公明党と共産党の違い

 雑誌 『第三文明』 には、佐藤 優氏の “「公明党50年の歩み」 を読む” が連載されています。
 第3回目にあたる 4月号には、ここ1~2年の平和安全法制や軽減税率をめぐる与党内の交渉は、殆んど公明党の案が採択された。このことは、政権内での公明党の持つ 「力」 が大きくなった証拠である。
 2014年の結党 50年までを 「助走期」 とすれば、2015年から、いよいよ本格的な 「飛翔期」 に入ったと。そして、結党 100年を迎えるまでには、公明党首班政権が必ず誕生するとまで言われています。

 次に、〔公明党と共産党の本質的差異とは〕 という項目には、
 共産党は公明党に激しい対抗意識を燃やしてきたのは、なぜだろうかと。それは、“共産党は 「共産主義という名の宗教」 を奉ずる宗教政党だからである” と。歴史学者の トインビー博士も同じ趣意の言葉を述べられています。   (トインビー博士の関連記事 ―→ ここから
 共産党の人たちは、共産主義が異種の宗教であるとは、夢にも思っていないと思います。それどころか、マルクスの “宗教アヘン説” の方を信じ、宗教を蔑視している人が大半であると思う。
 そのようにして、同じ宗教政党として、公明党を異端視するが故に、敵愾心(てきがいしん)を燃やすのでないかと思われます。

 佐藤氏は、クリスチャンとしての独自の理論を展開し、いろいろ説明されていますのでご紹介いたしたいと思います。
 キリスト教においては、「原罪説」(アダムとイブがエデンの園で犯した神に対する罪が、人間の本性を損ねってしまったとする思想)が、信徒たちが自らを律する重要な 「歯止め」 の役割を果たしている。つまり、「自分たちが絶対正しい」 という唯我独尊に陥らないための歯止めとなるのだ。
 創価学会の場合、「原罪」 にあたる考え方はないが、師弟不二の思想、師匠との誓いというものが、信徒が自らを律する歯止めとなっているのだろう。
 それに対して、“宗教としての共産主義” には歯止めがない。だからこそ、どこまでも唯我独尊で突き進んでしまう怖さがある。

 20世紀を代表する キリスト教神学者の一人である ディートリッヒ・ボンヘッファーの、究極的なもの究極以前のもの という概念がある。この概念をふまえて考えると、公明党と共産党の本質的な差異が理解できる。
 共産党にとっては、政治が 「究極的なるもの」 である。しかし、公明党にとって政治は 「究極以前のもの」 である。そこが、両党のいちばん根本的な違いなのだ。
 公明党にとって、ひいては創価学会員にとって、政治も学問も仕事も 「究極以前のもの」 である。「究極的なるもの」 は、宗教的真実のなかにあるのだ。


 我ら学会員にとって、宗教的真実とは、「久遠の法」、すなわち 「妙法」 そのものであろうと思います。「妙法」 を信ずるとは、言い換えれば “因果の理法” を信ずることである。公明党の議員は、この根本法規を持しているから、わが身を律することができるのである。

 政治が究極ではないからこそ、公明党は政治において、妥協すべきときに適切に妥協できる。「妥協」 というと、よい イメージではないかもしれない。だが、ドイツの鉄血宰相 ビスマルクに 「政治とは妥協の産物であり、可能性の芸術である」 という名高い言葉があるとおり、妥協は政治に不可欠である。妥協すべきときに妥協できることが、政治家の最重要の資質とも言えるのである。
 だが、共産党にとっては政治が究極であり、政治自体が目的になってしまっている。だからこそ、彼らには柔軟な妥協ができない。「何でも反対」 のその姿勢は、彼らが適切な妥協ができない政党であることを示している。
(第三文明・2016-4月・55P)

 共産党は、共産主義を究極として、その政権樹立を目的としている。目的のためには、人間生命までも手段として利用し、暴力行為をも是認する 恐ろしい思想を、内に秘めているのである。
 この前の1月、天皇陛下を迎えての国会開会式に、突如、出席したり、一人区で選挙協力をすると言い出したり、この頃の ソフト路線には、騙(だま)されないように気を付けねばならない。
 そして、世の中の極悪を打ち破り、創価学会と公明党の勝利の旗を打ち立てよう

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

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共産党は宗教

実は、共産党は宗教なんですよね

日本人は、宗教法人の宗教団体だけが、宗教のように勘違いしてますけど
アメリカでは、スターウォーズ大好き教も宗教、ロックミュージック大好き教も宗教ですし、鉄道大好きオタクも宗教です。
「「信者」がいるものは全て宗教」という有名な言葉もありますしね。
なので、共産党もまた宗教の信者です

宗教である以上、正邪や高低浅深があります
誤った宗教を信じれば、悪業を積み、それに相応しい報い(俗にいう罰)があります

「悪を滅するを功、善を行うを徳」
民進共産という日本の悪の議席を、減らせば減らしただけ功徳があります
皆さんがんばりましょう

Re: 共産党は宗教

> 実は、共産党は宗教なんですよね

 思想哲学と宗教の違いは、ある考え(思想)を信じ実行(修行)に移せば、もう宗教であると思います。
 思考だけなのか、行動をともなうのか という違いであると思います。

 世間では、私は「無宗教者」であると、半ば誇らしげに言っている人がおるが、
 人は誰でも、意識していようが・なかろうが、自分の考えの下で行動をしているのであります。
 ゆえに、総じていえば、誰でも宗教を持っていることになると思います。

 あなた様も仰っていますように、思想には “正邪や高低浅深” がありますので、
 正しい最上のものを求めなければならないのであります。
 しかし、世の中は「劣謂勝見」といって、劣っているものを勝れていると見誤った見解が、特に宗教思想界には多いのである。
 これからも、人間主義を根本にして、“正邪や高低浅深” を正していきましょう。
プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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