人生の総仕上げ

 聖教新聞連載中の 「新・人間革命・共戦の章」 は、昭和52年の時の山口県指導が載っています。
 山口開拓指導 (昭和32年) から20年、共に戦った草創の同志も、大半の方々が六十代、七十代となり、人生の総仕上げの時代に入っていました。

 池田先生は、“総仕上げ” とは、いかなる生き方を意味するのかと仰せられ、指導されています。私も後期高齢者の仲間入りをし、人生の総仕上げの時に入りました。わが身につまされる問題で、感慨深く読ませて頂きました。そこで、抜粋ですが引用させて頂きます。

 「第一に、報恩感謝の思いで、命のある限り、広宣流布に生き抜き、信仰を完結させることです。正役職から退くことはあっても、信心には引退も、卒業もありません。“去って去らず” です。
 そうでなければ、これまでの決意も誓いも、人にも訴えてきたことも、結局は、すべて嘘になってしまう。後退の姿を見れば、多くの後輩が失望し、落胆します。そして、それは、仏法への不信の因にもなっていきます。
 『受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり』(御書1136P) と大聖人が仰せのように、最後まで、いよいよ信心の炎を燃え上がらせていくんです」
 (聖教・新人間革命25巻・共戦28)

 先生は 「正役職から退くことはあっても、信心には引退も、卒業もありません。“去って去らず” です」 と仰せです。私は正役職を退いていて、電話の数は極端に少なくなり、下手をすると連絡もなく、置いてけぼりを食らうことになります。
 “去って去らず” は当方の決意次第であり、「幹部だった人は、終生、同志の生き方の手本となっていく使命と責任があるんです」 とのご指導を、肝に命ずべきであると決意します。

 ある草創の高齢の同志の亡くなるお姿をとおして、 (詳しくは聖教新聞へ)
 「息絶える瞬間まで、法を説き、唱題し抜こうとする様子を聞き、私は感動しました。仏を見る思いがしました。まさに、広宣流布に生き抜いた、荘厳な、美しい夕日のような、人生の終幕といえるでしょう。
 そこに待っているのは、美しき旭日のごとき、金色に包まれた未来世の幕開けです。生命は永遠なんです」
 (同・共戦29)
 この様な素晴らしい臨終を迎えたいと思います。
 
池田先生は、「日蓮大聖人は、『須(すべから)く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧(すすめ)んのみこそ今生人界の思出なるべき』(467P) と言われています。つまり、一心に唱題と折伏に励み抜いていくことこそ、人間として生まれてきた、今世の最高の思い出となると、御断言になっているんです。
 私たちは、人間として生まれたからこそ、題目を唱え、人に仏法を語ることができる。
 一生成仏の千載一遇のチャンスを得たということです。ゆえに、地涌の菩薩として、今世の使命を果たし抜いていくんです」
 (同・共戦30) と、ご指導されています。

 日蓮大聖人は 「蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし」(1173P) と仰せです。
 本当の幸福は、「心の財(たから)」 を積んでいくなかにこそあるのだと、“一生成仏” の大切さを改めて確認しました。

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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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