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梵漢和対照 「法華経」 をみる

 4月度の NHK・ Eテレ の 「100 分 de 名著」 に、「サンスクリット原典現代語訳 『法華経』 上・下巻」(植木雅俊訳) が、取り上げられています。
 法華経というお経は、どのようなものなのか? はじめての方にも、譬え話などTV の映像を通して見られますから、教理は深いのですけれど、わかり易く語られており、ご理解できるのではないかと思います。 また、仏法対話にも活用できるのではないかと思いました。

 「梵漢和対照・現代語訳 『法華経』 上下」 は、購入してから久しく積ん読していますので、この際、一頁でも開いてみたいと思いました。
 頁を開きますと、左側の上段は サンスクリット原典、下段に漢訳文、右側には現代語訳文が記載されている。 非常に見やすい構成になっています。 これから サンスクリット語を研究される方には、得難い参考書になるのではないかと思います。
 さて、どこを見ようかと思いまして、いつも読誦して馴染み深い “方便品の十如実相” のところを開きました。
 頁の冒頭から十如是までの文を、引用させて頂きます。

 漢訳
 舎利弗よ、如来は能(よ)く種種に分別し、巧みに諸法を説き、言辞柔軟(にゅうなん)にして衆の心を悦可(えつか)せしむ。 舎利弗よ、要を取って之(これ)を言わば、無量無辺未曽有の法を、仏 悉(ことごと)く成就したまえり。 止(や)みなん。 舎利弗よ、須(すべか)らく復(また)説くべからず。 所以は何(いか)ん。 仏の成就したまえる所は、第一希有難解(なんげ)の法なり。 唯、仏と仏と、乃(いま)し能く諸法の実相を究尽(くじん)したまえばなり。 所謂、諸法の 如是相、如是性、如是体、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本末究竟等 なり。 (梵漢和対照 「法華経」上・78P)

 現代語訳
 シャーリプトラ(舎利弗)よ、正しく完全に覚られた尊敬されるべき如来たちは、希有(けう)にして驚嘆すべき大いなる 〔法〕 を獲得しておられる。 シャーリプトラは、まさにこのように言われたことを十分となすべきである。 シャーリプトラよ、正しく完全に覚られた尊敬されるべき如来たちは、最高の希有なる 〔法〕 を獲得しておられるのである。
 シャーリプトラよ、実に如来は、如来が知っているところのあらゆるものごと (諸法)、〔その〕 あらゆるものごとについて、如来のために説かれるであろう。 シャーリプトラよ、あらゆるものごとについてもまた、如来こそが説き示されるのである。 あらゆるものごとについてもまた、如来こそが知っておられるのである。
 それらのものごと (諸法) は、何であるか、また、それらのものごとは、どのようにあるのか、また、それらのものごとは、どのようなものであるのか、また、それらのものごとは、どのような特徴を持つのか、また、それらのものごとは、どのような固有の性質 (自性) を持つのか―― 〔すなわち、〕 それらのものごとは、何であり、どのようにあり、どのようなものであり、どのような特徴を持ち、どのような固有の性質を持つのかということを。 それらのものごと (諸法) に対して、如来だけが 〔上記の五つの点 において〕 明瞭であり、明らかに見ておられるのである。
 (同書・79P)

 私はこの現代語訳を見て、どうして・どこから “十如是” が出てくるのか? 分からなかった。 鳩摩羅什の完全なる創作ではないのかと思った。
 そこで、十如是に相当するであろうという ところを、太字にしてみたら、五つの項目がみえてきた。 それらの前に同じ言の “それらのものごとは” とあるところは “如是” に相当するところであろうと思う。 しかし、これらの五項目が、どの十如是に相当するのかは、さっぱり分からない。
 上記の訳文の 〔五つの点〕 に注釈がついています。

 注釈
 この五項目に相当する箇所を鳩摩羅什は、「如是」 (是くの如き) を冠した十項目、すなわち 相 (外面に現れた姿)、性 (内面的な性質)、体 (本質・本体)、力 (内在的な能力)、作 (顕在化した作用)、因 (内在的な直接原因)、縁 (補助的な間接原因)、果 (因と縁の和合による内在的結果)、報 (内在的果が具体化した顕在的結果)、本末究竟等 (本と末、すなわち相から報までのすべてが融合していること) ――の十如是として訳している。 十如是と、鳩摩羅什訳 『大智度論』 巻三二の 体・法・力・因・縁・果・性・限礙・開通方便の 「九種法」 との関係を指摘する人もある。 (同書・135P)

 しかし、注釈を見ただけでは、頭の回転が鈍くなっているので 分かりません。 『大智度論』 に 「九種法」 が説かれているということですので、検索してみましたら、「十如是と五何法」 というものに、行きつきました。ご参照ください。
  参照 : 十如是と五何法 ―→ ここから

 この論文をみますと、“羅什三蔵は 「五何法」 を諸法の在り方と解し、大智度論の 「九種法」 を参考にして、理解しやすいように 「十如是」 に開いたものでしょう” とありました。 私もそのように思います。
 したがって、鳩摩羅什の創作・独創と言えば言えなくもないが、釈尊の精神・法華経の法理に則った意訳であり、その後の 「仏教東漸(とうぜん)」 という偉大な業績に貢献いたしました。

 鳩摩羅什が 「十如是」 を訳出してくれたことで、天台大師の 「一念三千論」 の三千という数値の構成が完成しました。
 また、漢字訳された 「法華経」 は、はるばる日本まで伝来し、日蓮大聖人によって、正法・像法時代には、 いまだ曽てなかった “漢文字による大曼荼羅御本尊” として、末法の衆生に授与してくださいました。
 この御本尊こそ、末法の衆生の三毒(貪・瞋・癡)に覆われた生命を変革することができるのである。 この御本尊を 世界広布の 「法華弘通のはた(旌)じるしとして」(1243P)、「世界の平和」 と 「一切衆生の幸福」 のために戦いましょう。 

テーマ : 法華経
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 82歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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