如来秘密 神通之力

 法華経の秘密は 『如来寿量品第十六』 に、「如来秘密 神通之力」(如来の秘密・神通の力) とあります。本当の如来秘密は、法華経のみにあるのです。
 その外の文証は、
 「此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり、諸経の中に於て最も其の上に在り」(292P)
 「故に天台の云く二乗根敗す之を名けて毒と為す、今経に記(き)を得る即ち是れ毒を変じて薬と為す、論に云く余経は秘密に非ず法華は是れ秘密なり」(984P)
 等々、数多くあります。

 如来の秘密について、『三大秘法抄』 に、
 「一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す、又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す、仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」(1022P) と仰せです。

 「三身」 とは、法身・報身・応身の三種の仏身を云います。
 爾前経では、「法身の無始・無終はとけども応身・報身の顕本はとかれず」(198P) と云われるように、三身が別々に説かれました(秘)。
 法華経にきて初めて、一身に三身を具し、かつ三身の無始・無終(常住)が説かれました(密)。
 また、「四十余年・未顕真実」 とあるように、仏は四十二年間、法華経を説かず(秘)。
 「唯仏与仏・乃能究尽・諸法実相」(唯、仏と仏とのみ、乃し能く諸法の実相を究尽したまえり) とあるように、仏のみが諸法の実相を知っている(密)、 のである。
 以上のことは、釈迦仏法(文上) の所談である。

 日蓮仏法(文底) では 『御義口伝』 に、「此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり」(760P) と仰せられ、御本尊のことを指し示している。

 すなわち、如来秘密は、中央の 「南無妙法蓮華経 日蓮」 を現わし、神通之力は、「左右の十界三千の姿」 を現わしているのである。
 『諸法実相抄』 に、「如来秘密は体の三身にして本仏なり、神通之力は用の三身にして迹仏ぞかし」(1358P) と仰せられ、本体及び心具の十界三千は、ともに日蓮大聖人の 「一身の当体」 であり、即・「三大秘法の大御本尊」 を現わしているのであります。

 池田先生は、「如来秘密神通之力」 を、南無妙法蓮華経(文底) から読まれて、次のように講義をなされました。
 南無妙法蓮華経を悟った境地こそ、あらゆる仏の本地です。その生命自体が、仏の本体であり、本仏なのです。
 南無妙法蓮華経の仏すなわち、「南無妙法蓮華経如来」 が文底の 「本仏」 なのです。
 この 「南無妙法蓮華経如来」 が文底の 「如来秘密」 となります。そして、久遠実成の仏による永遠の衆生救済の働きも、南無妙法蓮華経の働きととらえられます。これが、文底の 「神通之力」 です。
 したがって、文底では、南無妙法蓮華経が本仏であるのに対して、釈迦・多宝などの一切の諸仏は、南無妙法蓮華経の働きを表した迹仏となります。

 この文底の法門がなぜ大切なのでしょうか。
 それは、あらゆる仏を仏にした根源の一法、すなわち南無妙法蓮華経が明かされない限り、現実の凡夫が成仏する道が開けないからです。
 「凡夫の成仏」 こそ寿量品の核心です。
 寿量品一品の内容を示した 「如来秘密神通之力」 とは、“凡夫成仏の道” を指し示しているのです。
 (小冊子・方便品寿量品講義②・45P)

 『御義口伝』 に、「今日蓮等の類いの意は即身成仏と開覚するを如来秘密神通之力とは云うなり、成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり、此の無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり」(753P) と仰せです。

 大聖人は、即身成仏と開覚することを如来秘密神通之力と云うのである。すなわち成仏すること以外に、神通も秘密もあり得ないのである。このように成仏は、大御本尊に南無する “信の一字” をもって成就することができると仰せです。

 池田先生は、「人間の生命ほど不思議なものはない。尊いものもありません。凡夫がその身そのままで成仏できる。平凡な人間であっても、仏と同じように生命の奥底から満足しきった幸福境涯を確立できる。これ以上の秘密はない。神通之力はありません。
 あらゆる人々に、最高の幸福境涯を満喫させる力 ―― これが仏の 『如来秘密神通之力』 です。いわば 『全人類の境涯を高める力』 です。
 そして、これこそが、御本尊の偉大な功力なのです」
 (同書・51P) と指導されています。

 追記:「別釈」があります。
 
 戸田先生講述の 『方便品寿量品精解』 の中で、如来秘密・神通之力の 「別釈」 がありますので紹介させて頂きます。

 南無妙法蓮華経の御本尊様の神通力は、われわれのような凡夫を仏にして下さる、素晴らしい神通力であります。仏になる前に菩薩行をやります。われわれは地涌の菩薩であります。たとえ、どんな生活をしていても、われ地涌の菩薩なりという確信をもつべきであります。

 「われわれは地涌の菩薩だ、仏だ」 といわれても、何も関係のないように思います。「そんなことは、どちらでもいい、それよりも、千円札一枚もらつた方がありがたい」 と思っております。

 ところが、お金にたとえれば、何千万円も何億円ももらえる如来の秘密というもの、南無妙法蓮華経の御本尊様は、とてもすごい神通力なのです。大聖人様は最高の神通力といっております。釈尊の因行果徳すなわち原因の修行や、その結果の徳分を、御本尊様を信じて拝むことによつて、全部えられるのであります。お金持ちであるかどうかは知りませんが、かりにお金がないといたしましよう。たとえば貧乏しているとして、どうして貧乏しているかといいますと、過去世において、貧乏しなければならない原因をこしらえてあるからです。過去に貧乏になる因があつて、結果はここへきてでている。だから金持になれないのです。

 しかし、宿命で定まつたものなら、もうどうしようもないという考えは爾前経です。アミダ経などは 「どうせ、この世は、こういうふうに定まつてきたんだから、一生貧乏してもしようがない。ナンマイダナンマイダ、死んで極楽浄土へゆこうよ」 なんていうことになる。冗談じやない、この世の中で、貧乏して苦しんで、それで死んでから極楽浄土になんかいけるわけがない。

 ところが、この如来の秘密というは、過去世に貧乏する原因しか作つてないのを、南無妙法蓮華経と御本尊様を拝んで 「どうかお金持にしていただきたい」 という願いが、こちらに起りますと、過去世に植えてなかつたところの、金持になる原因というものが植えつけられるのです。貧乏の原因しかなかつたのに、題目の力で金持になるを過去に作つたと同じように植えてしまうのです。金持になる原因を植えたのですから、貧乏になる原因はなくなつてしまう。そして、欲しくなくても、何でも金が入つてきてしまう。それが神通力なのです。

 すなわち如来の秘密とは南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経という神通力は何かといえば、過去世にわれわれが作つておかなかつた金持になる原因が、南無妙法蓮華経を唱えて御本尊様に向かうとき、植わつてしまつて金持になつてしまう。肺病の初期の者がなおり、貧乏人が絶対に金持になる信仰だというのです。われわれは、みんな過去によほど泥棒したのでしよう。仏法では、貧乏するのは泥棒の罪だといつております。金が入るとすぐ消えてなくなつてしまうでしよう。貧乏と、入つたものがすぐなくなるという二つの罪をうけている。

 ところが、そのような人でも、そういう原因を植えられるのです。子供でも同じです。「子供が欲しい」 と願う、わが腹を痛めるか、痛めないかは別として、ともかく子どもというものが出てくる。今病気をしている。これは、過去世に病気になる原因を作つたからです。ほんとうに御本尊様にお願いすれば、病気する原因が今度は丈夫になる原因に変わる。そして丈夫になつてしまう。だから、如来の秘密でしよう。

 こんなことは具体的に誰もいつていないことです。南無妙法蓮華経にその力があるとは誰もいつていない。だから、それは如来の秘密、神通力だという。その神通力をこれからいつて聞かせようというのです。南無妙法蓮華経の神通力について、これからお前たちにいおうというのです。釈迦仏法は、この文上をとり、われわれ末法の日蓮大聖人の弟子は、この文底をとるのであります。

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谷 建二郎

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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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