哲学研究所)が創設され、その機関誌も創刊されている。
 さらに、八月一日、東京の杉並公会堂で、歴史的な教育部の第一回全国大会が開催された。

 池田先生は、1962年の 『大白蓮華』 7月号の巻頭言 「文化局の使命」 のなかで、教育に対して多大な期待を述べられています。そのなかで、
 「民族の盛衰、一国の興亡が、一にかかって教育のいかんにありということは、古今東西の歴史が如実にこれを示している。
 とくに、教育の効果は、二十年、三十年後に現れるともいえよう。教育こそ、時代の民族の消長を決定する、まことに重大な問題である。
 しかるに、日本の現状はいかん。敗戦後十有余年の歳月を経た今日、いまだに確固たる理念もなく、迷いつづけているのは、じつに教育界ではないか。まことに嘆かわしいかぎりである」
(同書・9P) と訴えられています。

 当時、昭和37年の教育白書 『日本の成長と教育』 を見ると、教育は 「経済の成長に寄与する」 有効な投資であることが強調されていた。
 “「なんのための教育か」 「なんのために学ぶのか」 との根本の目的を問わず、ただ国家の経済成長に貢献する人材を輩出すればよい――これが日本の教育の実態であったといえる”
 戦前の日本は、欧米列強国に追いつくために “富国強兵” 策を用い、そのために “忠君愛国” を国民教育の指導理念とした。
 戦後は。民主教育が推進されたが、“国家の経済の発展に寄与する” ための人材育成が、主な目的になってしまった。

 つまり、看板は替わっても、本質は “国家の役に立つ” 人間の育成である。教育を国家の繁栄の手段としてのみ考えることは、国民を手段化することと同義であるといってよい。
 そこには、子供にとって教育とは何かという視点が欠落している。それが非行問題とも、深くかかわっていたといえよう。

 本来、教育の根本の目的は、どこに定められるべきであろうか。
 牧口常三郎は 「教育は児童に幸福なる生活をなさしめるのを目的とする」 と断言している。“国家の利益” ではなく、“児童の幸福” こそ根本だというのである。
 牧口は、この信念から、創価教育の眼目は、一人一人が “幸福になる力を開発する” こととした。そして、この幸福の内容が 「価値の追求」 であり、人生のうえに創造すべき価値とは、「美・利・善」 であると主張した。
 つまり、牧口は、価値創造こそ人生の幸福であり、さらに、社会に価値を創造し、自他ともの幸福を実現する人材を輩出することが、教育の使命であると考えていたのである。

 彼は 『創価教育学体系』 の緒言(しょげん)で、「創価教育学」 を世に問う熱烈な真情を、こう記している。
 「入学難、試験地獄、就職難等で一千万の児童や生徒が修羅の巷(ちまた)に喘(あえ)いで居る現代の悩みを、次代に持越させたくないと思ふと、心は狂(きょう)せんばかりで、区々たる毀誉褒貶(きよほうへん)の如きは余の眼中にはない」
 そこには、子供への、人間への、深い慈愛の心が厚く脈打っている。この心こそ教育の原点といえる。
 そして、その教育を実現していくには、教育法や教育学の改革はもとより、教育者自身の人間革命がなければならない。子供たちにとって、最大の教育環境は教師自身である。それゆえに、教師自身がたゆまず自己を教育していくことが不可欠となるからだ。
 教師は 「教育技師」 であると主張する牧口は、「教育は最優最良の人材にあらざれば成功することの出来ぬ人生最高至難の技術であり芸術である。是は世上の何物にも替え難き生命といふ無上宝珠を対象とするに基づく」 と述べている。

 さらに、教師たるものの姿を、こう論じる。
 「悪人の敵になり得る勇者でなければ善人の友とはなり得ぬ。利害の打算に目が暗んで、善悪の識別のできないものに教育者の資格はない。その識別が出来て居ながら、其の実現力のないものは教育者の価値はない」
 牧口が提唱した、創価教育の精神を、現実に、縦横無尽に実践したのが、若き戸田城聖であった。彼の私塾・時習学館からは、人間性豊かな、実に多彩な人材が育っている。
 山本伸一は、教育部員に、この先師・牧口常三郎、恩師・戸田城聖の志を受け継いでほしかった。
  (同書・15~17P)

 池田先生は、“先師・牧口常三郎、恩師・戸田城聖の志を受け継いでほしい” 、また “私の最後の事業も、教育である” と仰っています。
 もともと、創価学会は、戦前、「創価教育学会」 と称していて、学校の先生方が、創価教育学を研鑽する団体であった。
 創立者の牧口先生が、昭和 3年、日蓮仏法に入信し、修行・研鑽の結果、ご自身が創出された 「美・利・善」 の価値創造の哲理が、法華経の哲理と何ら矛盾することなく、むしろ唱題行による 「人間革命」 こそが、教育その他あらゆる革命の根本とすべき哲学であると確信されたのである。
 したがって、“子供たちにとって、最大の教育環境は教師自身である” と。創価教育にとって、教師自身の人間革命が不可欠となるのであります。
 初代・牧口先生は、戦前、教育の改革をもって、国民と国家を救おうと(立正安国の実践)されましたが、軍事政権より弾圧を受け、名誉の殉教をなされました。
 第二代・戸田先生は、戦後、“その根本の目的は、宗教革命にあるとして、会の名称から 「教育」 の二字を外して”、「創価学会」 と改め、大折伏を敢行し、広布拡大 “七十五万世帯達成” の大誓願を成就なされました。
 偉大なる教育者であられた、牧口・戸田両先生の御精神を受け継ぎ、教育革命・宗教革命に頑張りましょう。

 参考 : 「美・利・善」 について ―→ ここから 

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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