8・15 の日を思う(2)

 前のブログで “二度と戦争は行ってはならない” ために、戦争の実態の継承も大切ですが、戦争に至る真因を究明することも大事であると述べました。

 そこでもう一つ、“戦争をしてはならない” と言うのであれば、あの大戦中に “戦争反対” を叫び、弾圧や逮捕され殺されても、節を曲げず闘い抜いた真の勇者・闘士の行跡も、顕彰し学ばなければならないと思います。
 そうしなければ、また民族主義や全体主義の風潮に見舞われたとき、何もしなくて無関心であれば、権力の魔性の虜になり、誑かされ、国家の手段にされ、道具にされ、それで不幸にされるだけです。

 我が国では、戦争反対を叫び殉教した人たちのことは、殆んど知られていないようです。人数が少ない故か? 少なくても、立派な人格者の闘士がおれば、捜し出してでも顕彰すべきある。

 そのようにならないのは、正義の人がいても、マスコミをはじめ、それらに迎合する一般民衆は、それを称えようとはせず、妬み・誹謗し、無関心を決め込むのが関の山である。このような風潮が我が国では、多分にあるように思われる。
 結局、信念の人がいないから、そうなると思う。信念の人といえば、それは別して、宗教を信じている人のことである。
 我が国では、無宗教を自称する人が、あまりにも多い。外国人は、宗教を持ってないと聞いたら、ビックリするそうである。

 人類の幸福・世界平和を目ざし、生命滅失の戦争を阻止せんとする活動は、宗教家・宗教教団の一番に負うべき使命である。
 そうであるのに、戦時中、日本の宗教教団は殆んど皆、戦争に賛成し協力したのである。最後まで戦争反対を唱えて、中心者が逮捕され獄死したのは、創価教育学会(現・創価学会)だけである。
 確かに個人的には、キリスト教の牧師や日蓮宗の僧侶等で反対し、弾圧され・入獄した人はおります。しかし、その教団全体としては、戦争に賛成し協力しています。
 日本の宗教界は、伝統的に権力に媚び、その庇護を受け、民衆の抑圧に手を貸してきた歴史がある。

 その中で日蓮大聖人は、法華経の正義を説き、一切衆生の成仏即ち、個人の幸福と社会の繁栄を願って 『立正安国論』 をもって、時の幕府を諫暁(かんぎょう)されました。このことは必然的に、権力者の反感を買い、種々の大難となって迫害を受けた。
 『撰時抄』 に、「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(287P) と仰せです。

  牧口会長は叫びました。「今こそ、国家諫暁の秋(とき)である。国家権力などは、恐るべきではない。しかし、大聖人の御金言、御予言は絶対であり、まことに恐ろしき極みだ。仏法の力によって、真に国家の滅亡を救い、人を救うことこそ、大聖人の御精神ではないか」
 牧口会長の決意は、烈々たるものであった。  (ワイド人間革命1巻・227P)

 戦時中の言論統制の中、牧口会長自ら率先垂範して、「軍国主義」・「国家主義」・「民族主義」 と対峙し、戦争反対を叫び、盛んに折伏弘教を敢行いたしました。
 大聖人の御精神を体して行動する創価学会は、軍部政権の弾圧を招き、組織は壊滅状態になりました。しかし、牧口会長・戸田理事長の トップお二人は、最期まで屈せず信念を貫き通し、牧口先生は獄中にて名誉の殉教をなされました。
 戸田先生は、体をボロボロに傷めつけられましたが、「獄中の悟達」 の大功徳を得て、滅亡の危機にあった日蓮仏法を見事に蘇生させ、「七十五万世帯折伏」 の大偉業を達成なされました。 

 このほかに、牧口先生は、小学校長として児童教育に一生を捧げました。この教育現場から画期的な 「創価教育学説」 並びに 「価値論」 を発表された大学者であります。
 また、東京にある 「三笠小学校」 の校長になります。この学校は 「貧窮児童収容特殊小学校」 で、つまり貧しい子供達を集めた小学校です。児童は、ろくに食事もしてない状況であった。
 牧口先生は、その学校に住みついて、自分の家や服を売ったお金で、日本で最初の 「完全給食制度」 を実施しました。しかも無料です。日本国は牧口先生を、「日本の給食の生みの親」 として、称えて然るべきだと思います。
 
 これらのことを考えると、牧口先生は、彼の スイスの教育家 ペスタロッチ先生、ポーランドの コルチャック先生に比して、優るとも劣らないものと思います。
 然るに日本国は、偉大なる牧口先生に投獄をもって報いたのである。未だ、国から名誉は回復されていません。
 これらのことを思うと、我ら弟子たちは、牧口常三郎先生・戸田城聖先生の偉大なる業績を、ますます全世界に讃嘆して参りたいと決意します。

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「久遠元初の法」(平成5/5/3 の指導)

 今まで 「三大秘法」 と言えば、「本門の本尊・戒壇・題目」 の三つの秘法であると、その名称は知っていましたが、それ以上の詳しいところは余り知りませんでした。
 「三大秘法」 について、「教義条項の改正について」 には、 (大白4月号・86P)

 「大聖人は、宇宙と生命に内在する根本の法を南無妙法蓮華経であると明らかにされました。そしてそれを、末法の全民衆の成仏のために三大秘法、すなわち、本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇として具体的に顕されたのであります」 と述べられています。

 すなわち、日蓮大聖人が全民衆の成仏のために、目には見えない宇宙の根本の法を、具体的に目に見える形として顕してくださったのが、「三大秘法」 なのであります。
 成仏とは宇宙の根本の法、すなわち、「久遠元初の法」 を覚知することを言います。この久遠の法を、大聖人が具現化してくださったことが、一番有り難く、偉大なことであります。
 このことによって、正法・像法時代のような戒を持して瞑想することもなく、ただ御本尊受持の一行ばかりで成仏することが可能になり、ここに万人成仏の道が開かれました。

 かつて池田先生が、有識者と対談された時 「久遠の法」 について言及されたとのことです。
 このことについて、いろいろと批判的なことを言っている方も居るようです。このような場合は、切り文ではなくその前後の文も併せて見なければ、正しく理解できないと思って文献を捜してみました。
 
 それは、平成 5年 5月 3日、「5・3」 記念勤行会でのご指導であります。 
 先生はきょうは、寄せられた識者の声を紹介しておきたいと述べられ、その一人、日本を代表する宗教社会学者の方は、山崎副会長らとの懇談の折、次のように語られました。

 「今回、名誉会長が訪問された南米諸国のほとんどが、カトリックの国です。その国々で、大統領や大学などから、数多くの顕彰(けんしょう)を受けられたことは、それ自体、名誉会長が、異文化への理解と寛容性をもたれた偉大な指導者である証明です。本当に素晴らしいことです」

 池田先生は、「カトリックの国で日本の仏教者が、これほど評価されることは並大抵のことではないと言われている。普通なら全部、相手にされないか、批判だけである。それでは広宣流布はできない。その国のために、その国を理解し、その国に尽くしていく―― 私は常にその決心できた」 とご指導されています。
 そしてその方は、先生と初めてお会いした時の思い出も回想されたという。
 
 「名誉会長と初めてお会いした時のことは、いまだに忘れることはできません。その時、名誉会長は言われました。『カトリックの人々は、苦難の歴史、苦闘の道を歩まれた。そうした行動の次元においてカトリックは、私たちの “兄” といっても過言ではありません』 と。私はまず、その謙虚な言葉に驚きました」

 キリスト教は、弾圧に次ぐ弾圧、殉教に次ぐ殉教を経て、世界へと広がった。近年の日蓮正宗の僧侶のだれが、そうした努力をしたのか。だれもいない。大聖人の仏法を初めて世界へ流布したのは学会である。
 教えの浅深は別として、世界への “行動” という観点から、私は “兄” と申し上げたのである。


 「その折、私は 『究極に求められるものは何でしょうか』 と質問しました。恐らく “板曼荼羅の御本尊” と答えられると思っておりましたが、しかし、名誉会長は 『久遠元初の法です』 と答えられたのです」
 「このことから、名誉会長が、永遠の根源を求めておられ、板曼荼羅に、偏狭(へんきょう)にこだわっておられないことに、非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た思いでした。以来、学会への協力を決意し、今日にいたっております」


 もとより御本尊が、私どもの 「根本尊敬」 の対象であられることは言うまでもない。そのうえで、曼荼羅それ自体は、物体という側面からいえば永遠不滅ではありえない。
 当然、そこに計り知れない御仏智があられると拝されるが、曼荼羅としてあらわされた 「法」 は永遠である。
 いずれにしても、大聖人の仏法の真髄である 『久遠元初の法』 を根本としてこそ、永遠の妙法流布の道が開ける。この方は、そこに普遍的なものを感じとられたのであろう。
 (小冊子創価のルネサンス52号・10~13P)

 会談された有識者の方は、キリスト教を信仰されている方だと思います。その方の “究極に求められるものは何でしょうか” との質問に、先生は “久遠元初の法です” と答えられました。
 おそらくは、その方はキリスト教の神を通して “永遠不滅の法” を探究されていて、先生の “久遠元初の法” の答えに接し、「ああ!永遠の根源を求められている。私と同じである。同じく求道者である(推察)」 と信頼され、“非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た” と言われたと思います。そして、創価学会の協力者となられたのである。

 「法」 を伝えようとしても、非常に難しいのである。たとえば、釈尊や日蓮大聖人を教えようとしても、クリスチャンはキリストを、イスラム教徒はムハンマドを思い浮かべるであろう。幾世代に亘ってすり込まれた潜在意識はなかなか抜き難いのである。
 その意識・思想変革の困難さを、法華経には 「六難九易」 の譬えをもって説いています。
 「六難九易」 の記事 ―→ ここから

 然るに宗門が言うように、日寛上人の 「就中(なかんずく)弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐中の本懐なり。既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり」(文段集・452P) と。
 この文をもって、正義は我にありと思い上がり、大御本尊をもって総てのものに当て嵌めようとしている。まさに ドグマ (教条・独断)ではないか。

 池田先生は、「大聖人の仏法の真髄である 『久遠元初の法』 を根本としてこそ、永遠の妙法流布の道が開ける」 とご指導されています。
 日蓮大聖人は、「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174P) と仰せです。
 この御金言を、よくよく思索・吟味しなければなりません。

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「第三の人生」は「第三の青春」

 9月号 『大白蓮華』 の 「幸福と平和を創る智慧」 には、「第三の人生」すなわち、人生の総仕上げの年代についての指導が掲載されています。  (2015-9月号・97~113P)
 私もこの年代になって、身につまされる問題であります。ただ単に読むだけならば、いずれは忘れ去ってしまうでしょう。それよりも書き取る方が、より記憶にとどまるのではないかと思いますので、ブログにて発表させて頂きます。

 池田先生は、
 「第三の人生」 は 「第三の青春」 でありたい。青春は、年とともに消え去っていくものではない。自分がどう思うかです。いくつになっても、前向きの挑戦の心があるかぎり、ますます深みを増し、ある人は黄金に、ある人はいぶし銀に輝いていくのです。
 人生の総仕上げの年代を、生涯青春の気概で生きゆけとの指導であります。

 御書に 「四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740P) とあるように、仏法ではさらに一重深く、四苦そのものが 「一身の塔」、すなわち 「生命の宝塔」 を荘厳する宝に変わる、と説いているのです。
 「愚者にとって、老年は冬である。賢者にとって、老年は黄金期となる」 という言葉もある。

 生老病死の四苦そのものが、わが生命の宝塔を荘厳する宝に変わるのだと、これほど、素晴らしく・有り難い大哲理が他にありますでしょうか。
 「しかし残念なことに、『死』 という根本問題から目を背けた現代社会は、そうした 『老い』 のもつ黄金の価値まで見失ってしまったように感じます」 と先生は戒められています。

 そして先生は、認知症の父親の介護に奮闘する、ある一家を激励されました。
 「心配することはありません。たとえ脳に刻まれた記憶が消えたとしても、生命に刻まれた福徳は消えない。広宣流布に尽くした功労は永遠に消えないのです。
 今、お父さんは、一家一族の宿命転換を担い、偉大な総仕上げの戦いをしてくれている。そう捉えて、題目を送り、温かく見守って差し上げてください。どうしてだろうと思い煩ったり、世間体を気にしたりする必要などありません」

 「業」 とは行いのことで、善業の記憶は消えても、生命に刻まれた福徳は消えない。これを確信し、悠々と、堂々と、家族や同志と共に生き抜く、これが信心である、と指導されています。

 長寿社会とは、競争よりも協調が、効率よりもゆとりが、物の豊かさよりも心の豊かさが、求められる時代です。自分が 「してもらう」 のではなく、わずかでもいい、自分には 「何ができるのか」 を考える時代です。いくつになっても、わが身を律しながら、貢献の道を探っていく。それが、「価値創造」 の生き方です。
 「価値創造」 といえば、学会活動そのものであり、ゆえに先生は、
 「人生の最高の誉れは、学会活動です。人のために祈り、動くことで、自分も幸福になる。これほどの価値ある人生はないのです」 と指導されています。

 「長生き」 の秘訣は何か、唱題行が根本であるが、そのうえで、一般的に、心のもち方が大きく関係する といわれていますので、その項目だけを取り上げてみます。
 ① 「くよくよしない」 ことが大切とされる。
 ② 「目標をもって生きる」 ことである。
 ③ 「ユーモア、笑いを忘れない」 ことも大切である。
 ④ 「何らかの仕事、使命に励む」 ことである。


 ハーバード大学のガルブレイス博士は 「健康法」 を、こういわれました。
 「何よりも大事なことは――朝起きた時、『きょう一日計画が決まっていない、考えていない』 といったことが、ないようにすることです!」
 朝を 「さあ、きょうも!」 と元気に出発することである。
 その意味で、みずみずしい一日の出発をする 「朝の朗々たる勤行・唱題」 が、どれほどすばらしい健康法か――。
 勤行・唱題は、小宇宙である自分自身を、大宇宙の根本のリズムに合致させゆく崇高な儀式である。
 ………
 博士は言われた。
  
 「年配者の最大の誤りは、仕事から引退してしまうことである。やるべき仕事がなくなれば 『肉体的努力』 と 『精神的な努力』 を、しなくなってしまう。とくに 『精神的な努力』 をやめることは、非常によくありません」
 いわんや、信心に 「引退」 はない。広宣流布への学会活動は、生命力をを増す 「最極の精神の努力」 であり、生命の根本的な健康法なのである。
 “信心に 「引退」 はない” と、また、遠慮もいらないと思います。

 アメリカの女流画家 グランマ・モーゼスの生き方を通して指導されています。
 人生の年輪が増すごとに、創造の輝きを一段と強く放ちゆく人には、“老い” はない。それは、常に人生の 「現役」 であることを、自負しているからではないだろうか。
 「生きる」 ということは、生涯かけて学ぶことである。また 「人生とは、私たち自身が創るもの」 なのである。そのスタートが何歳であっても遅くないこと、さらに、それには学歴などは要らないことも、モーゼスおばあさんは教えている。
 私はそこに、たぐいまれなる 「自律」 と 「自立」 の魂をみる。自らを律しつつ、自ら立つ。このとき人は、人生という名の舞台の上で、いつも “主役” を演じ続けることができるにちがいない。

 “「人生とは、私たち自身が創るもの」 である。そのスタートが何歳であっても遅くない。また、それには学歴などは要らない” との指導です。

 以上、断片的で中途半端な感は拭いきれませんが、他に ナイチンゲールの生き方 や 「不老不死」 等の指導もありますので、あとは 「大白蓮華」 の方を、熟読玩味して頂ければ幸いに存じます。

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聖教連載の「新・人間革命」を読もう

 聖教新聞連載中の 「新・人間革命」 第29巻・常楽三十九の章から、いよいよ 「第1次宗門問題」 についての、池田先生のご指導が記載されるようになりました。
 宗門問題とは、日蓮正宗とその信徒団体であった創価学会との間に生じた軋轢である。
 本来ならば、日蓮大聖人の御精神を体して、共々に仲良く、広宣流布に邁進すべきである。しかしながら、広宣流布に挺身し、不幸の民衆を救済したのは創価学会であり、一方の宗門は、旧態依然とした日本仏教界の悪弊から脱しきれず、「徒らに遊戯雑談(ゆげぞうだん)のみして明し暮さん者は法師の皮を著(き)たる畜生なり」(1386P) と仰せの通りの姿である。
 このような実態からして、早晩、別れなければならないことは必然のことであった。

 日蓮門下を名乗る僧が、宗祖の御遺命たる広宣流布に、死身弘法の実践をもって取り組んできた創価学会への攻撃を繰り返す。「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし」(957) と大聖人が仰せ通りの事態が出来したのだ。
 魔の蠢動(しゅんどう)は広宣流布の時の到来を物語る。
  (聖教・2016-2/17・常楽39)

 先生は、宗門問題の本質・実態を明らかにしてくださると思います。今まで、我々が知らなかった事柄もあるのではないかと楽しみにしています。
 そして、広宣流布を破壊せんとした日顕の “第六天の魔王” の本性を、深く認識しなければならないと思います。広布に魔はつきものです。これからも魔の蠢動(しゅんどう)は起こります。魔を知らなくては、魔から誑(たぶら)かされて仕舞うからである。

 本日の新聞には、御本尊の謹刻問題について述べられています。
 彼らの言う謹刻問題とは、学会が日達法主の了解を得たうえで、創価学会常住の 「大法弘通慈析広宣流布大願成就」 の御本尊をはじめ、山本伸一が願主となって総本山に正本堂を建立寄進したことを讃え、「賞本門事戒壇正本堂建立」 と認められた賞与御本尊など、八体を謹刻したことである。
 伸一は、信心の根本である御本尊を、未来永遠に、大切に伝え残していくために、紙幅の御本尊を板曼荼羅にする必要があると考え、一九七四年(昭和四十九年)一月、謹刻について日達に尋ねている。
 板曼荼羅にするのは、御本尊を大切にするためだからよい――とのことであった。
 さらに、九月二日、宗門との連絡会議では創価学会常住の御本尊謹刻を、あらためて伝え、法主了解のもと、謹刻を進めた。
  (同・2/18・常楽40)

 謹刻問題は、こと御本尊のことであるので、先生は法主の了解を得て、ことを慎重に進められたのである。創価学会側に、いささかも瑕疵(かし)はないのである。
 それを、悪僧らは、“池田大作が御本尊を偽作した” “大謗法だ、大謗法だ” と、大袈裟に騒ぎ立てて、先生と学会員との師弟関係の分断を企てたのである。
 御本尊のことが、あまり解らない会員の中には、悪僧らに騙(だま)されて脱会した人も多少なりともいたのである。
 今後、このような事にならないように、新聞連載の 「新・人間革命」 を、シッカリと研鑽して参りたいと思います。 

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「新・人間革命」〔雄飛の章〕(九州から反転攻勢)

 現在 「聖教新聞」 に連載されている 「新・人間革命」 の 〔雄飛の章〕 には、第五次中国訪問の模様と、お疲れのところ、わざわざ長崎で途中降りられて、会員を激励され、反転攻勢の戦いの模様が記されています。

 池田先生は、第五次中国訪問の帰途、一九八〇年(昭和五十五年) 四月二十九日の午後、九州の長崎空港に到着されました。
 当時、第一次宗門事件の真っ最中で、宗門は池田先生に対して、理不尽にも “一切の会合に出てはいけない。会員に指導してはいけない。聖教などの機関紙誌に載せてもいけない” 等々と、創価の師弟の絆を引き離そうとする、広布破壊の魔の正体を現わしていた。
 先生は、退転・反逆者や宗門僧らによる謀略の鉄鎖を断ち切って、新生の広宣流布の道を開くために、長崎から福岡、大阪、名古屋などで、記念勤行会や各種会合に出席され、全力で同志を励まそうと決意されました。

 長崎では報道各社の合同の記者会見があり、そのあと、訪中団メンバーとの懇談を行い、皆をねぎらいました。
 懇談が終わったあと、伸一に同行していた 「聖教新聞」 の記者が言った。
 「帰国報道のほかに、先生が長崎文化会館で長崎支部結成二十二周年記念幹部会に出席されたことも、記事にしたいと思います」
 「かまいません。事実を隠(かく)す必要はない。創価の師弟が分断され、不二の心が失われていけば、広宣流布はできない。 だから私は、同志と共に戦いを開始します。 私の今後の予定も発表しょう。 さあ、反転攻勢だ 戦闘開始だよ
 翌 四月三十日付の 「聖教新聞」 一面には、伸一の帰国や記者会見の模様、記念幹部会への出席の報道とともに、「名誉会長は、長崎のあと福岡、関西、中部の会員の激励・指導にあたると予定になっている」 と記されていた。
 この一文は、読者の目をくぎ付けにした。 日本列島に歓喜の激震が走った。


 福岡へ移動する三十日、先生の乗った特急列車は、停車するどの駅にも学会員が集まってきていた。福岡行きは、既に新聞発表されていたために、どの列車に乗られるかは容易に察しがついたのである。
 皆、先生の姿を見つけると、満面の笑みで手を振り、信心修行に頑張ることを決意したのである。

 五月一日午後、福岡市早良区の九州記念館を訪問。
 夜には博多区の九州平和会館での福岡県本部長会に出席し、獅子の魂を注ぎ込む思いで訴えた。

 「『広宣流布の胸中の旗』 を、断じて降ろしてはならない
 「『折伏の修行の旗』 を、決して降ろしてはならない
 「『一生成仏の、信心の光』 を、消しては絶対にならない

 彼は、この言葉を、強く繰り返した。
  (雄飛 二十二・聖教・2017-7/10・3面)

 この雄飛の章の九州指導が始まって、私は上記の指導が何時・記載されるのか、心待ちにしていました。
 当時、約一年間、聖教新聞には先生のお写真やご指導は一切なく、皆・何となく寂しい想いや元気をなくしていました。このような時に、先生の上記の三指針のご指導に接し、目の覚める思いで、また、やらんかなの意気に燃えたことを懐かしく思い出します。

 今まで私は、このご指導は、長崎で発せられた九州指導の第一声の指導であると思っていました。しかし、「新・人間革命」 では福岡の本部長会での指導となっています。私の記憶の間違いなのかもしれません。
 しかし、先生は “この言葉を、強く繰り返した” と仰っています。ゆえに、ただ一か所の一回限りの指導ではないと思います。
 この反転攻勢の戦の中、折に触れて同趣旨の指導は、何回も繰り返されていると、僭越ながら推察申し上げるものであります。

 今年の梅雨時に、福岡・大分両県にまたがる、筑後川支流の山あいの地域に大災害が発生しました。被災された方々に心からお見舞い申し上げます。とともに、何時・大難に遭うのか、他人事とは思えない感がいたします。
 これからの一生、如何なる困難なことが起ころうとも、御本尊を抱きしめて、この三指針の、
 「広宣流布の旗」 「折伏の旗」 を決して降ろしてはならない。「信心の火」 を絶対に消してはならない という、先生の “獅子の魂を注ぎ込んだ” このご指針を、肝に銘じて頑張ります。

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教育勅語について

 毎年、終戦の 8月を迎えると、戦争の悲惨なる体験が語られ、異口同音に “絶対に、二度と戦争はしてはならない” と決意を披歴しています。戦争を忘れ去らないためにも、戦争体験の継承は、大事なことで絶対・必要不可欠であると思っています。
 しかし一方で、なぜ、無謀なる戦争をしてしまったのだろうか といつも思います。この戦争に至った原因を究明し、断罪せずしては、片手落ちで真の平和教育・学習にはならないと思います。

 思えば日本民族は、もともと農耕民族ですから 狩猟民族と違って、好戦的な民族ではありません。
 江戸時代の約 260年間、一揆の鎮圧を除いて、戦争らしきものは一つも無く 平和な時代でした。この時代に、日本独自の文化が花ひらき、今では、数多くの外国人が、日本文化に魅力を感じて来日しています。

 ところが、明治維新以後、一通り見ただけでも、戊辰戦争、西南戦争、日清・日露戦争、第一次大戦、満州事変・日中戦争、太平洋戦争と、終戦までの約 80年間、戦争をやってやりまくっている。
 平和を愛する民族が、なぜ、これ程までも変わったのでしょうか

 私はその第一の理由は、明治政府が、国家の精神的支柱として「国家神道」を持し、実践したことであると思っています。
 この点は、既に ブログに記しているところもありますので、よろしければご参照ください。

  参考: 「8月15日」――→ ここから
  参考: 「歴史の歯車」―→ ここから
  参考: 「神道の国教化」→ ここから
  参考: 「靖国神社」――→ ここから

 第二に、国の教育方針を、「教育勅語」 に則り、国民を好戦的な軍国主義者に仕立て上げた からだと思います。
 先だって、森友学園関連の幼稚園で、園児に 「教育勅語」 を暗誦させていた とのことです。全国的には、ほかにも教材として使っているところが 結構あるようである。 知らないうちに、じわじわ広がってきているようだ。
 このような状況は、「国家神道」 の再来に繋がりかねない危険な萌芽が潜んでいる と思います。
 ゆえに今回は 「教育勅語」 について考えてみたいと思います。

 教育勅語の読み下し文、途中からです。(抜粋)
 爾(なんじ)臣民、父母ニ孝(こう)ニ、兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ、夫婦相和(あいわ)シ、朋友(ほうゆう)相信ジ、恭倹(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ、博愛衆(しゅう)ニ及ボシ、学ヲ修メ、業(ぎょう)ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、徳器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ、進ンデ公益(こうえき)ヲ広メ、世務(せいむ)ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重(おもん)ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急(かんきゅう)アレバ、義勇公(こう)ニ奉(ほう)ジ、以テ天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スベシ。 以下略

 現代語訳です。
 あなたたち臣民は父母に孝行し、兄弟は仲良くし、夫婦は協力し合い、友とは信じ合い、人には恭しく、自分は慎ましくし、広く人々を愛し、学問を修め、仕事を習い、知能を伸ばし、徳を積み、進んで公共の利益に奉仕し、世の中のために尽くし、常に憲法を重んじ、法律を守り、もし国家に危険が迫れば忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けるようにしなければなりません。

 はじめに、「爾(なんじ)臣民」 とありますが、「臣」 とは 「主君に仕える者、家来」 という意味で、国民を天皇の支配下に置く、天皇主権の考え方であり、現代の日本国憲法の主権在民とは相いれない言葉なのです。

 次の 「父母に孝行し、兄弟は仲良くし、…… 法律を守り」 のここまでは、国民のなさねばならない徳目である。
 道徳論として当たり前のことだが、これがあるからと言って “勅語も良いこと書いてあるとか、教育方針として取り入れるべきだ” などという人もおるが、教育勅語の一部分ではなく全体を見て、どのような人間を育成しようとするのか、見極めなければならない。

 「もし国家に危険が迫れば忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けよ」 と、この一行の文によって、どれだけの若者が一兵士として、特攻隊員として犠牲になられたか、計り知れないのである。

 教育勅語の目的は、天皇の国家の 「忠良な臣民」 を作ることです。
 本当の国家は 「国民の幸福と安穏のためにある」 はずである。 それがここでは 「国民は天皇の国家のためにある」 という考えになっている。
 「国家神道」 の “八紘一宇(はっこういちう = 世界を一つの家とする)” という思想のもと、天皇を頂点とする “大東亜共栄圏” の構想を正当化し、天皇のために戦うのが正義であり、大義であると教えた。そのためには、他国への侵略戦争も、正義の戦争となり、聖戦と言われたのである。
 特に、満州事変以後の十数年間、ひと時の休みもなく、戦争をやりまくり、挙句の果てに亡国となったのである。

 国民を天皇の 「忠良の臣民」 とみなし、もし危急なことがあったら 「皇室の命運を助ける」 ことを、国民の義務として教える 「教育勅語」 が、主権在民を柱とした日本国憲法の精神に反することは明白であります。

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プロフィール

谷 建二郎

Author:谷 建二郎
 
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北九州市小倉北区に在住 81歳
日蓮仏法と創価思想に関する私の教学的随想

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