事・理と人・法

 仏法に 「事と理」 という判釈があります。法華経本門は事の一念三千、迹門は理の一念三千である等と言います。一般的に、「事」 とは事実・実体・実践等を意味し、「理」 とは理論・法則・観念等を意味します。

 例えば、家の設計図は 「理」 である。それに対して実際に建てられた家は 「事」 となる。家が建てられて、初めて住むことが出来、そこに価値が生ずるのである。ゆえに、「理」 は真理観であり、「事」 は価値観に立ったものであると言えます。

 日蓮仏法では、「事」 とは妙法の当体の御本尊であり、「理」 とは妙法の哲理である。したがって、事は理を含むものであるから、事は理に勝れ、理は劣ると判ずるのである。ゆえに、空理空論の念仏宗など、打ち捨てなければならないのである。

 前回、六巻抄がなかなか解からなかったと言いましたが、そのなかの一つに次の文がありました。『三重秘伝抄第一』 の“第八に事理の一念三千を示さば”、のところで。(六巻抄・58P)

 「問う文底独一の本門を事の一念三千と名づくる意如何。
 答えて云く是れ唯蜜の義なりと雖(いえど)も今一言を以て之を示さん、所謂人法体一の故なり」
 とあります。

 ここで、どうして 「人法体一」 が、事の一念三千の意(こころ・所以) となるのか、なかなか解かりませんでした。日寛上人は、すべてお解りになられておられますので、当然のように、ただ一言 「人法体一の故なり」 と述べられ、あとは文証を示されただけで、詳しい説明はありません。

 日蓮仏法では、「人」(日蓮大聖人) と「法」(南無妙法蓮華経) は、別々のものではなく一体であることを 「人法体一」 又は 「人法一箇」 と言います。爾前・迹門の仏菩薩は、世情に随順する垂迹化他の虚仏であるため、法は勝れ・人は劣るのであり、これを 「人法勝劣 」と言います。

 ところで、「人法体一 」が事の一念三千ということで、「事」 について事実・事相・生活などを考える内に、ふと 「実在」 という語が思い浮かんできました。

 このことを踏まえて考えてみますと、「実在する」 すべての十界の衆生(物も含めて) が 「人法体一」 の当体、妙法の当体であると言うならば、では、「人法勝劣」 とは何か! それは反対に 「実在しないもの・架空のもの」 のことを示していると、言えないでしょうか。
 そのように考えますと、「架空のもの」 の話であれば、それは 「理論上のこと」 となり、すなわち、「理の一念三千」 となります。

 『諸法実相抄』 に、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用(ゆう)の三身にして迹仏なり …… この釈に本仏と云うは凡夫なり迹仏と云うは仏なり」(1358P)とあります。

 爾前・迹門の仏・菩薩は、所詮、南無妙法蓮華経から出た用(はたらき・つくろう・作用等) なるものであり、迹(影) にしか過ぎないとのことであります。

 したがって、迹仏は用(ゆう) すなわち、作用や影などであると言うことは、「実体がない」 と言うことであります。ゆえに、爾前・迹門の仏・菩薩は、架空の存在にしか過ぎないことになります。
 したがって、「人法体一」 は 「事の一念三千」 であり、「人法勝劣」 は 「理の一念三千」であることが、自分なりに解ってきました。

 今まで 「人法体一」 は、“三大秘法の南無妙法蓮華経であり”、「人法勝劣」 は、“爾前・迹門・脱益の仏法” などであると言うように、どちらかと言えば、「法」 の方へ軸足を置いて考えていたので、解からなかったように思われます。

 「人法体一」 とは、仏身に備わる 「法」 が、「体一」 であるのか・ないのか、言い換えれば、「境智冥合」 しているのか・いないのか、「成仏」 しているのか・いないのか、その身は「 事実の体」 なのか・「理論上の体」 なのか等を、見るものでは無いでしょうか。むしろ、「人(仏身)」 から観る方が良いように思えてなりません。そしてこれをもって、日蓮仏法と釈迦仏法との勝劣を判ずることが出来るのです。

 以上の点をふまえて、「人法体一(勝劣)」 を考えるうえでは、「実在(架空)」 という概念を当てはめて考えた方が、理解し易いように思いました。

 しかし老婆心ながら、「人法体一」 は、「自受用身即一念三千」 という日蓮大聖人の甚深のご境涯の意義を、とどめていることを申し述べさせて頂きます。

 所詮、「人法体一・色心不二・依正不二・境智冥合・因果倶時・諸法実相」 等々は、根底において、まったく、同じことを言っているのであり、すなわち、「南無妙法蓮華経」 のことなのであります。

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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