仏教の正統の流れ (その2)

 前に 「仏教の正統の流れ」 というブログを書き、そのなかで 「私は末法広宣流布を考えたとき、釈尊・天台・日蓮大聖人に、戸田城聖先生を加えて 『新・三国四師』 と、称することも可能ではないかと思っています」 と書きました。

 そうしますと、“「新・三国四師」は、大変誤解を与える表現ではないでしょうか? ” “学会が今まで多くの誤解を招いたのも、そういうことが原因だったと、わたしは考えています” と、ご心配されているコメントがありました。

 私は誤解を恐れたり、理解して欲しいと思ってブログを書いているのではありません。しかしながら、もともと法華経は 「難信難解」 「猶多怨嫉・況滅度後」 の経であります。
 日蓮大聖人は、「信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり」(552P) と仰せられています。私はただ、自分の学んだ考えを述べさせてもらって、その中の一つでもご理解いただければ、望外の喜びとするものです。

 「三国四師」 は日蓮大聖人が、仏教史の上から法華経の正統の正師を述べられ、ご自身が末法の正師(御本仏) であるとのご確信を述べられたご金言です。
 私が 「三国・五師・六師」 と言えば、エスカレートしているとのご批判もありましょうが、「三国四師」 の範囲内で、かつまた、大聖人御入滅後・末法流布の700年のことを考え、法華経の正師はいらっしゃっるのか・どうかを見る分には、何ら差し障りもないし、ご金言の意に反しているとは思っていません。

 大聖人門下には、六人の高弟(六老僧) がいましたが、第二祖日興上人以外の五人は、大聖人の文底独一本門の奥義が解からず、御入滅後は自分勝手に自説を唱え、てんでんばらばらに自宗派を開いたが故に、門下は分裂状態になりなした。

 時代は下って江戸時代の中期、大石寺第二十六世・日寛上人は、これまでに蔓延した日蓮宗各派の邪義をことごとく破し、文底下種・三大秘法の御本尊の奥義を示され、日蓮仏法の正義を宣揚なされました。しかし、流布にまでは至りませんでした。

 それは徳川幕府の宗教政策(檀家制度) によって、仏教の衆生救済の精神を忘れてしまい、明治政府の 「肉食妻帯勝手たるべし」 との布告により、僧侶の堕落はここに極まったのである。これによって日本の仏教界は、祖師の精神を実践する者はなく、ただ死者と関わる葬式仏教に成り下がったのである。

 日蓮正宗(日顕宗) もご多分に漏れずこれらと同じで、特に戦時中、軍部から徴用された堂塔に、神棚をまつるという大謗法を犯し、挙げ句の果てに、客殿の焼亡と法主の焼死という仏罰を被った。ここに日蓮仏法は、存亡の危機にひんしたのである。
 このころ創価教育学会は、神札を拒否したことにより、不敬罪と治安維持法違反で、牧口会長・戸田理事長は、逮捕・入獄されていました。この両先生の師弟不二の 「不自惜身命」 の信心により、辛うじて日蓮仏法の命脈は保たれたのである。

 大聖人御入滅後・700年、日蓮門下の中で、国家権力と対峙して弾圧を被ったものがいるのでしょうか。それは創価学会のみである。牧口先生は獄中にて殉教、戸田先生は法華経を身読なされ、不思議なるご境界を感得なされました。いわゆる 「獄中の悟達」 と称されるものです。 
 この 「獄中の悟達」 こそ、戸田先生の法華経であり、また創価の法華経であり、学会の原点であり、誇りであり、財宝であり、独自性であり、正統性であり、血脈のある証左であり、広布大願の使命と責任と決意があると思っています。

 戸田先生は、死身弘法のうえ七十五万世帯の大願を成就なされました。池田先生はこの使命を引き継がれ、今や世界192ヶ国にまで広宣流布の拡大を達成し、仏教史上に燦然と輝く未曽有の大偉業を成し遂げました。この大偉業を成された戸田先生が、「法華経の正統の正師」 でなければ、何方が正師でしょうか。

 業績を考えれば、池田先生は戸田先生を超えられていますが、広宣流布の原点も 「獄中の悟達」 にあると思いますので、「新・三国四師」 の中の 「正統の正師」 に、創価学会を代表して戸田城聖先生の名をお入れして、顕彰申し上げても良いのではないかと思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村

テーマ : 創価学会
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
FC2ブログへようこそ!

北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


仏教 ブログランキングへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR